11.エルフって森の民族なんだよね、何だかイメージと違うんだけど。side.イブキ


 枯れかかっている。

 僕が最初に感じた印象は、その一言で表現できるんじゃないかなって思う。
 生命力あふれる深緑の森の中にあって、その樹だけは明らかに秋めいていた。

『ここには千年ぶりに来たが、樹に一体何があったのだ? 前はここまで葉が色づいておらなんだはずだが』
 お座りして樹を見上げながら、コテンと首を傾げるヘルウルフの後ろで、同じように僕も首を傾げる。

 その樹はとにかく大きい。幹の直径が五メートルを超える大樹がそびえ立つ深い森の中で、その巨大樹の幹はさらに太く立派で、目測だけでも百メートルはあるんじゃないかな。とにかく大きいんだ。上なんて雲まで届くんじゃないかな。
 当然、途中で横に伸びている枝だってものすごく太くて、色づいているのはその枝に茂っている葉っぱなんだよね。

 でさ、幹に窓があるんだよ。
 それも一つだけじゃなくて、幹の表面にそれこそたくさんの窓が横一列に並んでいる。さらに縦に階層もたくさんある感じで遥か上まで……もうね、何階建てかってくらい上まで窓があるんだ。これってあれだよね、きっと樹の中をくり抜いて都市にしたとか、そういった状況なんだよね。

 思わず遠い目になった。

 枯れかかっているように見えたのって普通に樹の内部がくり抜かれて、その結果樹勢が弱くなったとかそんな状況なんじゃないかな。原因があって結果があるんだって、妙に納得した。

 そして運が悪くというのかな、その樹の根元から誰かがこっちに駆けてくるのが見えた。
 ヘルウルフが言うには目の前にある、葉っぱが黄色く色づいている大きなその巨大樹が、僕たちの目的地らしい。
 駆けて来る人がだいぶ近くなって容姿がわかってきたんだけど、耳の先端が尖っていることからして、どうやら巨大樹の住人はエルフらしい。でさ、その緑髪のエルフの女性が必死な形相なんだよ。もう泣きそうな感じに。

 正直言って、トラブルの気配しかしないんだけど。

「その、ちょっと気になるのですが。ヘルウルフさん、千年ぶりって何ですか?」
『うむ、それは言葉のままだ。基本的にだな、我らがわざわざ縄張りから外に出る必要はないのだよ。だから縄張りの森から外に出たのが千年ぶりってわけだ。縄張りに何者かが侵入してきた場合は応戦するが、動くのなんてその程度だな』
 ただこっちサイドはマイペースな感じで、上を見上げたままのヘルウルフとミリエルなんて気づいてすらいないみたい。
 もっともここから巨大樹まで結構な距離があるのと、足元が芝生みたいな丈が短い草でフサフサだから、足音が聞こえなくて気づかないってのもあるかも知れない。たまたま僕は裏にいて会話に参加していなかったから気づいただけなんだよね。

「動かないのはわかりましたが、お腹とか空かないのですか?」
『気にするのはそこか? 勘違いしておるようだが、さすがに生きるために最低限は動くぞ。
 まあよい。我らは森の動物を管理して放し飼いしておるからな、食料には事欠かん。群れの個体数が少ないのもあるが、森を維持するために必要な還元魔素だけであれば、日に数回ほど炎を操れば事足りる』
「あ、さっき言っていた魔法を使ってその使った魔素が星に還るって話ですか?」
『そうだな。星に魔素が還り、それが森を育てる源となる。我があの森の魔獣でいるうちは、魔素が足りなくなることはないだろう。それでももし必要魔素が足りなくなれば、星がまた新たに魔獣を生み出すだけだ』
「へえ、うまく出来ているのですね」
「あのっ――」
 隣でさらっと重要な話をしている間に、駆けて来たエルフが僕たちの前で膝を付いた。そこまで来てやっと、ヘルウルフとミリエルが気がついたみたい。同時に顔を下ろして、また同時に首を傾げた。
 何だか、コントを見ているみたいだ。

