3.不意。孝太朗の話を聞いていたら世界が戻ったんだけど


「たぶんまだ、召喚の魔方陣が完全に消えていないはずなんだ。みんなある程度落ち着いたみたいだから、一緒に探そう」
 そう言いながら、ごく自然に私の手を引いてきた。
 って、手っ手ぇぇぇっ!

 びっくりして反射的に、孝太郎の手を振り払っちゃった。
 振り払ってからハッとなった。

 いや違うんだよ? 別に嫌とかじゃ無いんだけど、ちょっとびっくりしただけで、嫌いってことじゃなくて、あーもう。

 私があたふたしてると、振り返った孝太朗がスッと目を細めてきた。

「ああ……そうか。確かにあっちじゃないのかもな」
「あああのね、結城さん。別に私――」
「待って葛城さん、確かにそこだね。それで慌てて手を払ったんだ」
「……ふえっ?」
 私は無意識のうちに片手を机に置いていたみたいで、孝太朗の視線もその机、正確に言うと机の下に向いていた。

 私が孝太朗の視線を追うと、ちょうど私の手が置かれている机の下で、何かがぶつかり合ってバチバチ光っているのが見えた。
 白い光と、紫色の光? これって、この時間がおかしくなっている原因なのかな?
 これって、何なんだろう……。

「いきなり掴んだ手を引かれるからびっくりしたけど、なるほど。そこか」
 えっと……そこ? 気づいたのってそこなの?
 私が手を払ったのを、手を引いたって勘違いしてるし。確かに少し引っ張ってから離したような感じにはなったけど、違うよね。
 絶対にそれ、違う意味で勘違いしてるって。

 ここにも普通に鈍感系男子がいたよ。
 何で男子って、こう極端なのよ。

「えっ、ええ。そうだね、そんな感じかな……あははは」
 なーにが、あははは、なのよ私。
 普段なんて男子とぜんぜん接点ないし、こんな時ぐらい頑張って会話すればいいのに。せっかく孝太朗から話しかけてくれてるんだし。

 孝太朗が近くに来てしゃがんだので、私も何だかドキドキしながら隣にしゃがんでみた。
 嘘だよ、間に一人分隙間があるから隣じゃないじゃん。

 だって孝太朗って、かなりのイケメンだよ?
 爽やか系のオタクだけど。
 今だってドキドキ言っている心臓の音が、孝太朗に聞こえてないかドキドキなんだから。
 エンドレスなドキドキ……駄目だ私、なんか変だ。

「それにここだけじゃ無くて、他にもいくつか魔方陣の残りが机の下にあるみたいだな。ほら、ざっと見ただけでも八つはあるよ。まさか机の下に起点があるなんて、想定外だったよ。
 つまりこれは、何カ所か同時に描写が始まったってことだよね。物語の中でもこんな感じだったのかな」
「そそ、そそそうなんだ。結城さんは、ま、魔方陣について詳しいの?」
「ん? さすがに僕も、初めて見たよ? そんなに詳しくは無いかな」
 ちょっと、わーたーしー! 聞くのそれじゃ無いよ。
 会話止まっちゃったし。
 それに自然な会話じゃないし。なんで魔方陣について聞き返しちゃったのかな。クスン……。

 私の質問に答えたあと、孝太朗はじっと顎に手を当てて、すぐ目の前にある魔方陣の光を見つめていた。
 私はといえば、魔方陣の光を見てる振りをして、チラチラと孝太朗の顔を見ちゃっていた。だって、格好いいんだもん。こんなに近くで見る機会なんて、滅多に無いんだから。

 私って眼鏡系地味子だから、志織とかと話している時以外は、だいたい目立たないところで本を読んでるんだよね。
 別にクラスのみんなと仲が悪いわけじゃないんだけど、ちょっとだけ苦手だったりするの。男の子が。
 だって慣れてないんだもん。どうやって話をしていいのか、分からないし。

