「あれって、ここの下と同じ状況なの……?」
「そうだ。たまたまあそこが一番近くに見えるだけで、群れているのはあそこだけではない。トキオシティのあちこちの場所で、ここと同じように無数のモンスターの塊ができている」
苦笑いを浮かべた善一郎が、深い溜め息を付いた。
窓の外に見える範囲をちょっと見回しただけでも、四箇所が黒く染まっているのが見えた。
これって、なにか規則性とかあるのかしら。一番近い場所は高層ビルで、ビルを中心に周りを一周魔獣が囲っている感じよね。
「不幸中の幸いなのが、市民の自宅がある郊外にまだああいう密集地帯が生じていないことか。郊外にもそれなりにモンスターはいるが、数が少ないおかげで我々でも対応できる分、いくらか状況的にはマシなんだが」
「私が居た病院は……そうね、たしかに郊外に近い場所だったわね」
「ミモザさん、こっちに来てモニター見てくださいよ」
モニターに向かって何か作業をしていた琢郎が、作業の手を止めて手招きをしてきたから、首を傾げながら近づいていった。
琢郎に促されてモニターを見ると、そこにはトキオシティの地図が表示されていた。地図には無数の赤点が付いている。
「ねえ琢郎さん。これって、もしかして魔獣たちが群れている場所?」
「そうです。一週間で調べられた範囲ですから、実際にはもっと密集している場所があるとは思いますが。
見方ですが、二重丸が監視カメラとセンサーで拾えたもので、赤い点だけなのはドローンを飛ばして把握できた箇所ですね。今もたくさんのドローンを飛ばして上空から調べているんですが、あまり近くに近づくと撃ち落とされちゃうんですよ」
「私の知っている場所で、いくつか神社仏閣が含まれているけれど……大半はこれといった規則性はないわね」
「そうなんです。僕も色々調べてみて入るんですが、全く関連性がわからないんですよ」
気になって地図をスクロールさせて大雑把に調べてみる。スマートフォンのマップアプリで調べながら見てみたけれど、さっぱりわからなかった。何だかモヤモヤするわね。
私が首を傾げていると、善一郎が横に来て地図のスケールを全体まで広げた。縮尺をここまで広範囲にすると、さすがに地図の点が砂をばら撒いたような感じにしか見えなくなってくる。
「調査の殆どが未だにドローン頼みでな、現地調査は全くと言っていいほど進んでおらん。この都庁周りの調査はそもそも諦めているが、他の場所は何とか原因を調べて対処する予定だ。
ただ、外壁に近い地域はまだいいが、日を追う毎にモンスター共の生息地域が中心から外に向かって広まっていてな、このままだと早いうちに外壁から遠く、中心に近い場所にいる市民の救出が難航することが予測されているんだよ。
それにモンスターの生息地が広がってけば、いずれはトキオシティの地上部分が使えなくなる事態も想定される。早急に密集地点だけでも調査したいが、あの数だ、調査しようにも簡単には近づけない」
「地図にある点が全て、魔獣とかのモンスターの塊なのよね」
「そうだ。だがその点が表しているの、はあくまでも多種多様のモンスター共が争っている場所に過ぎん。ここ以外にモンスター毎のコロニーも出来つつあるから、事態は想像以上に恐ろしいんだ」
私が思っていた以上に、地上部分の状況は悪いみたい。
幸いなことに、扉がある建物の中には侵入されないみたいで、トキオシティの大半は魔獣などのモンスターがいなくなれば再使用が可能なんだとか。その延長なのかな、エレベーターにも侵入されないから、下層の安全は確保されているみたいなの。
あの墜落する途中で私が施した『仮ダンジョン化』の影響が残っているからだと思うんだけど、今はそれを制御できるだけの魔力が私のコアに残っていないし、そもそもどうやって制御するのかわからない。すでに私の感覚から離れている。何かが私の中からすっぽりと抜けちゃった感じなのよね。
ともあれ、結果的に都市と市民が守られているから、このままこの状態は維持されればいいと思っているわ。
「そこでだ、ミモザに機体『フォルギア』に搭乗して現地調査に行ってもらおうと思っている」
「……んっ?」
私と一緒にモニターを見ていたはずの善一郎が、ゆっくりと窓際に歩いていく。手にはずっと吸っていなかったはずのタバコを持っていて、歩く途中で口元に運んで吸った――まではいいんだけど、そこで盛大に咳き込んだ。
相当苦しかったのか、その場でしばらく蹲っている。
なに……カッコつけてるのかしら。ずっとタバコなんて吸っていなかったわよね。
そう言えば、私が生まれてから禁煙し始めたって、もう会えない母親から聞いたことがあったわね。まさか自分の代で新しい星に辿り着けるなんて、さすがに思っていなかっただろうし、けっこう無理したんだと思う。
周りのみんなも敢えてツッコミ入れないみたいだし。
近くで作業していた早苗が灰皿を持っていくと、ゆっくりと身体を起こしてタバコをもみ消した。肩を落としたまま窓際に着いた善一郎が、何だかひと回り小さくなったように見えた。
琢郎の方に顔を向けると、苦笑いして首を横に振っているし。
「調査に行くのは別段構わないわ。でも確か、機体はまだ開発中だったはずよ。制作自体は最終段階に近かったけど、実戦に投入させるには十年くらいかかるって聞いたことがある。そもそも技術者はみんな移民艦の中じゃなかった? ……てか待って、フォルギアって何よ」
「方舟が墜落してから二日目のことだったか、開発主任のレイジがな、ふらっと戻ってきたんだ。本当はバイタルチェックしたかったんだがな、大丈夫だと言ってそのまま研究室に向かって、翌日には完成したと俺のところに報告に来た。フォルギアの命名はレイジだ」