「ヘルウルフ様っ、お助けくださいっ!」
『……ふむ、誰かと思えば……フィナンシェラか、確か千年ぶりだな。しばらく見ぬ間に大きくなったな、息災であったか?」
「はい、元気でやっていますっ」
「フィナンシェラさん……ですか、お知り合いなのですか?」
 ミリエルが何故か会話に割って入る。
 ここまで来る間もそうだったけれど、どうやらミリエルはこの世界の全てに興味があるようで、事ある毎にずっとヘルウルフを質問攻めしていた。それに対してずっと律儀に返答していたヘルウルフに頭が下がる思いだったな。僕だったらミリエルに質問攻めにされても絶対に答え続けられないもん。
 まあそんなわけで、僕はずっと蚊帳の外状態だったんだ。

『そうだな。フィナンシェラはそこのエルフの国の王女でな、ちょうど氷河期の頃に、助力を請われて助太刀したことがある程のだよ。それが先程から言っている、千年前の話なのだが』
 つまりこの星は昔、氷河期があって自然環境が過酷だった時期があるってことなのか。
 ここがこの地球に似た星のどの辺りなのかわからないけれど、今も温暖で木々が考えられないほど大きく育っているこの星が、千年前に極寒だったって言われてもピンとこないかな。

『ところで、ラファンシェラが見えぬが、王としての仕事が忙しいのか? 我と会うときはフィナンシェラは、ずっとラファンシェラの後ろに隠れていたはずだが、もう隠れるのは止めたのだな』
「わたくしだって、いつまでも子供じゃありませんから。それに母は、百年ほど前に寿命を終えています。今はわたくしと、わたくしの伴侶が王を担っています」
『そう……であったか、すまぬな。魔獣と違って、魔族には寿命があるからな。そうか、既に寿命を終えておったのか……旧い付き合いだったが、居ないと聞くと寂しいものだな……』
 やっぱり会話と時間感覚がおかしい。

「……それでヘルウルフ様、どうか我が国の樹を、翆霊樹を再びお救いください。ここ百年ほど勢いが衰えてしまってこのまま行くともう、国を支える樹の根が百年ほどしか保ちそうにないのです」
 ……何というかさ、百年前から起きててさらに猶予が百年もあるのなら、かなりの余裕があると思うんだけど。
 何だか会話を聞いていると、僕の感覚がおかしい気になってくる。

『わかった。とりあえず向こうで話を聞こう』
「あ、ありがとうございます……」
 そして、あっさりと巨大樹――翆霊樹に向かうヘルウルフ。そのヘルウルフのあとを、フィナンシェラが小走りで付いていく。

「あ、待ってください。私も行きますよ、一緒に話を聞かせてくださいよ」
 さらにミリエルも、僕を放っておいてヘルウルフに付いていった。

 そんなわけで僕を除いた二人と一匹は、翆霊樹に向かって歩いていった。
 しばらくしてふと、置いていかれたことに気がついて唖然となった。いや確かに僕は話には一切参加していなかったけれど、誰も何も言わずに行っちゃったよ?
 まあ……そもそも、ここまで一緒に移動してきただけだから、目的地に着けば別行動でも何ら問題はないんだけど。まあこんなもんか。
 日暮れが近いのか、辺りが徐々に茜色に染まりつつある。

 ともあれ誰かに、ここがこの星の何処なのかしっかり聞かないといけないから、僕も翆霊樹に向かって歩いていくことにした。

『イブキは何をしていたんだ、遅いぞ』
「そうですよ、イブキさん。早く来ないと駄目じゃないですか」
「イブキさん。申し遅れましたが、わたくしはフィナンシェラと申します。よろしくお願いします」
 僕が翆霊樹までたどり着くと、翆霊樹の根本にある大きな門の前で、みんな待っていてくれた。ここからなら、別行動でも良かったんだけど。
 でも何だかちょっとだけ、嬉しい自分が居た。



