「はっ、ここは……?」
意識が戻ってくる。
どうやら僕は床に倒れているみたいで、知らない天井が見えていた。
「……さすがに酷いですよ、イブキさん。何ですかあれ、あの光魔法は反則です。この先は絶対に、光魔法禁止ですから」
ひょっこりと、視界に幼女が顔を出してくる。
幼いながらも整った造形。サラサラの白髪にはなんとなく見覚えがある気がする。僕のことをジト目で睨んでくるんだけど、幼い顔でそれをされても何だか微笑ましい気持ちにしかならない。
ところで、この娘……誰?
「あ。今、『誰?』って思いましたね? ちょっと姿は変わりましたが、ミリエルです。身体の大半を失ってしまいましたから、今はこの身体でないと、存在を維持することができないんですよ」
言われてみれば、幼女の頭の上にある天使の輪と、背中に生えている片翼の翼は見覚えがある。そうやってよく見てみると、幼いながらもどこかミリエルの面影があった。
「え、ミリエルなの?」
「そうです、ミリエルですよ。イブキさんの破壊的な光魔法に、慌てて展開した魔法防壁を全て破壊されて、そのうえで身体の九割近くを焼滅されて、残った私自身の魔素を集めてやっと再現できたのがこの姿です」
「えっと……僕の魔法?」
「自覚、ないのですか?」
魔法を使った、までは覚えている。
視界が真っ白に染まって、ミリエルが驚いた声が聞こえて、腰元の携帯電話がなにか言っていたような――。
「そういえば確か蘇生したって、聞こえたような気がするんだけど……」
「ええ、イブキさんは一度、亡くなったみたいですね。必死に身体を再組成している私の横で、同じように光に灼かれて焼滅したイブキさんは、その直後に光りに包まれたかと思ったら、あっという間に元通りに復活していましたよ。さすがの私も、自分の目を疑いましたが」
苦笑いが漏れる。どんだけなんだろう、僕の魔法……。
「それに夥しい数いた機械の虫も、このフロアのみならずここより下層の全ての個体が焼失。あのたった一瞬でほぼ全滅ですよ。ありえない話なのですが、光魔法は下層のかなりの範囲まで到達していると予測されます。先程見た機械蜘蛛の個体魔力値から計算したところ、数十万体の機械虫が消えましたね」
「え……嘘……?」
見える範囲だけでも確認しようと思ってゆっくりと起き上がって、まず見えた景色に思わず体の動きが止まった。
厨房の、整然と整列されていた棚が視界から全て無くなっていた。もちろん食堂の入り口から先にいた機械蜘蛛をはじめ、その背後で蠢いていた多数の機械の虫たちは一切が消失している。
金属が擦れあっていたような音も、一切が聞こえない。
本当に、全滅したんだ。
でも待って、それは理解できたけれど、何で厨房にあった棚や調理台、シンクとかの設備や什器が何も無いんだろう。棚とかは……もう、普通にダンジョン設備だったんだよな?
「イブキさん。棚とか、厨房にあった什器は全部私達の後ろですよ?」
言われて後ろを振り返ると、その惨状に更に呆気にとられた。
奥にあった冷凍室の入り口を塞ぐ様にうず高く積み上がった棚は、ひしゃげて複雑に絡み合い、一部は溶けていた。
その殆どが、原型を留めていなかった。
「ダンジョン化した設備ですから、一般的に不壊なはずなのですが。見た通り全て破壊されていますね。恐らく注ぎ込まれた魔力量が一定の許容量を超越したのかもしれません。
あ……今ですね、世界の情報の中の、ダンジョンに関する情報が書き換えられましたね。どうやらダンジョンコアの最大魔力値を超えた場合、不壊属性は一時的に無効になるみたいですよ」
乾いた笑いが口から漏れる。この破壊の原因が、何となく放った自分の魔法で、その魔法の威力がこのダンジョンの総魔力量を軽く超えたってことなのか。
魔法、怖すぎるんだけど。
ともあれ自分の力だから、今後は制御していかないと駄目だよな。
ものすごく気が重いんだけど……。
「ただ今回のイブキさんの魔法で、ダンジョンコアは大量の魔素を得ましたから、既にここから上の移民艦の残りの部分が全て、ダンジョンに取り込まれています」
「……そうなの?」
「ええ。ここより上層の移民艦だったエリアには、新たにダンジョンモンスターも生まれていますから」
「ちょっと待って。何でミリエルは、そこまで分かるの? ダンジョンだよね、ここ? いつ管理者にになったの」
「私は管理者ではありませんよ。たまたまリンクしてあった移民艦の監視システムが、一緒にダンジョンに取り込まれましたから、それを利用しているだけですよ。そのお陰でダンジョン全域が監視システムで把握できるようになりましたが。
それで分かったことなのですがここより下層、元々ダンジョンだった階層に関しては、何か警戒しているのか、あれから新しいダンジョンモンスターは生成されていませんね」
「もう、ミリエルがダンジョンマスターでいいんじゃないかな……」
そうなるといま警戒すべきは、もと移民艦だったエリアに現れたダンジョンモンスターか。
無い食料は諦めて、一旦食堂に戻る。
相変わらず食堂も悲惨な状況で、机や椅子が全て壁や天井ににひしゃげて、押し付けられるように張り付いていた。それだけに、自分の放った光魔法の威力がいかに規格外だったかが分かる。
「上層より数名……ですね、階段を下りてこちらに向かってきています」
「え、階層移動してきたの? それって、敵性個体の認識でいいのかな」
「未確認ですが、一旦はその認識でいたほうが安心ですね。ところでイブキさんは、何をしているのですか?」
右手を銃の形にして慎重に歩みを進めていた僕に、いつの間にか右手に鉄パイプらしき物を持ったミリエルが怪訝そうに声をかけてくる。
幼女と鉄パイプといった想定外の組み合わせに、思わず吹きそうになったけれど、どうもそういう空気じゃないらしい。ミリエルの視線がじっと睨んでいるのは、僕の右手だ。
「何って、攻撃手段がないからさ、光弾でも撃とうかなと……」
「駄目ですよ?」
「いや、今度は威力を抑えるつもりだし、球状にするから――」
「ですから、駄目ですよ? だいたい、どうやって威力を制御するのですか」
「それは……魔力をギュッと押さえて小さくして、さっきみたいにレーザーじゃなくてさ、今度は小さな球にすれば」
「結局、圧縮するじゃないですか。絶対に駄目です。武器ならこれを使ってください」
そう言って、いつの間にか持っていた長い鉄パイプらしきものを僕に手渡してきた。長さは二メートルくらいで、先端が複雑に絡まり合って、まるでメイスみたいになっている。重さは……結構軽いな、中は空洞なんだろうな。
ところで何で、鉄パイプ?
