「我が国の王子を送り届けていただき、誠にありがとうございます」
俺たちは街を抜けて城の中まで案内された。そのまま、謁見の間まで全員が通された次第で、正直言って現在進行形で面食らっている。
種族や習慣が違うことから、特に傅いたりはしていないけれど、それに対して咎められることもなかったので、そのままみんな立ったままでる。
「それはいいんだけど、本当にミュシュはここの国の王子なのか?」
「あ、それはわたくしも気になります」
「待って、ミュシュがそれ言うたら駄目やと思うんや」
結局のところ、当の本人が記憶を無くしているため、城門の先で車を降りた時に迎えに来てくれた宰相と名乗った兎人でさえ、誰何する始末だった。
ミュシュは、最初に戦艦で出会った時に既に半分近く記憶を失っていた。そのまま家族だって言って受け入れたけれど、当然記憶さえ戻れば本当の家族がいるわけだよな。
ただ、ルルガのところでマリエルと三人で馴染んでいたから、王子だから戻れって言われて素直に首を縦に振るとは思えない。
「ミュシュ……記憶を失っているのですか……」
女王が玉座から立ち上がってミュシュの元まで歩み寄ってきた。身長は篤紫たちと同じくらいで、純白のドレスを着ている。顔も一見すると人間にも見えるれけど、顔の横にあるはずの耳がなく、代わりに頭頂に二本の長い耳が生えている。
兎人族。
途中で聞いた説明で、兎人族には三種類の形態があることが分かった。
まず俺たちが最初に出会った『巨大な兎』形態。
この状態だと、膨大な魔力をもっているから、オルネみたいに八方で結界を維持することができる。もちろん、普通に魔法を使えば、強大な魔法を使うことができる。
次にミュシュのように身長が低く顔が兎顔の『半兎人』形態。この状態は魔力が全く無くなる代わりに、状態異常などの外的要因を防ぐことができる無敵状態なんだとか。外敵の襲撃時など、出兵の際に取る形態だと説明があった。
あとは、通常の人型である『兎人』形態。魔力を持っていて、魔法が使える。
ルナナリアの殆どの国民が、基本的に兎人の姿で一生を過ごす。ナナナシアで言うところの、魔族に当たる種族なんだろうな。兎人達は魔法も使えるけれど、得意なのは建築や科学技術の分野らしい。
そう言えば、街の造形は素晴らしかった。よくSFとかで『近未来の都市はこんな風景だ』みたいに予想されている景色があるけれど、建築物に関してはそのままの景色だった。
継ぎ目のない建物に、綺麗に整理された街路。道路を走っている車にもタイヤが付いていなくて、どんな技術か分からないけれど浮いた状態で走っていた。
ちなみに魔術は使っていなくて、単純に科学技術だけで浮いているらしい。
ナナナシアで使っている魔道具が、ナナナシアから離れると機能の大半を失うことを考えると、純粋な科学技術は星から離れる条件下だとかなり有効なのかも知れない。
ミュシュの前で、女王は片膝を折ってミュシュミュシュの顔をしっかりと見つめた。小さな体躯のミュシュは、女王が膝をついてもなおまだ頭は胸元までしかなかった。
「それでは私があなたの母親であり、メルシュという名前であることも分からないのですね……」
「ごめんなさい、わたくしは自分に関する記憶がほとんど無いのです」
「そう……ですか……」
身長の差もあって女王であるメルシュを見上げていたミュシュは、頭を振りながらあからさまに意気消沈していた。
とはいえ、覚えていない物はどうしようもないわけで、簡単な謁見のあとで篤紫たちは客間へと通された。
ちなみにミュシュは、兎人化の儀を行うために別行動を取っている。
もともと、出兵の時のみ半兎人になり、戻ってきた折には元の姿に戻すために兎人化をすることが決まりのようで、儀式の間に行っている。
別行動の話になった時に、瑠美と咲良、それから紅羽の三人は、どうしてもミュシュと一緒に行くと言って譲らなかった。幸い、儀式の折に様子を見学するための部屋があるようで、特に問題なく三人の同行は認められたけれど。
「つまりもう少ししたら、ミュシュちゃんはバニーボーイになって来るのね」
「いや桃華、それは少しだけ意味合いが違うような気がしないか?」
「でも私達と同じような容姿になって、頭の上に兎耳が付くのよね。ほら、バニーボーイじゃない」
「まあ……いいよそれで」
結果的に、客間に残ったのは篤紫、桃華、コマイナ、それにヒスイの四人だけになった。ルルガとマリエルに関しては、ずっと商館ダンジョンに籠もりっぱなしで、時折魔神晶石車の中にいる竜人達と交流をしているらしい。
竜人達を頭数に入れると、この旅行ってもの凄い人数で移動していることになる。
たまには、竜人たちの所に顔出しに行くかな。
「ミュシュさんの記憶、戻るのでしょうか……」
窓の外を見ていたコマイナが、ぽつりと呟いた。
「どうだろうな。ミュシュ自身は、記憶が無いことに関して、それほど気にしている様子はなかったからな。
