ボツ 14.向かった湾岸動体研究所は、既に崩壊寸前だったわ。


 見上げた空に、普通に翼竜が飛んでいる。
 ちょっと前だったらありえない光景にちょっとだけ目眩がする。

 地球にいた頃は、太平洋の海底火山から噴き上げた噴煙が上空すべてを覆っていて、昼間でもほぼ暗闇の状態だった。
 移民船である方舟に乗って、ここに墜ちたときも少しだけ青空を見たけれど、あの時は色々と必死でそれどころじゃなかったことを今更ながら思い出した。
 安全地帯である地下に潜ってから、久しぶりに出た地上。ロボットの中っていう、ちょっとだけ安全な状況で視界に入った空は、思わず息を呑むほど青かった。

「師匠、あとどれ位で研究所に着くんですか?」
「魔獣が想定以上に多くてな。恐らくだが、もう三十分くらいはかかるかもしれん」
「えー、さっきから到着時間、変わってないじゃないですか。急いでくださいよ。そろそろ先輩の太ももが限界ですよ」
 申し訳無さそうに結衣が顔を向けてきたから、思わず笑顔で首を横に振る。
 私より小柄な結衣は私もびっくりするほど華奢で、今も膝の上ではしゃいでいるけどものすごく軽いのよね。ちゃんと食べるもの食べてるのか心配になってくる。ちょっとだけ結衣の眉間にシワが寄ってきたから、慌てて口を開く。

「結衣さん、私ならまだ大丈夫よ」
「ホントですか? それよりも、先輩。私のこと名前で呼んでくれるんですね」
「さっきまで、苗字は知っていたけれど下の名前を知らなかっただけよ」
「あ、それ、逆にへこみます」
 そんな会話をしている間も、レイジが操る機体が巨大なカマキリと大立ち回りをしているところで、私の視界を大剣が斜めに過ぎていく。大剣を振り抜いて巨大カマキリの首を飛ばしたところで、首を失ったカマキリの胴体がゆっくりと崩れ落ちていった。
 何かしら襲われる要因でもあるのかしら、少し進んだだけですぐに大型の魔獣に襲われているのよね。機体の性能のおかげで、今の所は危なげなく倒せているものの、生身のままだったらすぐに命を散らしていたかもしれない。

 もっとも、私ならたぶんその攻撃すら無効化しちゃうけど。

 再び車両の状態に変形して、瓦礫を避けながら道を走る。
 道に横たわったていた巨大な蛇を、人型変形からのジャンプで飛び越えて、再び車両に変形する離れ業で躱した。その滑らかな動きもびっくりしたけれど、それよりも相変わらず車内にいても軽い重心移動程度で、変形に伴った衝撃がないことに驚嘆する。

「師匠、この衝撃吸収って、これも何か新しい技術使ってるんですか?」
「ああ……それに関しては、とょっと反則的な力に頼っている」
「何かまた、新しい技術でも開発したんですか?」
「いや、さすがに信じないだろうが、使っているのは魔法だ」
「魔法? へぇ、師匠も魔法が使えるんですか。私も先日、魔法使いになれたんですよ」
「……は? なんだと?」
 レイジが振り向いたタイミングで、無意識のうちにハンドルも切ったんだと思う、急に進行方向が変わったために車体が横滑りし始めて、車道を外れて流れるように公園に突っ込んだ。木々をなぎ倒し、中にいた生き物を轢き飛ばし噴水広場に躍り出た。
 噴水で水を飲んでいた巨大な牛が、ものすごい速さで首をこっちに回した。目を見開いて大口を開けているから、ちょっと間抜け顔よ。

 その巨大牛めがけて、車は滑っていく。

「ちょっ、ちょっと師匠っ! ちゃんと前見て運転してくださいって」
「おい待て待て、何で結衣が魔法を使える? いやそもそも結衣は、地球人で普通の人間だろう? いったいどういうことだ。人間には魔力器官がないから、本質的に魔法が使えないはずだろう」
「あああっ、前っ、前ええぇぇっ! それに関して相談に来たってのが、今日師匠の元を訪れる目的なんですけど、って危ないですって師匠おおぉぉっ!」
 大牛にぶつかる直前で流れるように人型に変形、大牛の背中に両手をついて逆立ちになり、軽く牛の背中を跳んだ。その先にあった噴水も飛び越えて反対側の地面に着く頃には、再び車状態に戻っていた。回る視界に、目が回る。
 呆然と立ちすくむ大牛を後目に、再び走り出した車は公園を飛び出して元の車道に戻った。

「ああ、すまん。驚きに、ちょっと手元がブレたようだ」
「ちょっとなんてもんじゃないですよおおぉぉっ」
 やがてトキオシティ湾に近づくに連れて、周りの景色が倉庫や工場といった背の低い建物に変わる。
 相変わらず襲い来る魔獣を適当にあしらいながら、私達が乗る機体は湾岸の倉庫通りを駆け抜けた。



「見事に建物が何にもないわね……ある意味、想定外なんだけど……」
 湾岸の倉庫通りを抜けた車は、速度をおとして湾岸動体研究所の正門をくぐった。建物が壊れたって聞いていたけれど、目の前に広がった景色は私の予想を遥かに超えていた。
 入って正面が、まるで隕石が墜ちたかのように大きく凹んでいて、そこから外側に向けて放射円状に壁が崩れて落ちている。この凹みは確かに、地下駐車場にまで達していそうね。

