機械人間改め、マシナリーたちのすべての魂樹複製を終えた翌日、大樹が立ち並ぶ森をミリエルと二人で歩いていた。
しかし見渡す限り生えている樹が本当に太い。もうね、まるっきり自分が小人になったような、そんな錯覚すら覚える。
「木の直径とか、どれくらいあるんだろうな」
「データベースによれば、このミシシッピ大森林に生えている木の平均直径は百メートルだそうです。樹高の平均もまっすぐ上に一キロメートル程ありますから、私達なんて比較すれば虫みたいなものですね」
虫って、さすがに例えが具体的すぎるんだけど。
そうやってミリエルと離しながら歩いていると、大樹の陰から顔を覗かせた鹿が、びっくりしたのか動きを止めて僕達を見下ろしたまま固まった。いやしかし、木だけじゃなくて動物も大きいな。目の前の鹿も、頭の位置が見上げるほど高い位置にあって、やっぱり僕達は小人なんじゃないかって勘違いしそうになる。
体高だって目測で五メートル位はあるかな。とにかく大きい。
うん、たしかにサイズ的に僕ら虫だ。
ともあれ周りを見回すと、僕が知っている大きさの動物も普通にいて、ちょっと前に突撃してきた猪は動物園とかで見たことがある普通の猪だった。
びっくりして僕が固まっていたら、コートの脇から飛び出してきたマシナリーの二人があっという間に仕留めて、そのまま再び僕のコートをめくって異次元収納に猪を引きずって入っていったけれど。
「イブキ様。鹿ですが、狩りますか?」
「あ……うん、待って。狩る? あれを?」
「はい。巨大な体躯もさることながら、程よく脂が乗っている様すから、あれ一体が確保できれば多くの加工食品が生産可能です。許可いただけますか?」
ミリエルと大鹿を見上げていたら、コートの脇からマシナリーが一人出てきた。
「えっと……誰だっけ?」
「はい。私はモモカ・サイトウです。先程猪を狩りに飛び出したのが、シズカとコウヘイですね。顔と体型が男女の違い程度で全く同一ですから分かりづらいかもしれませんが、性格は生前の日本人のものを引き継いでいます。今後は一臣民として、徐々に個体別の違いを認識していっていただければありがたいと思っています」
「そ、それは……ごめんなさい」
「いえ、滅相もありません。逆にイブキ様にご心労をおかけしたことをお詫びいたします。申し遅れましたが、私がこちらの世界でイブキ様の側仕えとして同行することになりました」
僕が知らない間に、異次元収納のなかで決まったらしい。どうやらモモカは、移民艦ダンジョンの食堂で最初に会ったマシナリーのうちひとりらしくて、マシナリー国のナンバー2なんだって。ちなみにトップは、最初に魂樹を登録したユリエだって。
そもそもだけど、マシナリー国って何さ。たぶん僕の異次元収納の中にできたらしい、マシナリーたちの楽園のことだよね。もう意味がわからないよ。
「それで、狩りますか?」
「えっと……?」
困った僕がミリエルに視線を向けると、ミリエルは一瞬モモカを見たあと、僕に頷いてきた。
「いいと思いますよ。イブキさんの異次元収納の中では、本質的に物が劣化しないみたいですから、食料として加工の後、保存しておいてもらえばいいと思いますよ。それに私もこれからは、魔力を回復するために食事をしますから、食料を少し分けていただけると助かります」
「まあ、それならいいか」
「ありがとうございます。さっそくですが、取り掛からせてもらいます」
そう言って、モモカが腰元の携帯電話を取り寄せてメッセージか何かを打ち込んだ途端、背中に強烈な悪寒が走った。
危機を感じたのか、大鹿が一目散に逃げ出していく。
「あっ、ぎゃっ、痛いっ。痛いって――!」
着ているコートの裾が大きくめくれ上がった。勢いにつられて、両腕が真横に跳ね上がった。
背中が膨らんで次々にマシナリーたちが飛び出してくる。その度に静電気が走って体に強烈な痛みが走る。その数、十名。全員が通り過ぎたあと、あまりの痛みにその場に崩れ落ちた。
それぞれに銃器を携行したマシナリー達が、逃げる大鹿を上回る速度で駆けていく。
駆けるマシナリー達が撃ち出した光線が、大鹿の四肢を貫いた。足に力が入らず、倒れ込んだ大鹿が大地を転がり、大樹に衝突して止まる。
