片足が欠けた女性は、ロビーに設置されたベッドに寝かされた。どうやら既に意識がないみたいで、目を瞑ったまま胸だけが上下に動いている。
辺りは迷彩服の人たちの他にも、白衣を着た人たちが慌ただしく駆け回っていた。
「葛城さん、一旦こっちに来てもらってもいいですか? 救助者リストに葛城さんを追加しますので」
「あ……はい」
茂木さんに誘導されて、少し離れた場所にあるテーブルについた。近くの段ボール箱からペットボトル入りのお茶を取り出して私の前に置いたあと、茂木さんは必要な道具を持ちにカウンターの奥の方に歩いていった。
それを一瞥してすぐに、私の視線は自然と怪我をした女性に向いていた。
右足の太ももから先が無くなっている。止血はすでにされているみたいだけど、どう見ても重症だった。現場で強引に巻かれただろう布は、滲み出た血で赤く染まっている。
衣服もボロボロになっていて、露出している肌は大半が赤く腫れていて地も滲んでいる感じだった。現場で時間がなくて、最低限の処置だけで運ばれてきたんだと思う。
看護師が二人駆け寄ってきて、女性の意識がないことを確認すると、一人が足に巻かれた布を取り始めた。
えっ……取っちゃうの?
すぐに消毒して、新しい包帯に取り替えるのかと思ったら、私の予想に反して看護師の人は布を外しただけだった。
もうひとりの看護師は、奥から点滴を持ってくる。
点滴袋の中には、綺麗な蒼い色の液体が入っていた。この液体を見ただけで、何だか胸が締め付けられるような感覚に陥る。
最後にイブキと話した時、イブキに飲むように念を押した『エリクシル』。あの日からイブキは行方不明のまま。何度も電話を鳴らしたけれど、呼び出し音は鳴ってもイブキが電話に出ることはなかった。
大きく、ため息をついた。
今でも、電話をかければコール音は鳴る……でも、それだけ。
電話だけが方舟に乗ったのかな。いつか、ひょっこり私の前に現れないかな……もう何度思ったかわからないけれど、エリクシルを見るたびにイブキを思い出す。
「あのエリクシル……なのよね」
看護師は手際よく点滴袋を点滴台に掛けると、女性の腕に点滴の針をセットした。
最初、ゆっくりと身体に入っていたエリクシルは、途中から流れる勢いが一気に上がって、まるで吸い込まれるかのように流れていく。それをじっと見ていた看護師は、点滴袋からエリクシルが無くなったと同時に針を抜いた。
女性の足にはっきりと分かる程の変化があられる。
変化っていうのかな、それは想像を遥かに超える奇跡だった。
最初は切断面が少しだけ波打って、その後ゆっくりと肉が盛り上がっていき、瞬きもせず見ていると綺麗な足の形に変わる。まさに『生えてきた』だよね、これ。
当然、赤く腫れ上がっていた肌も、小傷さえも綺麗サッパリ無くなっていた。破れた衣服と、衣服にに付いた血がなかったら、最初から何もなかったって言われても納得できる、そんな綺麗な肌色になっていた。
この間、約一分程。
もう、魔法かと。
「う……うん……」
女性の意識が戻ってきたみたい。気づいた看護師が、二人で両腕をしっかりと掴んだ。少し離れた場所にいた看護師が駆け寄ってきて、両足を抱え込む。
何をしているのか、全く理解できないままその様子を見ていると、意識がしっかり戻ったのかな、女性が目を大きく見開いた。大きく息を呑んだのもわかった。
「き……きゃあああああぁぁぁっ、私の足がっ、いやあぁぁぁぁ――」
そして、絶叫が響き渡った。
女性が力の限り暴れていて、それを看護師のみんなが必死に抑えている。流れる涙が頬を伝い、激しく左右に振られた首が心情を切実に表していた。
足を失った瞬間を、思い出しているのかな……自分も一歩立ち位置が違っていたら、似たような状況だったはず。想像しただけでゾッとした。
でも心情はともあれ、あらためてエリクシルの規格外さがわかった。
女性の足が、さっき生えてきたばかりの足が、当たり前のように動いていた。
エリクシルの効果がいろいろな意味で凄いことは知っていた。でもさすがに、生えてきたばかりの足が、再生してすぐなのに何のリハビリもなしに動かせるなんて思ってもいなかった。
話では知っていたけど、実際に目にするとほんと、まるで魔法ね。
「エリクシルポッド……でしたか。無限電源として発表された時には、まさか中のエリクシルこそが本命で、それがとんでもない医学革命を起こすものだなんて、さすがに想像すらできませんでしたよ。まあ、そのお陰であの世界規模の天災に対応できたわけですが。よいしょっと……ちょっと写真、いいですか?」
茂木さんが、手にタブレット端末を持って戻ってきた。
対面の椅子に座ってタブレット端末の背面を向けてきたから、取り敢えず首肯する。写真撮影のあと、テーブルに置かれたタブレットの画面が私の方に向けられた。
「確認をお願いします。お名前は葛城ミモザさん、ご住所は西区西堺七丁目で間違いないですか?」
「自宅は、そうね間違いないわ。でも、この状況だと……」