 門をくぐると、中はデパ地下だった。
 いや自分でも何を言っているかおかしい自覚はあるんだけれど、目の前に広がっている空間は僕の知っている地球のデパ地下そのものなんだ。
 マス目に区画整理された空間には様々な店舗が食料品を売っている。エルフの店員が、買い物に来たエルフの客を相手にしている。ざっと見た感じ、夕飯の買い物でもしているのかたくさんのエルフがいる。

 思わず足を止めて首を傾げた。
 イメージとぜんぜん違う。エルフの街だって聞いていたから、もっとこう木を中心にした文化っていうのかな、よくラノベとかにある中世の延長みたいな風景を想像していた。でも実際に建物――建物なのかな? 樹をくり抜いた……もう建物でいいや、に入って感じたことは、普通に文明って便利に進歩するよね、ってことかな。
 技術レベルはともかく、設備とか店舗の配置とかの考え方は、地球でもよく見慣れたデパートのワンフロアによく見られる、専門店街の配置だ。金属枠のショーケースがあって、そのショーケースにはガラスっぽい素材の板が嵌っている。
 何だこれ。
 エルフって森の民族なんだよね、何だかイメージと違うんだけど。

「ヘルウルフ様、とりあえず最上階の王の間までお越しいただけますか? 王配であるウォルフォンディアも待っていると思います」
『ああ、構わぬ。そこでなければ詳しい話が出来ないのだろう。ミリエルは……まあ、来たいのなら好きにするがいい』
「行くつもりですけど、フィナンシェラさんは私が行っても大丈夫ですか?」
「はい。ヘルウルフ様のお付きの方でしたら構いません」
 どうやら二人と一匹は、上階に向かうらしい。

 でも僕は、それどころじゃなかった。気になって近くのショーウィンドウに近づくと、ガラスのような素材でできたショーケースの中に美味しそうなケーキが並んでいた。
 これはガラス……なのかな。僕の知っている地球のガラスと比べると、透明度が低くて、けっこう曇っているから中が見づらい。しゃがみこんで爪先で軽く突くと、硬いガラスの感触が爪先に帰ってきた。

『イブキはどうする? ここで一旦別行動でもよいが』
「……あっ、僕?」
 ショーケースを真剣に見ていて、近くまで寄ってきていたヘルウルフに気が付かなかった。しゃがんだ僕の顔の高さに、ヘルウルフの顔があった。
 今更だけれど、狼の顔でどうやって喋っているのかな。

『もし必要なものがあれば、我の名を告げて購入するといいであろう。まあもっとも、千年前にもらった報酬がまだ有効ならばだが』
「えっ、さすがにそれはまずいんじゃ……」
「まだ有効ですよ。それに支払いならば、ヘルウルフ様の従者の方であれば、特に問題はありませんので」
 僕は従者じゃないんだけど。なんて、言えなかった。
 実際問題、多少の食料はあるけれど、僕が背負っているリュックサックと、脇に置いてあるキャリーバッグの中には数日分の保存食は入っている。ただ、もし僕がトキオシティに戻るとしてどのくらいかかるのか見当がつかない。
 そもそもあの時、ミモザの魔法が発動していたとは言え、都市がそのまま大地に墜落していっていたのは間違いなくて、あっちが無事なのかすらわかっていないんだよな――。
 
「このカードを使えば、支払い処理がなされます。金額的な上限は考慮しなくても大丈夫なので、お買い物をお楽しみください」
「あ、はい。ありがとうございます――」
 フィナンシェラが、何処からか取り出したカードを僕に差し出してきたので、考え事をしていた僕は思わず受け取っていた。

 手渡された金属のカードは、地球でもよく使っていたカードと同じサイズのカードで、何だか僕たちのいるこの星が、知らない星じゃないようなそんな気がした。