最終話 あれっ、何かがおかしいよっ(26話)


『……! ……!!』
 何となく、遠くの方で声が聞こえてるような気がする。
 視界は真っ暗で、深い眠りに落ちていたのか何だか頭がふわふわしている。僕は、いったいどうなったのだろうか。

 ……待って、確かにどうなったんだろう?
 意識が急速に覚醒してくる。
 瞼を開けると、眩しい光りが目に飛び込んできた。僕はあまりの眩しさに、せっかく開けた目を閉じてしまう。

『おい、こっちの子が動いたぞ。生命維持装置がちゃんと稼働していたみたいだ』
 耳に入ってきた言葉に、何だか不穏な物を感じる。
 体を動かそうとしたけれど、何故か動かせない。そもそも自分が今、どんな状態になっているのかが分かっていないんだよね。

 もう一度、今度はゆっくりと目を開けていく。
 最初に目に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる透き通った青だった。喋ろうとして口を開けると、肺の中にあった空気が出ていって、代わりに液体が流れ込んできた。
 一瞬溺れるような感覚に襲われたんだけど、この青い水の中では問題なく呼吸(?)ができることが分かって、僕は大きく息を……水だから違うよね、大きく水を吐いた。
 僕はどうやら、特殊な液体の中にいるらしい。
 その液体の向こう側に、三人の人影がいてこちら覗き込んでいた。

『みんな来てくれ、こっちの子が起きたぞ。急いで本部に報告だ、この移民艦は装置が正常に稼働している可能性が高い、電源を回せばまだ助かる人が増えそうだ、と』
 ちょっと待って、何のことなんだろう。
 明らかに聞き慣れない言葉が、耳に飛び込んできた。移民艦って、大きな船のことだよね。

『分かりました、私は急いでトキオシティに通信を繋げますね』
『隊長! こっちの人も目を開けました。生存しているみたいです!』
 慌ただしく人が動き回っているのを眺めながら、僕は少しずつ意識が朦朧としてきていた。

 正直、全く状況が掴めない。
 女帝スカーレットをレイジが倒して、その残った半身から溢れ出てきた赤い液体に溺れて、意識を失ったはず。状況から見て、そのあとでここの水槽に入ったんだと思うけれど。
 まさか中にいても溺れない液体に浸かっているとは想像すらもしていなかった。何だか眠い、このまま眠ってしまえば――また死んじゃうのかな?

 僕はもの凄い危機を感じて、落ちかかっていた意識をしっかりと繋ぎ止めた。

 危ない。
 状況が全く分かっていないのに、ここでまた意識を失ったら、次はいつ目が覚めるか分からない。
 僕は歯を強く噛みしめた。

 目をしっかりと開けて周りを見ると、僕が入っているものと同じ、縦に長い箱がいくつも並んで見えた。長い通路状の部屋みたいで、箱はその通路に沿って並べられているみたいだ。その箱の通路側が透明になっていて中が見えるようになっている。
 僕が入っている箱のちょうど向かい側にも、誰かが入っているのか箱の中に人影があって、中が青白く光っていた。

 忽然とねその視界がふさがれて、僕は思わず息を呑んだ――違うよね、水を呑んだ、だよね。

『待ってて、いま中から出してあげる』
 ガラス越しに顔を近づけてきたのは、黒髪の女性だった。あどけなさが残るその女性は、探索者が好んで着る濃い色の厚手の衣服を纏っていて、目が合うと嬉しそうに微笑みかけてきた。
 どこかで見たことがあるような気がするんだけど……。

 足下からゴポッという音の後に、空気の塊が僕の目の前を通り過ぎていった。
 徐々に青い水が抜けていって頭が露出すると同時に、重力を感じて僕はその場に崩れ落ちていった。思った以上に体が重い。肺から青い水が出ていくと、入れ替わりに酸素が胸一杯に入って来た。

 水が完全に抜けきると、正面のガラスが付いた板が浮き上がって上にスライドしていった。
 僕はその一部始終を横に寝転がったような状態で見ていた。たぶん長い間、さっきの青い水に浸かっていたからだと思う、重力にしっかりと捉えられた体はぴくり共動かせなかった。
 唯一、動く眼球で体に目を向けると、僕は裸のままだった。
 ていうか、寒いよ。

「ちょっとしばらく我慢してね、外の救護車に移動するまでだから」
 女性に抱きかかえられて、近くに駆け寄ってきた担架に乗せられた。敷いてあったタオルで全身が包まれる。足つきの担架は、人一人で押せるように下にはタイヤが付いているみたいだ。
 僕は担架を押す人と、その付き添いに一緒に付いてきている女性と一緒に通路を抜けていった。
 途中、同じように開いた箱の中から、裸の男の人や女の人が担架に乗せられて、大きなタオルに包まれているのが視界に入ってくる。

 余計に状況がつかめなくなってきた。

「ね、イブキ。私が付いているから、大丈夫だからね。まだパパとママは見つかっていてないけど、必ずここに来ているから」
「うえっ!?」
 僕の心臓が跳ね上がった。きっと、顔にも出ていると思う。
 担架と一緒に併走していた女性の顔を見ると、しっかりと頷いてくれた。顔は全然違うけれど、雰囲気は――ミモザ?

