百四十二話 マジカル・テラ・オンライン


 目の前に現れた数字の羅列に、篤紫は内心頭を抱えていた。

 MMORPGという言葉が出てきた時点で嫌な予感がしていたけれど、実際に自分が『生身のまま』ゲームの世界に来てしまったんだと、しっかりと現実を突きつけられたような気がする。
 表示されたステータスはこんな感じだった。

  名前:白崎篤紫
  種族:人間(?)
  性別:男
 レベル:表示不可能
  所属:地球防衛軍 ――支部(仮)

 生命力:計測不能
  魔力:計測不能
  筋力:127
  体力:122
 精神力:115
  知力:1833
  敏捷:107
  器用:1218
   運:43

 何だか昔、見たことがあるような、そんな数値が並んでいる。

 確か、ナナナシアに辿り着いて最初にソウルメモリーを作って、そのときに表示されていた数値がこんな感じだったような気がするな。大人の基準値が百で、パーセント表記だから分かりづらい気がしたけれど、なるほどちゃんと成長しているらしい。

 知力と器用が意味不明な数値になっているけれど。

 そもそも種族は人間じゃないのか、クエスチョンマークが付いている。昔、地球からナナナシアに転移した際に、メタヒューマンとか言う種族に変わったはずだからこの表示も仕方がないのか。
 多分、該当する種族がないんだろうな。あ、でも敢えて種族の表示があるということは、人間以外の種族があるってことか。

 いや、この世界は何だかややこしいな。


 ふと思い立って、腰元に浮かんでいた魂樹を手繰り寄せて電源ボタンを押して見る。分かってはいたけれど、ナナナシアの魂儀に接続されていないから電波は圏外のままだ。
 ステータスなんかも、もちろんエラーのままだった。

「どう? なにか分かったかしら?」
「これは……どうやら俺達がいるのは、ゲームの中だな。ステータスって唱えるだけで空中に数字が表示されるのは、オンラインゲームだと当たり前の仕様だからな」
「そうなのね。また面白いところに来られたってことかしら、退屈しなくていいわね……ふふふっ」
「お、お母様?」
 篤紫の答えがなにかの琴線に触れたらしくて、桃華が楽しそうに笑い出した。どちらかといえば、ヒスイが戸惑いを隠せない感じだ。

 横を通り過ぎていた軍服の若者たちが、徐々にまばらになっていく。
 さっきの説明から察するに、今度は各地区に散らばってテストプレイに入ったんだろうな。本当にここは、ゲームの世界か。

「しかし様子はわかったんだが、俺達は何をしたらいいんだ?」
『はい。先程も説明いたしましたが、現在はプレオープン期間のためプレイヤーの皆様に現地テストを行ってもらっています。そちらの魔法陣より入口ゲートに戻った際に、端末を操作することで同時にプレイデータも読み込む仕様になっています。
 試験期間は本日より三日を予定していますが、各々に普段の生活もありますのでテストプレイヤーの方々はエリアからの出入り制限は行っていません。また終了時間は日本標準時の零時を予定しています。その間であれば、自由にテストをしていただくことができます』
 独り言のつもりだったけれど、ダンジョン管理者の女性が律儀に拾ってくれた。

 つまりあれか、俺たち三人はいつの間にかテストプレイヤーになっていたということか。

「わかった。つまりここのエリアから出る際に、入り口にある操作パネルに触れてから出ればいいってことだな」
『データ収集に関しては、次回入場する際に出入りするデータと合わせて収集することができますので、特に強制ではありません。普段どおりのプレイをしていただければ問題ありません』
「ちょっといいかしら。ここのエリア? を出ると、私達はどこに行くのかしら」
『転移ゲートは、プレイヤーのマイホームがある各国のホームエリアに転送される仕組みになっています。ちなみにメインサーバは日本となっております。
 御三方は……ともにオーストラリアサーバの所属になっていますね。オーストラリアサーバは今年に入ってオープンした新規サーバです』
「あらら、日本じゃないのね」
『ええ。データでは最近……といいますか、本日登録ですか。事前登録でもされていたのですかね。ちょっと驚きですが、間違いなくオーストラリアサーバ所属になっています』
 思わず顔を向けてきた桃華に、篤紫は首を横に振った。

