「ちょっと、ヘルウルフ? 世界の危機ってどういう事?」
『ふむ。途中参加のイブキには、最初から説明せねばならぬか――』
首を落としていたヘルウルフが、僕の方に顔を向けた。
そして最初にそう前置きをして、ヘルウルフは翆霊樹を含めて世界に起きている現状を僕にわかりやすいように説明してくれた。
この星は魔力が常に巡っていることで成り立っているんだって。
魔族と魔獣が魔法を使って、魔法として使われた魔力が星に還元されることで、草木がが育ち大地が潤う。そして魔族と魔獣が自然を食み、再び魔法を使って魔力を星に還す。そうして世界が回っている。
作り出される魔力が足りなくなると、星は魔獣を生み出して作り出される魔力の元を補う。
ここまでが僕も、さっき森の中で説明してもらった流れなんだけど、問題はこの先らしい。
ここ最近、魔族が魔石を使う機械を使い出したことで、恐らく世界規模で魔力の還流が停滞している。星はそれを解消するために魔獣を生み出すけれど、エネルギー源の魔石を得るためにその魔獣も狩られている。
ヘルウルフの話を大雑把に理解した結果がそれだった。
つまりあれだよね、さっき僕がすっごく興味を惹かれて見ていた魔石を使った機械が、あれのせいで世界がおかしくなっているってことなの?
えっ、違うの? 間接的にはそうだけれど、本質は魔族が魔法を使うことをサボっているからなんだ?
ちょっとややこしいけれど、魔獣も魔族も星からしたら役割は一緒らしい。その魔族が、魔法を使っていないそうなんだ。
ちなみに魔族は、魔獣が進化した種族なんだって。
魔族は、魔獣の中で『意思』を得た個体が長い年月をかけて存在を研鑽した結果、永遠の寿命を失うのと引き換えに、知識を得て、さらに世代を引き継ぐ力を得た進化種らしい。
寿命が限定されるのが進化って言われて首を傾げそうになるけれど、しっかりとした自意識や知識っていうのは、寿命を凌駕するほどの価値があるみたい。そう言われればそうか、物事を考えられるってことは、文明を築き上げられるってことだもんね。
この翆霊樹の森エルフも太古の昔に進化した種族で、元はドリアードっていう魔獣? いやヘルウルフさんや、魔獣っていうより分類としたら精霊とかだよね? あ、どっちでもいいんだ……から、進化した種族なんだって。
何か……どこかで聞いたことあるような……人間にも似たような神話があったような記憶があるんだけど。なんだっけ、アダムとイブ?
確か知恵のリンゴ食べてエデンから追放されて、寿命で死ぬ運命が課されたお話だったはず。こうやって考えると、何だか同じ話なような気がするよ。
そんで世界の危機の話だった。
「つまり魔族の人たちが機械に頼りきりで魔法を使わないから、星に対して魔力の還元が満足に出来ていない。さらに魔石を得る過程で魔獣もたくさん倒しちゃうから、星の魔力が足りないのにも関わらず無理して魔獣を生み出し続けているってこと?」
『そういうことだ。還元される魔力は多少の減少ならば何とでもなるが、聞けば機械頼りの文明の流れは世界的に進行しているようでな、恐らく今後も加速度的にその傾向が進むであろう。対策を取るならば、今から始めねば間に合わぬことは自明の理だな』
「ヘルウルフ様。例えそうだとしまして、今すぐに使わないようになどと言われましても……せめて五百年程時間的な猶予があれば何とかなると思われるのですが……」
フィナンシェラが頭を抱えながら項垂れた。そんなフィナンシェラの肩に、隣りに座っていたエルフの男性がそっと手を触れた。それから意を決したようにヘルウルフに向かって口を開いた。
……あの。ちょっと待って。今、五百年って言わなかった?
