ダンジョンから脱出した翌日。
目が覚めると、異次元収納の中から誰かに呼ばれたような気がして取り出してみると、空間の割れ目から昨日箱を持ってきてくれた機械人間の女性が、携帯電話を片手に握りしめて出てきた。
普通に物を取り出したつもりが、手に握っていたのは金属の手で、当たり前のように機械人間が出てきたから、思いっきりびっくりした。何だろう、僕の異次元収納がもう既に本来の収納のじゃなくて、全く別の用途に使われ始めているような、そんな気がするんだけど。
ちなみにミリエル。
あれから一晩経っても、どの端末がいいのか悩んでいるみたい。ついでに昨夜は、僕の代わりに夜警もしてくれるって言っていたからお願いした。おかげで、朝までしっかり寝られた。つまり逆を言えば、一晩中起きていて、どの端末がいいかずっと悩んでいたってことなんだよな。
もう、放っておこう。
それよりも、僕の前で端末を握りしめている機械人間だ。
「えっと、もしかして端末複製?」
『ピー、ガッッ』
そうです、ってことなのかな。
金属でできた硬い顔で喜怒哀楽はわからないけれど、何となく雰囲気だけはわかる。さっきからウキウキしている感じの彼女に、そもそも端末複製が何なのか知らないとは言えなかった。
「えっと……ちょっと待っててね……」
『ガガピ、キュラギュララピ』
待つのは慣れている、みたいに聞こえた気がする。うん、ごめん。やっぱり何が言いたいのかわからない。
とりあえず昨日のミリエルの話だと、設定の項目中にその端末複製ができるページあるらしいから、腰元から取り寄せた携帯電話を開いた。
設定の項目はわかる。アプリリストから歯車のマークをタップするだけだ。問題はどこにあるのかだけれど。
ゆっくりとスライドしていくと、その設定項目の中に見慣れない項目があった。
「……魂樹?」
昨日、ミリエルの話に出てきた単語だったか。その魂樹の文字をタップすると新しいページに切り替わって、その中に普通に『魂樹複製』の項目があった。
魂樹複製をタップして開く。
枠に囲まれた『魂樹複製』のアイコンがあって、その下に説明文があった。スライドさせながら読んでみると、どうやら説明の上にある魂樹複製アイコンをタップして、複製先の携帯電話と背面同士を接触させるだけらしい。
それならばとアイコンをタップしてから携帯電話を背面を向けて掲げると、突然のことにさすがに意図が理解できなかったんだと思う。ちょっと戸惑った雰囲気を出しながら、機械人間が首を傾げた。
すぐに、自分の行動が突飛なことに気がついて、顔が熱くなった。何やってんだよ僕は。
「あ、そうか説明が先だよね。この魂樹? を君の端末に複製するために、携帯電話の背面同士を接触させる必要があるんだけど……わかるかな?」
『ギーピロ? キュラメリキュラッ』
会話は成り立っていないような気がするけれど、言ってることは理解してくれたらしい。
機械人間の女性はしっかりと頷いてから、手に握りしめていた端末を僕の携帯電話に背面接触してくれた。うん、しっかり伝わっていた。誰だよ、会話が成り立っていないなんて言ったのは。僕か。
『ガピ、ピーヒョロギギ』
機械人間の女性が手に持った携帯電話の画面をタップすると、背面接触した二台の携帯電話が淡く光って、光がすぐに消えた。僕の方の画面には、複製完了のウィンドウが出ている。
「できたのかな……?」
「そう……ですね。問題なく処理が完了した……あら?」
突然、目の前の機械人間の女性が喋り始めたことで、思わず目を見開いてた。さっきまでキュラキュラしか聞こえなかったのに、普通に喋っている言葉がわかるぞ?
びっくりしたのは相手も一緒のようで、二人でその場で固まってしまった。
「情報を確認中です……自己解析完了。どうやら、私の言語プログラムに星の共通言語が追加された様です。なるほど、これは……ミリエル様が携帯電話の魂樹化が必須だとおっしゃる訳ですね。言語の追加だけでなく、他にも様々なデータが高度に更新処理されています。人間を辞めた時には人生を諦めていましたが、これは、なかなか……」
違った。固まっていたのは僕だけみたいで、目の前の機械人間の女性は、どうやら頭の中で内部処理をしていたみたい。音が合成音っぽいけれど、声には何だか張りがある。
でもそっか、機械になって人間、辞めてたんだ。
考えてみれば、あの移民艦は日本船籍だったから、僕以外にも普通に日本人の移民の人たちがエリクシルコフィンで眠りについていたんだ。それが、目が覚めたら体が全部機械化していたんだよな。たぶんあの時ミリエルに起こされなくて、目が覚める時間が少し遅れていたら、僕も機械人間になっていたんだよなぁ……。
何だかすごく、申し訳ない気持ちになってきた。
「えっと、ご愁傷様です?」
「いえ、ああっ、申し訳ありません。メインのプログラムが更新されたおかげで、人間だった頃よりも高度な体になれましたから、結果的に何の問題もない感じなんですよ」
「そ、そういうものなの?」
「ええ、病気もなく怪我も故障も自分で修復できますから、体の勝手としては最高なんです。ですから、アップデートされた今の状態であれば、むしろ人間よりもいいかもしれません。
申し遅れました、私は元人間改め、マシナリー種族の代表を務めることになりました、ユリエ・タカシマと申します」
何だか少しだけ、安心した。
僕の謎携帯から魂樹を複製して、ある意味で種として完成したみたいで、体の動き自体も滑らかになった感じだ。体の起伏や、顔の造形も若干変わった……のかな? 金属質であることに変わりはないけれど、さっきより少し丸みを帯びた気がする。
ところで、マシナリー種族って何だろう?