 ここの湾岸動体研究所は、私達が乗っている機体を含めて、他にも多くの巨大ロボットを研究していた。巨大ロボットの研究をしていたために、元々が大きな建物だったと記憶している。本館は稼働実験のために、ロボットが立ったまま格納できるようになっていて、必要に応じて敷地内にある格納庫から移動していたっけ。
 その大きさは、周りの背の低い倉庫や工場と比べても見上げるほど大きかったことを覚えている。

 ちなみに本部は、その建物の脇に立つ普通の一般住宅と同じサイズの一軒家で、当然ながら倒壊している。接客や会議メインの建物だったから、強度もたかが知れていて、仕方がないといえば仕方がないんだけど。

「師匠……いったい、何をしたらここまで建物が崩壊するんですか?」
「これは完全に想定だったんだが。機体の電源であるエリクシルポッドに、外で討伐した少し大きな魔獣の魔石を連結させたらな、内部で無限ループしたエネルギーが急激に溢れたんだ」
「ちょっと待って下さい。確かエリクシルって、無限電源システムの基幹ですよね? そもそもエネルギー不足になることがないって、前に説明してくれたじゃないですか」
「一定の継続電気エネルギーを発電するだけなら、エリクシルポッドで足りたんだが、機体の動きを制御するために瞬間的に大きなエネルギーが欲しかったんだ。違う方法だが、魔石からエネルギーを取り出せることは元々知っていたから、組み合わせてみたら想定外に暴発した……というわけさ」
 車は人型に変形して、もうクレーターと言ってもいいくらいの凹みを飛び越えた。
 大きな魔獣ってなんだろう――そんな事を考えながら見上げた空を、無数のワイバーンが飛んで行く。翼膜を羽ばたかせているだけで空が飛べるのが不思議だけれど、きっと科学じゃあ証明できない魔法的な何かで飛んでいるのよね。

 本館の裏にある格納庫も爆発の余波で全てが倒れていた。建物が無くなって見晴らしが良くなったおかげで、その奥にあるトキオシティ湾がよく見える。
 機体は、瓦礫になった格納庫をいくつか越えた先、ひときわ大きな元格納庫の前で止まった。

「ここはなにかしら?」
「資材倉庫だな、表向きは」
「えっ、何ですかそれ。実際には違うってことなんですか? 確か前に来た時は、普通に資材倉庫でしたよ」
「甘いぞ結衣。ここにはな、ロマンが詰まってるんだよ」
 ゆっくりとしゃがんだ機体は、ロボットとは思えないような繊細な動きで、大きな瓦礫をどかし始めた。崩れないように片腕で支えて瓦礫を動かす様は、生きているような錯覚すら覚える。
 
 これに私、乗ってるのよね。何だか不思議な感覚。
 何があるのか気になって身を乗り出して見てみたんだけど、瓦礫の下にあったのは普通に検査機材や小型のコンテナで、普通の倉庫にあるようなものばかり。どこにもロマンのかけらもなかった。
 ふと、携帯電話が震えたような気がして、腰元から手繰り寄せる。何でかな、画面にはアップデート完了の文字が表示されていた。

 そういえば、イブキから全然電話がかかってくる気配がない。
 このロボットから降りたら電話、掛けてみようかな。いま、どこにいるのかしら。

「今のイブキなら……こんな時、何て言うのかな……」
 私の何気ないつぶやきで、瓦礫をどかしていた機体の動きが止まる。

「イブキが、方舟に……乗ってるのか……?」
 操縦席で私の方を振り返ったレイジは、何だか泣きそうな顔をしていた。私が搭乗記録からイブキが方舟に乗っていなかったことを知っていたんだから、父親であるレイジが知らないはずがない。
 でも実際に渡しは、イブキと話はした。

「乗っていないわ。方舟には、イブキはいない」
「やはり、そう……か……」
「でも、この星にはいるんだと思う。電話、繋がったし」
「……は? 何だそりゃ」
 私の言葉に頭を垂れたレイジが、また勢いよく頭を上げた。

「私もよくわかっていないの。ただ、この電話で電話掛けると、確実にイブキにつながる……はず?」
「はず……? だがしかし、イブキが方舟に登場した記録はなかったはずだが……」
 眉間にシワを寄せたレイジは目を瞑って何か考え始めた。
 その困惑、わかる気がする。私だって未だによく理解できていないもの。

「あのですね。師匠、先輩が重いって言っていますから、早く働いてくださいよ。師匠が言っているロマンが何かわかりませんが、どこかで一度落ち着きませんか?」
「ああ、すまん」
 結衣の言葉に、首をひねったままのレイジは、その体勢で再び前を向いて機体の操作を再開した。

 大きな瓦礫のあとに細かい瓦礫を避けて、潰れながらも積み上がっていた荷物を丁寧に運ぶと、現れたのはなんてことない倉庫の床だった。

「ところで師匠、何で私達さっきからこれに乗ったままなんですか」
「ああ、もう少し待ってくれ。地下に降りるまでの辛抱だ」
「……何だか調子狂いますね」
「よし。地下格納庫、ゲートオープン……」
 さっき私のつぶやきがなかったら、たぶんレイジはノリノリでゲートを開いていたはず。ちょっとだけ、罪悪感を感じた。

 目の前で起きたのはたしかにロマンだった。

 地響きとともに、倉庫の床がゆっくりとせり上がってきた。
 恐らく建物が健在だったなら、資材倉庫の外見はそのままで中に新しい入口ができるような構造で、恐らくこれは秘密の基地みたいな扱いなのよね。ほんと、ごめんなさい。

 本来ならすごく盛り上がるような場面なのに、何だか車内は微妙な空気のままで、機体はゆっくりと地下格納庫のゲートをくぐった。