『……ズーン! ……ズゴーン!!』
深く沈んでいた意識が、ゆっくりと醒めていく。
どうやら僕は、深い眠りから醒めたんだと思う。今は頭がすごく重くて、何だか考えが上手くまとまらないんだよね。ほら、昼間の変な時間にお昼寝して、起きたときにすごく気だるいあの感じ。
耳に遠く聞こえてくる音がやけに騒々しい。
何かが壊れるような、派手な聞こえてるような気がする。
視界は真っ暗で何だか頭はまだふわふわしている。僕は、いったいどうなっているのかな。
『――ドガーン、ドーン!』
頭がはっきりしない間に、だんだん音が近くで聞こえるようになってくる。
……えっと……ちょっと待って。何この音。爆発してるんだよね。
何だか、やばいような気がする?
ものすごく嫌な予感がして、慌てて頭にかかっている靄のようなものを、意識して遠ざけてみると、意識が急速に覚醒してきた。
気がつくと視界が、まぶた越しの視界が真っ白に染まっていた。
恐る恐る瞼を開けると、案の定、眩しい光りが目に飛び込んでくる。僕はあまりの眩しさに、せっかく開けた目を閉じてしまう。ただ意識ははっきりしてきたからか、耳に音が言葉としてはっきりと入ってきた。
『――だな、これ以上は危険だ、現時点をもって検査を中断する。たった今、管制区から緊急の連絡が入った、どうやら方舟が墜落しているらしい』
『墜落って……ええ、それってマジですか。さっきから聞こえているこの爆発する音も?』
僕のそばには、誰かがいるらしい。
喋る声と一緒に、かすかに機械音が聞こえてくる。カタカタと小気味いい音は、多分パソコンか何かのキーボードを叩いている音かな。
『ああ、関係あるだろうな。詳しい状況まではわからないが、異常な事態であることに違いはない。全員検査機器を撤収した後、急いで連絡艇に向かうんだ』
『りょ、了解しました。でも確か我々は地球から飛び立って、ついさっき宇宙空間に出たばかりですよ。それでいったいどこに墜落するって話になるんですか?』
目をつむっていても真っ白だった視界が、突然暗くなった。
もしかして、顔に明かりを向けられていたのかな。何だか目がチカチカしてる。
撤収を始めたからなのか、カチャカチャとなにかが当たる大きな音が聞こえる。その間も、遠くから聞こえる爆発音は続いていた。
『わからん。月の軌道からは外れているし、金星火星ともに航路から遠い場所にあったはずだ。全く見当がつかん。とにかく、一旦居住区に戻らないとだな』
『ところで、本部には何て報告しますか? まだ簡易検査しかできていませんよ』
声が、徐々に遠ざかっていく。
僕は聞き逃すまいと、耳に意識を集中する。
『簡易検査で、異常があった区画は誰も覚醒していなかった。問題なかったと報告すればいいだろう』
『そんなもんなんですか』
『そんなもんだよ。そもそもだ、異常信号だって必然だったのかもしれん。こいつは東欧産の移民艦だから、大方、東から流れてきた欠陥部品が使われていたんだろう。移民事業なんて問題がないほうがおかしいからな』
『ああ……それもそうですね。ところで墜落するとして、ここのエリクシルポッドは壊れちゃわないんですかね?』
『それだけは絶対に大丈夫だ。どの移民艦に積まれているエリクシルポッドも堅牢な日本製だから、眠っている移民者が覚醒して中から出ない限りは、何があっても絶対の安全が確保されている。問題はな――』
そして、一切の音が聞こえなくなった。
さっきまで聞こえていた爆発音ですら、聞こえなくなっている。
ど、どういう状況なんだろう……もしかして、絶体絶命とか?
いやいやいやいや、僕、普通に起きているんだけど。さっき言っていた、覚醒してるって状態なんだよね?
簡易検査に引っかからなかったって、一体どうして?
普通に目を開けてたはずだし、絶対に気がついていたはずなのにっ。
慌てて体を動かそうとしたけれど、ピクリとも動かせない。首も、腕も、もちろん足だって、自分の体じゃないみたいに固まってる。
どうしよう。
動けないじゃん。
もっと早くに意識がはっきりしていたら、さっき周りにいた人たちに気がついてもらえたのかもしれない。さっき眩しいのを我慢して頑張って目を開けていたら、覚醒したって判断してくれていたのかもしれない。
『ドッガーン――!』
ひときわ激しく爆発音が聞こえた。
激しく体が揺れる。
いろいろ考えていたら頭が真っ白になって、逆に冷静になってきた。
あ、そうだった。さっきも目は開けられたんだ。
落ち着いてもう一度、今度はゆっくりと目を開けていく。
最初に目に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる透き通った蒼だった。喋ろうとして意識して口を開けると、たぶん肺の中にも蒼い液体が浸されているのかな、一瞬溺れるような感覚に襲われた。
でも、この蒼い水の中では問題なく呼吸ができることが分かって、僕は大きく息を……水だから違うよね、大きく水を吐いた。そしてまた水を吸う。
全然苦しくない。むしろ、すごく楽だよ。でも、水で呼吸ってなんか変だよね。
僕はどうやら、なにか特殊な液体の中にいるらしい。
さっきエリクシルポッドって言っていたから、この液体がエリクシルってことなのかな。
『ピッ。移民管理ナンバー、FI−05584番の覚醒を確認しました。
エリクシル濃度チェック……規定濃度クリア。
エリクシルポッドの状態チェック……帯電回路異常なし、ポッド外装の損傷なし、クリア。
周囲の環境チェック……酸素濃度、規定範囲内。周囲の環境、FI国移民艦ドッグ。重力異常を感知……本艦との通信、切断確認。角度センサーチェック……本艦の降下中を確認、クリア。
収容者のバイタルチェック……心拍、血圧ともに規定範囲内、クリア。
収容者のメンタルチェック……脳波確認、規定範囲内、クリア。蘇生処理に移行します』
機械音声が流れると同時に、目の前をたくさんの気泡が流れていく。
青い水の中に立った状態だった体が、ゆっくりと仰向けに倒れていくのがわかった。蒼い水が無くなっていって、最初に視界に入ってきたのは青い空だった。
や、やっぱり僕、覚醒していたんじゃん。
それよりも、今視界に見えているのは――?
