27話 キャンベリル王国軍


 城の前で車から降り、階段を上った先にそれはあった。
 巨大な城の中央下側が半円状に抉り取られていて、そこに透き通った黄色の巨石が鎮座していた。直径は二十メートルはあるだろうか、歪な卵形の巨大な魔石がここのダンジョンを統括するダンジョンコアのようだ。

 通常ダンジョンコアはダンジョンの要の為、ダンジョンマスターが最奥階層で厳重に守っているはずだ。それが、ここには入って見える場所に完全に露出している状態で置かれていた。

「これはスゲーな。遠くから見ても大きかったが、近づいてみるとさらにどでかいんだな。これなら都市全体を、ダンジョンとして管理できるわけだ」
「都市全体? どういう事なんだ?」
 ダンジョンコアを見上げているフィレンツの言葉に、思わずレイジは疑問の言葉を漏らしていた。

「なに、簡単なことだ。私達が出会い、レイジが歩いていたあの大通りでさえ、この巨大な魔王晶石が管理維持しているダンジョンそのものと言うことだ。
 正確には、この廃都の全て――元は魔導帝国アディレイドという国だったのだが、その外周を巨大な壁で囲い、壁の内側の建造物を全てダンジョンと見なした。
 しかしよく考えられているようで、致命的な欠点もあった。
 壁内の敷地に突発的にダンジョンが生成されるようになったのだ。まあ、いい意味で副産物でもあるのだが」
 クラウディが、フィレンツが、レティアが、そしてリメリアがその魔王晶石の前に並んだ。
 一斉にレイジを振り返る。

「さて、来るかレイジ? 無理にとは言わんが、できれば来てくれ」
「いや……そうだな。待ってくれ、俺もそっちに行く」
 レイジは端っこ、フィレンツの隣に並んだ。横を見ると、全員が優しい顔で見てくれていた。
 ああ、俺の事を本当に仲間だと思ってくれているのか。

「じゃあカウントダウンかけるから、同時に触れるんだぞ」
 クラウディが言うと、全員がしっかりと頷いた。
 レイジも合わせて頷く。

「いくぞ、三……二……一、タップ」
 レイジも同時に石に触れた。ひんやりとした感触が手のひらに伝わってくる。
 横を見ると、四人が恍惚の表情をしていて、体全体が淡く光っていた。
 時間にして数秒程度だったと思う。四人同時に大きく息を吐いて、思い思いに手を離してその場に座り込んだ。

 そしてレイジには、何も起こらなかった。
 何となく、そんな気はしていた。

「王は誰がやる?」
「クラウディでいいんじゃないか?」
「そうか。分かった、私が王をやろう。ではフィレンツが宰相か、似合わんな」
「それを言うな、オレが一番分かっている」
「それなら、わたしが王妃ね」
「リメリア、クラウディとずっといい感じだもんね。いいんじゃないかな。あたしはフィレンツで我慢してあげる」
「おい、我慢って何だよ。オレはおまけじゃないぞ」
 そんな会話を、レイジきっと羨ましそうな目で見ていたのかも知れない。
 一斉に顔を向けられた時、思わず息を飲んでいた。

「ずっと辛かったんだな……レイジは、この世界を滅ぼしていい。一旦、人間の世界はリセットするべきだろう」
「……はっ? 何を言って――」
 クラウディは首を横に振って、レイジの言葉を片手で止めると、すっと立ち上がった。
 止められたレイジはその場で動けなかった。
 いったい何が起きているんだろう?

「あのね、わたしもレイジは悪くないと思うんだよ」
「オレもそう思うよ、今の世界は駄目だな。人間達が悪い意味で幅をきかせすぎている。逆にな、魔族の肩身が狭いままなんだ。一万年前も、そうだったんだってな。
 今も変わらない。キャンベリル王国ですらそうなんだよ。
 ついでに言えば奴ら、オレ達に隠れて軍隊で追って来ていやがった。オレたちは使い捨てってか? まったく、くそったれだよ」
 リメリアが、フィレンツが、レイジの肩を叩きながら階段の方に歩いて行った。
 やっぱりレイジは、呆然と見送った。

「この魔王晶石の裏にね、下り階段があって、車庫に続いているのよ。レイジはそこにある車に乗って、開いている門に飛び込んでね。
 開いている門は国壁の南門に繋げてあるから、まずは海岸沿いに南を目指して。
 車の中に必要なものは載っているから、さあ、急いで……」
 レティアがそっと背中を押してきた。
 数歩進んでから気になって振り返った。

 センタータワーの入り口から、剣や槍を構えた軍隊が押し寄せてきていた。
 階段の端で、リメリアとフィレンツが武器を構えて立っている。いや、無理だ。とても太刀打ちできる数じゃない!
 慌てて駆け寄ろうとするレイジを、レティアが両手を広げて遮った。

「レイジは、振り返っちゃ駄目。ここはあたし達に任せて、早く行って?」
「しかしっ――」
「レイジ。あの程度の軍隊など、何の問題もない。ここの国のダンジョンは、全て我々が掌握している。
 今からダンジョンスタンピードを起こし、キャンベリル王国軍を退ける。レイジは、安心して旅立つがいい」
 巨大な魔石――魔王晶石に手を触れているクラウディが、レイジの目をしっかり見て、ゆっくりと頷いた。同じように、レティアも頷く。
 思わずレイジは、唇を噛んだ。