「でも、僕もこのパターンは、ラノベでも読んだことが無いんだよね。
 こういう異世界召喚って、だいたいが一気に魔方陣が完成して、気が付いた時には遅くて、クラス全体が異世界に召喚されちゃうんだ」
「そ、そうなんだ」
「だから、こういう状況でどうすればいいのか、判断が難しいんだよね。
 幸い、僕が貰った異能が状況を判断するのに役に立ったから、先立ってみんなの情報を集めたんだけど……」
 もう、何で素っ気ない返事しちゃうのかなっ。
 もっと気が利いた返しをしないと、孝太朗が他の子の所に行っちゃうよ。

「例えば葛城さん」
「ふあっ、ふわいっ」
「葛城さんは、『時間停止』と『無限収納』の異能を持っているよね」
「……ええっ、私二つも?」
 孝太朗は魔方陣の残りから視線を外して、私の方に顔を向けてきた。
 思わず背筋が伸びる。

 そもそも時間停止だけだと思っていたから、二つあるなんてびっくりだよ。
 無限収納なんて、すごいよ。いろいろな荷物をしまっておけるんだ。

 さっそく制服のポケットから十円硬貨を取り出して、収納するイメージを浮かべると、手の平にあった十円硬貨がどこかに消えちゃった。す、すごい。

「でも分かるのはそれだけで、それがどういった異能なのかは全く分からないんだ。まあ、葛城さんの場合だと、文字通りの効果だろうからわかりやすいけどね
 おー、すごいね。さっそく収納してみたんだ」
 十円硬貨を収納していたら、孝太郎が説明しながら私の手の平を見ていた。
 カーッと顔が赤くなったのが、自分でも分かった。

「じじ、時間は、確かに止まったかな。勝手にだけど。無限収納は、今初めて聞いたかな」
「いずれにしても両方ともすごい異能だよ。きっと、最強クラスの異能じゃないかな」
「そ……そうだね」
 自分で制御できればね――その言葉を、思わず呑み込んだ。
 だって、こういう能力が一番好きなはずの孝太朗が、『異能の名前が分かるだけ』なんて不憫すぎて。

 それに私の異能って、発動しても絶対誰も気が付かないと思う。

「あとは、びっくりしたのがクラス委員長の如月さんかな」
「由美ちゃん? どんな異能だったの?」
「見えたのは、『意気消沈払拭』だったんだけど、さすがに意味が分からなかった。
 如月さんが落ち込んでるところ見たことないし、そんな状況になるって考えられないんだよな」
「うん……確かに」
 そんなことを話していたら、わたし達の足下で衝突していた光が消えた。

 キイイイィィン――。

「きゃっ」
「な、なんだっ?」
 響き渡った甲高い音に、私は思わず耳を塞いだ。その後すぐに『パリンッ』と何かが割れる音がして、教室が静まり返った。

「ど、どうなったんだ?」
 そしてその直後にいつもの喧噪が、一気に音が戻ってくるのが分かった。
 教室の外から、いつもの騒がしい声が聞こえてきた。廊下を、隣のクラスの男子が駆けていく。それを追い立てるように、隣のクラスの担任が廊下を歩いて行った。
 そのすぐ後に教壇側の扉が開いて、担任の百瀬先生が教室に入って来た。

「おはようございます、さあみんな席について。朝のホームルームを始めるわよ」
 どうやら世界が突然元に戻って、当たり前のように動き始めたらしい。
 担任は教壇まで来ると、教室の異常に気が付いたようだ。目を見開いて、静まり返った教室を見渡した。
 全員が呆然として佇んだまま、完全に動きを止めていた。

「ねえ、結城さん……ねえ……あれっ?」
 そして隣にいた孝太朗に声をかけようとした瞬間、私の異能が勝手に発動して、時間がまた止まった。
 喧噪が消えて、再び静寂が訪れる。
 周りの全てが止まってしまった世界で、私だけが動いていた。

「う……嘘でしょ……」
 私は本当の意味で、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった……。