「そうですね、イメージとしては体に魔力の服を着るような感じです。そしてその魔力の服を、体の動きに合わせて魔力で直接操作すればいいだけです」
ミリエルが言っている、魔力の服を着るっていうイメージがそもそも分からない。そうしてしばらく悩んだ結果できたのが、いま両手で持っている漆黒のコートだったりする。
上から着る服って言えば、やっぱりこのイメージだよね?
「イブキさん、それだと防具になりますね。そもそもそのコートですけど、魔力で操作できないのではありませんか?」
「え……これって何か違ってるの?」
着た状態で魔力を流してみたら、なんか弾かれた。
えっと……何で?
艷やかなその黒いコートは、光が当たった部分が虹色に光り輝いていた。形としてはシンプルなロングコートで、羽織った感じ一切の重さを感じない。
何回か魔力を流そうとしたけれど、魔力が通る手応えすらない。
ついでに、魔力で作ったんだけど、どうやら物質化していて魔力に戻るような気配が見られなかった。
どうも、違うものを作り出しちゃったみたいだ。
そもそもコレなんだ?
「服を着る、からイメージして作ったと思うのですが、その素材は次元布ですよ。並行世界を隔てている壁そのものと言えばわかりやすいでしょうか。何物も通さない絶対的な素材ですから今回は使えないですよ」
「うわ……」
「あと、先程は服とは言いましたが、魔力の膜で体の表面全体を覆う、と説明したほうが良かったかもしれませんね。その膜を覆った状態で、魔力を維持する必要があります」
「……なるほど」
まあ、今着ているのはこの部屋にあった病衣だけだから、作った漆黒のコートは無駄にはならなかったと思いたい。
それはいいとして、イメージは全身を覆うスーツか……。
「あ、そうか。パワードスーツみたいな感じ?」
「ちょっと待って下さい、イメージを受け取ります……ええ、そうですね、そういう捉え方で間違いないと思います。もっとも、魔力の操作自体にも個人の素質がありますから、どこまで形にできるかはやってみないとわかりませんが」
いったい、そのイメージをどこから受け取っているのか気にはなったけれど、目を瞑ったミリエルはしばらくしたら目を開けて頷いてきた。何かを受信したらしい。
あらためてイメージしてみる。
うん、駄目だな。さっそくは思い浮かばないよ。
魔法はイメージが大切だって言っていたから、画像とかあったほうがわかるかな。そうなると、ちょっと調べてみないと早速イメージできないんだよな。よし、検索だ。
そんな事を考えながら、腰元に浮いていた携帯電話を手繰り寄せて……なんで携帯電話が僕の腰元に浮かんでいるの?
えっ、これ使えるの?
あらためてじっくりと見てみると、手のひらにあるのは、いつもの使い慣れた携帯電話だった。
ちょっとお高い、尖った性能のゲーミングスマホ。真っ黒なこの端末は僕のお気に入りなんだ。事故で紛失したと思っていたけれど、こうして手元にあると何だかホッとする。
画面を見てみると、圏外になっていた。諦めて画面を消そうとしたら、画面にポップアップウインドウが表示されていることに気がついた。
ちょっとだけ不審に思ったけれど、これは自分の携帯電話だから変なアプリは入れてなかったはず。取り敢えずタップしてみる。
真っ白な画面のアプリが開いて、そこに文字が書かれていた。
念の為、タスクリストを開いてアプリを確認してみると、あくまでも設定の項目にある画面の一つだということがわかった。設定の中にある項目名は『システム管理』で、特に違和感はない気がする。
つまり、おかしな機能ではない……のか?
もう一度、目的のページを開いてみる。
『方舟の、携帯電話ネットワークに接続されました。魂儀網が構成されたため、管理者権限により星のコアに接続……成功しました』
「イブキさん、それは何ですか?」
「これ? 携帯電話だよ。遠く離れている人と電話したり、インターネットを使って色々と情報を調べたりすることができる端末なんだけど……あ、電波が復活してる」
知らないうちになにか成功していたみたいで、さらにアンテナピクトが最大になっていた。よく見たら、さっきまで無かったログが下に伸びている。
えっと……どういうことなんだろう?