僕の聞き間違いかな? この翆霊樹が枯れそうだって、百年ほどしか持たないってさっき言っていたはずなんだけど、こっちの問題はいいのかな。
「申し訳ありません、ヘルウルフ様。さすがに今よりも八割魔道具を削減するための期限が、たったの八十年では、時間的に考えても到底無理ではないかと」
『……そなたらが無理だと言うならば、それ以上は何も言うまい。ただそれならば、我が手助けできることは無いと思うべきだ』
「へ、ヘルウルフ様……そんな……」
「しかし……」
うん、このエルフ達絶対にアホだよ。
何だよ、今すぐどうにかなるような深刻な問題じゃないじゃん。
まだ八十年も猶予があるのに、やる前から諦めてるってどういうことなのかな。千年単位の寿命があるとは言え、長命種だからその時間感覚がおかしい。そう言えばさっきこの巨大樹の街に来る前にも、似たような違和感を感じた気がしたけれど、これか。これなのか……。
『話は終わりだ。イブキ、ミリエルもゆくぞ』
「そうですね、ちょっと私も腹が立ってきました。助けてほしいけれど、でも協力はできないとか、虫が良すぎると思います。行きましょうか、イブキさん」
「えっ……ほんとに、話が終わりでいいの?」
『うむ。仕方あるまい。あとすまぬがイブキ、先程のカードをフィナンシェラに返却してもらえぬか』
まだ色々買いたいものはあったけれど、僕は言われたとおりポケットから取り出したカードをテーブルの上に置いた。カードが置かれた音で、俯いていた二人の肩が揺れた。
立ち上がったヘルウルフとミリエルがエレベーターに向かったから、僕も慌てて付いていく。
エレベーターで一階まで下りて、そのまま翆霊樹の外に出た。結構時間が経っていたみたいで、森の中は暗闇に沈んでいた。ゆっくりと歩むヘルウルフの後をキャリーバッグを引きながら付いていく。
『イブキは故郷に帰るのだったな、明日にでもさっそく行くのだろう?』
落ちていた長い棒の先に、魔法で明かりを灯した。明るくなったことで足元は見えるようになったんだけど、大樹がそびえる森の中は深い闇に沈んだままだ。正直言って、ヘルウルフが先導していてくれなかったら、絶対に夜の森の中になんて入らなかったよ。
遠くの方で夜鳥が嘶く声が聞こえてくる。
「あ、うんそうだね。結局地図とかなかったから、ここが何処なのか分からず終いだけれど、何とか頑張って探してみるよ」
『森エルフの件もあるから助けになるか分からぬが、我の塒に戻って反対側に倍ほど進めば大河の河畔にドワーフの国があったはずだ。我とは直接の交流はないが、不干渉という意味ではお互いに関知はしておる。行ってみたらどうだ?』
「ドワーフ? うん……そう、だね。行ってみるよ」
しばらく歩くと、森の中にそびえ立つ大きな壁が見えてきた。近づいていくと見えてきたのは大きな岩山のようで、壁に大きな穴が口を開けてた。その穴から、これまた大きく黒い狼が顔を覗かせていた。
どうやらここが、ヘルウルフの塒のようだ。
『今宵はここに休んで、明日の朝になってから行くがいいだろう』
ヘルウルフに続くまま中に入ると、中は恐ろしく広い空間になっていて、沢山の黒い狼が居た。その空間の中心辺りには漆黒の丸岩があって、柔らかく黒い光が空間を仄かに照らし出していた。黒いひかりなのに明るいって意味がわからないんだけど。
あれがきっと、ヘルウルフが湧く魔素源なんだろうな。
そんな真っ黒な狼たちの中にあって一匹、真っ白な小柄な狼がいる。真っ白な狼は、ヘルウルフが帰ってきたことに気がつくと、近寄ってきて嬉しそうにヘルウルフに体を擦り付けていた。
ヘルウルフがいるおかげか、黒い狼たちから敵意を向けられる心配はないみたい。それでも狼たちが寝るために丸まっているのに、僕の背の高さほどもあるからちょっと怖い。そんな小山があちこちにあるんだよね。もし襲われたとしたらひとたまりもない。
壁際の一角に、僕とミリエルが寝られるように敷物を敷くと、ちょうど塒の中を一回り周ってきたヘルウルフが近くに横になった。白い狼も当たり前のようにその横に寄り添う。
