ボツ 4.夢の中で僕が取れる行動って、何もないと思うんだけど。これ、本当に夢?


『方舟、成層圏を越えました。補助推進機二機を切り離し、主推進機に切り替えます』
『よし、補助推進機分離!』
『分離します!』
 また、僕は夢を見ていた。

 たぶんこれは誰かが見ている視界か、もしかしたら誰かの記憶か。
 割合狭い部屋にある壁のモニターに映る地球は、一面に漆黒の厚い雲に覆われている。既に地上に日光が届かなくなって半年が経過している地球。そんな地球が、ゆっくりと遠ざかっていく。
 方舟が、成層圏を越えて宇宙へ脱出する瞬間なんだろうな。

『主推進機に異常はなし。無事宇宙空間に出ました』
『居住区の姿勢を船体と水平に移行し、厳戒態勢を解除します』
『うおおおっ――』
 周りから歓声が聞こえて、記憶の主が周りを見回した。十人くらいの作業着を着た男女が、シートベルトを外して椅子から立ち上がって、ハイタッチを始めていた。
 その中の一人が笑顔で近づいてきて、片手を上げてきた。記憶の主も立ち上がって、片手を伸ばしてハイタッチをする。

『良かったわね、ミモザ。私たちの仕事、無事実を結んだ形よね』
『ええ、そうね。そっちはなんとか……なったわね……』
 えっ、ミモザ?

 視界が下がる。
 どうやら記憶の主――ミモザが椅子に座り直したみたいだ。

『そっか。結局、カレシのイブキ君、見つからなかったんだっけ?』
『ええ……最後に携帯電話があったのが松本のバス停。そこから先はネットワークから切断されていて、追えなかったって……』
 記憶越しに深い悲しみが、伝わってきた。

 ……これって、本当に記憶なの?
 記憶にしてはあまりにもリアルで、見ている僕も胸を締め付けられる思いがした。

『実は方舟に乗ってるとか、ひょっこり現れるかもよ?』
『それは無いと思う。乗船時の管理はチケットだけじゃなくて、遺伝子スキャンもしていたから漏れるはずがない。間違えて移民艦に乗ったのかと思ったけれど、イブキの乗艦記録は遺伝子レベルで記録がなかった……完全に詰みよ……』
『ミモザ……』
 頭が垂れて、視線がさらに下る。
 涙が溢れているのか、見えている視界が滲んで見えた。

 僕は、ここにいる。
 でも僕は、今この景色を見ている僕は、どこにいるんだろう?

『私がイブキを迎えに行かなかったからかな……』
『でもあの日、ミモザはバスの事故に巻き込まれて――』
 突如として警報が部屋に鳴り響いた。
 俯いていたミモザの顔が、正面にあるモニターパネルに顔を向いた。

 部屋のスピーカーから緊迫した声が響く。

『前方から巨大な宇宙船がこちらに接近中! このままだと正面衝突します!!』
『全速で回避だ! 急いでトキオシティに、衝撃に備えるように放送を流すんだ』
『船影が確認できました、映像をモニターパネルに回します』
『なっ……何で画面に『方舟』が映っているんだ……?』
『船長! 回避が間に合いません、船体右側の一部が衝突します!』
 激しい衝撃が走り、視界が大きく揺れた。

 ミモザの視界が横に動いた。右側の壁に表示されている船体図に、次々に損傷が表示されていく。船体右側面を大きく抉った相手の船影は、あっという間に後方に過ぎていった。

『右側面推進機大破、航行に大きく支障が出ています』
『エネルギープラントの一つが損壊。出力三十パーセント低下』
『前方に惑星出現、惑星の重力に補足されました!』
『んな馬鹿な、惑星って何だ』
 次々に変わる状況に、スピーカーの向こうは混乱していた。
 そんな中、正面のモニターパネルには、いつの間にか青い星が映っていた。星が徐々に視界に広がっていく。
 その星には、よく見慣れた島が、そして大陸が広がっていた。

 それは在りし日の、綺麗な地球そのものだった。

 そしてそれは、到底ありえない景色だった。

 僕が知っている地球は、火山の噴煙に覆われて真っ暗になっている地球。当然だけど、目の前にあるような綺麗に澄んだ蒼い惑星じゃない。
 それにそもそも、地表から黒い噴煙の雲を抜けて出発したはずだから、いきなり地球が浄化されたなんてことも、とてもじゃないけど考えられない。

 再び静まり返った部屋には、スピーカーからの声だけが響く。

『……どういうことだ、ここは地球なのか?』
『いえ、私もそう思ったのですが、通信が……統合政府との通信が一切繋がりません』
『通信機器の故障か? それにしたって、どこかの国の通信は補足できるだろう。全世界の通信網がいきなりダウンすることなどあり得ない』
『そうですね、ついさっきも地球防衛軍と最後の交信をしましたから』
『だけどあれは、どう見ても地球……?』
 静まりかえった部屋には、警告音だけが響き渡っていた。
 誰もが、操船を忘れて星に見入っている感じだった。

 ちょっと待ってよ。どうして誰も動かないの?
 右側面推進機が大破して、警報が響き渡っているのにどうして動こうしないの?