『極地魂儀が存在していないため、簡易接続を試行……成功しました。現在、管理者イブキを中心に半径百メートル範囲のみ魂樹が使用可能です』
気になってスライドしてみると、何だかネットワーク接続が成功したらしい。ただ自分が管理者で、その自分を中心にって部分が意味不明かな。
インターネットは……普通に使えるみたいだ。
さっそく色々と調べてみた。
中世の全身騎士鎧から、最新のパワードスーツまで見てみたけれど、何だかピンとこなかった。どう考えてもガチャガチャしていて、動きにくそうだよな。
あとはそうだな、実在しない全身スーツといえば……。
「それで、その紫色の全身タイツみたいなのは何ですか?」
「うん、やっぱり全身に纏うって言えばこれだよね」
色々連想していたら、戦隊ヒーローとか何とかライダーが着ている全身タイツになっていたんだ。マスクで顔まで全部隠れているにも関わらず、中から普通に視界が確保されている謎仕様だよ。
まあ、実際に着てみると何だか少し恥ずかしいけれど、まさかこんなところで子供の頃からの夢だった、ヒーロースーツを着られるとは思っていなかった。
若干、ミリエルの視線が痛い子を見るような目なんだけど、気にしないことにした。
そして僕は力加減を誤って扉を、まるで紙を引きちぎるかのようにあっさりと開けてしまった……。
「この人達って、眠っているのでしょうか……?」
たまたま僕がいた部屋だけ無人だったみたいで、ミリエルと次に入った部屋では、たくさんあるエリクシルコフィンの中は、全てが裸の人で埋まっていた。
ただ何ていうのかな、電源が落ちて真っ暗な部屋の中にいる人たちが、頭の上まで全身を蒼い液体に浸かっている姿は、子供の頃怖かった学校の理科室とか思い出して、客観的に見るとすごく不気味なんだけど。
「眠っているというか、中からだと起きられないんだ。ついでに外部電源がないと蘇生ができないから、このままだともしかすると永眠になっちゃうかな……」
ちなみにここの部屋の扉は、ヒーロースーツ姿に変身したまま軽く引っ張ったらあっさりと千切れた。どうやらヒーロースーツ姿だと全く力加減ができない感じで、手元をじっと見つめたまま唖然としたよ。使い所が難しい。
そんなわけで今は、さっき見つけた病衣の上に、最初に作った漆黒のコートを纏っている。まあ、このコートだってある意味チートなコートなんだけど。
「そうなのですか? 皆さん肌色もいいですし、呼吸はしていないみたい様子ですが、心臓は微かに動いていますよね?」
「それはエリクシルの特性でさ、最初にプログラムされた命令によって、細胞の状態を最良に制御しているんだ。今の状態はさしずめ、生命活動休止と、細胞の無限再生をしているところかな?」
「すごいですね、何だか魔法みたいですね」
「確かに言い得て妙だね。でもこれは、れっきとした科学技術なんだよ。エリクシル自体はナノマシンの群体でさ、生体細胞を直接操作する事ができるんだ」
細胞の再生を促し、それだけでなく壊死した細胞の蘇生までこなし、緊急時にはそのまま細胞へと置き換わる。
一応僕も薬草学者としてエリクシル研究の一翼を担っていたから、このエリクシルがどれだけ規格外の発明か理解している。
エリクシルの発表が、海底巨大火山の噴火直後だったから良かったものの、そうでなかったら、確実に医学界から秘密裏に潰されていたと思う。
まあ、そもそも発表自体は無限電源システムである『エリクシルポッド』で、あくまでもエリクシルはおまけ扱いだったんだ。世界各国の発電設備が火山灰の影響で片っ端から機能停止していく中で、発電所に頼らない電源システムは、世界にとって必須だったってことかな。
そんな、話をしながらミリエルと一緒に部屋を調べる。
二人で光の玉を飛ばしながら、棚とか色々と調べてみたけれど、ここの部屋には移民の人たちが入っているエリクシルコフィンと、いま僕が着ている病衣と同じ服しか無かった。
緊急時以外は、あくまでもここは保管のための部屋でもともと着ていた衣服などは別の部屋に保管されているのかもしれない。
部屋を出て、手元のマップを頼りに通路を進む。
「そうするともしかして、私がイブキさんを蘇生処理していなかったら、イブキさんもさっきの人達と同じ状況になっていたかもしれないのですか?」
「間違いなく、眠ったままだったかな。僕だけだとそもそも蘇生処理ができなかったよ。ほんとうに、ありがとう」
「どういたしまして」
その後も四部屋ほど開かない扉を、その都度わざわざヒーロースーツ姿に変身して、扉を引きちぎってから中を調べんだけど、どの部屋も中の設備や備品は一緒だった。普通に開けようとしても開かなかったから、苦肉の策だったんだけど。
うん、何だか違う気はした。
でだ、あらためてマップアプリで調べたところ、移民艦の出口はいくつかあったけれど、機関が沈黙した状態で出られるのは上甲板だけだったので、必然的に僕たちは下に向かって下りていくしかない事がわかった。
「……あれ? 何で変化したんだ?」
ひっくり返っているせいで下りにくい階段を何回か降りて、上甲板に出る最後の階段を飛び降りる。それに合わせて、左手で持っていた携帯電話のマップが更新された。
さっきまでは、上甲板だったはずの場所。
降りる前までは甲板らしくまっ平らだった地図は、ついさっきまで表示されていた移民艦の階層図に変わっていた。
「どうかされたのですか?」
片翼でゆっくりと舞い降りてきたミリエルが、僕の携帯電話を覗き込んできた。
「地図がさ、更新されたんだよ」
「それって更新されないものなのですか?」
「いや、本来なら更新されていいんだけど、誰かが更新しないと変わらないはずなんだよな。だから想定外というか……」
僕はミリエルの顔を見て、首を横に振った。
そう、地図が更新されるはずがないのに。
ふと見たら地図が表示している面積がさ、数十倍になっていたんだ。
そして不思議なことに、周りの壁が全て光っていた。