12.動揺。死神の女の子が私の妹だってことになってるんだけど


 香織と保健室まで来た私は、保健室の林先生に声をかけると、空いていたベッドに横になった。香織が椅子を二つ持ってきて、片方に座ってその隣の椅子に教室から付いてきた死神を座らせた。
 死神は素直に私の服の裾を離して、香織の隣りに座っている。
 こころなしか、心配そうな顔で私のことを見ているような気がする。

 そもそも私の異能は、勝手に発動しすぎるんだよね。
 時間停止は勝手に私の時間を停止させるし、無限収納だってもうすでに私の意思に反して勝手にものを収納し始めた。ついでに、危ないところを助けてくれた暴走機関だって、私の意思なんて関係なく時間停止空間で破壊の限りを尽くして、結果的にだけど襲ってきた死神から私を助けてくれた。
 さっきの血肉吹き飛んだ光景が脳裏をよぎる。ヤバい、考えたらまた気持ち悪くなってきた……。

 それだけに留まらず、今度は目の前にその死神がいるんだけど。
 何でかな、すっごい無茶苦茶だよね。百瀬先生は私の家の事情で死神が一緒にいるって言っていたけれど、私この子のこと知らないし。

「ねえ、香織。この子、誰だか知ってる?」
「誰って、この子は琴音の妹でしょ。何言ってるの?」
 自分でもわかった。口をポカーンと開けて、すごい間抜けな顔になっている。
 不思議なんだけど香織にとっては、目の前のこの死神が私と一緒にいることが自然のことみたい。何でだろ。

「そもそも今日、保育園が突然休園になったから、学校で琴音が面倒を見るっ事になったって言ってじゃない。それで朝、三人で一緒に学校まで来たじゃない」
「そ、そうだっけ……」
「そうだよ。琴音の両親は共働きだから急な話に対応しきれなくて、仕方なく学校に琴音がお休みする連絡をしたら、連れてきてもいいって言われたって。暴走トラックから逃げた後で、琴音が細かく説明してくれたよ?」
 そんなはずない。
 喉まででかかっていたその言葉を、ぐっと飲み込んだ。

 だって、香織の隣りに座ってすごく悲しそうな顔をしている死神の顔を見て、そのあまりにも人間臭い表情を見て、とてもじゃないけど言えなかったんだよ。
 本当に妹が、姉に対してすがるような悲痛な顔で。

 そもそもおかしいんだよね。
 私はずっと一人っ子で、兄弟姉妹はいないの。確かに両親は共働きだから、もし妹がいたとしたら面倒は私が見ていたと思う。
 でも結局『もし』の話であって、間違いなく私には妹はいないんだよね。

「そういえば、琴音。お腹すかない?」
「うん、あまり食欲はないけど……そっか、今ってお昼休みなんだっけ」
「琴音の妹ちゃんもお腹すいただろうし、私がお弁当を取りに行ってこようか。っていうか、私がお腹ペコペコなんだよね」
「う、うん。お願いしていいかな」
「もちろんだよ。ちょっと教室まで行ってくるね」
 お弁当……私の分しかないんだけどって、やっぱり言い出せなかった。私の鞄の中には、私の分のお弁当しか入れてないよ。
 っていうか、あの死神の大鎌を収納してから、何かがおかしいんだよね。

 ふと気がつけば、保健室には私と死神だけになっていた。
 保健室の林先生はしばらく前にお昼を食べに学食に行っているから、香織がいなくなれば二人っきりになるのは当たり前なんだけど、なんだか気まずいな。

「あなた、名前は?」
 私の問いかけに、死神は口をへの字にして首を横に振る。
 そもそも名前がないのかな。それだけじゃなくて、どうやら喋ることができないみたいで、そのあと口を開けて少し動かしたけれど、また口を閉じてうつむいちゃった。

 どうしよう、敵か味方かわからないし、どう扱えばいいのかわかんないよ。
 少なくとも敵意みたいなものは感じないけど。でも間違いなく、さっきはあの大鎌で殺されそうになったんだよね。

「ねぇ、さっきの大鎌って出せるの?」
 いろいろ考えていたら、私の口からその言葉が出ていた。

 一瞬驚いて大きく目を見開いた死神は、大きく頷いて立ち上がると手を横にかざした。ポツポツと黒い光が空中に浮かんで死神の手の中に集まっていき、やがて死神の手の中で大きな鎌に変わった。
 それは禍々しい光のはずなんだけど、見ていた私には何だかとっても綺麗な光で、呆然としばらくその光景に見とれていた。

 そしてハッとなった。

「……それでまた、私を斬るの?」
 思わず私の口から出た言葉に、動揺したのは死神だった。
 びっくりして手を離した大鎌は、再び黒い光に変わりながら空中に消えていった。その場に立ちすくんだままで目に大粒の雫を浮かべて、首を横に小刻みに振りだした。
 その時初めて気がついた。あ、この子の瞳って真っ赤なんだって。
 よく、物語の中で魔族の瞳が赤いって書かれていたけれど、実際に目にするとそれほど違和感はない。不思議だとは思うけどね。

 とめどなく涙を流す死神に演技みたいなものは全く無くて、本当に悲しんでいる感じだった。
 なんだか……これじゃ、私が悪者じゃん。

 私はベッドから降りて立ち上がると、たったまま涙を流している死神をそっと抱きしめた。抱きしめてから、うかつな自分の行動に内心苦笑いを浮かべた。

 もしかしたら私、死んだかも……。

 でもそれはフラグにすらならなくて、ビクッと体を震わせた死神はしばらくしてから、ゆっくりと私に抱きついてきた。本当に悲しかったんだと思う、しゃくり上げて私の制服にギュッと顔を押し付けてきた。
 なに、この可愛い生き物。

 もうね、妹が死神でもいいやって思った。

「妹だとしても、名前がないと不便だよね」
 少しだけ、死神が硬直したのがわかった。
 依然として状況は全くわからない。でも、私の異能が勝手に死神の鎌を収納したから、もう死神は私からは離れられないんだなって。何だか腑に落ちて、死神をそっと体から離すと視線を合わせるようにしゃがんだ。
 目の前で不安そうにしている死神の頭を、そっと撫でる。

「あなたの名前は、鈴音。じゃ駄目かな……?」
「すず……ね……?」
 鈴の音のような声が、目の前の死神――鈴音の口から漏れると、私の中から大量の何かがごっそりと抜けていった。目眩を感じて倒れそうになる私を、慌てた鈴音が抱きとめてくれた。
 でもどうやっても鈴音の体が小さくて、抱き止めきれなくて一緒に床に転がっちゃったんだけどね。

「琴音お姉ちゃんごめんなさい、鈴音、支えきれなかった……」
「いいのよ。体が小さいあなたが、私の体をを支えられるわけないもん」
 横になったまま鈴音の頭を優しく撫でると、恥ずかしそうに鈴音がはにかむものだから、両手でギュッと抱きしめた。

「あーっ、琴音。なんで鈴音ちゃんと床に転がってるのよ。まだ本調子じゃないんだから、無理に動いちゃ駄目だって」
 案の定というか、戻ってきた香織に怒られちゃった。

 で、何でか私の鞄の中には二人分のお弁当が入っていて、ちょっとだけ食欲が出た私は一緒にお昼ごはんを食べることができた。
 香織が鈴音に色々質問していたけれど、鈴音自身の認識も保育園児みたいで、普通に家の近所にある保育園の話題が出てきた。内心首をひねっていたんだけど、もうそういうものだと思って諦めることにした。

 だって、どうやっても私の異能は私の意思とは関係なく、勝手に発動するんだから。