30話 生まれた場所へ


 崩れていく塔を眺めていた。
 魔素消滅爆弾は、とてつもない大爆発を起こしたらしい。

 案の定、レイジは蘇った。
 たとえ魔素消滅爆弾であっても、レイジを滅ぼすことはできなかった。
 気が付いたらかなり離れた場所に、裸の状態で横たわっていて、当然ながら蘇ったと同時に即死した。裸じゃ無理だよね。
 またすぐに蘇ったんだけれど。

 レイジが、爆発したその場で死んだことがいけなかったのか、爆弾に使われていた消滅魔素(?)がほとんど消滅した。
 最初に見えたのは、塔の一番下の部分が三メートルほど消滅している様子だけだった。知識にある爆弾の性能からして、あまりにも範囲が狭い。
 ただ、当然下がなくなったのだから塔は落ちるしかない。
 その間も普通に死ぬので、崩れ落ちていく塔をコマ送りのように眺めていた。

「さて、どうしようか……」
 賽は投げられた。
 ただ、この時点でレイジの使命は終わった。
 あとはもう、帰るだけだ。
 南の魔術塔だったものに背を向けて、レイジは歩き出した。
 クレバスを迂回して、少し小高い雪山を登って、とりあえず方角は分からないけれど北を目指して歩いて行く。



 最初に感じたのは、つま先の違和感だった。
 衣服を失って全裸だったため、当然足は素足のままだった。寒さに慣れてきたとはいえ、足は雪や氷に直接触れていて痺れる感覚だけが残っていた。
 その感覚が、消失した。

 次に感覚が消失したのは、両手の指先だった。
 感覚の消失は体の末端から一気に体の中心に広がっていく。
 背中のリュックサックも、力が抜けた肩からずり落ちていった。

 そして、レイジは倒れた。

 体が全く動かなかった。
 ちょうど地面が下り坂になっていて、倒れて転がっていった先で仰向けの状態で止まった。
 今まで生きていて、初めての感覚。
 寒さにも慣れて来ていて、しばらく蘇っていなかった。

 いつの間にか吹雪が止み、少しくすんだ空には晴れ空が広がっていた。
 ふと胸元を見下ろすと、視界に映った石が、いつも胸元で色づいていた石が、透明になっていた。

 魔力が、完全に枯渇した。

 ああ、なるほど……と、妙に納得する自分がいた。
 ここには、魔力を補充できる生き物がいない。
 まだ海から遙か遠くにいるおかげで、雪原にもいるはずの動物や魔獣が一切いない。

 レイジが蘇るだけの魔力が、完全に消失した。
 つまり、やっと命を終えることができる……。

「アンジェ、やっとそっちに行ける……」
 何だか眠くなってきた。
 涙が出るのかと思ったら、それより先に思考が闇に沈んでいく。
 体の感覚もなくなってきた。

 そしてレイジは、全ての感覚を手放した。



『ふむ、辛うじて魔力が残っておるようだな』
 遠くの方で誰かが喋っている声が聞こえてきた。

『不完全な魔力器官か……空気に触れてさえいなければ、魔力器官になり得たのかの知れぬが……。
 どれ、少し押し込んで、桃華特製のメディアップルの魔素漬けでも乗せておいてみよう。治癒と同時に、きっと魔力の補充も出来るであろう』
 たぶん喋っている通りに、胸の石が押し込まれて、その上に何かの果物が乗せられたんだと思う。
 胸元が暖かくなったような、そんな感じがした。

『ついでに、口元にもメディアップルの魔素漬けを咥えさせておけばよいだろう』
『おーい、オルフ。何してるんだ? 早く行くぞ?』
『篤紫、すまぬが少し待ってくれ。こやつがまだ生きておるのだ』
『……いや待て、ここは南極だぞ。いったい何を見つけたのさ』
 二人の人間が近くにいるようだ。
 ただ、聴覚以外にもう体が動く様子がなかった。いやもしかしたら、そもそも聞こえてすらいないのかも知れない。

『どうせなら連れて行って……って、重っ! 何だよこれ、全然持ち上がらないぞ。しかも全裸だし』
『運ぶのは不可能かも知れぬ。存在が固定されておるようなのだ』
『はあ? 相変わらず滅茶苦茶な世界だな。そんで、どれ位でこいつの存在が戻ってくるんだ?』
『分からぬ。最低でも年単位ではないか?』
『……うわあ。さすがに無理だな。ただ、このままほっとくわけにはいかないか――』
 それっきり、声が聞こえなくなった。
 たぶん諦めて放置されたんだと思う。
 レイジの思考も再び、静謐な闇の中に沈んでいった……。



