2.驚愕。せっかく戻ったのにまだ時間が止まってるんだけど


「きゃっ、眩しいっ――」
 時間の流れが戻ったすぐ後に、依吹の撃ち込んだ拳の周りから光が溢れ出して、辺りが真っ白に染まった。私は慌てて目をつむった。
 ちょっと何これ、目をつむったのに光が目の奥まで入ってくるよ。

 慌てて両手で目を覆っても、眩しいのは変わらなかった。
 ただ白一色に染まった時間はそれほど長く続かなくて、じきに消えて無くなって視界が戻ってきた。
 強烈な光だったのに、目が焼けたりしなかったのはびっくりした。目の奥に突き刺さった感じだったのに。
 目がー、目がーって、言おうと思っていたのに言えなかった。

「依吹くんっ!」
 ハッとなって視線を向けると、床に拳を打ち付けていた依吹がその場でドサリと倒れるところだった。私の後ろにいたはずの志織が、倒れた依吹の元にもの凄い早さで駆けて行く。

 私はと言えば、何だかみんなが動きだした事に安心していて、そんな志織の動きを何となく目で追っていた。

 志織は依吹の元に行くと、しゃがみ込んで依吹の無事を確認して、その場できょろきょろと周りを見回してから、自分の荷物置き場に走って行った。棚から水泳道具が入った袋を取ってきて、依吹の頭の下に枕の代わりに敷いていた。

 その光景を見て、顔が少し赤くなるのが分かった。
 だって、水泳道具だよ? 袋だけど布一枚隔てた中には、いつも志織が着用しているスクール水着が入っているのよ?

 リア充は違うなって、しみじみと感じたよ。
 私も……彼氏が欲しいな……。


 そうして私が、時間が動き出した事に安心して、少し現実逃避している間にも、教室の中は大騒ぎになっていた。
 依吹が完成を阻止したとは言え、あの中途半端に展開していた魔方陣はクラスメイトに色々な影響を与えていたみたいで、あちこちで気絶した人が倒れている人がいた。
 まさに、異常事態だった。

 そこまで来て、さすがに私も正気に戻って慌てて立ち上がった。

「――あ、葛城さん、大丈夫? 回復したところ悪いんだけど、田仲さんのことお願いしていい?」
「えっ、ゆ、結城さん? え、ええ分かった。私、亜里沙さんのところに行くね」
 いつもはほとんど会話していない孝太朗に、突然声をかけられて、びっくりして思わず名前を呼んでしまった。孝太朗はそれだけ言うと、さっと私のもとから離れていく。

 あ、ちなみに葛城ってのは私のことで、『葛城琴音』が私のフルネームだよ。それから『結城孝太朗』が、今声をかけてきた男子ね。
 孝太朗はイケメンでオタクで、クラス委員長をやってる人。オタクなのにコミュ障じゃない人初めて見たよ。顔もいいし人当たりがいいから、女子の間でも評価が高かったりする。

 私が亜里沙の――亜里沙は『田仲亜里沙』っていう名前の、さっき孝太朗が言っていた子のことなんだけど、そっちに行こうとしたら孝太朗がまたこっちに駆け寄ってきた。
 思わず私は眉間に皺を寄せて、首を傾げていた。

「そうだ葛城さん、言い忘れてた。ちょっとこれ面倒な事態かもしれないから、注意してみんなを見てもらえるかな。異世界召喚が失敗してるから、何かしら異常が出ている可能性が高いんだ。
 具体的な症状とかはわからないけれど、例えば葛城さんなら時間停止の異能が使えるようになってるよね?」
「えっ、ええええっ? 何で何で? どうして、はああ?」
「そんなわけだから、ちょっといつもと違う様子だったら、すぐに呼んで。僕がなんとかするから」
 それだけ言うと、孝太朗は別のクラスメイトの所に駆けていった。
 たぶん私、すっごく変な顔をしていたと思う。でも頭の中はパニックでそれどころじゃなかった。

 あの……そもそも、異世界召喚って……なに?
 物語の中の話なんだよね、これってもしかして現実なの?
 私以外の時間が止まっていたのって、私の異能のせいだったの?

 いや待て待て。落ち着いて考えるね、何でその異能は『私の意思と関係なしに勝手に発動してた』のよ。普通は、自分で止めたり動かしたりできるよね?
 さっきいきなり時間が止まったよ。どういう事なのかな……。

 駄目だ、何だかまとまらない。
 考えても答えが出そうもなかったから、私は一回深呼吸をすると、亜里沙のもとまで駆け寄った。



 私が駆け寄ると、亜里沙は机に突っ伏すような形で気絶していた。
 こういうときは揺すっちゃいけないって聞いたことがある。頭とか打っていたら、無理に動かすと障害になっちゃうって。

 そう思って、そっと肩に触れると、すぐに亜里沙が反応した。身じろぎした後に頭を上げて、何だかまぶしそうに目を瞬かせている。

「亜里沙さん、大丈夫?」
「……あっ、その声は琴音さん? え、ええ。ちょっと目が疲れた感じがするけれど、たぶん大丈夫だわ。ありがとう」
 起き上がった亜里沙はまだ視界がおかしいのか、両手で目をこすっていた。
 これって……異常なのかな?
 もしかして、孝太朗に報告する案件なのかな。

 周りには、まだ何人か倒れている子がいる。律儀にも、孝太朗はクラス全員に声をかけて回っているみたい。時折クラスメイトをじっと見つめたあとで首を縦に振って、スマートフォンに何かメモしているみたいだけど。

 いったい、何してるんだろ。

 気になって見ていたら、孝太朗が私の視線に気が付いた。
 何だかいい笑顔を浮かべながら、私の元に駆け寄ってきた。何でかな、今日はやけに絡んでくる気がする。

「ね、葛城さん気づいた?」
「えっと……気づいたって、いったい何の話なのかな……?」
 たぶんこの『気づいた』は、さっきメモしていたのと関係ないんだよね。何だか目がキラキラしているように見えるし。

 孝太朗って、顔はイケメンで雰囲気も格好いいのに、たまにこんな感じにすっごく子どもみたいな表情をする時がある。この顔にギャップ萌えする女子がいるくらい、インパクトが強いんだよね。
 何だか私も、いまドキッとした。

「まだ異常事態は終わっていない感じだ。ほら見て、時間がまだ止まったままだよ」
「えっ……?」
 慌てて私が教壇の上にある時計を見上げると、時間は八時四十分を指したままだった。
 私は思わず目を見開いて、大きく息を呑み込んだ。
 さっき私だけが動いていた時間停止の世界でも、時計の針は八時四十分を指していたような気がする。

 待って、まだ時間が止まっているって事なの?