26話 冒険者ギルド


 冒険者ギルドに向かう道すがら、篤紫はあることが気になっていた。

 日本人がいない。

 シーオマツモ王国に入ってからずっと観察はしていたのだが、一人としてすれ違わなかった。
 すれ違う人の全てが、いわゆる西洋人の顔立ちをしていた。
 稀に、日本人のような黒髪の人を見かけたとしても、顔立ちはやはり彫りの深い西洋人物だった。

 そういえば、昨日コーフザイア国軍と対峙したときも、何とか司令官が兜を脱げなかったから、中身がどうなっているのか分からなかったんだっけ。
 声から察する……なんて芸当は持っていないから、あの時点で気づくことは不可能だったわけだけど……。

 もちろんファンタジー種族――エルフやドワーフなど、この世界で魔族と呼ばれている人たちも歩いていることから、ここが日本じゃないことは承知していたはずなのだが。
 土地は、間違いなく日本だ。

 隣を歩くシズカさん見る。

 黒い髪に、日本にいた頃にゆく見慣れていた、日本人らしい顔立ち。
 腰まで伸ばしたサラサラの髪は、歩くたびにサラリと風に流れている。
 良くも悪くもスレンダーな体型は、典型的な日本人体型だ。

 瞳が赤いことを除くと、むしろシズカさんが日本人だといっても通用するだけの容姿をしている。
 もし和服を着せたらそのまま日本人で通りそうだ。

 今日は夏梛の代わりにオルフェナを抱えて、えらくご機嫌だ。
 もふもふは正義である。


「あら、わたしの顔に何か付いていますか?
 ……って、言えばいいのかしら?」
『篤紫はわかりやすいからな。間違っておるまい』
 篤紫は目を見開いて固まった。歩む足が止まらなかった自分を、逆に褒めたい状況だった。
 またしても、自分の顔が赤く染まるのが分かる。

 シズカさんが腕に抱えたオルフェナと掛け合いを始めた。
「オルフちゃんの言っていた通りね。
 周りを見る目が、すごくキラキラしていたから、最初は何か珍しい物でもあるのか探しちゃったけど」
『むしろ篤紫には、珍しいものだらけであろう。
 過去に何があったかは知らぬが、人間族はみなこの顔立ちなのであろうな。シズカ殿たち、マナヒューマン種族が篤紫のイメージしている日本人に近いようだしな』
「確かに若い頃、けっこう世界をあちこち回ったけれど、オルフちゃんの認識で間違いないわね。
 お隣の大陸に行っても、あまり変わらないわよ」
『ふむ、ここだけでなく他の大陸にも人間族や魔族がおるのか。
 せっかくだから、世界中を旅してみたいものだな』
「あら、それなら、私たちの家族も連れて行ってくれないかしら?
 旅行に連れて行けって、カレラにせがまれたことがあるのよ。過去の武勇伝なんて話すものじゃないわね」
『いいのではないか?
 取りあえず、ユリネ殿と合流することが最初の課題であるが、スワーレイド湖国の問題を解決して、その後であれば問題ないだろう』
「そのときは、ぜひよろしくね」

 ……そんなに子どもっぽい反応をしているのかな。
「カナちゃん、えらい大人びているもんね。うちのカレラが『お姉ちゃんができたみたいだ』って言って喜んでいたわ」
『むしろ、篤紫の適応力が高いのであろう。
 よく夏梛と一緒になって騒いでおるが、我が見ても和むからな』
「確かにアツシさん、カナちゃんだけじゃなく、うちのカレラとも馴染んでいたから、すごいわね。
 タカヒロなんて、アツシさんが羨ましいってぼやいてたわ。娘とうまく話せないって悩んでいたようだし」

 篤紫は自分がどう見られているのか、初めて知った。
 なんて恐ろしい羞恥プレイなんだ……。





 冒険者ギルドは予想通りの建物だった。
 
 二階建ての洋館で一階が酒場兼用になっているようだ。
 入り口が二つあり、それぞれにビールジョッキの看板と、盾の中に竜が描かれそこにクロスした剣の絵柄を描いた看板が掲げられていた。

 ギルドの看板が掛かっている入り口から入ると、中は閑散としていた。
 入り口は2つあったが、やはり中は普通に繋がっている。それぞれのドアから入って、まっすぐ行った先が酒場かギルドかの違いはあったが……。

 酒場側にいた数組の冒険者が篤紫たちを一瞥したが、それだけだった。
 テンプレは不発だったけど、そうはいっても絡まれたら困る。
 篤紫は安心して、ため息をついた。


 ……と、オルフェナを抱えたシズカさんが、おもむろに近くのテーブルに移動した。
 篤紫が見える位置の椅子に座り、隣の椅子にオルフェナを乗せた。

 何をしているのだろう?
 ギルドの受付に行くんじゃないのかな?