そう言えば食事を取れなかったな――何て考えながら、さっきエルフの国で買った……いや、僕がお金払っていないから貰ったことになるのかな。サンドイッチをキャリーバッグから取り出した。
ミリエルはどうやらいらないみたいだったから、一人で食べる。
種族特性っていうのかな、ミリエルは神界では霞を食べて生きてきたみたいで、とりあえずは水だけ飲んでいた。さすがに世界が違うから、ここだと何か食べないと駄目なんじゃないかな。体の構造が僕たちと根本から違うのかも知れないけれど。
『ミリエルは明日、どうするのだ? 元々、イブキと行動を共にしていたわけではないのだろう』
ずっと灯してきていた枝先の明かりを消すと、まるでそれに合わせるかのように漆黒の丸岩が発する光も弱くなった。
ミリエルに顔を向けると、顎に手を当てて困ったように首を傾げていた。
「私は、できればこの世界を見て回りたいですね。イブキさんとご一緒させてもらえればいいのですが……間違いなく足手まといになってしまいますよね。食べるものも、私の体が今何を食べられるのか分かりませんし。魔力を周りから取り込めないので、一切の魔法が使えませんから、完全に戦力外だと思うのです」
ミリエルの言葉に、今度は僕が首をかしげる番だ。
僕の二つある記憶を辿ったって、どっちの僕も戦闘経験とかないから、普通に僕だって戦力外なんだよな。手元に武器として持っているのは、僕が眠っていた寝台から持ってきた小型の銃が一丁と、それに込める弾が二箱。武器としては正直心もとない。
あとは魔法も使えるけれど、魔法に攻撃のイメージがないんだよな……。
でもさすがにこの場面で自分の戦力外は言い出せず、じっと話の行方を聞いていた。
「ちなみにこの森の外に、危険が危ないところってありますか?」
『……ミリエル。それは何だか、同じことを言っておらぬか? まあよい。我が縄張りから外に出て我の縄張りの影響下から外れれば、大型の肉食動物や魔獣などが捕食のために、普通に襲いかかってくるであろうな。我のような知的な魔獣はほとんどおらんと思ったほうがいい』
「そうなんですね。やっぱりここ以外の森ですと、危険なのですよね。だったら一緒には行けませんね、最終手段としてはさっきのエルフの国に頭を下げて、庇護して頂くしかないでしょうか……」
『まあ待て。それで提案なのだが、護衛としてレイウルフを連れてゆかぬか? 我の番い候補なのだが、もう少しで意識覚醒まではしそうなのだ。意識覚醒には、もう少し外の世界を経験させてあげねばならんのだ』
「番いですか?」
ヘルウルフの言っていることが理解できるのか、寝ていた白い狼――レイウルフが首をもたげて、前足でヘルウルフを叩き始めた。どうやら不満らしい。そうだよな、一緒にいたい相手と離れ離れになるのって、やっぱり辛いもんな。
『知恵を持った魔獣が魔族になる進化条件がな、同格の番いがいることが最低条件なのだ。我が未だにヘルウルフのまま進化できぬのはそういう理由からなのだよ。可能ならばレイウルフに世界を周らせ、意識覚醒を促してもらいたいのだ。頼めぬか?』
「いいですけれど、私が一緒に行くのだってたぶんイブキさん次第ですよ?」
「僕なら、別に構わないよ。ミリエルと出会ったのもきっと何かの縁だろうし、一緒に行くなら是非に。何だったら、ヘルウルフもレイウルフと一緒に行けばいいんじゃないかな。そのほうが意識覚醒とか早い気がするよ。まあ、ここの管理者なら難しいかも知れないけど」
僕の言葉に、ヘルウルフの目がすっと細められた。
『うむ、それもいいな。そうしよう。別に我はここで何か管理しているわけではないからな。それにここに我が居なくても、この塒と縄張り程度であればこ奴らでも維持できるであろう――』
ヘルウルフは満足そうに唸ると、話は終わったとばかりに首を丸めた。同時にレイウルフの前足も下がったから、やっぱりヘルウルフの言っていることを理解できているらしい。
こうして明日からも、レイウルフも加えて二人と二匹で行動することになった。
ひとまずはドワーフの国に向かうみたい。
半分くらい掛けだったけれど、僕は内心ホッと胸をなでおろした。
僕……たぶん、弱いからね……。