ボツ 9.何だかダンジョンスタンピードに巻き込まれたらしい。


「ちょ、ミモザ大丈夫か? ちょっと前に意識が戻ってさ、電話に出られなかったっていうか」
 電話の向こう側で泣いているミモザに、思いの外安心している自分がいた。

 あれは、夢だったんだ。

 僕が目が覚める前に見た夢の中で、ミモザは絶体絶命の危機に陥っていた。
 あの、真っ赤なドラゴンからドラゴンブレスを吹き付けられる直前で終わった夢。その夢の中でミモザは、超人的な動きをしていたけれど、たぶんあれは夢だったんだと思う。
 僕が知っているミモザは、あんな動きはできなかったはずだし。

 だから方舟は無事で、僕が眠っている間にどこかの星にたどり着いたんだろう。

 でも、なんで僕が乗っていた移民艦は、ここで転覆しているのかな。
 どうしてミモザは、泣いているんだろう?
 ミモザはいったい今、どこにいるんだろう。
 ここは、僕がいる場所は、どこなんだろう……。

 いろいろな矛盾が頭に浮かんで、でも耳元に聞こえるミモザの涙声に意識を戻されて、感じていた矛盾がすぐに忘れ去られていく。

「ちょっ、このとおり僕は無事だよ。何だか地球でバスに乗ってからの記憶が曖昧で、どこまでが現実でどこまでが夢なのかははっきりわかっていないんだけど。でもほら、ちゃんと五体満足だし、何ならいつもより調子がいいからさ――」
 それでも何とか無事だってことを伝えたくて、泣いているミモザが嗚咽の間に一生懸命頷いてくれるから、僕は安心させたくて色々喋っていた。

 やがて、嗚咽が落ち着いていって電話の向こうが静かになった。
 肩の荷が下りた感じがして、無意識のうちに大きく息を吐いていた。たとえ電話の向こう側だとしても、女の子を悲しませちゃ駄目だよね。

「落ち着いた?」
『ごめん、もう大丈夫よ……イブキの声聞いたら、ちょっとだけ安心したわ。いま、どこにいるの? 電話が繋がっているってことは、方舟に無事乗れたってことよね?』
「どこって言われると……うーん、ここどこだろう?」
 僕はここが、方舟じゃないことは知っている。でも移民艦の中だとして、吹き飛んだ移民艦の……待って、そういえばこの移民艦、僕が目覚めた後に錐揉み状態になったんだった。
 だとすると方舟から、離れた場所にいるってことなんだ……よな?

「イブキさん、ここはダンジョン化した移民艦の中ですよ。ちょっとだけ、嫌な予感……といいますか、何だか周りの空気がザワザワするのですが……」
 こんな時にも、人間じゃないミリエルに空気なんて読めるはずがなくて、僕のすぐ近くで不安げにつぶやく。電話機に当てている耳越しに、ミモザが息を呑んだ音が聞こえた。

『私が心配しているのに、新しい彼女さんとよろしくやっているのね』
 案の定というか、ミモザが勘違いをし始めた。
 その、ちょっと冷たくなったミモザの声に意味もなく慌てて、ついでにこういう時に一番そぐわない言葉が口を出る。

「えっ、ちょっと待って。ミリエルはそういう人じゃないよ?」
『へぇ……ミリエルっていうのね。それに、とっても仲が良さそうね、もう名前で呼び会う関係ってこと。電話した私は、おじゃま虫ってとこかしら』
 とにかく焦る。自分でも何でこんなに焦るのかわからないくらい焦る。

 ここで目が覚めてからしばらくミリエルって呼んでいたから、特に考えなしに名前が出ていた。そもそもだよ、男でも女でもないミリエルに対して、特に思うところはないんだけど。
 確かに綺麗な顔をしているし、声だって鈴が鳴るような可愛い声だ。
 こんな女の子が知り合いにいたら……なんだろう、特に魅力は感じないぞ。これはあれだ、芸術的に作られた美しさに感動はあっても、そこに魅力がないって感じか?

「誤解だよ。他に呼びようがないし」
『別に気にしなくてもいいわよ。無事がわかったから、それでいいわ。さようなら』
「待ってって、ミモザ。今とても困ってるんだけど……って、切れた……」
 ミリエルの声は確かに女の子だもんな……うん、失敗した。
 既に通話が終わった電話機を耳から離して、大きくため息をついた。

「……もしかして彼女さん、怒ってしまいましたか?」
「うん。そんな感じ。まあ仕方ないか。方舟に無事戻れたら、ちゃんと話しなきゃかな」
 ミモザの様子は気になるけれど、取り敢えずは自分たちの安全というか、この移民艦ダンジョンから出る手立てを確保しないといけない。
 何だか、ちょっとだけ前途多難な気がしてきた……。



 厨房。
 その食料庫で、僕はがっくりと頭を垂れていた。

「どうして、どの棚も空っぽなのでしょう?」
「いや、よく考えてみたらさ、ごくごく当たり前のことなんだけど……」
 厨房の奥にあった広大な食料庫には見渡す限り、棚だけが並んでいるだけだった。中心にある大型冷蔵庫を開けても、さらに奥にあった扉の先の巨大冷凍室ですら空っぽで、一切の食料が無い。
 冷蔵庫も冷凍庫も電源が入っていないから、どうも元から無かったんだと思う。

 そこで思い出した。ああ、これは当たり前のことなんだな、って。
 そもそもだよ、僕たちが今いる移民艦は、母船である方舟の倉庫区に、艦ごと収容されていたんだよ。だから極端な話をすれば、あくまでも移民艦は貨物であって、それ自体が艦として運用される事は当分の間無いんだ。