「やいやい、にーちゃん、ここはおこしゃまが来るところじゃねーぜ」
 上目遣いで絡んできた。噛んでるし。
 え、何このかわいい生き物。

 篤紫がぽかーんとしていると、慌てて隣のオルフェナに耳打ちする。オルフェナが隣の椅子の上にいるため、テーブルに隠れるくらいかなり屈んでいる。
 あの……その体勢辛くないのかな。

「(ねえ、オルフちゃん? こんな感じでいいのかしら?)」
『(うむ。少し威圧が足りておらんな。もう少しえらそうに言わないと駄目であろう)』
「(分かったわ。威圧していいのね)」

 あの……聞こえてるんだけど。

「聞いてるのか、ここは小僧が来るところでは無い。
 私の言葉が分かったなら、とっととこの場から失せるがいい!」

 眼圧がさっきと全く違う。
 身体が一瞬で硬直した。得体の知れない何かが身体を突き抜ける。
 衝撃ではじき飛ばされる程の恐怖で、呼吸が短くなる。

 怖い。怖い怖い……。
 なにこれ、怖い、寒い寒い……さむい……。

 全身から汗が噴き出し、体温が急速に失われていく。
 感じるのは、圧倒的な死の恐怖。

 絶望的な威圧感に、篤紫は意識を手放した――。



『さすがにあれはやり過ぎだぞ』
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 けっこう長い間、気を失っていたようだ。と言っても何で気絶していたのかさっぱり記憶に無かった。
 気づけばギルドの一室に寝かされていた。なんか身体が匂うな……とりあえずクリーンの魔法をかける。

 一生懸命謝ってくるシズカさんに、大丈夫だと手を振って応える。
 ただ、シズカさんの顔を見たときに胸の奥がちくりと痛んだ。

 焚き付けただろうオルフェナには、げんこつの刑を与えておく。
 羊のもふもふな毛が、すっごく柔らかかった。




 さて、気を取り直して受付に向かった。
 受付のカウンターには、窓口が4ヶ所あり、今はそのうち2ヶ所に受付嬢が座っていた。
 例に漏れず、美人さんである。緑を基調とした制服に身を包み、控えめの笑顔で話しかけてくる。

「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
「えと、冒険者登録ってできま……るのかな?」
 途中でテンプレを思い出し、言い直した。
 後ろでシズカさんが笑いを堪えているが、気にしない。

「はい。新規登録ですね?
 新規登録には銀貨一枚かかります。こちらの紙に必要事項を記入いただくか、もしくはソウルメモリーをこちらに翳していただければ、登録が可能となります」

 スマートフォンに手を伸ばしかけて、ステータス的にまずいことを思い出した。
 あわてて紙に記入して、銀貨1枚を一緒に渡した。
 登録料が一万円するのか……けっこう高いな。

「ありがとうございます。
 白崎篤紫様ですね。ギルドカードにはアツシ・シロサキの表記がされますのでご注意ください。
 あとは、こちらのカードに血を一滴、垂らしていただければ登録が完了されます」

 借りた針を指先に刺し、血を一滴、謎素材のカードに垂らした。
 カードが淡く輝く。
 受付嬢がそのカードを先ほど記入した紙の上にのせた。ひときわ輝きが強くなり、光が消えるとカードに文字が浮き上がっていた。

 手渡されたカードには、アツシ・シロサキとランクAの表示、テイムにオルフェナの名前が書かれていた。
 いきなりランクAなんだ、普通はもっと下から始めるはずだが?

「登録は以上です。簡単に決まり事をご説明しますね。
 カードは身分証明書として利用できます。紛失した場合は、再発行をするのにまた銀貨1枚かかるので、気をつけてくださいね。
 ランクは魔術文字で書かれていて、最初はAから始まり、依頼をこなしていくと文字がB、C、Dの順にランクアップしていきます。細かいランクアップ条件などは資料室にてご確認ください。

 依頼ですが、そちらのコルクボードに貼りだしていますので、承ける依頼にカードを翳して仮登録していただいて、こちらの受付で受付登録することで開始できます。
 受付登録した依頼の詳細は、カードの裏に表示されるので確認しながら依頼を遂行されるといいでしょう。

 以上で説明を終わります。何かご質問などありますか?」
「大丈夫です、ありがとう」
 まさに、テンプレ対応に篤紫は感動して頭を下げていた。

 でも、この世界のランクってAからアルファベット順に進んでいくんだな。
 よく読んでいた話だと、GかF辺りから始まってE、D……A、S、SSとかランクが上がっていく様になっていたっけ。何でだろう?

「それでは、ご活躍をお祈りしています。
 本日の受付、オルガが承りました。」
 そして、お互いに頭を下げ合う、変な構図ができあがった。

 シズカさんがまた笑いを堪えているけど、もういいんだ。知らない。

 こうして無事、憧れの冒険者になることができた。