 いや、そんな目で見られても知らないし。

 あぁでも、きっとナナナシアではアウスティリア大陸が本拠地だったから、このゲーム……というか、日本にあるらしいゲームのメインサーバ設定に反映されたんだろうな。ちょっと違和感はあるけれど、逆にナナナシアとのつながりが切れていないようで何だか安心した。

 トキオシティダンジョンの管理者にお礼を言うと、転移魔法陣に乗った。温かい光に包まれたあとで景色が歪み、入り口と思しき場所に転送された。



 転送された先の部屋は明るかった。
 場所はどうやら方舟の後部にある倉庫区にある部屋の一つみたいだ。壁面のモニターには倉庫区内に格納されている船の一覧が表示されていて、どの船で何名が探索しているのかがわかるようになっている。

 凄いな、これはかなり広大なマップなんじゃないのか?
 最初に降りた都市部分だけでも関東地方一帯が表現されていたのに、モニターを見る限り倉庫区には巨大な宇宙船が数百隻は格納されている。

 部屋には他にも倉庫区内に入るための扉と、もう一つ魔方陣が描かれた扉がある。その扉の横には、液晶パネルがあった。

「あそこがこの施設の出口か……俺たちはここから出られるのか?」
「大丈夫よ。ちゃんとプレイヤー? 扱いなんでしょう。扉を開けて進んでみて駄目なら、そもそも行けないってだけのことよ」
「な、何だかドキドキしますね……」
 扉を開ける前に言われたとおり液晶パネルに触れると、ステータスが表示されたあとに『データ更新完了』の文字が点滅した。まんまゲームの中だな。

 全員が触れたところで、ゆっくりと扉を開けた。
 案の定というか、扉を開けた先にはすぐに虹色のに揺らめく光の壁があって、先が見えなくなっていた。

「覚悟して、くぐる……か……」
 意を決して壁に手を伸ばす。
 手がちょっとだけ柔らかいような、変な感触に包まれてすぐ視界が真っ白に染まった。



「……無事、転送されたか」
「何だか知らない都市だわ。ここってどこなのかしら?」
「ステータスの現在地にはアデレードって書かれていますね。これは地球名称ですが地理的に見るとここは、ナナナシアにおいてアディレイドにある、私たちのホームタウンがある都市ですが……偶然でしょうか?」
 周りを見回すと、アスファルトが敷かれた半径五百メートル程の円形の空間を、大きなビルが一周、隙間なく建っている。
 人の気配はしない。街路樹があって枝が風に揺れているけれど、よく観察すると同じリズムで揺れているのがわかる。おそらくだけど、周りの建物に入ることも、その向こう側に進むこともできないんじゃないかな。

 いわゆる、ログイン専用の閉鎖空間というやつだ。
 唯一、各地に向けて出発するための駅ビルだけは、いまも入口が開いたままになっている。

 しかしよりによって、自宅があるアディレイド――地球名だとアデレードがオーストラリアの地域サーバだとは予想していなかった。てっきり首都のキャンベラか、メルボルンやシドニー辺りにサーバが設置されていと思っていたけれど……。

「いや、これは必然だろうな。以前にも、アディレイドでダンジョンに潜った際に、違う次元の地球に転送されたことがある。あの時は入口と出口が一緒だったけれど、今回はちと難しいのか」
「そうね、普通と違ってここはゲームの中なのよね。入った場所はさっきのトキオシティダンジョンの天井よね。行ける気がしないわ」
 もし行くことができたとして、元の世界に帰ることができる保証がない。

 だってあの船は、逆さまに真っ暗な雲に包まれた星の地面に向かって墜落していって、実際に墜落したはず。最後に見た天井には、どこかの火山の溶岩が見えたていたから。
 しかし、それならもしかしたら……。

