17話 アンジェリーナ


 不思議な女性だった。
 これまでに見たことがないような美女だった。透き通るような肌に、華奢な体。胸元は……見なかったことにした。
 身長はレイジより少し高い程度か。
 思わず見とれていたら、首を反対側に傾げて、サラサラの金髪が肩を流れた。そんなさりげない仕草さえ、息を呑むほど綺麗だった。
 そのまま固まっていると、その碧色の瞳でレイジの目をじっと見つめてきた。

「ねえ、今からでも遅くないよ。車両組合に盗難届出せば、門を出る前に止めてもらえるよ」
「……っは。いや、む、無理じゃないかな」
「どうしてさ。そんなに時間経っていないから、まだ間に合うよ」
 そう言いながら、頬を膨らませる姿にやっぱり俺は見とれていた。人差し指を唇に当てて何か考え出した顔に、心臓の鼓動が跳ね上がる。
 まずい俺、顔が真っ赤じゃないか……?

「い、いいいや。じ、時間じゃないんだ。ナンバーがまだ無いんだ」
「……えっ、そなの?」
「あ、ああ。ここに来るの初めてだから、ギルドで手続きしてから登録に行こうと思っていたから」
「あー、そういうことなんだ。そういうことなら……」
 女性はじーっとレイジの目を覗き込んできた。

「むり――」
「レイジさんお待たせしました。あらアンジェリーナさん」
「あー、ククルってば、聞いて聞いて。この子がさ――」
「あ……」
 完全に意識を持って行かれた。場の空気さえも。
 女性――アンジェリーナが話をしていくにつれ、受付嬢は可哀想な物を見るような目を時折レイジに向けてくる。
 いや別に、車のことはいいんだけどな……。
 そんなことを考えていると、受付嬢が体ごとレイジに向き直った。

「申し訳ありませんが、レイジさん。当ギルドでは車がないと依頼のおよそ九割が受けられません。
 ギルドカードの車両所有の記載があったため、特に説明はしませんでしたが……」
「あー、うん。そこはいいんだ」
 もともと登録だけで、それほど活動するつもりはなかった。だから、車が盗まれた時も、そのまま有効に使って貰えればいい、とまで思っていたのだけれど。
 相変わらずレイジの横にいて、何故か瞳を覗き込んでいたアンジェリーナが、両手を合わせて大きく頷いた。

「それならいい案があるよ。レイジ君……だっけ? わたしとパーティ組めばいいよ、ほらククルわたしのギルドカード。
 わたしなら車持ってるし、ちょどいいんじゃないかな」
「いや俺は……」
「せっかくだからククル。この間できなかった依頼、レイジ君と行ってくるよ。手続きしといて」
「……はい、分かりました。手続きしますね」
 アンジェリーナのギルドカードを受け取りながら、申し訳なさそうな顔で、空いた方の手を立ててきた。え、ごめんってこと? もしかしてこの子、問題児だったりするの?

 そのまま、レイジが口を出せないまま、アンジェリーナとパーティを組むことになってしまった。
 呆然と立ちすくんでいると、突然右手が握られて一気に現実に戻った。

「ね、行こ? 一人じゃ行くの禁止されていて、でもどうしても行きたかった遺跡があるの。これでやっと、堂々といけるよ」
 眩しい笑顔だった。
 手を引かれながら受付に顔を向けると、受付嬢のククルがいい笑顔で手を振っていた。

「わかったよ。ど、どんな遺跡か分からないけれど、一緒に行くよ」
「ふふふっ、お願いね」
 クールに言ったつもりだったけど、たぶん顔が引きつっていたと思う。でも振り返ったアンジェリーナの笑顔で、そんなことどうでも良くなっていた。



 帝都の北門を抜けて、まっすぐ北を目指していた。
 道は、地形に合わせて蛇行しながら低い山の間に向かって延びている。
 天気は雲が広がってきていて、もう少しで雨が降ってきそうな、そんな空模様に変わっていた。

「ピンクの、マニュアル車か……」
「ん? 何か言った?」
 少しカーブが急だったので、減速してギアを切り替えた。
 ハンドルを握りながら、レイジが何気なく呟いた声をアンジェリーナが拾ったようだ。地図を眺めていた顔を上げてこっちを向いた。

「いや、色々な形の、それこそ色々な車を見てきたけれど、ピンク色の車は初めて見たなって思って」
「いいでしょう、ピンク。これわたしが塗装したんだよ」
 そういうことか、と、思わず納得してしまった。
 箱形のよく見る形の車だ。過去の遺構からも一番良く見つかる車だと、車両組合で聞いたのを思い出した。
 ただ古い車にしては、色が綺麗だと思っていたら、外装を綺麗に塗装し直したようだ。そう言えば、レイジが乗ってきてあっさり盗まれた赤い車も、塗装が綺麗だった記憶がある。