「……わかった、武運を祈る。死ぬなよ」
「ああ、レイジもな。この世界の行く末は、おまえに任せる」
 やっぱり最後まで、クラウディ達がこの魔王晶石に触れて、いったい何を見たのかが分からなかった。

 駆けだしたレイジの後ろで、地響きが聞こえてきた。
 レイジは首だけ回して、目の前の惨状に目を見開いた。

 魔王晶石の間の左右にあった上り階段と下り階段から、大量の魔獣が溢れかえっていた。魔獣の大群は階段の端に立っているリメリアとフィレンツの脇を抜けて、怒濤のごとくキャンベリル王国軍に向けて駆けていく。
 当然ながら、キャンベリル王国軍は浮き足だった。
 リメリアが手に持った剣を振ると、焔の塊がキャンベリル王国軍に向かって飛んでいく。キャンベリル王国軍だけでなく魔獣すらも巻き込んで派手に爆発した。
 フィレンツが両手剣を振り切ると、氷の塊が飛んでいった。氷の塊は上空で弾けると、鋭い氷の雨になって、同じように降り注いだ。
 まさに一瞬の間に、阿鼻叫喚の状態が繰り広げられた。

 これが、ダンジョンマスターの力なのか……。

 魔獣の圧倒的な火力に、人間に使えないはずの魔法まで使っている。
 一瞬、レイジも戻って加勢しようかと思った。
 俺も魔法なら、反則級の物が撃てる。戦力になるはずだ。

 それを見透かしていたかのように、いつの間にかレティアが隣で一緒に走りながら、そっとレイジの背中を押していた。

「さあそのまま、急いで階段を下りて。レイジは車に乗ったら、迷わず扉を目指して駆け抜けるのよ」
 階段まで来るとレティアは立ち止まって、最後に真剣な顔になった。

「レイジがこの国で命を失ってから、一万年が経過しているの。確かにもう、レイジの命を奪った敵はいないかも知れない。あの日、レイジの死とともに全ての生き物が一瞬で消えたしね。
 でも、一万年経過したところで、人間達がやっている事は変わらない。ただ世界を変える種は蒔かれたって、ここのダンジョンコアは伝えてくれた。
 お願いレイジ、この世界をリセットして」
 レイジが階段を下りると、手を振るレティアとレイジの間に壁が生まれた。一瞬周りが暗くなって、代わりに照明が階段の下までレイジが進む先を照らす。
 もうレイジは迷わず、階段を駆け下りた。



 用意されていたピックアップトラックに乗り込んで、エンジンをかける。
 車庫を飛び出して、目の前に延びている道をまっすぐ進んだ。

 周りは静まりかえってた。
 城の前では今でも魔獣の群れとキャンベリル王国軍の衝突で大騒ぎになっているはず。ただここは、あくまでも静かだった。
 やがて弧を描くように扉が並んでいる広場に出た。そのうち一つが開いていて、その先に荒野が見えていた。
 アクセルを踏み込んで、迷わずその扉に車ごと飛び込んだ。

 レイジが扉をくぐると、ゆっくりと扉が閉まった。ルームミラーでそれを確認した。
 そのまま土がむき出しになった道を駆け抜けていく。サイドミラーには、視界の端から端まで大きな壁が映っていた。
 あれが、過去に栄華を極めていた、魔道帝国アディレイドなのか……。
 ずっと無人の廃都だったはずなのに、ダンジョンとして維持されてきたからか、だんだん小さくなっていく壁は日差しを浴びて輝いていた。


 世界をリセットして――。レティアに別れ際に告げられた言葉。
 俺にそんな資格があるとは、到底思えない。
 クラウディツにも、世界を滅ぼしてもいいと言われた。
 そんなにこの世界は、駄目な世界なのか?

「俺は……世界に復讐がしたいのか……?」
 分からない。
 別に、誰かを恨んでいるわけじゃない。
 人間が全て悪じゃないことは知っている。むしろ、悪いのは人じゃなくて国。
 人が集まって国になるたびにそこに権力が生まれ、その権力を裏で利用する人がいて、それが悪になる。
 分からない。

 やがて、街が見えてきた。
 街に入ったレイジは、思いっきりブレーキペダルを踏みつけた。
 車が横向きに滑り出して、慌ててハンドルを操作して姿勢を戻す努力をした。やがて車が道の真ん中で停止した。

「おい、何だよこれは……嘘だろう、嘘だって言えよ!」
 誰も聞いていないのに、誰にも声が届かないのに、レイジは叫んでいた。
 街は酷い有様だった。
 周りを囲っていた壁は全て打ち崩され、中の建物は破壊し尽くされていた。
 路上には人だった骸が無造作に打ち棄てられていて、あちらこちらに血の海ができていた。

 誰がやったかなんて分からない。
 でもこれが、人間達の選択……なのか……。

 無意識のうちにレイジは車を降りていた。

 いつの間にか車の周りをぐるっと一周、にやけた顔の男達に取り囲まれていた。