ボツ 9.私の謎携帯電話の仕様が、普通にコピー出たわ。


 方舟が墜落してから、三日経った。

 あれから一度も、イブキと連絡をとっていない。
 忙しくて電話する時間がなかった、ってのは自分に対する言い訳。確かにあの後すぐに、仮設住宅の配電作業には入ったけれど、普通に休憩時間だってあったし、夜だってちゃんと自分の個室があったし、寝るまでの時間は自由だった。
 でも連絡をしなかったのには理由があるの。同じ方舟に乗っているんだから、そのうちどこかで顔を合わせる機会はあるから、その時でいいかなって。

 今もそんな事を考えながら、設置した旧式の蛍光灯に配線を差し込んだ。
 腰元に浮かんでいた携帯電話を取り出して、電話帳にあるグループの中から『仕事』を選んで、私が所属しているグループのリーダーに電話を掛ける。
 数コール鳴って、電話が繋がった。

「あ、灘崎さん? この棟の電気配線は全部終わったから、エリクシルポッドを設置してみてほしいのだけれど」
『相変わらず仕事が早いね。急ぎの工事だから助かるけれど、無理してない?』
「こんなの方舟のメインエンジンの工期に比べたら、易しいものよ」
 ふと、猛烈に忙しかった半月が脳裏をよぎる。
 あの時は全員が常飲していたエリクシルのお陰で、睡眠時間すらなく働いていたな。

『ああ、あれは確かにびっくりしたよ。出航予定に、よく間に合ったと思うよ。二年かかる工期を半年だなんて、人づてに聞いただけだったけれどうちじゃ無理だって思ったもの。よっと……今から、メインブレーカーボックスに投入するから、通電確認の方は頼むよ』
 声のあとに、見上げていた照明が点灯して、薄暗かった部屋が明るくなった。
 部屋の隅にあった冷蔵庫も静かに動き始めた。念の為、エアコンの電源を入れて動くことを確認してから、その部屋の全部の家電を動かしたままで外に出た。

 何気なく上を見上げると、ずっと上の方に鈍色をした天井が、空の代わりに遥か彼方まで広がっていた。ここは方舟の地下だから太陽はなくて、その鈍色の天井に等間隔に設置された巨大な照明が優しい光を放っている。
 ややオレンジがかっているから、もうじき夜になるかな。急がなきゃ。

 隣の部屋に入って、部屋の中にある全部の家電を稼働させてから、更に隣に移って部屋の家電を動かしていく。
 そうして五部屋目の扉に手を伸ばしたところで、扉が先に中から開いた。中から顔を出した女の子が、私の顔を見て大きく目を見開く。

「あ、葛城先輩」
「ええ、佐々木さんお疲れ様。この部屋で最後かしら」
「はい。ここまでの部屋の家電は、全部動かして負荷状態にしてきました。あとは灘崎さんに連絡を入れて、数値を確認してもらうだけです。せっかくなので、私が連絡しますね」
 何がせっかくなのか、なんてツッコミはしないことにした。ちょっとだけ顔が赤いのは、夕日のせいだと思う。

 佐々木さんは、扉の近くに置いてあった鞄を開いて携帯電話を探し始めた。
 ただ、女の子あるあるというか、こういう時に限って見つからないのよね。ちょっと前までの私も、バッグの中はだいたい物が一杯入っていて、ゴチャゴチャになっていたから同じ様な状態だったな――なんて思いながら、腰元に浮かんでいる電話を手で掴んだ。

「いいわよ。私が電話掛けるから」
 動きが止まった佐々木さんは、何だか悲しそうな顔をしていた。
 電話をかけると、数コールで灘崎さんが電話に出る。

「灘崎さん、準備終わったわ。計測お願いしてもいいかしら」
『ありがとう、ちょっと待ってて。いまパソコンを繋いでデータを読み込んでいるところなんだ。もう少し計測すれば、いい感じの平均値が出ると思うよ』
 暫く掛かるような口ぶりだったから、一言断ってから一旦、電話を切った。
 いつもの癖で、そのまま携帯電話を手放した。私の手を離れた携帯電話は、そのままゆっくりと落ちていって、私の腰元まで落ちたところで空中に静止した。

「いいですね、その携帯。どういう仕組か分かりませんけど、それってずっと腰元に浮かんでいるんですよね? 何か、魔法みたいですね」
「これ? そうね。手を離すと勝手に腰元に移動して、ここに浮かんでいるわね」
 ちょうど私の携帯電話は、バッグの中を探して座っていた佐々木さんの顔の前に止まった。佐々木さんはバッグを閉じると、顔を動かしていろいろな角度から、目の前の不思議現象を観察し始めた。
 確かに……魔法みたいよね。

「これってどこで手に入るんですか? 私、いっつも鞄の中で携帯が行方不明になっちゃうから、羨ましいですよ。上がああなっちゃって今はもう帰れませんけど、自宅のマンションが携帯電話が鍵代わりで、毎日帰ってからしばらく扉の前で探さないといけないんです。電話会社とか変えれば、何とかなるんですか?」
「えっ……電話会社は関係ないと思うわ――」
 ピコン、と。私の携帯電話が鳴った。
 この感じは、あれよね。いつものアプリ。なぜか知らないけれど、私の声に反応して、余計なことをやらかしてくれる時がある、あのアプリ。
 でもまあ……このまアプリのお陰で、今、命があるようなものなんだけど。

