ボツ 13.後ろに乗せてもらった機体は、想定以上の動きをしていたわ。


 いつの間にか魔獣で溢れかえったトンネルを、レイジさんが運転する車で進んでいく。
 トンネル内は六車線あるから、基本的に出会った魔獣は避けて進んでてるんだけど、やっぱり大きな個体と遭遇した時なんかは避けることができず、人型に変形して倒しつつ慎重に進んでいく。最初は驚いて息を止めていたけれど、多少の衝撃は感じるものの、滑らかに変形して動くことにびっくりした。
 何度目か、大きい魔獣と遭遇した時に結衣が目を覚ました。

「ここ……は?」
「車の中よ。あのあと、小鳥遊さんが助けに来てくれたのよ」
「結衣。目を覚ましたのか」
 二足歩行のトカゲ型魔獣を倒して、人型から車型に変形する。相変わらず変形に伴って視界が下がるふわっとした感覚に、無意識のうちに息を止めていた。

「し、師匠! ど、どうしてここに……それよりこの乗り物ってもしかして、前から開発していた機体が、いよいよ完成したんですか!? あ、先輩、すみません膝の上っ」
「そうだな、今乗っているのが機体のプロトタイプだ。二人乗りの設計だからちょっと座席が狭いが、目的地までもう少しだからしばらく我慢してくれ」
 照明に照らされたトンネルには、我が物顔で跋扈する魔獣の他にも、打ち捨てられた車が結構な台数あった。そのどれもが壊されて、潰れていた。破損具合から見て中の人は……たぶん、命はないと思う。ただ走る車窓からは、細かい様子を確認することはできなかった。
 地下道はトキオシティ全域で繋がっているから、恐らく被害は甚大よね。どうしてこうなったのかしら。

「師匠、今向かっているのって湾岸研究所ですか?」
「そうだが残念ながら、直通で行けなくなっちまってな。湾岸入り口から一旦地上に出て、二十分ほど表層を進まないと研究所には行けないんだ」
「え、直接研究所の地下まで行けないなんて、地下駐車場に襲撃かなんかあったんですか? もしかして、機体反対派の工作ですか?」
「何だよ機体反対派って。そんなの方舟にいるわけがないだろう。そもそも地球にいた頃にエリクシル反対派だった奴らは、軒並み地球の地下に潜って、方舟には一人たりとも乗船していないぞ。
 いや実際のところな、機体の変形実験で負荷を誤って、機体研究棟を派手に陥没させちまって、その建物の直下がちょうど地下通路と地下駐車場の境目だっただけってオチなんだが」
「え、それじゃあ私達が何事もなく向かってたとして、絶対に辿り着けなかったじゃないですか」
「……いやな、壊れたのが今朝で、慌てて迎えに行こうとして湾岸入り口で遭遇した魔獣と試験運転も兼ねて戦闘していたら、余波で湾岸入り口を壊しちまってな」
 レイジのその言葉に思わず息を呑んだ。
 湾岸入り口が破壊された原因は、レイジさんってことなのよね。てっきり魔獣が、何かのタイミングで破壊したものとばかり思っていた。

 だとすると、この惨状を引き落とした張本人だってことなの?
 大量に人が亡くなっているのに、あっけらかんとし過ぎじゃないかしら。いくらイブキのお父さんだからって、さすがに許されないわ……。

 無意識のうちに下唇を噛んでいた。眉間にもシワが寄る。
 一瞬、振り返ったレイジと目があった。運転中だから、すぐに前に向き直って運転を続ける後ろ姿を、思わず睨んでいた。

「すぐに方舟管制区に連絡してな、湾岸線と南西外環線以外は緊急防壁で遮断してもらったから、これでも被害は最低限なんだ。途中の打ち捨てられた車両も、乗っていた人員は全員が救助済みさ。ミモザちゃんと結衣がいた場所が、湾岸入り口から一番遠かった。それだけだ」
「えっ……」
「ちょっ、師匠。それマジですか?」
「ああ、マジだ。ただな、助けられなかった人も二人いた。事故とはいえ、トキオシティを危険に晒したことには変わりない。軽率だったと反省はしている」
 また一台、打ち捨てられた車両が窓の外を過ぎていく。

 私の膝の上にいる結衣が、両手を口に当てて大きく目を見開いている。
 同じような表情を、私もしているんじゃないかな。

 どこまでが真実だかわからないけれど、イブキのお父さんが私に嘘を付くとは思えない。助けられなかったって言っているのだから、きっと助ける努力はしたんだって理解した。
 そもそも緊急事態に地上直下の地下道を使うってことは、それ相応の危険が伴うのだから、何が起きても自己責任よね。そういう意味では、私達も他人事じゃなかった。
 反省……しなきゃよね……。

「まあ、あれだ……実は助けられなかったのが、お前たち二人ってオチなんだがな。現場が見えた時に絶望したよ。いつの間にか俺より先に狼の魔獣が先行していて、遠目に見てお前たちが乗っていて車両が壁際で大破していたからな。
 だから普通にミモザちゃんと結衣が生きていることが、正直今でも信じられない。よく……生きていてくれた」
 目を瞬かせる。
 えっと……助けられなかったのって、私達のこと?

