「さあ、行くわよ」
ホワイトケーブは四足走行モードのまま、頭を下にしてほぼ垂直に切り立った自然の岩壁を駆け下りていく。
優秀なのが、下向きに駆けているのに、車内の重力は常に床に向かってかかっていることか。おかげで、外の景色がいくら変わっても車内がひっくり返ることはない。
運転席を見ると、ハンドルを握っている桃華が楽しそうに笑っていた。
それにしても岸壁の中は、もの凄く明るい。
中心にそびえ立っている巨大な塔が、中を覆っているバリアを抜けた上の部分が輝いていて、地上にあるルナナリアを明るく照らし出していた。
あれは太陽の代わりなのかもしれない。
そんな昼間のように明るい世界をねホワイトケープは駆け下りていく。
飛び降りた岸壁を少し進んだ先にあったバリアに前足が付き、一旦動きが止まるも、まるで泥に沈み込むかのようにゆっくりとバリアを通り過ぎた。
そしてバリアを抜けると、再び地表に向けて駆け出しす。
心なしか、さっきよりも駆ける速度が上がっている気がするぞ?
「なあ桃華、一気に速度が上がった気がするんだけど、大丈夫なのか?」
「そうね、思いの外スピードが出ているかもしれないわね。ちょっと待って、ルルガに聞いてみるわ」
センターコンソールの通信ボタンを押すと、即座にルルガに繋がった。
何だか画面に映ったルルガの顔が、鬼気迫っているんだけど。
『おい桃華まずいぞ、重力がナナナシアと同じレベルにまで復活した。
地表まで約百三十キロメートルだ、ホワイトケープにはこの高さからの落下に耐えられるだけの機能はないぞ!』
「あらそうなの? それは初めて聞いたわね。でも今までだって普通に駆け下りていたじゃない」
『あれは月だからだよ、そもそもかかる重力が違うんだって。普通考えればわかるだろうがっ!』
車内通信越しに、管制室からルルガの叫び声が聞こえる。
篤紫も慌ててコマイナの方を向くものの、眉尻を下げたコマイナが力なく首を横に振ってきただけだった。
つまり、高所からの落下に対して、ホワイトケープは何の対策もしていないということか。
月の重力だから、断崖を駆け下りても無事だったと言うことらしいが……。
「桃華、なんとかなるのか?」
「どうしようかしら、私って生活魔法しか使えないのよね。こんな時は時間魔法も役に立たないし」
「いや待って、使える魔法って何か今関係あるのか?」
「ううん無いわよ。一応人型モードと四足走行モードの時には、ハンドル経由で魔法が使えるって聞いた気がしたのよ。落下を制御できる程の魔法が使えないから、何の関係ないけど」
『おいっ、おいおいっ。なに暢気に和んでんだよ。落ちてるんだぞ? もんのスゲー、スピードで落ちてるんだぞっ?』
ルルガがうるさい。
そう言えば、車内通信で管制室と繋がったままだったか。
「でも懐かしいわね、この状況ってあの時と一緒じゃない」
「いや、今度は何の話だ?」
「ほら一番最初にワイバーンに攫われて、篤紫さんが行方不明になったときよ。あの時も遙か上空から落ちたのよ」
「……ああ、あの時か」
桃華はおもむろに四足走行モードを解除した。
唐突な行動に篤紫は目を見開いた。
「なっ、桃華。正気かっ?」
『ちょっ、待てよ桃華。そんなんしたら、もっと落っこちる速度が上がるじゃねえかっ!』
空中で、ホワイトケープの車体を覆っていた氷船が分解されて、同時に開いたリアゲートに一気に収納されていった。
残ったのは車体のみ。空気抵抗が少なくなったからか、落下速度が目に見えて上がった。
『うぎゃあああ――』
まだ繋がっていた車内通信越しに、ルルガの叫び声が聞こえてくる。
何か桃華には作戦があるのだろう。さすがに騒がしかったので、篤紫は車内通信を切った。
「ねえコマイナちゃん、ホワイトケープの車体って商館ダンジョンよね?」
「ひやっ、ひゃい」
篤紫の隣に座っていたコマイナが、びっくりして飛び上がった。
為す術が無いと思っていたのか、ぼーっとしたまま前を見ていたようだ。慌てて顔を桃華の方に向けた。あ、顔が真っ赤だよ。
そう言えば形はかなり変わったけれど、これって最初に旅に出た時と同じ車体なんだよな。あの時はちょっと変わった形の馬車だったけれど、今回は自走できる車になっているだけで、ベースは変わっていないわけか。
「あっ、は、はい。商館ダンジョンの本体として、以前と同じようにダンジョン化されていますが……」
「それならそのまま落下しても、絶対に壊れないわよね」
「はい。ダンジョンそのものなので、破壊不能オブジェクト扱いです。
地表には衝撃でクレーターはできます、が……まま、まさか?」
「じゃあ、このままで大丈夫よね」
「……ああ、そういうことか。ていうかそれは、一番駄目なパターンだぞっ」
車両前方を下にしたまま、ホワイトケープは眼下に広がっている森の中に一気に突っ込んだ。
最初に大きな樹の幹に当たるも、当たった大樹が衝撃で吹き飛んだ。