「誰かからメールですか?」
「……んとね、どうやらできるみたい」
「え? できるって、何がですか?」
 手繰り寄せた携帯電話の画面には、もう最近見慣れたポップアップウィンドウが表示されていた。

『魂樹として、複製可能。詳細はタップしてください』

 画面から顔を上げると、佐々木さんがキラキラした目で私のことを見ていた。まあ、多分できると思うんだけど、どうやるんだろう?
 おもむろに、ポップアップウィンドウをタップすると、アプリが起動した。起動したアプリには、相変わらず文字だけが表示されている。

「えっと……設定を開いて、魂樹の項目から魂樹複製を選択して、複製相手の携帯電話と背面同士を接触させる……だけ?」
「ほんとですか? やりましょう、いますぐっ!」
 そんな佐々木さんの手には、いつの間にか携帯電話が握られていた。さっきあれだけ探しても見つからなかったのに、こういう時って無意識に手繰り寄せることができるみたい。
 画面を操作して魂樹複製を起動させて、背面接触させた。

「あ、機種選択だって。先輩のと同じ機種の色違いと、わたしの持っているpPhone13miniのどっちか選べるみたい……やっぱ、pPhone13miniかな」
 佐々木さんが画面をタップすると、二つの携帯電話が同時に淡く光ってすぐに光が消えた。どちらともなく顔を上げて、二人で首を傾げた。
 一応、画面には複製完了とは書かれていたけれど……。

「どんな感じ?」
「あ、いつの間にか再起動してる……って、早っ。なにこれ、いつものキャリアロゴが無くなってるし、心做しか処理が早くなってる気がします。嘘っ、見た目は変わらないけれど全然違う端末になっていますよ、これ」
 何だか嬉々として携帯電話を触り始めた。
 どうやら、ちゃんと魂樹複製ができたみたい。そもそも、わたしも魂樹が何なのか全く理解できていないんだけど。

 私の電話が、着信を知らせて鳴り始めた。
 あ、灘崎さん。

「はい、葛城です」
『解析処理が終わったよ。現在の平均負荷電力は約三十パーセントだから、負荷値としては許容範囲内だね。フルに使ったとしても五十パーセント予測で運用できるから、大丈夫じゃないかな。これであとは、待機分以外の家電を切って、今日は撤収だよ』
「了解よ、後片付けするわね」
 夕暮れが進んで辺りが暗くなった。
 外灯が灯る。

 佐々木さんは器用にも、携帯電話を操作しながらものすごい速さで部屋を移動して、家電を止めて消灯していった。さすがにちょっと頭を抱えたくなったけれど、問題なく仕事ができているから放っておくことにした。
 そのまま私も、自分がつけた家電の電源を落として仕事を上がった。



 仮設の食堂で夕飯をとってから、別棟にある仮設住宅の自分にあてがわれた部屋に戻った。
 ベッドに腰掛けてふと、腰元の携帯電話を手繰り寄せる。

 イブキ……いま、何しているのかな。
 気まずくて、ずっと連絡していなかった。仕事で気を紛らわせて、イブキの影に見えた女の人のことを忘れているふりをしていた。

 でも……やっぱり、声が聞きたい。

 気がついたらイブキに発信していて、受話口からコール音が聞こえていた。さすがに電話を切るわけに行かなくて、慌てて耳元に持っていく。
 心臓の音が、大きく聞こえる。

『ミモザっ、どうしたの、っと。うわっ』
「もしもしイブキ? 今電話、いいかな……?」
『ごめん、今ちょっと手が離せないんだ、けどっ、危ないっ――』
 何だか久しぶりに聞いたイブキの声は、何だか想定外に切羽詰まっている感じで、声の裏から金属が打ち合うような音が聞こえてくる。それだけじゃなくて、何か獣がギャーギャー喚いているような、およそ想像していなかった音が聞こえていた。
 それはまるで、昔、映画で見たどこかの戦場のような、物々しい音。

 胸騒ぎがする。

 ちょっと前に私も、方舟の表層で見たこともない怪物――トキオシティで公式に『魔物』と呼ぶことが決まった生き物に襲われた。辺りは暗くなっているのに、イブキはきっと魔物と戦っているんだ。それも暗くなっている、こんな時間に。
 でも、もしそうだとしたら、とっくに広域放送で避難案内を聞いているはず。

 なんで、何がどうなっているんだろう。

「ね、ねえイブキ……今どこに、いるのよ? 早く下層に避難しなきゃ。イブキは、方舟の表層にいるのよね?」
『どこって、ここ? どこだろう。うわっ、ミリエル危ない、避けて!』
 そうして私の疑問に、イブキは想定外の言葉を返してきた。

『わかってるのはさっ、ここがダンジョンに取り込まれた移民艦で、僕たちはモンスタースタンピードに飲まれていることかなっ』
 嘘……よね……?
 イブキは、方舟に居ない……ってこと?

 私は、言葉を失った。