「塗装って、そんなに簡単にできるのか?」
「それなりかな? ちゃんとそういう工場があって、そこで一般向けに中古のボロ車を綺麗にして売っているんだ。
 わたしは機材を借りて、この色に塗らせて貰ったんだよ」
「ボロ車って……確かにそうか」
「そだよ。冒険者のみんなはそのまんま、外装が剥げかかった状態でも乗ってるけど、ちゃんと手入れしてあげれば長く乗れるんだよ」
 アンジェリーナは車の話をしている時が一番楽しそうだった。
 そういえばエンジンも静かで、滑らかに加速していく。車体は古いし、エンジンも同じように昔のままなんだろうけれど、メンテナンス次第でこんなに変わるものなのか……。

 車の話をしたことで、アンジェリーナは生き生きと話をしだした。
 やれ、この車はエンジンを載せ替えてあるだとか、ミッションをばらしてギア比も変更してあるだとか……その都度降ってくる謎知識のおかげで、何とか話しについて行けた。
 きっと、ここまで話ができるのは初めてなのだろう。アンジェリーナは終始ニコニコと、車について色々と話をしてくれた。

 道中、何回か魔獣の襲撃を受けつつも、夕方には遺跡――古代の滅びた街の跡に到着した。



 何かの決まり事でもあるのか、もしくは縄張りの影響か、街の中には魔獣が侵入してくることがない。
 崩れた民家の庭先に車を駐めて、後ろからキャンプ用品一式を取りだした。

 しかし、男と二人きりだけど、問題ないのだろうか……。
 レイジの視線を感じたのか、アンジェリーナは料理を作っていた手を止めて顔を上げた。

「ん? どしたの?」
「俺と二人っきりで、こんな所まで来て良かったのか?」
「大丈夫だよ。何かあってもレイジ君、ちゃんとわたしを守ってくれるでしょ」
 そういう意味じゃないんだけどな。
 レイジは内心頭を抱えていた。いや実際そういう問題ではないだろう、と。これは男としてみられていないのか? 何だかへこむ。
 ただ、すごく信頼されていることだけは分かった。

 レイジ、年齢不詳。ただのヘタレだった。

「おおっ……」
 簡易テーブルの上に、たくさんの料理が並んだ。その見栄えに感動して、思わず感嘆の声が出ていた。アンジェリーナは嬉しそうにはにかむと、水筒からコップにお茶を注いでくれた。
 魔道具の明かりが、暗くなった庭先を優しく照らしていた。

 車があると言うだけで、冒険に持って行ける物資の量が段違いに多くなる。よく、物語とかでは徒歩で冒険に向かっている描写があるけれど、食事が簡素な干し肉だけになるのも本当の意味で分かった気がした。
 それだけ、車があると運搬力が跳ね上がる。

「この街ってね、遙か昔に工業地帯だった都市なんだって。たくさんの工場があって、まだ探索されていない場所が多いんだよ。
 街が崩壊した原因までは分かっていないんだけど、あちこちに溶けたような跡があるから光線兵器でも受けたのかなって、みんな噂しているの」
「溶解ってことは……まだ中には入れない場所が多いってことか」
「そうなの。魔法が使えれば、その限りじゃないんだけどね」
 そう言いながら、アンジェリーナは上に向けた手のひらに炎の玉を浮かべた。それをそのまま、空に打ち上げた。
 火の玉はレイジが見上げた先でまっすぐ上空へ飛んでいくと、突然スッとかき消えた。

「えっ、なんで魔法が使えるの……?」
 人間には魔法が使えない。それは、この世界の常識だった。
 魔術で作られた魔道具を使って、擬似的に魔法は使えるけれど、素の状態で魔法を使えるのは『魔族』だけだ。
 どうあがいても、人間には魔力がないから魔法を使うことができない。

「それは、わたしがエルフだからかな。人間の街に入るために、種族の特徴でもあった長い耳を切ったの。だから、見た目は人間と変わらないんだ」
「耳を……なんで……?」
「それを話しても構わないけど、その前にあなたのことを教えて欲しいかな。
 どうしてその膨大な魔力を、垂れ流しにしているのかを含めて」
 レイジは首を傾げた。

 魔力を垂れ流しているって、いったい何のことなんだ?
 それに膨大な魔力って……もしかして、胸に埋まっている魔石のことなのか?
 俺はいったい、何者なんだ?

 向かいに座ったアンジェリーナの真剣な顔に、レイジは思わず息を呑み込んだ。