 私も心が読めたのか、前を向いたままのレイジが頷くのが見えた。

「この星に墜ちてからだが、地下道は各地区に救援に向かう武装部隊が常に使っていたからな。異常が起きた場合には、各拠点から即座に出動する手はずは整っていたんだ。
 他に使っていたのは、地下エレベーターが伸びていない拠点から救援者を移送するときか、救援物資を運ぶ時ぐらいのものだ。それだって重装甲車が周囲を固めて慎重に移動している」
「……え、そうなんですか? 四日前に使ったときは、そんな護衛みたいなのなかったですよ?」
「方舟墜落直後の混乱していた時期の話か。あの時、目的地と違う場所に止まったことには気が付かなかったのか?」
「……え、気が付かなかったです」
「そもそも今日は、上の役場でちゃんと出車手続きはしたのか? 昨日電話でも言ったが、手続きなしでも車は出せるんだ。ただそうなると、護衛の部隊が付かない」
「えっと……手続き、してないかも」
「だろうな。知ってた」
 それっきり、車内が何だか気まずい空気になった。誰も喋らずに沈黙したまま、相変わらず道路上に跋扈している魔獣を避けながら、車は進んでいく。

 やがて、分岐を右に進むと道が矢や上り坂に変わって、通路の先から明かりが見えてきた。

 レイジが運転する車はゆっくりと湾岸入り口の前に止まると、その場で人型に変形した。明かりが差し込む大きな穴は少し右上にあって、確かに車両の状態のままだと通過することができない。
 体躯のあちこちの関節からジェットが吹き出す。ゆっくりと浮かび上がった機体は、大穴をくぐり抜けて外に出た。



 太陽の光を久しぶりに浴びた気がする。
 湾岸入り口の壊れたゲートを登っていたゴブリンが、呆気にとられたような顔で見上げているのが見える。軽い衝撃を感じて横を見ると、襲いかかってきた巨大なトンボを、背面から振り抜いた巨大な剣で袈裟斬りに斬り抜いたところだった。
 さっきから、人型になった時に結構激しい動きをしているのに、衝撃が少ない。何か、衝撃を緩衝する機構が備わっているのかしら。

「さっきよりも、魔獣の数が多いな。念の為にあの大穴は塞いでおいた方がいいかもしれんな。二人とも、ちょっと時間はいいか?」
「大丈夫ですよ、師匠」
「私も特に問題ないですわ」
「……ミモザちゃん、別に俺に敬語は使わなくてもいいぞ? イブキの幼馴染から敬語使われるのは、やっばり違和感がある」
「……そ、そう? じゃあそうするわ」
 機関区が吹き飛んだときの衝撃は、この遠く離れた湾岸エリアまで届いていたみたい。大きなビルはほとんどが倒壊していて、道路上にも大小の瓦礫が散乱していた。
 大きい瓦礫の塊をゲートの前に落とすと、呆然と見上げていたゴブリンたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 器用なものよね。
 機械技術の進歩で、産業用のロボットみたいに、決まった動作を突き詰めるだけならば、滑らかに動かせるまでには技術は向上している。
 ただこういったロボットは動作の方向性が一定じゃなく、当然各駆動部にかかる負荷の方向性は常に変化する。だからどう開発を進めても、動作の切り替えに時間的なロスが生じて、滑らかに動かせないのは、現在の機械工学でも限界があったし、人型ロボットが現実的じゃないことも常識だったはず。

 指先で摘んだ小さめの瓦礫を、丁寧に隙間に詰めていく。
 かといえば、少し離れた場所から掬ってきた土をその上からさらに塗り固めていく作業に、感動して声が出なかった。想定以上に、作業が細かい。

 これは、どれだけ高度な技術が使われているのかしら……?

「師匠。これって、機体の関節に充填してあるのって、エリクシルだったりします?」
「近いがちょっと違うな。あれは液体だからな、一昨日までだったら技術的に不可能だった。ここまで精密に動かせるようになったのは、実は昨日の話なんだ。よし、これでとりあえず塞がったか」
 最後の土塊を塗り固めたところで、私の腰元で通知音が鳴った。

 結衣に体を少しずらしてもらって、手元に携帯電話を手繰り寄せると、ポップアップウィンドウが表示されていた。タップしてnoaアプリを開く。

『破損した湾岸入り口のゲートが封鎖されたことを確認しました。閉鎖された空間として認識されたため、準ダンジョンとして登録します……成功しました。現在通路内に魔獣が残存しているため、すべての魔獣が排除されるまでは隔離状態を継続します。湾岸入り口の強度を確認……脆弱性が確認されました。強化壁に変換しますか?』
 最後にあった選択肢に、迷わず、YESをタップした。

「先輩、何かあったんですか?」
「無事に私達がいた地下道が、閉鎖空間に戻ったみたい。どうやら条件が戻ったみたいよ」
「へぇそうなんですね。何か変わったんですか?」
「変わった……のかしら?」
 作業を終えて、機体は湾岸入り口に背を向けて当初の目的地である研究所に向かってすすみと始めた。
 視界の端で、湾岸入り口ゲートが淡く光り輝いていた。

「それで師匠、さっきの関節の話なんですが」
「ん? 話は終わりでよかったんじゃなかったのか? とりあえず細かい説明は研究所に戻ってからだ」
 襲い来る大型魔獣を軽くあしらいながら、私達は研究所に向かった。

 その間ずっと、自分の持っている不思議な携帯電話を見つめていた。

 どうして私のところに通知が来て、同じような仕様になった結衣の携帯電話には何も通知が来ないのかしら……?