 ……あー、ちょっと分かりづらいかな。

 この移民艦の大目的は、エリクシルコフィンで眠りについた移民の人々を、眠りについたまま超長期保存することなんだよ。そして数百年とも数千年ともわからない未来に、運良く人の住める星に辿り着けた際にその人達を蘇らせることなんだ。
 いわゆる人を休眠保存するだけの艦だから、腐ったり単純に駄目になったりする物資は一切積まれていないわけで。

「食料がないだけじゃなくて、水回りも全てが止まっているなぁ。考えたら喉が渇いてきた、どうしよう……」
「水なら魔法で出せますよ?」
 ミリエルが食器棚からコップを持ってきてくれた。
 しばらくそのコップを見ていたんだけど、ハッとなって手を打った。そうか。

「言われてみれば、僕も魔法が使えるようになったんだっけ」
「そうですよ。喉の乾き程度であれば何の障害にもなりませんよ。もっとも、さすがの魔法でも食料を作り出すことはできませんが」
 受け取ったコップに手をかざして、冷たい水をイメージしながら、魔力器官から汲み上げた魔力を手のひらから放出する。予想に反して、中指の先からまるで水道の蛇口から水が出るように流れ落ちてきて、慌てて指の下にコップを移動させた。
 内心、首を捻る。コレってもしかして水道?

「……また、珍しい水の出し方ですね。普通に水を出す魔法は、魔力を注いだコップの底から水が湧き出してくるように出るはずなのですが」
 相変わらず僕の魔法は普通とは違うみたい。まあ確かに、明かりの魔法がLED電球だったもんなぁ。
 ちなみに水、あっという間にコップに一杯になったのに止まらなくて、そのまま床に溢れ出した。慌ててシンクに手を持っていって流して、ミリエルに水の止め方を聞いたんだけど、わからないって笑いながら首を横に振られた。

 まあ、何のことない。イメージで蛇口を締めたら止まったんだけど。
 どうやら僕の水魔法は、本格的に水道らしい。

「それよりまずいですよ。ゆっくりしている間に、さっきいた食堂に侵入されたみたいです」
「……え? 何が? 侵入って?」
 やっとコップの水を飲んだところで、ミリエルが厨房の入り口に鋭い視線を向ける。僕も慌てて首を回すと、開けっ放しになっていた入り口の向こう側に、何だか金属の多足虫が大量にうごめいているのが見えた。
 ついでに言うならば、巨大だ。絶対に僕より大きい。

「……えっと、あれは蜘蛛?」
「元蜘蛛、ですか。鑑定した所、機械蜘蛛と出ました。どうやら移民艦を取り込んだダンジョンが、既存のダンジョンモンスターを進化させたみたいですね。他にも、機械蟻、機械百足、機械蠍、機械ダンゴムシ、機械ゲジゲジ、機械ゴキブリなんかもいるようですが」
「……よりによって、虫系ダンジョンだったってこと? それよりミリエル、鑑定ができるの?」
「この世界のデータは取得済みですから、データと照らし合わせているだけです。他にも世界データに変更があった場合には、通知とともに新しいデータが届きますが」
「何その無駄に便利機能」
 厨房の入り口にミリエルが両手を突き出した。頭上の天使の輪が回り始めて、未リエルの体全体がっすらと光り出した。

「ちょっと、何するの?」
「殲滅します。どうやらダンジョンスタンピードが発生したようで、次々に食堂に多足機械虫が侵入してきています。目的は恐らく、私達でしょうか」
「え、何で?」
「ダンジョンがダンジョン足り得る条件なのですが、まず自身の中で使われた魔法が魔素となり、その魔素を吸収することで活動エネルギーを得ます。さらに侵入者、この場合魔力器官を持っている者限定ですが、その侵入者が自身の中で命を落とすことで侵入者を吸収し、魔力生産器として取り込むことでダンジョン自体を強化できるのです」
「強化って……もしかして、僕たちが吸収対象?」
「私達二人共に高魔力保有体です。ダンジョンからしたら、飛んで火に入ってきた甘露ですからね。逃す理由はないと思いますよ」
 ミリエルの手の平から、光の帯が一直線に厨房の入り口に撃ち出される。
 圧縮された光なんだと思う。厨房入り口の先頭にいた機械蜘蛛に当たって、熱で真っ赤に過熱し始めた。

「くっ、想定していたよりも硬いです……」
 少しだけ押しているように見えるけれど、機械蜘蛛は熱を持ったものの溶けたりしない様子で、 ミリエルの顔を見るとちょっと辛そうな顔をしていた。
 そうか、ミリエル自体が魔力素体だから魔法を使い続けると、それだけで文字通り身を削ることになるのかもしれない。いくら大量の魔力を持っていても、いずれは枯渇する。

「僕も、同じように光の魔法を撃てば、状況は変わるかな?」
「お、恐らく違うと思います」
「よしきた」
 ミリエルと同じように、僕も両手を前に突き出した。

 そしてイメージする。
 同じように、圧縮した光を撃ち出す魔法。ギュッと圧縮すればきっと、あの機械化した昆虫たちを貫けるよね。
 そんな、漠然としたイメージで汲み上げた魔力を光魔法として発現させた。

「あっ! 駄目ですっ、そんなに魔力を込めちゃ――」
「えっ?」
『イブキの死亡を確認。直ちに蘇生します』
 真っ白に染まる視界。
 驚愕に見開かれたミリエルの瞳。

 そして、腰元から聞こえてきた携帯電話の音声通知を最後に、僕は意識を失った。