「……もしかして、ミモザ?」
「うん、そうだよ。ミモザだよ。探したんだからね、イブキ……」
 通路を抜けて外に出ると、視界に入ってきた空はどんよりとした曇り空で、その雲から雪が舞い降りてきていた。
 そのまま担架は、すぐ側にあったバンのリアゲートから中に乗り込んだ。その担架の隣に、ミモザが座る。 

 運転席に人が乗り込むと、エンジンがかけられた。初めて聞く、聞き慣れない大きな音に、思わず眉をしかめた。何だろう、これって魔動機じゃないのかな。
 ずっと物心ついた時からアンジェリーナの側で色々な魔動機を見てきたけれど、こんなに大きな音を立てる魔動機は見たことがないよ。
 何だか少し、変な匂いもしてくるし。

 窓の外には原生林が広がっていて、タイヤからは路面が悪いのか、振動が体にしっかりと伝わってくる。これだけでも走っている道が、未舗装の路面だと言うことが分かった。
 やがて視界が晴れると、車はゆっくりと止まった。

「ここは安全地帯だから、しばらく輸送機が来るまで待機かな。見えるかしら、あそこに大きな船があるんだけれど、あそこがわたし達が暮らしているトキオシティなのよ」
「えっ? 船? トキオシティって何のこと……?」
「うん、わたし達はね、原初のナナナシアにいるのよ。わたし達が知っているナナナシアもまだ『ただの星のコア』で、話をすることができなかった」

 これがいつもの夢だったら、どれだけ良かったことか。

「魔族がこの星のどこかにいるはずだけど、現在わたし達が生きていられるのがあそこに見えているトキオシティの中だけ。
 半年前にわたし達『人』は宇宙から墜落する形でこの星に降り立ったの」

 でも、ミモザの話している内容から、これが紛れもない現実なんだって。はっきりと分かったんだ。

「私が気がついたのはもう墜落寸前で、収納されていた移民艦は空中で吐き出されたわ。幸い落ちた場所がよく知っている日本列島で、何とかイブキが乗っていた移民艦の周りだけは、近くに引き寄せることができたの」
 ミモザの表情が陰る。

「でも、パパとママ――レイジの乗っていた移民艦と、アンジェリーナの乗っていた移民艦は他の大陸に墜ちていった。
 だからごめんなさい、行方が分からないのよ。たぶん今もまだ世界のどこかで生命維持装置の中に眠っていると思うわ」
「でも……それは、探せばなんとかなるって事なんだよね?」
「……うん……」
 バタバタと大きな音を立てながら、丸い機体が空を飛んできた。あれは知っている、ヘリコプターだ。
 ヘリコプターは二つのプロペラを回しながら、少し離れた場所に着陸した。
 僕たちの車の前に並んでいた車がゆっくりと動き出して、ヘリコプターの近くで担架を下ろしてまた走り去っていった。
 やがて僕たちの番になった。

「だったら、僕とミモザで探せばいいよ。二人ならきっとどこかに無事でいて、ちゃんと見つかるはずだから」
「そう……そうよね、やっとイブキが見つかったんだもんね」
「そうだよ。だから、これからもよろしくお願いします」
「私の方こそ、よろしくね……」
 少しだけシリアスな空気が流れていたんだけれど、長くは続かなかったかな。
 本当は格好つけたい場面だったけれど、体が動かない僕はタオルにくるまったまま担架の上に寝ている状態で、二人で顔を見合わせて思わず笑っちゃった。

 救いなのが、姿は変わっていたけれど、僕の側にはミモザがいて、この世界のどこかにレイジとアンジェリーナがいることかもしれない。

 やがて僕を収納したヘリコプターは、ゆっくりと離陸する。
 目指すはトキオシティ。

 僕の、僕たちの新しい生活が始まった……。

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【 あとがき のようなもの 】
 いつも『僕、異世界転生していないよっ』をお読みいただきありがとうございます。
 いろいろと試行錯誤しながら執筆してきたのですが、当初は二章という形で展開しようとしていた話が、かなりこの作品と趣向が変わる話になる事が脳内プロットでまとまったため、ここで一旦完結させることになりました。

 主要な登場人物の変更は無いのですが、世界観ががらっと変わります。
 舞台は原初のナナナシア。
 世界は完全に未開の地で、原始の魔獣と、細々と暮らしている魔族がいる星に、地球から人間たちが宇宙船ごと墜落する形で移住した所から、話が始まる予定でいます。

 サブタイトルに『僕、異世界転生していないよっ2』と表記しますので、また次作もおつきあいいただければ幸いです。