「時間もありましたし。周りから使えそうな物を回収して収納しておきました。回収した全てがダンジョン素材ですから、基本的に不壊素材で硬いのですよ。イブキさんのお陰で、いい感じに解体されていましたからね、武器としては最適なんですよ」
「時間? 待って、時間って?」
「私の再組成に二日、それからイブキさんが目を覚ますまでけっこう時間かかったのですよ」
「……二日って、どゆこと?」
「正確には、既に三日目ですか。イブキさんは私よりも早く蘇生が終わったにもかかわらず、そのまま眠ったまま一向に目が覚め無かったのですよ。無事、意識が戻ってきて一安心したのですから」
「ちょっ、マジか――」
慌てて、腰元の携帯電話を手繰り寄せて画面を点灯させた。
まだミモザ怒っているのかな、三日前に着信があったきり電話がかかってきた履歴はなかった。発信に指を伸ばしかけて、そのまま指を下におろしてアプリを閉じた。
電話をかけたいのは山々だけど、今はゆっくり電話をかけている場合じゃない。
「来ました」
部屋の中ほどでパイプを両手に構えて待っていると、食堂の入り口からゆっくりと、奇妙な出で立ちの二人が警戒しながら部屋に入ってきた。
思わずミリエルに顔を向けた僕は、同じように驚いた顔のミリエルと顔を見合わせることになった。完全に想定外だったんだもの。
機械人間。
あえてその姿を表現するならば、その四文字だと思う。
着ている服は病衣で、今も僕がコートの下に着ているものと一緒だって分かる。ただ色が、露出している肌の色が鈍色で明らかに人間じゃないって分かる。
関節にも筋が入っていて、可動式ジョイントみたいな機械仕様になっている感じだし、何よりも普通じゃないって分かるのが、そのカラフルな頭髪だ。
「なあ、ミリエル。あれって、頭に生えているのって髪の毛じゃないよな?」
「そうですね。明らかにあの艶は、ビニールコーティングされた電気配線のそれです」
「……待って、ミリエルって電気配線知っていたの?」
「知っていますよ。この世界の情報を取得済みですから、その時点でイブキさんの乗ってきた方舟とかの情報も既に世界は収集済みでしたよ」
「まじか、何だその世界情報の万能さ」
そうして二人で話している間も、腰を落としてパイプは構えたまま、いつでも動けるように警戒はしている。
向こうも警戒されているのが分かっているのか、部屋に入ってすぐに両手を上に上げて、じっと目を逸らさずにことさらゆっくりと歩み寄ってくる。距離にして二メートルくらいまで近づいてきたところで、同時に止まった。
ただ、相手は機械人間。
両手を上げていたとしても、体に凶器を仕組んでいない保証はない。途中でそれに気がついて、冷や汗が止まらなくなった。
考えてみれば僕、どう考えても戦えなくない?
『ピー、ガー、キュラギョラギュンギラギラギラ。ガー、ギリギリガリガリガー。ギュピーキュラキュラメキョ?』
体格からして、多分女の人なんだろう。口を開いたと思ったら、何だか雑音混じりの甲高い聞き取りづらい音を発し始めた。
ギー、とかピギャーとかギュラギュラ、ガリガリ言われたって何を言っているのか全くわからないんだけどな。もしこれが宣戦布告だったとしても、僕には理解できないから、どうやっても相手より出遅れる。
「これは……機械言語ですか、とりあえずは私が同時翻訳するしかない感じですね」
「え、ミリエルには言ってること分かるの?」
「ええ。一応は敵意はなく、話が聞きたいだけのようですが、ここまで流暢に動くロボットは初めてみましたから、本意がつかめないのが現状ですか」
「天使って、何でも知っているんだな……」
ともあれ相手の言っていることが理解できるのなら、なんとか意思疎通は可能か。
『キュラ? ギラギラメキュ?』
「ええ、ちょっと待っててくださいね。機械言語の拡張パックを読み込みますから」
ミリエルの言葉に、機械人間が頷く。
あのさ、ミリエルのほうが、何だかロボットらしく感じるのは、きっと僕の気のせいだよね。