15話 災厄をもたらす者


 意識がはっきりとしてきた。
 青空が視界に入ってくる。

 また……蘇ってしまった。それも恐らく、最悪の形で。

 あのまま凶弾に撃たれて仰向けに倒れたのだろう、背中に背負ったリュックサックが潰れていた。相変わらず左手には剣が握られていて、右手には店で買った衣服が、袋に入ったまま握られていた。

 風が頬を撫でていく。
 視界にはあるはずの高層ビルが、見えない。
 恐る恐る横を向くと、高いビルが崩れ落ちて瓦礫の山になっていた。思わずレイジは、目を閉じていた。


 恐れていたことが、現実になってしまった。
 今も、周りから一切の音が聞こえない。
 目をつむったまま体を起こし、ゆっくりと瞼を開いた。左右に首を回す。
 見渡す限り一面、高層ビルが崩壊していた。

 太陽の位置から考えて、既に時刻はお昼くらいなのだろう。それなのに、街は完全に無人だった。歩道にも誰もいないだけでなく、近くの家にも人の気配が無い。
 喉がカラカラに渇いて、思わずむせ返った。

 レイジはまるで油が切れた機械のような、ぎこちない動きで立ち上がった。
 少し先の民家に、見覚えのある車が突っ込んで止まっていた。あれもきっと、ガンドゥン帝国の差し金なのだろう。

 街路樹も全て色が抜けて、真っ白な葉枝が風に吹かれて揺れている。
 レイジは力なく肩を落とした。

「……俺がいるだけで、街にとって危険であることは分かっていた。
 分かっていたのに、やっぱりどうしようもできなかった。たった一晩ですら、間に合わなかった……」
 世界は無情で、レイジの事情なんて一切考慮してくれない。それが例えガンドゥン帝国の人為的な要因だったとしても。
 それこそあっさりと、レイジは死んだ。
 文字通り、周りの全てを巻き添えにして。

 目をつぶると、昨日の面影が瞼に浮かんでくる。

 もう二度と会えない、青龍の鱗の面々。
 涙が、溢れてきた。
 カイル、ユイミ、クレール、ポラントにピエール。
 出会った切っ掛けは車両事故だったけれど、気のいいパーティだった。ずっと一人でしか生きていけないレイジには、五忍の姿はとても眩しく見えた。
 刺客から毒を受けてレイジが街の外に飛び出した時も、遠いところまでわざわざ探しに来てくれた。
 あの時あのまま、シンジュクの街に戻らなければ、こんなことにならなかったのだろうか?
 胸が締め付けられる。

 気のいいドワーフも、もういない。
 シンジュク冒険者ギルドの総ギルド長クロード。
 荒唐無稽にな話を真摯に聞いてくれて、レイジが抱えている事情も理解してくれた。街にとって危険な人間だと、しっかりと認識してくれたはず。
 それでもなお協力を約束してくれた。その時、心の底から嬉しかった。
 流れる涙で、視界が滲んだ。

 他にも冒険者ギルドのみんなに、楽しくお酒を飲んでいた冒険者たち。
 服を売ってくれた被服店の店主。
 全ての命が、たった一つだけ『レイジが死んだ』こと。ただそれだけで、この街のありとあらゆる命が失われた。
 誰も気が付かずに、本当に一瞬で、だと思う。

 どうやってもレイジには、結果しか観測できない……。

「う……うわああああああぁぁ――」
 叫んだ。
 もう、どうしていいのか分からなかった。

 ただただ、大声で。
 喉も張り裂けんばかりの声で、レイジは叫び続けた。
 そのうちに声が枯れて、体の力が抜けてその場に崩れ落ちた。

 それでも涙だけは止めどなく、次から次に溢れ出てくる。

 やがて泣き疲れて、頭の中も空っぽになった。
 レイジはその場で寝っ転がって空を見上げた。
 真っ青で雲一つとしてない、透き通るような青空だった。空までは真っ白にならなかったことに、少しだけ安堵した。



 どれくらい空を見上げていたか分からないけれど、何となく大きく息を吐いた。
 仇は討たなきゃだな。少しだけ落ち着いた。
 今は、これからできることを考えよう。

 立ち上がって、レイジは歩き始めた。

 レイジが死んでから、たぶん十八時間近く経過している。それでも今、周りに人の気配が無いのなら、街は本当に無人なんだろう。
 高層ビルが倒壊し、草木の色が抜けて真っ白になった以外は、街は昨日のままだった。
 もしかしたら、近くの家からひょっこりと住民が顔を出しそうな、何も変わりない街並みがそこにあった。