「なっ、なんで……青空?」
二度見する意味ないのに、気分的に二度見してしちゃったよ。
だって、視界がぐるっと一面青空で、雲ひとつとして見えないんだもの。移民艦って言ってた船の中にいるっていう認識だったのに、見えたのが天井じゃなくて青空なんだよ?
轟々と風が流れていく音が聞こえる。
蒼い水が引ていくと同じくして、何だか体に猛烈な浮遊感を感じ始めた。そういえばさっき、降下中って言ってた気が……。
「これって、もしかして」
『蘇生完了。寝台を排出いたします。なお、衣類並びに予備のエリクシルは寝台下部に収納されていますので、忘れずに携行してください』
ポッドの足元が開くと、吹き抜ける風とともに急速に体が穴に引き込まれていく。慌てて僕は腕を伸ばして、仰向けのまま寝台にしがみついた。
あっ、いつの間にか体が動かせるようになってるっ。
必死に足も開いて、寝台の縁に足を引っ掛ける。ちょっとでも力を緩めると引き剥がされそうなほど、ものすごい風が僕に吹き付けてくる。想定外の状況に、歯を食いしばって耐える。
エリクシルポッドから排出された寝台は、僕を乗せたまま猛烈な速さで空中に舞い上がった。
「ぐっ、やばいっ――」
視界が回る。
必死にしがみつきながら、いろいろな情報が視界に入ってきた。
流線型だっただろう移民艦は、僕が収容されていたエリクシルポッドの先がごっそりと無くなっていた。僕が入っていたエリクシルポッドの他にも、たくさんのエリクシルポッドが並んでいるのが見えた。
その向こう側。移民艦よりも大きな入れ物から、大量の移民艦がこぼれ落ちていくのか見えた。破断した断面から、それが巨大な船の船倉部分だとわかった。
視界は回る。
野球場みたいな形をした大型の船が、噴煙を引きながら墜落していくのが見えた。その船の遥か彼方に、緑に覆われた大きな島があった。船はその大きな島に向かって、まっすぐに落ちていく。
僕はものすごく高いところにいるんだって、凍えるような風に吹かれながら理解した。
遥か彼方まで続く大海原。
島の向こう側に広がる広大な大地。奥の方には砂漠も見える。
錐揉みしながら落ちている星は丸くて、とっても大きかった。
さらに視界は回る。
そして最後に見えたのは、大きな口を開けてその口の中にものすごいエネルギーを溜めた、真っ赤なドラゴンだった。
「……っ! なんでさっ!」
絶体絶命。
とっさに、体に流れていた魔力を汲み出して、魔法で僕と僕が乗っている寝台を包み込むように魔力の壁を作り出した。
魔力を、できるだけ厚く、何層にも重ねて展開していく。
自分が魔法を使えることを失念していた。
もう少し早く思い出していれば、寝台ごと空中に吹き飛ばされなかったんじゃないかって、本気で後悔した。壁ができたことで外気と遮断されて、冷え切っていた僕の体が熱を持ち始めた。
壁を二十枚ほど重ねて展開したと同時に、視界が真っ白に染まった。
瞬く間に展開した壁が砕けていく。
ものすごい衝撃で押し出されるように、僕は横向きに吹き飛ばされた。
最後に残った壁は二枚。
横向きに飛ばされながら、ドラゴンのブレスが軌道上にあった船倉に突き刺さった。大爆発とともに、大量の移民艦が四方八方に、それこそ星の彼方に向けて吹き飛んでいく。
また視界が回る。
間髪入れずに吐き出されたドラゴンブレスは、今度は野球場の形の船に突き刺さった。
「えっ……ミモザ……?」
黄金色に輝いた船が、ドラゴンブレスと触れたところから大爆発を起こす。巻き起こった爆風が少しの時間差があってから、僕と移民艦、そして砕け散った船倉を吹き飛ばしていく。
黄金色に輝いた船から、僕が知っている魔力を感じた。
あの魔力は、間違いなく僕が知ってるミモザのものだった。
体にかかった強烈な重力に、意識が遠のいていく。
最後に視界に映ったのは、黄金色に輝いたまま流れるように落ちていく大きな船の姿と、なにかに満足したのか背を向けて飛び去っていくドラゴンの姿だった。
そして空は、吸い込まれるほど青かった。