4.知らない星に墜ちたのに、人間は逞しかったわ。 side.ミモザ


 大きな台の上に乗っているオークが、アンジェリーナの手によって手際よく部位別に切り分けてられていく。まるで魔法のような光景に、思わず私は見入っていた。
 不要な内臓がどんどん脇のバケツに吸い込まれていく。

 思わず首を傾げる。これって物語の中だったら、冒険者ギルドの解体場とかで目にする光景だと思う。
 勘違いしそうになるけれどここって、東京を模した都市の病院の中なのよね。
 一応ここが厨房だってことは確認はしてる。でも病院で肉を解体する光景を見るなんて、さすがに想定していなかった。
 それにオークを捌いているのがここの病院の医師だよ……何かがおかしい気がする。

 私が首を傾げている間にも、アンジェリーナの手は止まらない。切り分けられたオーク塊がどんどん肉の塊に変わっていく。
 ちょっと目眩を覚える。

「どうしたんだ、そんなに肉を解体するのが珍しいのか?」
「いや違うわよ。ここって、病院なのよね? なんで普通にオークを解体してるのよ」
 手を止めたアンジェリーナが眉間にシワを寄せて首を傾げる。周りを見回して、何かに気がついたのかポンと手を打った。
 えっと……なんか、私おかしなことを聞いちゃったのかな。

「……ああ、なるほど。気になったのはそこか。それはな、都市に人員が不足しているからだ」
 私の問いに答えながら、再びアンジェリーナの手が動き出す。
 知らない間に血抜きをしたらしくて、肉を切り分けている間にもほとんど血が出ることがなかった。それでも多少は汚れるからか、今は水道から伸ばしたホースで肉塊と台をきれいに洗い流している。

 ちなみにだけど残りのオークは、知らない間に横の壁に逆さに吊り下げられている。どうやって吊り下げたのかは、この際気にしないことにしてる。アンジェリーナのすることだし。

「下層二階に牧場はあってそこに屠畜場もあるが、どうやっても向こうの管理だけで一杯一杯でな、地上で狩れる魔獣にまで手が回らないんだ」
「そういえば都市の構造上、毎日地上の都市部から出勤していたわね。そっか、地球から脱出した時って夜だったから、ほとんどの人が自宅に居たってことね」
「地球の重力圏を抜ける際に重力を制御できる機構が、ベッドサイズまでにしか拡大できなかったというのも要因の一つか」
「あれはベッド会社が開発したただの安眠ベッドよ。画期的だったけどね。いずれにしてもタイミングの問題ね。悪いことが重なったと」
「そういうことだ。ついでに地上にある肉屋も魔獣のせいで孤立しているしな。それに実は魔獣肉は人気があるんだよ」
「どうして? なにか違うの?」
「牧場の家畜よりも、かなり味がいい。だからかなり需要があるんだ。私が動物の解体もできるから、空いている時間にここで魔獣を解体して肉として卸しているわけだ」
「納得したわ」
 適材適所ってわけね。
 ただ人員不足はたしかに深刻かもしれない。本来ならある程度の人員が待機していないといけないはずの病院が、閑散としていたもの。患者がほとんど居ないのと、エリクシルのおかげで治療体制が変わったとはいえ、各階に一人か二人しか看護師が居ないってアンジェリーナが言っていた。はっきり言って、異常事態だ。
 医師に限っては、アンジェリーナしかいない。

 やがて全てのオークの解体が終わって肉の塊を真空パック処理する頃には、私も一緒に手伝っていた。
 まあ、人型で喋っていたから、よく考えると気持ち悪くなってくるけれど、肉の塊ならそんなに気にならない。むしろ、美味しそうとか思えてくるから、不思議なのよね。

 解体したオーク肉を冷凍庫にしまい込んで一息つく。
 内蔵とか解体の際に流れた血は、ちょっと前にアンジェリーナが部屋の隅にあるゴミ処理機に流し込んでた。中に入れさえすれば勝手に処理されて、二階層の牧場や農場の肥料になる。

「それで、ミモザちゃんはこれからどこに行くんだい?」
「お父さんが中央庁舎にいるのよね? 動けるようになったら顔を出すように言われていたから、とりあえず行こうと思っているわ」
「それが一番いいな。今朝だって、善一郎が朝一でミモザちゃんの病室に顔を出していったんだぞ。問題が発生したのか慌てて飛んでいったけどな。大方、自宅待機に我慢できなくなった輩が、外出したとかそんな感じだろう」
「それって、さっき運び込まれた患者さん?」
「だな。なぜ、絶対安全な自宅から外に出たのか知らないけれど、おかげで都軍が緊急出動したらしい。扉や窓を開けない限り建物に魔獣が侵入することはないなんだがな」
 アンジェリーナの言葉に違和感を感じて、思わず首を傾げた。

