ボツ 12.機械人間は生き物じゃないって、じゃあ生き物ってなんだろう。


 慌ててミリエルが機械人間の女性を異次元収納から取り出す仕草をすると、消えたときと同じようにあっさりと目の前に現れた。ただ、さっきはしゃがんでいたのに、今は立ち上がっていることからどうやら異次元収納の中で動くことができたようだ。

 そういえば、異次元収納の仕組みが全く理解できていないことに気がついた。
 よく読んでいたライトノベルとかだと、中の時間が停止していたり、空気がまったくなかったりしておよそ生き物が生きられないような空間だって設定があったっけ。僕も習得して今使っているのは、ミリエル式の異次元収納だから、どんなルールが適用されているのか、ミリエルに聞かないと分からないんだよな。
 さっと見た感じ、機械人間の女性に異常はないみたいで、周りをキョロキョロと見回している。

『ビーガ、キュラキュラ、ギャギャヒュリヒュリリラ?』
「いえ。ほんとうに、ごめんなさい。まさかあなたが収納できてしまうなんて、全く想定していなくて」
 びっくりはしたものの、さほど影響はなかったのか恐縮するミリエルに両手を体の前で振りながら首も横に振っている。

『キュラ、ガービーピーギガー、ギャリギャリガーキュラーピ』
「そうなんですね。ちょっと動きづらい程度で、視界は良好と。むしろ空気がないから、オイルの酸化が防げるので住むには良好……と。まさか、そんな……」
「なあ、ミリエル。僕にもわかるように説明してほしいんだけど」
「これはもしかしたら、一気に事態が好転するかもしれないのですが――」
 そう前置きしてミリエルが告げた内容は、常識の範疇から完全に外れたものだった。

 まず、異次元収納。異次元倉庫とも呼んでいる次元の狭間に展開した空間は、時間の概念がない。基本的に固有の物質が存在していないため、停止している状態と同じように、劣化や腐敗したりしないようだ。
 生命体は入れられないように概念を構成してあって、基本的に人、動物、魔族や魔獣などは生きた状態では入れられない。今回、機械人間が収納できたのは、完全に想定外だったらしい。

 ここまでは基本原理。

 中に入った機械人間の女性の話で、中の状況が更に分かった。
 体にかかる不可視の抵抗で、若干動きが重いけれど動くことはできるらしい。僕達で言えば、水中で水の抵抗を受けて激しく動けないような感覚に近いんじゃないかな。
 灰色の大地があって、薄水色の空が遥か彼方まで広がっていたみたい。その大地の一角に、マス目状の線が書かれていて、そこに色々な物が整然と並べられていたんだって。どうやらそれが、異次元収納の仕組みらしい。

 まさに、目からウロコ。

「それじゃあ何、機械人間の人たちなら異次元収納のなかで、普通に生活することができるってこと?」
「さらにですね、体が劣化しない。オイルが汚れないし、いい事ずくめらしいんですよ。単純に彼らの救出……って言うより、運搬ができます。だから何だって話なのですが」
「ってか、見た目だけじゃなくて機械らしくオイルは必要なんだ……」
 ふと視線を横に向けると、オイル缶を抱えた機械人間の女性はまるで早く次元収納に入れろとばかりに、僕達の横に立っていた。かなり居心地が良かったんだろうな。

「できれば、イブキさんが収納してあげてくれませんか? 情報量が多かったのか、今の出し入れだけで私のなけなしの魔力が一万ほど飛びました」
「えっと、いいのかな……?」
 さすがに翻訳の必要もなく意思が通じたみたいで、大きくうなずいてきた。ちょっと躊躇いはあったけれど、本人いたっての希望だったから金属質の腕に触れて僕の異次元収納に収納した。

 その後ミリエルに翻訳してもらいながら、最初に会った二人と話した結果階下の全員を僕の収納に入れることになった。もうね、この時点で意味がわからないと思ったんだけど、どうやら全員が日本人としての意識が残っているみたいで、目が覚めてこのダンジョンから出られないことに気がついたときに、絶望したと言っていた。
 コンテナにとりあえず多めに戦力を残してもらって魔族の侵攻を抑えつつ、急いでみんなを収納していく。
 どうやら異次元に渡る際、ダンジョンとの繋がりを断つために余分な魔力が必要だったみたいで、全員、三千人近く収納すればさすがの僕も、自分の魔力が少し減った事がわかった。逆に三千人も収納下にも関わらず、一向に枯渇しない魔力に自分のことながら恐ろしくなったけれど。

「コンテナ内の物資も全部収納しましたし、もう少しで下から応援が来ますから便乗して外に出られると思いますよ」
「……下からの応援? どゆこと?」
 対魔族のために最後まで残っていた機械人間一行を収納した僕は、ミリエルの言葉に首を傾げる。
 こちらからの攻撃が止んだタイミングで、大盾が少しずつ前進を始めたみたいで、床を踏みしめる音が聞こえてくる。

「二回、合図を出します。最初はあの一番高いところにあるコンテナに登ってください。その次の合図で、あの出入り口まで私を抱えて全力で駆け抜けてください」
「いや、ちょっともう少し説明を――」
「問答の時間はないので、今ですっ!」
 ミリエルの合図と同時に、背筋を走った強烈な悪寒に思わずミリエルを抱きかかえてコンテナを駆け上がった。
 その直後、階段から大量の機械昆虫が飛び出してきた。

