13話 もっと強くなりたい


 意識がゆっくりと浮上していく。

「ははっ、マジか。相も変わらず全快してるとか、笑えない冗談だな……」
 当たり前のように生きている自分に、何だか少し空しさがこみ上げてきた。
 さっき意識を手放した場所で、全く同じ格好で蘇ったようだ。

 案の定、目の前の池の水から色が抜けきっていた。
 ゆっくりと伏せていた体を起こす。
 両手に違和感を感じて手を見ると、右手には剣が、左手は鞘を握りしめたままだった。ため息をつきながら、その二本を脇に並べて置いた。
 おとぎ話の魔剣じゃあるまいし、ちょっと切れ味がいい剣と言うだけのはず。それでも無意識のうちにずっと手に握っていたのなら、この剣と鞘は自分にとって大事な武器になっていたんだろう。

 今さらながら、こちらもずっと背中に背負っていたリュックサックを剣の側に下ろした。

 血だまりは、跡形もなく無くなっていた。
 それが体に戻ったのか、それとも蒸発なりして消えたのかは分からない。だけど、今自分が貧血になっていないことから考えると、何らかの形で血液も補填されたと見ていいのかもしれない。
 当たり前だけれど、毒は体から綺麗さっぱり消えていた。

「水の色すら抜けるって……いったい、俺が死ぬと何が起きるんだ?」
 無理をして走って、体のあちこちを擦ったのだろう。一張羅の衣服がボロボロになっていた。
 色の抜けた池の水を試しに飲んでみると、何の味もしなかった。



 あらためてリュックサックを背中に背負って、左手で鞘に納めた剣を持った。剣はどうしても腰に吊したり、背中に背負ったりすると落ち着かなかった。
 これも、突然降りてくる謎知識の影響なのだろう。
 今までの自分の戦い方からすると、鞘あっての剣技なのかも知れない。

 池まで来た道に沿って森の小道を歩いて行く。
 視界は真っ白だった。
 木も、草も、そして大地ですら、純白に染まっていた。
 車を手に入れた瓦礫の街と比べて、自然が多い場所ではより色が抜ける対象が多いようだ。しばらく歩いて街道に出ても、真っ白になった景色は変わらなかった。

「時間、どれくらい経ったのだろう……」
 空を見上げると、太陽が少しだけ傾いていた。
 この傾きが、倒れてから少し経っただけなのか、それとも既に何日か経っているのか……。

「レイジさんっ――」
 街道を歩いていると、箱形の車が通りかかった。車は、レイジのすぐ側で停まると、助手席の開いた窓からカイルが顔を出してきた。

「えっ、カイルさん? どうしてここに?」
「どうしてって、あのあと冒険者ギルドで話をしていたら、ガンドゥン帝国暗部の遺体が路地裏で見つかったって話があったんだ。
 誰かが争った跡があって、街の外に駆けていった人影があったと。
 この時期に命が狙われるのはレイジさんだろうと、冒険者ギルドで車を借りて急いで現場に駆けつけたんだ」
 助手席のドアを開けて、カイルが車から降りてきた。

「いや、人違いだったら、どうするんだよ」
「それはないな。あの街は絶対的な中立都市だ。基本的にどこの国にも属していないから、だからこそどの国にも属さない人が集まるんだ」

 特に気にせずに街に来たけれど、そんな街だったのか。
 とすると、なぜガンドゥン帝国の暗部が……?

「そのまま血痕を辿ってここまで来たんだが……大丈夫なのか? 壮絶に出血していた感じだったが」
「ああ、大丈夫だよ。それだけの為にわざわざこんな遠くまで来てくれたのか?」
「それだ、さすがにびっくりしたぞ。夜は見えないから途中で野営を挟んで、それでも丸一日かかっている。まぁ、時速三十キロで走ってきたから時間がかかったってのもあるが。
 しかし何でまたこんな遠いところまで来たんだ?」

 ……はっ?
 今なんて?

「ちょっと待て、丸一日の距離って何だ?」
「それはこっちが聞きたいわよ。一日で三百キロ走るって、どうやったらそんなに進むことができるのよ」
 スライドドアが開いて、クレールとユイミ、ポラントが車から降りてきた。クレールは慌てて近づいてくると、レイジの体をあちこち触り始めた。
 となると、運転手はピエールか。
 ……ちょ、ちょっとクレール、どこ触ってるのさ。

「待ってくれ、本当に大丈夫だから……」
「そういう問題じゃないわよ。あれは出血性の毒よ? あんなの受けて、その上でずっと駆けてきたんでしょう。無事なわけないじゃない」
 そんなに心配されるほど、俺はこの人達に何かできたのか?
 ユイミも眉毛がハの字になっているし。
 ポラントは片掛袋から小瓶を取り出すと、レイジに手渡してきた。