「それで少しお願いなのですが……」
「お願い?」
「はい。イブキ様の異次元収納の中に、私達の国を作る許可をいただきたいのですが」
「……え? 国?」
「ええ、国です。硬質の地面があり、それ以外の一切の物質がないあの空間は、物質の劣化が一切起きないことから、私達にとって理想の地なのです。もちろん、空間を使わせていただく対価として、維持する魔力を補填するために、内部で魔力を消費する手立ては考えています。この魂樹のおかげで、機械である私達も魔法を使えるようになれますから」
「そう言われても、そもそも異次元収納の使い方としてどうなのかな……」
正直どうしていいかわからなくてミリエルに視線を向けると、僕の視線に気がついたミリエルがこっちに顔を向けた。
「何も問題ないと思いますよ。そもそもそれを提案したのは私ですから」
「……なぬ?」
犯人はミリエルかいっ!
道理で移民艦にいた約三千人全員が何の問題もなく収納されたわけだ。
「異次元収納って言いますが、その空間もある意味で無限にある並行世界の一つに過ぎませんからね。たまたまですが、イブキさんが世界を創造した時点で、その世界の環境が決まったに過ぎません。私の異次元収納もそうですが、魔法で確保した世界が偶然、彼女たちマシナリー種族の生存環境に最適な世界だった。それだけの話なのですよ」
「ちょっと、そこまでは細かい説明とかなかったんだけど」
「説明する必要ないですし、これはあくまでも魔法ですから。そもそも異次元収納の理屈自体が世界創造なのですから、本来なら一般人に簡単に使えるような魔法じゃないのですよ? 平気で使えているイブキさんが、ある意味で異常なのです。
ついでにですが、その着ている黒いコートは異次元壁ですから、それを専用の出入り口にするといいですよ。取り出し位置を固定することで、消費魔力も抑えられますから」
僕は異常なのか。
まあ、膨大な魔力を生成する魔力器官を持っていて、ついでに世界の理に反するように、命を失っても蘇る存在なんて、普通じゃないか。
そもそも異次元収納の理屈が世界そのものだとしたら、収納の中に国があっても問題ないわけだし、その端っこにでも僕の物を収納するスペースが保できればいいわけで、聞いた感じ特にデメリットとかはないみたいだ。
「それで……許可していただけるでしょうか?」
「別にいいんじゃないかな、特別に僕が何かすることはないみたいだし」
「ありがとうございます。早速ですが中に戻って、色々と段取りしてきます」
ミリエルの提案どおりに、謎の異次元素材コートを収納の接続ポイントにしたら、確かに何となくだけど消費魔力が減ったような気がした。
たださ、僕のコートをめくってユリエが異次元収納に入っていく絵柄は、どう見てもシュールだよね。思わず遠い目をしてた。ミリエルには笑われたし。提案したの、ミリエルなんだけどな。
ただ問題は、本当の問題はそこじゃなかった。
『キュラ、メルギュララ』
入れ替わりで、違う機械人間の人が脇から出てきた。手には、しっかりと携帯電話が握りしめられていて、
ちょっと待って、何だか嫌な予感がするよ。
「えっと……複製なんだ。わかった、ちょっと待ってね」
画面を切り替えて、再び魂樹複製をスタンバイする。
説明は聞いてきたのかスムーズに魂樹が複製されて、ユリエと同じ様に喋れるようになった。ひとしきり自己紹介と、お礼の言葉を言ってからまたコートの脇から異次元空間に戻っていくと、今度は違う人が出てきた。
これはつまりあれか、全員分やらないといけないってことか?
それから数人出てきた時点で、コートを脱いで近くの木に吊るした。
入れ代わり立ち代わり出てきて魂樹複製をして、移民艦から連れ出してきた三千人近くの人数を処理が終わったのは、それから二日後のことだった。その間も食事を食べたり短い睡眠をとったり、何故か一度もトイレには行かなかったけれど、さすがに終わる頃には自分が一体何をしているのかわからなくなっていたよ。
その間もミリエルは、飽きもせず携帯選びに没頭していた。ここまで来ると、頭がおかしいとしか言いようがないよな。まあ、時間をみて僕のために食事を作ってくれたりしていたから、役には立っていたけれど。
「ところでイブキさん、どうして魂樹の複製方法を教えなかったのですか?」
「え、どういうこと?」
「だって魂樹は、複製した時点でその新しく複製した端末でも魂樹複製ができるのですよ? ユリエさんに頼んで、勝手に複製してもらえばよかったんですよ。何も、イブキさんが全員分複製する必要、なかったのですよ」
「それを先に言ってよ……」
精魂尽きた僕は、その場に仰向けで倒れ込んだ。
寝不足もあったからか、そのまま意識が遠のいていった。