ほぼ減速ができていないまま地表に突き刺さり、大樹が生えていた地面の土砂を吹き飛ばす。衝撃で地面が抉れ、周りの樹が同心円状に吹き飛び、倒れていく。
ホワイトケープはそのまま地表から五メートルほど突き刺さった状態で、やっと落下がが止まった。半分埋まったため視界が真っ暗になったけれど、地面に無事着地したことがわかった。
いや、さすがに無茶しすぎだろう。
「それじゃあ次は、人型モードね」
「なにっ? マジかっ、そこで人型なのかよ」
パネル操作で一気に車型から人型に変形する。肢体パーツの装着のために周りの地面から強制的に吐き出される。同時に再び爆発するように石礫が舞い上がる。
人型に変形したホワイトケープはクレーターに立ち上がった。
これはまずいな、さすがにさっきの衝突だけでも目立っているのに、さらに二度目の爆発とか、さすがにこの国の警備が飛んでくる。
「篤紫さん、窓を開けて大きめの石を手に乗せて貰ってもいいかしら?」
「お? おお。大きめの魔石なら何でもいいのか?」
「問題ないわ、急いでちょうだい」
「ちょっとコマイナ、ごめんな。ヒスイを抱っこしててくれ」
「はい、ヒスイ様こちらに」
篤紫はヒスイをコマイナの膝の上に乗せると、二列目シートに移動して窓を開けた。念の為、腰の辺りまで身体を乗り出してから、ホルスターのポケットからワイバーンの魔石を取りだした。
直径一メートルほどの、橙色の綺麗な魔石だ。それをすぐ側まで伸びて来たホワイトケープの手に乗せる。
急いで身体を引っ込めて窓を閉めた。
「よし、いいぞっ」
「魔石を置いたら、ここから脱出ね」
桃華が操るホワイトケープは、魔石をクレーターの中心に押し込むように埋めると、今度は四足走行モードに変形した。一気に駆け出す。
一旦森を抜けてルナナリアを囲っている岩壁の方に向かい、岩壁が見えたら今度は横に走る方向を変えた。
しばらく駆けた後、再び今度は車モードに変形してからやっと止まった。
「これで無事、侵入できたわね」
「って、侵入したんかいっ! 無事じゃないし!」
「だってしょうがないじゃない、入り口が見当たらなかったんだもの」
「……しかしだなぁ」
言ってからお互いの顔を見合わせて、思わず吹き出してしまった。
「まあ、中には入れたんだから良しとしようか」
「それじゃあ、みんなで街に行ってみましょうか」
その頃になってやっと、商館ダンジョンからミュシュを抱えた瑠美を先頭に、咲良と紅羽が車内に入ってきた。
「相変わらず篤紫さんはわやくちゃな運転するんやな」
「いや待て、運転してたの俺じゃないぞ」
「それでは誰が運転していたのですの?」
「桃華様ですね、私も助手席で座っていました」
「「「えええぇぇーっ」」」
というやりとりがあったけれど、ホワイトケープは再び桃華の運転で走り始めた。
森を抜け……ようとして車体が木に引っかかり、あっさりと走行不能になった。『あらぁ……』という桃華の間延びした声に全員が無言で脱力するも、再び四足走行モードに変わって無事森を抜けた。
森の先にあった道でもう一度車モードに変えてから、遠くに見える柱に向けて走り出す。
赤いリンゴが成る果樹地帯を走り抜け、黄金色の麦が揺れる穀倉地帯を抜ける頃には、塔のてっぺんにある光が弱くなっていきやがてあたりが真っ暗になった。
やがて、ルナナリアの町を囲う壁の門が見える頃には、時間も遅いのか閉まった門だけでなく街の灯りすら消えていた。
ホワイトケープは、門の前にゆっくりと停車した。
「もう中に入れないみたいね。どうしましょう、一旦出直した方がいいのかしら?」
「いや待て、出直すってどこに戻るんだよ」
「えっと……どこがいいかしらね」
などと門の前にホワイトケープを止めて喋っていると突然視界が真っ白に染まった。
ホワイトケープの自動調光機能が働いて視界が戻ると、どうやら壁の上からサーチライトで照らされているようだった。
直後に門の横にある扉が開いて、中から武装した人影が複数駆けだしてきた。
人影は警戒してか、ホワイトケープの周りを囲うも少し離れたところで止まった。その中の一人が、運転席に近づいてきた。
やや遠慮がちに、運転席の窓がノックされる。
『失礼ですが、中にミュシュ王子が搭乗されていますか?』
「ミュシュは……いるわね」
「はい、わたくしがミュシュです。わたくしに何かご用ですか?」
桃華が窓を開けると、頭頂に兎耳をはやした青年が話しかけてきた。
二列目席の窓も開けられて、窓際で留美に抱きかかえられたミュシュが声を出すと、青年は慌てて二列目席の窓に移動した。
「こ、これはミュシュ王子。確かに確認させていただきました。
おいっ、急いで城に伝令を飛ばすんだ。ミュシュ王子が戻られたぞ!」
そしてあたりが慌ただしくなった。
急いで門が開かれ、あっという間に篤紫たちは街に入ることになった。
って、ミュシュってやっぱりここの国の王子だったの?