 建物が絶対安全ってどういうことなんだろう。

 今更だけど、なんで魔獣が建物の中に侵入できないのかが不思議なのよね。昨日も当たり前のようにそんな話題が出ていたけれど、てっきり都市の機能だと思っていた。

「ねえ。今更だけど建物ってさ、開発の段階でそんな強固なセキュリティつけてたっけ? 普通に窓ガラスとか魔獣が襲ってきたら割れるよね?」
「どういうことだ? 建物は普通に異常な状態だが」
「ええっ、異常なの?」
「そうだな普通なら壊れる。だから現状は本来ありえない状況だ。しかしてっきり、ミモザちゃんが何かしてると思っていたんだが」
「知らないわよ。確かに墜落する途中で方舟を『仮ダンジョン化』させたから一時的に建物全てが破壊不可能オブジェクトの『ダンジョン壁』になったはずだけれど。仮だったから、私が気絶したら効果はそれっきりのはずよ。建物が頑丈で……とかじゃないのよね」
「そうだな、この建物を叩いた独特の感触はそのダンジョン壁特有の硬さだぞ。なにか身体に不調とか無いのか?」
「特に……おかしな所はないわ。あのときは必死だったし――」
 そういえば、仮ダンジョン化してドラゴンのブレスを防いだまでは覚えているけれど、その後気絶してしまったからどうなったのか知らない。

 もしかしてそのままになっているのかな、と身体の中にあるダンジョンコアを調べようとして、さらに違和感に気がついた。
 何でだろう魔力がうまく使えない。身体の中にあるはずの魔力だけど、どう頑張っても薄っすらとしか感じることができない。すごく変な感じ。
 魔力はずっと当たり前に使えていた力だったから、何だか不安になってくる。

「魔力がうまく使えないのだろう? 無理はしないようにな。私もそうだが、人間の身体は魔力を扱うための適性が恐ろしく低いみたいだからな、魔力はおろか魔法が使えないことが当たり前なんだ。ただ、不可能ではないからゆっくりと身体に魔力を馴染ませていくしかない」
「そう……なの?」
「ああ。人間からエルフの身体に変わったはずの私ですら、その影響を色濃く残している。今は多少の生活魔法と肉体強化程度しか使えないんだ」
「それって、結構深刻じゃないの?」
 私の心配に反して、アンジェリーナは笑顔で首を横に振る。

「いや、それほど不都合はないな。科学は凄いぞ。魔法なんて無くたってそれ以上のことができるんだ。せっかく魔法がいらない文明圏にいるんだ、しっかり堪能したほうがいいぞ」
「そっか、そうよね。確かにできないことは少ないわね。わかったわ。ゆっくり慣らしていくことにするわ」
 不安が拭えたわけじゃないけれど、アンジェリーナの言葉でとりあえずは納得した。
 どうやっても使えないのなら、慌ててもどうしようもないしね。



 アンジェリーナと別れて、病院のエレベーターに向かった。
 肝心のアンジェリーナはといえば、しばらく仮眠を取ると言っていたかな。自宅待機している医師たちが出勤してこないと、いつどんな時間であっても急患に対応しないといけないらしい。すごく大変だと思う。
 でも昔と違って、とりあえずエリクシルさえ処方しておけばナノマシンが勝手に治療してくれるから、負担はそれほどでもないって。

 帰宅できないことは大変じゃないのかって聞いたら、自宅取得の申請を忘れていたって笑ってた。つまりあれよね、すでにここの病院が自宅みたいなものだってことなのか。納得。


 エレベーターに乗り、二階層と書かれたボタンを押して、下層に向かう。
 ガラス張りのエレベーターは、地面に潜ったことで一瞬、周りが暗くなった。明かりに照らされた土のトンネルを降りていくとやがて、地面を抜けて地下に広がる広大な空間に出た。

 二階層、農場エリアだ。

 私を乗せたエレベーターは、ガラスの筒の中を遥か下にある地面に向かって降下していく。
 実は、一階層と二階層を隔てる地面を抜けたこの瞬間が一番好きだったりする。

 どの方向を見ても、視界のはるか先まで広大な農園が広がっていた。
 畑には黄金色の稲穂が風に吹かれて揺れている。一面に水が張られた水田は、地上から取り込まれた光を反射してキラキラと光り輝いて、まるで宝石みたい。
 果樹ごとに区画が区切られた果樹園には、色とりどりの果物が実っていて、遠目に見るだけで何だか幸せな気分になってくる。草原には家畜が群れをなしていて、ゆっくりと牧草をはんでいるのが見える。

 移民計画の主管となる、一大農園階層だ。
 移民できる星が見つかって、その星に定住することになった時に全ての移民の食料を支えられるように、半自動化された農業プロジェクトでもある。

 この二階層は、上にあるトキオシティと同じくらいの面積があって、中心にある湖から放射状に水路が敷かれている。山はないんだけどあちこちに点々と森があって、周りをぐるっと白い壁で囲まれているから、ここが建物の中だってわかるわ。

「テント……よね、まさかのテント」
 ただ予想外なのが、遠くに見える草原のアチラコチラに色とりどりのテントが張られてていることかな。ちょうどその中心には、地上に向かうためのエレベーターの筒が伸びているから、なんともわかりやすい。

 私が乗っているエレベーターの直下にもたくさんのテントが張られているのが見える。下に向かうに従って、子どもたちが元気に走り回っているのが見えてきた。
 石組みの竈があちらこちらに作られていて、火にかけられた大鍋からは湯気が立ち上っていた。

「そういえば、お昼の時間だったのね……」
 腕時計に目を落としながらエレベーターから降りると、豚汁っぽい匂いが鼻に香ってきた。お腹が、思い出したようにくーっと鳴った。
 匂いにつられて、エレベーターから一番近くにあった石竈に近づいていくと、何だか見たことがあるような後ろ姿が見えた気がした。てか、何してんのこの人。

「お父さん……何でこんなとこにいるのよ。中央庁舎にいるんじゃなかったの?」
「ミモザっ、動けるようになったのか」
 なんでかな、二階層に降りてそうそう善一郎に遭遇したよ。