「走ってくださいっ!」
「ああっ、もうっ」
 羽を持った昆虫がすぐ後ろに迫ったタイミングで、ミリエルの合図と同時に全力で駆け出した。

 突然現れた大量の機械昆虫に、本能的な恐怖を感じてか大盾の動きが止まる。そしてすぐに、隊列が崩壊した。時間稼ぎのためにか放たれた魔法が、あっさりと昆虫に弾かれたことで恐慌が加速した。
 投げ出された大盾の無効に、我先に入口に向かう魔族――初めて見えたその魔族は、華奢な体をしたエルフだった。ちょっとだけ先が尖った耳に、少しだけ親近感が湧く。

 とっさに脱いだ漆黒のコートでミリエルを包み、封印していたヒーロースーツを纏って変身した僕は、逃げ惑うエルフの間を縫って一気に入り口から外に飛び出した。ダンジョンの境目で感じた若干の抵抗は、もしかしたら僕もダンジョンの一部になっていたためだったのかもしれない。

 逃げ惑うエルフの頭上を飛び越えた先は、想像を絶する大森林だった。

 直径数十メートルはあるだろう大樹が、遥か上まで樹勢を伸ばしていた。ちょうど目の前が移民艦が墜落した軌跡なんだろう、丸く大きく抉れていて遠くに澄み渡る青空が見えていた。
 その穴に向かってまっすぐに、足場になる幹を蹴りながら一気に駆け抜けた。

 一瞬だけ振り返ると、地面に船底まで埋もれた移民艦が鈍い金属の輝きを放っていた。あっという間に、それも見えなくなる。

 そこから、遠くに見えていた山の麓まではあっという間だった。



「相変わらず、あの全身タイツを着ているときって化け物なんですね」
「……言わないでよ。それ、結構気にしているんだから」
 辺りは既に暗くなっていた。
 ヒーロースーツを解除して、相変わらず病衣の上に黒いコート姿の僕は、目の前に燃えている焚き火に木を投げ入れる。その焚き火の上には鍋が掛けられていて、なんちゃって豚汁が煮られている。周りは深い森で、相変わらずLED電球型の魔法の明かりが照らす範囲以外は、漆黒の闇に染まっていた。
 何かの獣の遠吠えが遠くから聞こえる。

 その焚き火の向こう側では、八つほど並んだ携帯電話を前に、ミリエルがウンウンと唸っているところだった。

「それよりいい加減、端末選んでよ。端末複製するんだよね?」
「待ってください。どれもこれもデザインや大きさが秀逸で捨てがたいんですよ」
「もう一時間だよ? 並べて選び始めたときって、まだ周りが明るかったよね。お腹すいたから先に食べるよ?」
「どうぞどうぞ。今の私にはこれが再重要案件ですから」
 鍋から豚汁もどきを持って、ちょっと臭みがある肉を口に運ぶ。味噌のおかげで、思ったほどくさみが気にならなくて、そのまま数日ぶりの食事を堪能した。

 さすがにあのコンテナの中にも生肉や加工肉はなくて、ここまでの道中に襲ってきた巨大なイノシシが今日のメインのお肉だったりする。野菜も含めて他の生物は一切なかったから、ミリエルの星の記録庫から調べた食用可能の野草をふんだんに入れて、唯一あった香辛料を使ってなんとかここまで完成した次第だ。
 日本人の移民艦だっただけあって、味噌や醤油などの日本らしい調味料がちゃんと乗っていたのには感動したかな。

 そして携帯電話。
 何となく異次元収納の中から呼ばれたような気がして、機械人間を一人外に出したところ、一緒に抱えていた箱の中に入っていた。どうやら、ミリエルに探すように頼まれていたらしい。
 ちらっと覗くと中古端末なのか、プチプチに包まれた携帯電話が山のように入っていた。
 その機械人間はミリエルとしばらく話をしたあと、また異次元収納に帰りたそうにじっと僕の目を見つめてきたので、そっと手を触れて収納した。見た感じ生きているのに収納できる時点で生き物の扱いじゃないんだろうけど、だったら生き物の定義ってなんだろうって思ったら、木立の隙間から見える夕焼けがやけに綺麗に見えた。

「その端末どうするの?」
「昼間、イブキさんの携帯電話触らせてもらった時なのですけど、端末複製って管理項目がありました。どうやら『魂樹』と呼ばれるその機能を複製できるようで、コンテナにあった荷物の中から探してもらうように頼んで置いた次第です。あ、私の候補はこの七つだけでいいので、残りはまた、イブキさんの異次元収納に収納してもらえませんか?」
「あ、ああ。分かった。複製ってことは、あの例の一万の魔力も?」
「そうっ。そうなんですよ! 魔力一万をストックできるそのチート携帯電話を、私も持つことができるんですよ。これはもう、やるしかないでしょう!」
「お、おう……」
 それからずっと、あれがいいこれがいいと悩んでいる。外のデザインが違うだけで中のOSは一緒なんだから何でそんなに悩むのか不思議だけれど、きっとファッション感覚なんだろうと諦めている。
 何で七つも選んだか聞いたら、途中で機種変更したくなった時に、選べるように先にストックしておくんだって。そもそも機種変更できるんなら、最初に適当に選べばいいのになんて、嬉しそうに悩んでいるミリエルを見ていたらさすがに言えなかった。

 ただ、これはあくまでも始まりに過ぎなかったわけで、翌日から地獄を見る羽目になることは、完全に想定していなかったりする。