32話 出発ち


「母上、戻ってらっしゃったのですか?」
 魔導城の主、メルフェレアーナ・メナルアとの衝撃的な出会いにびっくりして真っ白になっていると、上の方から声が聞こえてきた。

「あら、シャーレじゃない、久しぶりね」
「お久しぶりです、母上。
 たまに帰っていらしてたのは把握していましたが、お姿は変わりなくお元気なようで、安心しました」
 二階から下りてきた女性が、メルフェレアーナさんの前で、煌びやかなドレスの裾を持ち上げながら綺麗なカーテシーで挨拶をした。
 頭頂に乗せられた冠が視界に入る。

 この女性は、シーオマツモ王国の女王なのだろう。
 長い綺麗な黒髪に、黒い瞳。目には柔らかい印象の眼鏡が掛けられている。ドレスは白を基調に金と銀の装飾が施されていた。
 目元は先代国王譲りなのだろうか、大きめの瞳がメルフェレアーナさんと違って柔らかい印象を受ける。

 女王の後ろの階段には、サラティさんとタカヒロさんが下りてきていた。
 
「そういえば、しばらく顔を見ていなかったね。前に会ったのはいつだったかな?」
「先代国王である父上の国葬以来ですので、35年前でしょうか」
「もう、そんなに経つんだね。時の経つのは早いって言うけど、確かにあっという間だったかな。
 シャーレも大きくなるわけだ」
 ただ対面している二人は、どう見ても女王の方が、メルフェレアーナさんよりも年上に見える。
 身長差だけでも、頭一つ分違う。
 容姿もメルフェレアーナさんの方が10代半ば位なのに比べて、女王は20代後半の大人の魅力がある。
 きっと、異世界あるあるなのだろう。

「母上が、この日本列島でゆっくりしているのは珍しいですね、この間の伝言ですと、アメリカ大陸のレイジン帝国粛正にかかっている様でしたが。
 こちらで、なにか大きな魔力でも感じたのですか?」
「数日前、諏訪湖辺りかな、もの凄い膨大な量の魔力が動いたのよね。
 北魔術塔からメールが来たから、太平洋横断してふっ飛んできたの。
 ついでに、自宅に寄ろうとしたら、時間停止の魔法まで発動するんだもん、びっくりしちゃったよ」
「やはり、コーフザイア帝国が動いたのは間違いなさそうですね」
「ん? また、あいつら悪さ始めたの?」
「ええ、こちらにスワーレイド湖国の魔王、メイルランテ魔王がいらしてお話をしているのですが、状況からすると……」
「あの魔導兵器を復活させたわけね」
 メルフェレアーナさんが、難しい顔をして考え込んだ。
 この親子、ごく普通に地球の地名が出てくるのね。びっくりした。

 そこで女王が篤紫たちに気づいて、頭を下げてきた。
 やばい、考えてみれば女王様の御前だ。篤紫と桃華も慌てて頭を下げる。
 
「母上、そちらの方々は?」
「えと……、ごめん、そいえば名前聞いてなかったよね」
 メルフェレアーナさんとは、大図書館からさんざん話をしていたのに、名乗ってすらいなかった。
 オルフェナを抱きかかえている桃華を、そっと側に引き寄せた。

「あらためまして、白崎篤紫と申します。こちらが妻の桃華、それからこの羊はオルフェナです。
 メルフェレアーナさんには、とてもお世話になりました。
 なにとぞよろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げた。

「篤紫に桃華だね。憶えたよ。
 シャーレ、篤紫と桃華は、わたしたちの新しい家族だよ」
「そうですか、こちらこそよろしくお願いします。
 シーオマツモ王国の女王をしています、リメンシャーレ・メナルアと申します。
 歓迎いたしますよ」
「そうそう。あと篤紫も、変な敬語使っちゃダメだからね。
 わたしのことはメルフェとか、レアーナとか呼んでよね」

 何でか、家族になっていた。
 このとき桃華と二人、かなり変な顔をしていたと思う。
 だって、何が起きたのか分からなかったんだから。





「あれれ? アツシさん、モモカさんどうしてここに?」
 呆然としていると、階段を下りてきたサラティさんが声を掛けてきた。
 タカヒロさんも隣に並んだ。

「俺は調べ物で、ここの大図書館を利用していたのですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「ここの大図書館は、もの凄い蔵書量ですからね。魔道具の研究をされるには、非常にいい環境かもしれませんね。
 モモカさんも一緒に調べていたのですか?」
 考えてみれば魔導城は王城を兼ねているので、メナルア女王がいれば訪問している二人もいるよね。
 別行動は午後からだったから、桃華と一緒にいても不思議に思われることはないはずだけど。

「あー、桃華は少し訳ありで……」
 篤紫は苦笑いしながら思わず話を濁していた。




「ところで、そちらの方は?」
 タカヒロさんも初対面なのだろう。メルフェ? レアーナ? ……レアーナでいいか。
 レアーナを見て会釈をしている。

「大図書館で始めて会ったのですが、大魔導師でこの魔導城の主、メルフェレアーナ・メナルアさんだよ」
「よろしくね。メルフェレアーナ・メナルアだよ、メルフェかレアーナで呼んでよね」
「お初にお目にかかります。スワーレイド湖国で宰相をしています、タカヒロ・タナカと申します」
 あらためてお辞儀をしながら自己紹介をした。
 ていうか以前、政務事務官って言ってなかったかな? 外交の時には肩書きを変えているのかな?