「えっ、パパ……じゃなくて、レイジさん無事だったの?」
「ぱ……おうん?」
「ぷっ、そ、その顔は反則よ。うふふふっ、あははは――」
振り返った善一郎がの顔があまりにも変顔すぎて、思わず笑いだしていた。
みんなも我慢できなかったんだと思う。誰かが笑いだして後で、連鎖するように笑い声が響き渡った。それを見てさらに善一郎がその顔のまま首を傾げたから、さらに笑い声が大きくなった。
「いや俺はそんなつもりは……いやまあいいか」
みんなずっと、気を張り詰めていたのかな。何だか空気も軽くなったような気がした。
でも確かに、その気持ちもわかるわ。
知らない星に墜ちて、それだけじゃなくトキオシティの地上部分が占領されるかのように使えなくなった。頼みの移民艦は世界中に散らばって、住民の大半はまだ地上の街に取り残されたまま。その住民の救出期限は早いところで一ヶ月。
そんな状況で、今も中心になって動いているのが方舟を操船していた、ここのメンバーだもん。
「話を戻すぞ。レイジの奴は移民艦のエリクシルポッド組だから、顔を見た時はびっくりしたがな。エリクシルポッドは本来なら外から覚醒開始処理をして、ポッドから排出された後にすぐ覚醒後処置をしなきゃならんのだが、自力で墜落した移民から出てきたと言っていた」
「そうね、確かに覚醒したすぐは身体を自由に動かせないはずよね。しばらく入院して身体を慣らさないと、日常生活すらままならない状態だったはずだわ」
「レイジの奴はふつうに動いていたから、何かコツみたいなものでもあるんだろう」
「……コツでなんとかなれば、入院なんてしなくていいわよ」
そっか、レイジが無事だったんだ。レイジって言えば、たぶん私の知っているレイジよね。アンジェリーナは何も言っていなかったから、きっと知らないんだと思う。
そうすると後は、イブキが行方不明なだけなのね……。
「それでな、実際に機体開発機関に出向いたら、確かに機体フォルギアが一機完成していたんだ」
「その……フォルギアって、そのまま使うの?」
「名前は、まあ諦めろ。もともと機体の命名権は機体開発機関が持っている。開発段階では色々な案があったらしいが、完成時に多数決で決めるっていう話を聞いたことがある」
「完成させたのが……レイジ?」
「そういうことだ。実際に起動させて動かしてみたが、動きは想定以上だった。機動力から始まって、車両型から人形へ変形する速度もスムーズだった。あれが量産できれば、戦況が一気に変わるかもしれん」
ただ、次の一機を完成させるのに現状だと一ヶ月はかかるらしい。それだってレイジ一人で造っての期間だから、実際には恐ろしく早いのよね。
「いま空いているのが、私だけってことよね」
「ああ。頼めるか?」
「もちろんよ。私だって戦力よ、さっそく行ってみるわ」
周りを見回すと、方舟の開発段階からいつも一緒だった仲間たちがしっかりと頷いてくれる。私は一人ひとりにうなずき返すと、エレベーターに向かって足を進めた。
「……突っ込みづらいんですけど、ミモザさん。別に今生の別れってわけじゃないのに。それに、みんなもちょっとノリが良すぎじゃないですか?」
琢郎のツッコミに、私の足が止まる。
心なしか、部屋の空気もシラけたような感じになった。琢郎に対してだけど。
「そそ、そんなの。し、知ってるわよ……」
居たたまれなくなって慌てて駆け出した私の顔は、間違いなく真っ赤になっていたと思う。顔、熱かったし。
都庁に来た時と同じように、エレベーターに乗って地下一階層の農場エリア、管理施設に下りる。そこから車に乗って、東に車を走らせた。
「いつもそうだけど、琢郎って空気読めないよね。絶対にモテないと思うよ」
「そ、その話題はお願い。できれば避けてほしいわ……」
ナタリーが運転する車は、湖畔の道を迂回してその先にある林を抜ける道に入った。切り倒した木を引きずって運ぶために、あえて舗装されていないその道は思った以上にデコボコで、跳ねる車にシートベルトをしていても何度も天井に頭をぶつける。
善一郎が乗っている時はかなり安全運転していた気がする。
「ちょっと、安全運転してほしいわ」
「任せて、全力で飛ばすわよっ」
「だからもっとゆっくり走って――」
やがて木材加工施設の脇を通り抜けると、今度はちゃんとした舗装道路にでた。真っ直ぐに延びた道の遥か彼方に、再び天井を貫くエレベーターが見える。
一時間くらい車に揺られて、エレベーターの下にたどり着いた。
「それじゃ、私は都庁に戻るね」
「ナタリーありがとう。帰りも気をつけてね」
「もっちろんよ――」
そしてナタリーが乗った車は、その場で一気に向きを変えると、砂煙を上げてもと来た道を走り去っていった。
ため息を付いてから、何もない広場を見回した。エレベーターを上がった先がまとまって研究施設がある区画のせいか、周りには人一人としていない。広場自体も、高い鉄柵で一周囲まれている。
周りに広がっているのは牧草ばかりで、今は離れた場所で牛が草を食んでいる。
遠くに消えていく車をその場でしばらく見送った後、鉄作の扉をくぐった先にあるエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターがゆっくりと上に昇っていく。
ちょっと緊張しているのかな、無意識のうちに大きく息を吸っていたみたいで、一気に肺の中の空気を吐いた。
この先に、レイジがいる。
何だかちょっと、緊張してきた……。