不自然に光り輝いている壁に手を触れてみる。
普通に金属の壁、だよなこれ。
壁の作りもさっきまで僕とミリエルがいた移民艦と同じ。ここに来るまでは艦の動力が落ちていて真っ暗だったから、魔法の明かりで照らして歩いてきたんだけど、どうしてかなここは通路自体が発光している。
上を見上げると僕たちが下りてきた場所、艦がひっくり返っているせいで天井になっている階段があるんだけど、その階段の途中、階層の境目から先が真っ暗になっていた。
それは明確な境目。
何だか不思議な光景だよ。
「なあ、ミリエル。あれってどういう状態なんだろう?」
ミリエルに話しかけると、僕と同じ様に壁を触って首を傾げたり、時折頷いたりしていたミリエルが、横に歩いてきて僕の顔を一瞥したあと、一緒に上を見上げた。
「あそこが今までいた艦と、このダンジョンの境目でしょうか。ものすごく不自然ですが」
「ダンジョン? あのゲームとか小説とか、ファンタジーな世界で定番のあのダンジョン?」
「イブキさんのおっしゃる定番が何かは分かりませんが、先程私が受信したこの世界のデータに照らし合わせてみた所、ここは間違いなくダンジョンですよ。ちょっと待って下さいね、細かい情報を読み込んでみます」
「えっ? いや、読み込むってなに?」
混乱してる僕を放置して、目を瞑ったミリエルは両手の人差し指をおでこに当てて、なにかを読み込み始めた。読み込んでるの? 意味がわからないんだけど。
十秒ぐらい経った頃かな、いきなり目を見開いたからびっくりした。
いやほんと心臓ドキドキだよ。
「そうですね……このタイプは模倣型と呼ばれるタイプのダンジョンで、接続された建造物の構造を取り入れて、その構造物に自然な形で接続し、侵入者を迷わせる仕様のダンジョンようです。今回は、偶然ダンジョンに蓋をするようにかぶさった移民艦を走査して、細部を複写し違和感がないように反映させたのでしょう。もっともダンジョン側が典型的な迷宮形態ですから、歩けばすぐに違うことがわかるとは思いますが」
「だから、待って……何でそんなに詳しいのさ……?」
「何で、と言われましても、私は世界記録庫より情報を読み込んだだけですよ」
読み込んだだけって……その時点で意味がわからないよ。
そもそもあれだ、ミリエルって天使なんだっけ。
今更だけど僕たちとは違ってミリエルは、存在理念から違う生き物だって思い出した。身体が魔力で構成されているって言っていたから、生き物ですらないのかもしれない。
今の感じだと、どちらかといえばコンピューターとかに近くないか?
一応感情はあるし、特段に機械っぽくはないけれど、もしかしたら魔法も科学も、行き着く先は一緒なんじゃないかって、そんな気もしてきた。
だとすると世界記録庫とやらから情報を仕入れていても、それほど驚くことじゃないのか。
いや、そもそもがおかしいのか。
さて、ダンジョンって言われて、僕の中で認識が変わったところで、あらためて状況というか、ここがどんな所なのか観察してみる。
まずさっきも言ったけれど、壁が明るい。
明確な照明じゃなくて、壁が光ることで明るさが確保されている。もっとも、普段見慣れている、天井にある普通の照明と比べると若干暗い気がするかな。通路全体が光っているから視界の死角はないけれど、何ていうかな見え方に現実感がない。
つまるところ、全方向から光があたっているから、足元に影がない。だから何だか自分存在があやふやな感覚になるんだよな。全方面が明るい弊害なんだろうけれど、この感じはどうやっても慣れる気がしない。
次に、温度が快適すぎる。
さっきミリエルが言った『模倣』の弊害かもしれないけれど、墜落した直後の移民艦の環境が再現されているんだ。
僕たちがここに来るまで、移民艦の階層を甲板に向かって下りてきたんだけど、主機関が停止しているから徐々に周りの温度が低下してきていた。それなのに、ダンジョンとの境界を越えた途端に、明らかに周りの空気が暖かくなった。
恐らくだけど、模倣されたのは墜落した直後の環境だったんだと思う。だから主機関が停止したことによって起きた温度変化についてはどうも反映されていない。
そんな、違和感を感じる環境、それがダンジョンなんだろうな。
「そうするとちょっと待って、どうしよう。出口はどこだろう?」
「出口……ですか?」
「うん。僕は移民艦がひっくり返って、さらに主機関が停止。照明の電源も落ちていたいたから、自動扉は開かないと思ったんだよ。だから唯一、手動でも開けられる扉がある上甲板に向かって下りてきたんだよ。でもここって、上に見えている境目からダンジョンに入ったんだよね? だとすると、ここは入り口? それとも出口なのかな?」
「まるほど。そういう捉え方でしたら、ここは出口であり入り口であると言えます。今いる場所は既に地下ですから、そういう意味であれば、出口のない閉塞型のダンジョンでしょうか」
あ、やっぱり。
だとすると、このまま下に向かって行くのは駄目だな。