桃華が他に聞いていればだけど……」
篤紫がチェアーに座って、桃華が淹れてくれたお茶を飲みながら、ちょうど向かい側のチェアーに座った桃華に視線を送った。桃華は少し思案してから、首を横に振った。
「私の知っていることなんて、篤紫さんとそんなに変わらないわよ。
ルルガやマリエルと一緒に行動する前は、稀に寂しそうに月を見上げていた姿は見たことがあるけれど」
「ああ、それは俺も知っている。どうかしたのかと聞いたら、見ていると何となく元気になる、ようなことを言っていたな」
それだって、特に思い入れがあるとかじゃなくて、たまたま見上げた夜空に月が出ていた、程度だったはず。アウスティリア大陸の北側を、船で旅行していた時だったかな。
「記憶が無いのは、いつからなのですか?」
「俺と桃華が最初にミュシュと出会った時には、既に半分くらい記憶が無いって言っていたか。
名前と、そこのいた場所での自分の役割程度しか覚えていない感じだったから、実質記憶喪失と同じ状態だったな。
そう言えばコマイナはその頃って、ずっと眠ったままだった頃か?」
「そうですね。海上で意識が戻った時には、既にミュシュさんは側にいましたから」
結局のところ、俺たちはミュシュのことをほとんど知らなかったってことか。
まあ、そんなことを言えば、隣に座って大事そうに月の雫を抱きかかえているヒスイの方が、よっぽど不思議な存在なんだけどな。
月の雫についてメルシュ女王に尋ねたら、すぐに手配してくれた。エネルギー源として備蓄しているようで、ルナナリアが毎日それなりに創り出しているそうだ。
月の雫は、ナナナシアで言う『魔石』と同じような位置づけのようで、ナナナシアと違うところは月兎、兎人、半兎人が『涙』という形で簡単に作り出すことができることか。
もっとも、涙を流すことが簡単かと聞かれれば、ある意味難しいと答えると思うけれど。
その話の中で、この都市の名前にもなっているルナナリアとも連絡を取ってくれるって言っていた。
扉がノックされる音で、全員が扉の方に顔を向けた。
『失礼します』
聞き覚えがある女性の声とともに扉が開かれて、メルシュ女王が部屋に入ってきた。
「今、お時間よろしいでしょうか?」
「ええ。もちろん大丈夫よ。ここでは私達がお邪魔している立場だから、気楽に来て貰えると助かるわ」
「ありがとう、お邪魔しますね」
桃華が立ち上がって、お茶を淹れるためにティーカート(自前)に移動した。その間に、篤紫の向かい側にメルシュ女王が歩いてきてソファーに腰をかけた。
四人分のお茶を淹れてから、桃華は篤紫の隣に腰をかけた。窓際にいたコマイナもヒスイの隣に腰を下ろす。
「ミュシュのこと、本当にありがとうございます。前回あった人族との戦争の折に、出兵したまま行方不明になっていたのです。
まさか、記憶を失っているとは思っていませんでしたが、無事戻って来られたことを嬉しく思っています」
そう言って、深く頭を下げてきた。
確かミュシュも何十年も前、みたいなことを言っていた気がする。そもそもいつの話なんだろうか?
人類との戦争があったのなら、過去に宇宙まで人が進出したと言うことになる。ナナナシアには未だたくさんの遺跡があって、でもその大半が魔獣の棲息域にかかっているために発掘はほとんど進んでいない。
そもそも、今の人類が宇宙に出る必用があるのだろうか……。
「篤紫さん? 何か考え事?」
「あ、いや。人がここまで来た過去があるんだな、ってな。ここまで来られる技術がありながら、今は滅びたのかそんな技術力すらも無い。ちょっと不思議だなと思っただけだよ」
「かなり昔の話ですからね。およそ二千三百年前の話になります」
「とするとミュシュは……」
「ええ、その時の大戦から今までずっと行方が分からずにいました。時折、ワイバーンを探索に飛ばして痕跡を探していたのですが、なかなか思うような結果が得られなかったのです」
犯人は、あんたかーいっ!
俺たちがワイバーンに攫われたのは、今回でもう二回目なんだぞ――という思いを何とか呑み込んだ。
結果的に、ミュシュをここまで連れて来ることができたんだけど、何だか釈然としない物はある。俺たちは種族特性で命を落としても復活できるからいいけれど、一歩間違えれば両方とも命を失っていた可能性がある。
もっとも、ルナナリア側からすれば過去に襲撃をしてきたナナナシアの民は敵とも言える。個人的には不服だけれど、仕方がないのかも知れない。
「それで今回、俺たちが探していたミュシュを連れてきたと」
「はい。ワイバーンには既に探索はやめるようにお願いしてあったのですが、恐らく最後の個体がそれこそ最後の任務で、篤紫さんたちを連れて来てしまったのでしょう。
これも、運命の巡り合わせだったのかも知れません」
メルシュ女王は、小さく息を吐いて儚げに微笑んだ。
全ては戦争のせい……か。
メルシュ女王も人の親、篤紫にも桃華にも同情こそすれど、とても責める気にはなれなかった。