「昔エルフから買った解毒薬だ。かなり強力な毒も解毒できる。顔色は問題なさそうだが、念のために飲んでおくといい。
 クレールは一目惚れだそうだ、一番慌てていたのも実はクレールなんだ」
「ちょっと、それは言わない約束じゃない」
 レイジの体を見ていたクレールが、ポラントの言葉に顔を真っ赤にして抗議していた。

 ピエールは四人が車から降りたのを確認して、レイジの後ろに車を移動させると、エンジンを止めて車から降りてきた。

「それにしても、この真っ白な森は何なのでしょう? 車で走ってきたら、突然切り替わるかのように白い景色に変わりました」
「そうだよ、こけはどういう事なんだ? もしかして、レイジさん知っていたりするか?」
 ピエールとカイルの疑問に、レイジは内心頭を抱えた。
 恐らくだけれど、この森が白色化した原因は十中八九レイジの仕業だ。ただ、自分が意識して起こした現象じゃないため、正直言って扱いに困る話題だった。

「ちょっと、話は車の中でもいいんじゃない? 今から飛ばせば、夕方までに街に戻れるわよ」
「ああ……確かにそうだな。急ごう。確かに今からなら間に合うな」

 クレールが機転を利かせてくれたのか、それとも本当に時間がないのか……たぶん後者か。慌てて全員が車に乗り込んだ。俺がぼーっとしていると、戻ってきたクレールに引かれて、三列目の座席に乗り込むことになった。

 結局、道中はたわいもない話をしながら、白くなった森の話題に触れられることはなかった。
 来る時よりも速度を上げた車は、予定通り日が沈む頃にはシンジュクの街に戻って来ることができた。



「すまん、間に合わなかったようだ。
 ガンドゥン帝国の車があった時点で、暗部の情報は得ていたんだ。だがまさか、幻惑の魔道具まで持ちだしてくるとは、想定外だった」
 車を借りていたこともあって、そのまま冒険者ギルドの本部に向かうことになった。
 車が本部に着くと、車から降りたレイジは職員に捕まってそのまま連行、総ギルド長の部屋に放り込まれた。それこそ、誰何する暇すらもなく。
 そして中にいたクロードに、有無を言わせず応接椅子に座らされた。

「いや、結果的に無事だったのだから、問題ないと思うよ」
「……問題ないなどという、生半可な状況ではなかっただろう。うちの暗部から状況は聞いておる。麻痺毒を受けて、さらにガンドゥン帝国でも幹部クラスの暗部に襲われていたと。
 そんな状態にもかかわらず、うちの暗部が助力する隙すらもなく、ほぼ一方的に切り伏せたようだな。
 だが猛毒を受けてなお、街の外に向けて駆けだした真意を、聞かせて貰えんか?」
 見られて……いたのか……。
 気づかないうちに表情に出ていたんだと思う。クロードの目がスッと細められた。もっともそれも一瞬のことで、軽く息を吐くと淹れてあったお茶を口に運んでいる。

 いや、ある意味冒険者ギルドにしても、想定内だったと言うことだな。
 
 ずっと左手に持っていた剣をチェアーに立てかけると、同じようにお茶の入ったカップを口に運んだ。
 ついでに、リュックサックも横に下ろした。どうもリュックサックは背中に背負っていても、その存在を忘れる傾向にあるようだ。

「俺が死んで蘇ると、俺を中心に周りの物が全て真っ白になるんだ」
「いや待て……前提条件が、蘇るということなのか? さすがにそれは、冗談なんだろうな」
 きっと本当に想定外だったのだろう。クロードが身を乗り出してきた。

「誓って冗談じゃない。あの車を入手した時も、殺されて蘇り、俺を殺した二人組が黒炭化して勝手に死んでいたからなんだ。
 俺が弱かったから、今まで何回も命を落としている。ただ蘇る際に、周りの世界が真っ白に染まっているんだ」
「にわかには信じられんが、青龍の鱗からもそれに近い話は聞いている。
 詳しい話を……聞いても良いか? もちろん、個人的な情報に関しては、ギルドの規定で秘匿が認められている」
 クロードがチェアーに座り直し、真摯な目で見つめてきた。
 ここは……そうだな。これ以上秘密にしていても、逆にこの街の迷惑になる可能性が高い。
 今回はたまたま街の外に出ることができたから、誰も被害を受けることもなく蘇ることができた。
 俺は弱い。
 もし次に動けない状態で命を落としたなら、もしかしてこの街を滅ぼしてしまうかもしれない。

「いや……話すよ。たぶん驚くと思うが――」
 喉がからからになっているのに気づいて、もう一度コップを口元に運んだ。