僕たちの目的はあくまでも、移民艦から外に出ること。別に、ダンジョン攻略とか全然考えていないし、普通に食料を含めた物資がなにもない。未だに僕は、コートの下は病衣のままだしね。下着を履いていないから、微妙にスースーするし。
マップは今いる階層に関しては全体が表示されているから、それを見ながら行けば下の階層へは行ける。でもそれは、今やるべきことじゃないんだよな。
さらに次以降の階層はまだ表示されていないから、マッピングするなら実際に階段から階下に降りる必要がある。つまるところ、このダンジョンが何回層あるのかわからないわけだ。
「ちなみにダンジョンって、モンスターとか出現する?」
「ダンジョンですから、普通に出現するはずです。当然ですが罠もありますし、数回層ごとにボスモンスターもいます。ダンジョンとしては、侵入者に階層内でたくさん魔法を使ってもらい、最終的に侵入者が命を落とすことで、亡くなった侵入者の魔力回路と魔力器官を吸収するのが目的ですから、最初は弱いモンスターが出るとは思いますが」
「ちなみに、上に戻ると?」
「移民艦はダンジョンではありませんから、モンスターが出現することはありませんね」
ということで、僕はふたたびミリエルと一緒に移民艦に戻ることにした。
再び魔法で明かりを作ってから、すぐ上の階層に移動。その足でマップを見ながら、少し移民艦の後部にある食堂まで移動した。
厨房に食料があれば、確保しておきたいってのもあるし。
現実問題、僕らができることといえば船底に向かって進んでいって、その途中にもし外に出られる扉なりあればそこから出ることか。それにはまず、この移民艦の船体図を確認するのが手っ取り早い。
そんなわけで今、食堂に着いてマップを見比べているんだけど……。
「それで、先程から手元の端末で見ている地図と、何が違うのですか?」
「こういう食堂にある船体図はそもそもの目的が違うから、船についてのより詳細な情報が描かれているんだ。まあ、僕がこの複雑な船体図が読めれば……だけど……」
ちなみに、しばらく船体図を睨んでいたんだけどよく分からなかった。
ただ不本意ながら、一度じっくりと船体図を見たあと携帯電話のマップを見たら、あっさりと情報が反映されていた。それも、わかりやすく。
結果わかったことは、僕が入っていたエリクシルコフィンがある階層、あそこの階層に外に出られる扉があった。
ちくしょう、無駄足だった……。
「侵食が、始まりましたね」
「え、侵食?」
ミリエルの呟きに顔を上げると、いつの間にか部屋が薄明るくなってきた。
さっきまで真っ暗だった部屋は、すでに明かりなしでも周りに散らばっている椅子やテーブルが認識できるくらいに明るくなっていた。
そして一拍、部屋が一気に明るくなった。
「どうやらダンジョンは、移民艦を自分の支配領域として取り込んで、そのまま拡張するみたいですね」
「え、僕たちはどうなるの?」
「運が悪いと、一緒に取り込まれたりするかもしれません。まあ、イブキさんのコートには影響なさそうですが」
そうやってミリエルと話をしている間にも、周りの状況が変わっていく。
目眩を感じて、思わず近くにあったテーブルに手をついた時点で、変化に気づいた。乱雑に散らかっていたはずの机と椅子が、綺麗に整列されていた。
ひっくり返った移民艦の天井に立っていたはずなのに、いつの間にかその天井が床に変わっていた。新しく変わった天井の照明が点灯して、辺りが明るくなる。ただ、相変わらず壁は光っているみたいで、足元に影はできていないんだよな。
どうやら、部屋の間取りはそのままて、全てがひっくり返ったみたいだ。
「どうやらダンジョン化が完了したみたいですね。船体図には変更ないみたいですが」
さっきまで見ていた船体図は、部屋の反転に合わせて上下が逆になっていたけれど、携帯電話のマップも含めて、描かれている情報自体に変化はない感じだった。
かくして、現代戦艦型のダンジョンが誕生した。
「出入り口もできた可能性がありますね」
「そうなの?」
「ええ。ダンジョンは、外からの侵入者がいて初めてダンジョン足りえますから。必ずどこかに開口部が存在しています」
慌ててマップを確認すると、予定していた出口は既に壁に変わっていた。
唐突に携帯電話が震えた。マップの上にポップアップウィンドウが重なった。
静かな部屋に、着信音が鳴り響く。
「えっ……ミモザ?」
「ミモザさん、ですか?」
表示されていた着信相手はミモザだった。
びっくりして、大きく呑み込んだ息を止めていた。まさか、こんなわけがわからない場所で、ミモザからの着信があるとは思っていなくて。
震える手で、応答アイコンをタップする。
「おおっ……もしもし? ミモザ、どうしたの……っていうか、久しぶりって言ったほうがいいのかな?」
動揺して、自分でも電話に出て変なことを言っちゃったのがわかった。
たぶんだけど、ミモザも僕が電話に出ることはないって、思っていたんだゃないかな。
『あっ……えっ? なんで……嘘っ、う、うううっ――』
電話の向こうで、ミモザが泣き出した。