 車道にも、車が一台も走っていない。
 もう少し時間が経てば、遠征していた冒険者が帰ってくる程度か。
 いずれにしても、この街は廃墟になってしまった。使えそうな物は、使わせてもらおう。

 足は自然と、冒険者ギルドの西門支部に向いていた。
 荷物は全部持って歩いていたので、そこに向かう意味は全くと言っていいほどないのだけれど。
 幸い、歩道や車道は綺麗なままだったので、程なくして冒険者ギルド西門支部に到着した。



 西門支部のビルの外見は、そのまま変わっていなかった。
 周りにある中小クラスのビルも、何も変わらずに建っている。きっと、全てに影響を及ぼしたわけじゃないのだろう。
 高層ビルに関しては魔法的な仕掛けがあって、レイジがその魔素を吸い取ったことによって崩壊に繋がったのかも知れない。

 駐車場にも、たくさんの車が駐車されたままだった。
 昨夜からずっとこのままなのか。普段ならば朝日とともに、冒険者たちは車に乗って各地に稼ぎに出かける。
 こんなのは、そもそもあり得ない光景だった。

「やっぱり、残っているのは黒い炭の山……か」
 自動扉が動かなかったので、無理矢理こじ開けてギルドのホールに入ると、そこは酷い状況だった。
 元は人間だったモノ、それが今はひと山の炭に変わっていた。その真っ黒な炭は、椅子から流れ落ちて環状の山になっていた。
 ちょうど夕飯を食べていたのだろう、テーブルの上には色を無くした料理が食べかけのまま乗っている。

 そんな炭山が、ホール中にたくさんあった。その全てが、元人間だった者達のなれの果てだ。


 人間は炭になり、それ以外の物は色が抜けて真っ白になる。無機物には、影響がないけれど、魔石や魔道具からは魔力が失われる。
 ここまでは、把握できている。
 まあ、把握できたところで何もできないのだけれど。


 カウンターの裏に回って、書類の山からレイジに関する書類を引っ張り出した。
 車はギルドの倉庫にあるらしい。
 本当なら今頃、車両組合から連絡が入ってギルド職員がナンバーの交付に行っていたはず。
 レイジはため息をつくと、書類に記載されている棚からカギを取り出すと、カウンターから出た。

 さすがに、ここにいる冒険者だった炭山から、カギを貰う気にはなれなかった。


 ギルドの倉庫には、真っ赤なピックアップトラックが駐まっていた。
 そう言えば、ガンドゥン帝国の車は、真っ白だったっけ。当たり前だけれど、ここの倉庫から移動されていた。
 もっとも、もうその車を研究する人もいないのだろうけど。

 カギを開けて、ボンネットを開けた。確かに、エンジンがガンドゥン帝国の試作車と比べてもかなり大きい。既に魔動機の小型化に成功しているということなのかも知れない。
 まあ……そんなの関係なく、これから全てを壊しに行くんだけど。
 待ってろよ、ガンドゥン帝国。

 車の横にまわって、魔石ボックスを開けた。案の定、中に入っていた全ての魔石が透明になっていた。魔力が抜けきった状態だ。
 レイジは魔石ボックスの中から色の抜けた魔石を取りだして、シャツをまくり上げて、自分の胸元にある石に触れた。
 ググッと何かが抜ける感覚とともに、透明だった魔石が赤く染まったかと思うと橙、黄、と徐々に色が変わっていって、最終的に魔石は明るい緑色に変わった。
 それを再び魔石ボックスに収納する。

「さて、敵討ちに出かけますか……」
 正直言うと、自分が誰に対して、誰の敵討ちをすればいいのかすら、全くもって分かっていない。
 ただ、俺を消す指示を出したガンドゥン帝国が無くなれば、それだけでいいような気がしている。ガンドゥン帝国さえなくなれば、俺の命を狙う国がなくなる。
 俺さえ死ななければ、誰も命を失わずに済む……。

 キーを回すと、大きな音とともにエンジンが動き始めた。ブレーキを踏んで、セレクトレバーをPの位置からDの位置まで動かす。
 アクセルを踏むと、車がゆっくりと全身を始めた。

 うん、燃費が悪そうだ。

 ギルドの倉庫を出て、色を失った街を駆け抜ける。
 途中で一台だけ、動いている車にすれ違った。中に乗っていた冒険者が、首を回して大きく目を見開いていたのが印象に残った。

 東門には、誰もいなかった。シンジュクの街を出ると、しばらく先まで草原が白化していることが分かった。
 法則は分からないけれど、今回はかなり広範囲が真っ白になったんだと思う。
 そのまま一路、東に向けて車を走らせた。

 目指すは、ガンドゥン帝国の帝都。
 知らないうちにまた、瞳から涙が流れ落ちていた……。