「あー、堅苦しいのはいいよ。わたしの娘がいつもお世話になっているみたいだから、気楽にね。
 サラティさんも、魔族を守ってくれているんだってね、ありがとう」
「いえ、ありがたいお言葉です」
 サラティもカーテシーで応えた。


 挨拶が終わったところで、軽く現況を照らし合わせた。
 まず、シーオマツモ王国の現況から。

 コーフザイア帝国の動きにきな臭い部分はあるものの、同盟国としてスワーレイド湖とスワーレイド湖国の復興のために、手を貸してもらえるそうだ。
 場合によっては、コマイナ都市遺跡を新国として興すことも、視野に入れるそうだ。確かに、脱出時に見たあの状態じゃ、湖が元の姿に戻るのは難しいんじゃないかと思う。

 篤紫も冒険者登録をしたことを伝えた。
 あと桃華も、レイドスさんに偶然会えたことを話した。移動の馬車も手配してもらえるようだ。
 レイドスさん、ここに来ていたんだね。また服を見繕ってもらわなきゃ。

「バルザック商会の馬車に? それなら助かりますね。
 明日にでも馬車の手配をしなければと思っていましたから、渡りに船ですね。レイドスさんが仕入れに来ているときでよかったです」

 ここからコマイナ都市遺跡まで徒歩で半日と少しかかるらしい。
 大人でも辛い距離を、幼子二人に歩かせるわけにはいかない。かといって、ここでオルフェナに車になって移動してもらうのは目立ちすぎる。

 他に大きな問題は起こっていないようで、一安心した。
 あとはユリネさんや、避難した人たちと合流できればいい。

「タカヒロとわたしは、こちらの魔導城の方で一晩お世話になって、明日の昼には南門に向かう予定でいるよ。
 残りの細かい手続きの方はお願いするね」
「わかりました、シズカさんとレイドスさんに話を通しておきますね」
 そう言って二人と別れた。


 去り際に……。
「シャーレ、明日は壊れたものを直しに行ってくるよ」
「はい、母上」
 という謎の会話を耳にした。当然、意味が分からなかった。






「おかあさん!」
 宿屋の前では、夏梛が今か今かと待ち構えていた。
 桃華の姿が見えると、駆け寄ってしがみついた。

「心配かけてごめんね、私はこの通り大丈夫だから」
「うわあああぁぁぁん――――」
 泣きじゃくる夏梛とそれを優しく抱きしめる桃華の二人に、シズカさんとカレラちゃんがそっと包み込むように抱きしめた。

 かなり心配をかけていたようで、夏梛はしばらく桃華から離れようとしなかった。
 現場は見ていないから分からないけれど、トラウマなならないことを願うのみかな。



「とすると、アツシさん、モモカさん、カナちゃんは、かの大魔導師と同じ根源種族ってことなの?」
 みんなに食前のお茶を配っていたシズカさんが目を見開いた。
 レイドスさんは、仕入れが終わり次第この宿に来るそうなので、お腹もすいたことだし、みんなで夕飯を食べることにした。  
 
 あまりの驚きように、篤紫は自分の頬を、人差し指で掻いた。
「根源種族……が何かは分からないけれど、同じ種族の括りではあるみたいですよ。さすがにびっくりしました。
 死んでも蘇る、不死鳥のような種なのだとか。
 もっとも、蘇るといっても死ぬときの痛みは感じるし憶えているようなので、できれば死ぬような事態は避けたい、とは言っていましたが」
「……確かに、結果的に生きているけど、あの体全体が引きちぎれる激痛はもういやだわ」
 桃華が自分の肩を抱いて震えた。
 命を失うほどの痛みは、相当な痛みだったのだろうな。

 魔導城で、話の流れで家族認定までされたみたいだけど、種族に関しては結局それほど細かく聞いている時間はなかった。

 食後、宿に来たレイドスさんと明日の予定をすり合わせて、就寝する運びとなった。






 出発の日、南門に向かうと道の脇に立派な馬車が停まっていた。
 商用の幌馬車が一台に、装飾は控えめだけどみるからに頑丈そうな乗用の馬車が出発の準備を進めているようだった。

 馬車の側ではレイドスさんが御者の人と打ち合わせをしていた。
 側まで行くと、ちょうど反対側の路地からサラティさんとタカヒロさんが来るところだった。
 レアーナも見送りに来てくれた。
 さすがにメナルア女王までは来られなかったようだ。

「わたしも、このあと一暴れしてくるよ。道中気をつけてね。
 また電話するよ」
 実はレアーナのソウルメモリーである折り畳み携帯電話を、アップデートとやらでスマートフォンに変質させていたりする。
 桃華とお揃いだって、喜んでいたっけ。
 やっぱり、本家本元はチートだった。

 当然ながら、電話帳を通じて篤紫や、桃華と夏梛、オルフェナとも連絡取れるようになっている。
 後で連絡が来るようだけれど、何の連絡だろう?

「今から出て、夕方ぐらいにはコマイナ都市遺跡に着くでしょう。
 では、出発しますよ」
 レイドスさんの号令で、シーオマツモ王国を出発した。

 みんなが待つ、コマイナ都市遺跡へ……。