 僕の思いが届いたのか、突然ミモザの視界が動き始めた。

『全員、急いで本場に向かってっ! ナターシャは急いで回路をチェックして』
『ミモザはっ!?』
『私は現場に向かうわ、嫌な予感がする』
『ちょっ――』
 ナターシャが何か言いかけていたけれど、ミモザは既に部屋から飛び出していた。

 階段を飛び降りて、配管の上に渡されている通路を最短距離で飛び越えていく。
 視界の端に写った景色に、思わず戦慄した。

 高い。見ているだけなのに、思わず息を呑んでいた。
 遥か下に渡り通路が見える。更に下の方に船体の床がある。
 
 後ろからついてきていただろう誰かから、悲鳴が上がる。

 たぶんここは方舟の機関区なんだと思う。ミモザに聞いたことがあったんだけど、方舟の全てのエネルギーが機関区から各区に送られているんだって。だから、ミモザの視線越しに見た機関区は、巨大な配管が縦横無尽に、かつ整然と伸びていて、僕にはまるで迷路のの中にいるように感じた。
 高所にある期間制御室は、普段ならエレベーターで行き来している。さっきちらっと見えたエレベーターの操作パネルは、緊急停止で真っ赤に染まっていた。こうなると、地道に階段を降りて通路を走っていくしか無い。

 ミモザが通路を走り、配管を飛ぶたびに嫌な予感がふつふつと湧き上がってきた。

 風が、激しく流れている。
 紙くずや、軽いゴミがどんどんミモザが走る先に流れていっている。

 駄目だ、そっちに行っちゃ駄目だ――。

『……さ、さすがに……気のせい……よね?』
 声が届かないはずなのに、ミモザの足が止まった。
 視界が左右に動く。
 時間にすれば数秒だったと思う。だけどその間、少しの期待と喜び、それから深い悲しみが伝わってきた。

 僕は……僕は、こんなにミモザに悲しい思いをさせて、一体どこにいるんだろう。

 自分のことながら、何だか情けなくなってくる。

 見えている視線が少し下がったあと、再び景色が動き出した。



『これは……さすがにヤバいわね……』
 しばらく進んだ先で、壁に大きな穴が空いていた。
 今僕が感じるのは視覚と聴覚だけなんだけど、それでも風の音から空気が猛烈な勢いで外に流れていっているのがわかる。たぶんここが話にあった右側面推進機なんだと思う。

 でもさすがに、この穴は塞げないんじゃ……。

 そしておもむろに、片手が前に伸びた。手のひらが向かう先は、大穴の方向だ。

『岩よ……』
 言葉の後起きた現象に、僕はない目を見開いた。
 同時に僕の中から力が抜けていくのがわかった。これはもしかして……僕の体の中に、魔力がある?
 でも待って、これって夢の中なんだよね?
 何で僕が、魔力の流れを感じるんだろう。

 混乱する僕を置き去りに、事態が動いていく。
 伸ばされた手のひらから黄色い光が穴に向けて飛び出したかと思うと、光は石に変わりあっという間に膨らんでいく。大穴に到達する頃には穴より大きな岩になって、そのまま大穴にかっちりとはまり込んだ。
 風の音も止まる。

『う……嘘……?』
 そうだよね、僕もそう思う。
 正直、意味がわからないもの。この視界の主がミモザだとしても、魔法なんて使えるわけがない。

 突然の事態に腰が抜けたのか、ストンと視界が下がった。かと思ったら、突然、勢いよく立ち上がった。そのまま欄干に足をかけたのが見えた。

 欄干を蹴って、数十メートル先の通路に飛び移った。ものすごい速さで視界が流れていく。動きもすぐにアクロバチックな動きに変わり、壁を蹴って水平に移動しつつ、配管の隙間を縫うようにただひたすら進んでいく。
 その先にあったドアを蹴破り、さらには壁を蹴って直角の通路を曲がった。

 何これ、凄い。
 方舟には全体に擬似重力が発生しているから、この動きは既に人間業を超えている。

 扉を開けて緑が広がる空間に出た直後に、猛烈な爆発音が聞こえた。
 視界が激しく回る。たぶん二転三転して壁にぶつかったのだろう。そして僕は次の景色に目を見張った。

『嘘……機関区がなくなってる……』
 たぶんさっき来た方向、大きく抉り取られた壁の向こうに青空が見えていた。その遥か彼方には大きな船の残骸があって、そこから多数の移民艦がまるで溢れるように空中に投げ出されて行く。
 その移民艦の一つを、光の帯が貫いた。
 爆発四散する移民艦。

 何が……起きたんだ……?

『だ……ダンジョン拡張よっ、た、たた対象はこの居住区全体っっ!』
 紡がれた言葉。
 僕の体から、さっきとは比べ物にならないほどの大量の力――魔力が流れ出していく。体がまるで燃えるように熱くなっていく。
 それに伴って意識が、大きく引き伸ばされていくような感覚に包まれる。

 薄れいく意識の中見えたのは、大きく空いた穴の遥か彼方に、真っ赤な体表のドラゴンが羽ばたいている姿だった。ドラゴンはこちらに向けて大きな口を開けて、その口の中には真っ白なエネルギーが収束し始めていた。

 そしてドラゴンのブレスが襲いかかってくる直前、紫色の優しい光に視界が包まれるのと同時に、僕の見ていた夢は唐突に薄くなっていった。