「ええ、今後ですが地上部分は恐らく、このまま外部から侵入してきた生き物たちに占領されて、都市としてほぼ間違いなく使えなくなるだろうと予測されています。ただ侵入できるのは表層だけのようで、下層までは侵入されないようで、それを踏まえて都市として市民の生活の拠点を二層に作る計画で進めるようです」
「下層……そうよね、あの勢いだともう他の地区も?」
「中央区も既に半分ほど侵入を許してしまっているようで、新都庁の周辺にも複数の生き物が確認されているそうです。このまま全域が、侵入した生き物たちに占拠されるのも時間の問題かと。そもそもこの速度で内部に侵入されることは、船長も首脳部も想定していなかったので、今も対応が間に合っていないのですよ」
いつの間にか、女性の悲鳴が止まっていた。視線を向けると呆然と天井を見上げているみたいで、今は看護師が一人だけそばに付いていた。
落ち着いて、歩けるようになったら移動するのかな。
移民だからある程度は覚悟していたとは思うんだけど、さすがに地球から出航してその日のうちに方舟が墜落して、平和なはずの市街地がまたたく間に危険地帯に変わるなんて。誰も想像していなかったはず。
ふと、腰元の携帯電話が震えた。
「それでは私は、向こうで続きの処理をしてきます。そのあと、中央エレベーターから一緒に二層に向かいましょう。仮設住宅が急ピッチで設置されていますので、可能であれば電気設備の配備をお願いしたいのですが……」
「了解したわ。電設は私の専門だから、現場に着き次第対応させてもらうわ」
「いまはこんな状況で、人手が著しく不足しているのでそう言ってもらえると助かります」
ホッとした顔の茂木さんは、軽く頭を下げるとカウンターの向こうに歩いていった。
ペットボトルのお茶を一口含んでから、腰元の携帯電話を手繰り寄せた。
画面の真ん中に、noahアプリのポップアップがでていたので、タップして開く。
出てきた文面に、思わず飲み込んだ息を止めていた。
『星のコア経由で、方舟の魂儀網へ外部からの接続が試行されました。接続相手を確認……管理者イブキが認証されました……当該魂樹を方舟魂儀網に接続しました。管理者権限により、方舟の魂儀網が星のコアに接続されました』
「……えっ、イブキって……もしかして、イブキなの……?」
漏れ出た自分の声がかすれている。
頭がクラクラする。電話をかけて、そのたびに鳴り続けるだけのコール音にいつも失望していた。でもそれがわかっていても、電話は繋がる。それだけに、ずっと縋ってきた自分の気持ちも、
でももし、イブキなら。
もし、接続された『イブキ』が私の知っているイブキなら……。
無意識のうちに、発信履歴の中から『小鳥遊イブキ』の名前をタップしていた。コール音が聞こえる。イブキの電話はまだ使える、ここまでは今までも一緒だった。
自分の心臓の鼓動が、まるで太鼓の音を聞いているみたいにはっきりと聞こえる。
もし、イブキが出たら……。
もう何度も、そんな希望が失望に変わっていた。多分今回も……。
『おおっ……もしもし? ミモザ、どうしたの……っていうか、久しぶりって言ったほうがいいのかな?』
「あっ……えっ? なんで……嘘っ、う、うううっ――」
涙が、溢れてきた。
嗚咽が止まらない。電話に出てくれた、ただそれだけなのに嬉しくて、切なくて、胸が締め付けられる。電話の向こうにいるイブキがいっぱい話しかけてくれるんだけど、全然喋れなくて、電話かけたの私なのに、もう私の中で気持ちがごちゃごちゃだった。
奥に事務処理に行っていたはずの茂木さんが、びっくりして飛んできてくれたんだけど、私が電話していることに気がついて、しばらくしたらまた事務処理に戻っていった。
心配掛けちゃったと思う。ちょっと顔色が悪くなっていたから、後で謝らなきゃかな。
『落ち着いた?』
「ごめん、もう大丈夫よ……イブキの声聞いたら、ちょっとだけ安心したわ。いま、どこにいるの? 電話が繋がっているってことは、方舟に無事乗れたってことよね?」
『どこって言われると……うーん、ここどこだろう?』
電話の向こう側で、女の人が聞こえた。違うわよ、貴女の言っている移民艦は船であって場所じゃない、思わず心の中で呟いていた。
何だか、モヤモヤする。
「私が心配しているのに、新しい彼女さんとよろしくやっているのね」
『えっ、ちょっと待って。ミリエルはそういう人じゃないよ?』
「へぇ……ミリエルっていうのね。それに、とっても仲が良さそうね、もう名前で呼び会う関係ってこと。電話した私は、おじゃま虫ってとこかしら」
違うの。
そんな事が言いたいんじゃないのに。
自分の思いとは違う言葉が、口からどんどん溢れてくる。
『誤解だよ。他に呼びようがないし』
「別に気にしなくてもいいわよ。無事がわかったから、それでいいわ。さようなら」
『待ってって、ミモザ。今とても困って――』
イブキが何か言っていたけれど、私の震える手は電話を切っていた。
電話から手を離し、そのままテーブルに突っ伏した。
気持ちが落ち着かない。
たぶんこれ、嫉妬なんだろうな。別に私とイブキ、付き合っているわけじゃないし、私が一方的にイブキのこと好きなだけなのに。
溢れ出てきた涙が、服の袖を濡らす。
どうしよう、イブキに嫌われちゃったかもしれない。