「なあ桃華、時間って巻き戻したりできるのか?」
「多分、篤紫さんが考えている使い方はできないわよ。さっき腕を直したように限定的に時間を巻き戻すことはできるけれど、それにしたって前の状態を知っていないとできないわ。場所も移動させられないのよ」
「つまり、世界に働きかけて時間を戻すのは、さすがに無理だってことか」
「そういうことよ」
 時間を巻き戻せたら、もう最強だよな。
 魔法が物理の延長だから、その理は流石に超えられないってことか。

 桃華が眉間にシワを寄せて、空中に手をかざし始めた。周りを見回して、大きなため息をつく。不思議に思ってヒスイに顔を向けると、首を横に振ってきた。
 こういう時の桃華は、話しかけても自分の世界に入ったままだからな。様子を見るしか無いか。

 桃華は、おもむろに歩き出したと思ったら、ビルに手を触れる。
 近くにあった街路樹を揺すってから、地面にしゃがみこんでアスファルトを両手で触り始めた。

 唐突にキャリーバッグを呼び出して、取っ手を掴んで全身を使ってフルスイングで振り回した。キャリーバッグは直径銃センチはある街路樹を、キャリーバッグの幅だけ粉微塵に吹き飛ばした。遅れて、まっすぐ下に落ちた木がゆっくりと倒れた。
 何を思ったか、倒れた方の木をキャリーバッグに収納した。

「あ、あの……お父様? お母様は何をしてらっしゃるのでしょう」
「うん。あのな……さすがの俺も、わからん」
 桃華が木を収納すると、切り株だった街路樹が瞬く間に幹を伸ばし、枝が分かれて葉が茂った。いわゆる、もとに戻った状態か。
 それを確認してか、桃華はキャリーバッグの中から黄金色のスコップ『聖斧スコップ』を取り出して、根本に突き刺した。そして一気に掘り起こして、再び木を倒した。少し経ってから、何も起きないことを確認して、またキャリーバッグに木を収納した。

 木がなくなると、再び木があった場所に小さな芽が生えてきたかと思うと、あっという間に元の大きな街路樹に成長した。この場から物がなくなると、保存の法則が働くと言ったところか。

「あっ、なっ」
「キャッ――」
 今度はキャリーバッグから取り出した大きな石を、フルスイングでビルに投げた。流石にびっくりした。隣りにいたヒスイも悲鳴を上げる。
 投擲された石は、ビルのガラスを粉々に砕いて奥の闇に消えていった。
 しばらくして、砕け散ったはずのガラスが逆再生するように戻っていった。流石にちょっと気持ち悪い光景だな。

 そこまでやって、なにかに納得したのか何回かうなずいた桃華が、篤紫とヒスイのもとに戻ってきた。

「あと悪い知らせよ。私の時間を止める魔法が効かなくなったわ」
「そう……なのか?」
「ええ。あのダンジョンコアが目覚めた辺りから、世界に働きかける魔法に制限がかかったのよ。だから今の私は普通に無能よ、だから守ってね」
「ああ。全力で守るよ。それはそうと、さっきの一連の動作になにか意味があったのか? 他に何かがわかったのか?」
「いいえ、なにも。何となく変わった動作をしてみたかっただけよ」
 思わずがっくりと首を落とした。
 いや、いいんだけど。時間停止の魔法なんて使えなくても、桃華が強いことはわかった。無敵のキャリーバッグと、聖斧スコップさえあればどんな敵が現れても勝てるんじゃないか?

 さて、どうしたものか。

 現状でわかっていることは、帰るすべが思い浮かばないってことだが……。

「お、お父様。地面が、揺れていませんか?」
「あら、本当ね。地震だわ」
 ここって、ゲームの中だよな。
 なんで地震なんか起きるんだ……?

 嫌な予感がして振り返ると、案の定、駅の入り口にさっきトキオシティダンジョンで別れたはずの、管理者の女性が立っていた。

『た、助けてください――』
 倒れる彼女。走り寄る桃華とヒスイ。

 やっぱり、トラブルしか起きないんだな……。

 篤紫の口から大きなため息が漏れたのは、仕方ないのかもしれない。