 やがて、視界が戻ってきた。

 口の中に何かの液体が浸透していって、一気に顔全体に染み込んでいく。まるで流れるように、首を伝って体全体に温かい力が広がっていった。
 徐々に体の感覚が戻っていくのが、はっきりと感じられた。

「知らない天井だ……」
 それに何だか妙な感じだ。
 背中側は凍えるほど冷たいのに、お腹側はもの凄く暖かい。
 首を動かすとなるほど納得できた。相変わらず裸の状態で雪の上に横になっていたからだ。ついでに言えば、雪が溶けて氷が背中に当たっている。

 ゆっくりと体を起こすと、体に毛布のようなものが掛けられていることが分かった。もしかして、あの声の主が掛けて行ってくれたのか?
 背中が凍えるように冷たかったので、そのまま毛布にくるまった。じんわりと背中が温かくなる……いや何だこれは、温かくなるのが早すぎる気がするぞ。

 レイジが居るのは木の柱に板を打ち付けた、簡素な小屋のようだ。
 所々隙間があるにもかかわらず、外の冷気が一切入って来ていない。床がむき出しなのは、レイジがそこに寝ていたからだろう。

「助かった……のか?」
 空気も冷たくない、普通に呼吸が出来る。
 出入り口の隣に見覚えのあるリュックサックが掛けられていた。その隣には紙が貼られていた。

『最初に、リュックサックの外ポケットにある電話機の電源を入れて、画面の指示に従って認証作業をすること。
 それまで開け口は簡易封印しておく。
 必用なものはリュックサックの中に入れておくので、中のメモとあわせて活用するように。
 ちなみに、中にあった手紙は電話機と一緒に入れてあるよ』
 言われた通り、外ポケットから板状の電話機と、アンジェリーナの手紙を取りだした。
 うん、リュックサックに唯一入れてあった、大切な手紙だ。

 電話機の電源を入れると、画面が点灯した。
『魂樹へようこそ。個人登録をしますか?』
 何のことだか分からないけれど、この手続きをちゃんと終わらせないと、リュックサックが開かないらしい。
 はい、を選択した。

『登録を開始します……個体名、レイジを確認……登録が完了しました。
 追加登録に魔道具リュックサックを確認しました。登録、及び認証を開始しますか?』
 もちろん、はいを選択する。
 いや待て待て、そもそもこのリュックサックは普通にその辺で売っているリュックサックだぞ? 魔道具ってどう言うことだろう……。

『魔道具リュックサックの登録、及び認証手続きが完了しました。
 ようこそ、魂樹へ。
 使用方法などはヘルプアプリにまとめてありますので、必要に応じてご覧になってください』
 もうね、意味が分からなかった。
 電話機を外ポケットにしまって、リュックサックを開けて中を覗いたら、もの凄い広大な空間が広がっていた。
 その空間の入り口付近に、衣服が数十着、食料品がたぶん一ヶ月分くらい浮かんでいた。

 これって、マジックバッグってやつじゃないのか?

 もの凄く驚いたけれど、せっかく衣類が用意されているので、取りだして着ることにした。
 毛布を持ってリュックサックに入れようとすると、するっと中に入っていった。いやこれ、もの凄い高性能なんだけど……。

 もそもこのリュックサックは、アンジェリーナの手紙と魔素消滅爆弾が入っていたリュックサックに間違いない。
 それが知らないうちに、マジックバッグになっている。
 あの時、側に居ただろう二人のうちのどちらかが、もの凄い腕の利く魔術師なのだろう……いや、絶対に規格外な人間だ。魔道具なんて、そんなに簡単に作れるものじゃない。

 ともあれ、衣服を一通り着用して、やっと一息つくことが出来た。
 あとはまた、極寒の地を横断して海を渡るだけか。
 そしてレイジは、外に出て再び驚いた。

 寒くない。

 どうやら衣服に、耐寒の魔術が描かれているようだ。
 レイジはその場で深く頭を下げた。感謝しても感謝しきれない。
 これで、あの場所に帰れる……。

 冗談で小屋を収納したら、あっさりとリュックサックに吸い込まれていった。
 正直、引きつり笑いをしていたと思う。
 どんだけ高性能なんだよ、このマジックバッグ……。

 そして、しっかりとリュックサックを背負って、生まれ故郷があるだろう方向に向けて歩き始めた。

 アンジェリーナの弔いをするために……。