追いついたマシナリーに眉間を撃ち抜かれて、あっさりと大鹿が仕留められた。
時間にしてほんの、数十秒の出来事だった。
「感電とか……勘弁してほしんだけど……」
しびれる体を無理やり動かして、コートを脱いでゆっくりと立ち上がった。
「異次元収納の取り出し口、コートの外側とかにできなかったのですか?」
「駄目だった。何なら、ポケットの中ですら設定ができなかったんだよな。意味不明なものを作った自覚はあるよ」
少し前で携帯電話を片手に大鹿の解体を指示しているモモカの肩に、そっとコートをかけた。びっくりしたモモカが、動きを止める。
「い、イブキ様……別に私は、寒さとか感じませんが……?」
「いやそうじゃなくてさ、常に異次元収納の外に出ているならそのコート、モモカが羽織っていてくれると助かるんだけど」
「それって……こちらの羽織物を、私めに下賜いただけるということでしょうか。誠に、恐れ多いことと存じますが」
何だかぎこちない動きで振り向いたモモカは、言葉とは裏腹に僕が肩に掛けたコートの裾をしっかりと握りしめていた。もう、離さないぞ、みたいに。言葉とは裏腹に、多分嬉しいんだろうな。
ミリエルに視線を向けると、何だか微笑ましいものを見ているように笑みをたたえている。
「モモカがマシナリーたちの司令塔なんだよね。緊急出動とか、その度に摩擦の静電気でしびれるの嫌だからさ、普段同行してくれるのならうまく使ってくれるとありがたいかな」
「はいっ。謹んで拝領いたします……」
モモカは、その場でコートを一旦畳んでから、片膝を付いて両手でコートを高く掲げた。それからさっそくコートに腕を通して羽織っていた。
うん。喜んでくれているようで何よりだ。
肝心の狩りだけど、更に追加で飛び出してきたマシナリーたちの手によって、瞬く間に巨大な鹿が解体されていって、モモカの羽織るコートの脇から全てが異次元収納に収納されていった。
ただ、コートをモモカに渡したことで異次元収納が自由に使えなくなったから、とりあえずパイプメイスだけ出してもらった。何故か魔物や動物とかが、僕達を見ると見境なく襲ってくるから、一応自衛のために武器になるものを手に持って歩くことにしたんだ。
ちなみに、異次元収納にが自由に使えないことをミリエルに話したら、思いっきり呆れられた。どうやら僕の異次元収納にというか、使う魔法全般がなんだか仕様がおかしいらしい。言われたとおりにやってるはずなんだけどな。何でだろう?
そうして三人、プラス時々多人数で森を進むこと半日。森を抜けた僕達は、広大な大河を見下ろす高台にたどり着いた。
縁に立ってみると見下ろす眼下は険しい崖になっていて、その先には森林が広がっていて、大樹の先端がまるで針のように広がっている。
相変わらず森ばっかりなんだなーーなんて何気なく視線を巡らせていると、川上の方に長い滝があって、その滝の上、川の中州なんだと思うけれど、人工的な壁がその中州を囲むようにそびえ立っていた。
初めて見る人工物にちょっと感動すると同時に、思わず首をひねった。何で、中洲に?
「街ですかね、とりあえず行ってみます?」
「いや、ミリエル。何だかちょっと散歩に行くような軽い感じで言っているけれど、まだあそこまでかなりの距離があると思うんだけど」
とはいえ、今までずっと森ばかりで街はおろか、村や集落すらなかったからある意味で初めて文明に接触する機会なんだよな。
ちなみに、移民艦ダンジョンの出口でみたエルフたちはノーカウントで。
「イブキ様。無人機を飛ばして現地までの地形を確認したところ、このまま崖沿いに進んでいけば滝の縁まで行くことができます。また、壁の内側を映像で確認できますが、ご覧になられますか?」
「……待って、見ることができるの?」
「はい。複翼機――いわゆる、ドローンと呼んでいる機体が現在、壁の上端にあって中の様子を確認しています。どうぞこちらを御覧ください」
モモカがコートの脇から取り出したタブレット端末を、僕達に見えるように提示してきた。
どうやら壁は、大樹を切り出して並べたもののようだ。画面の下半分はきれいな木目が映っていた。どうやらドローンは壁の上に着陸しているらしい。
そしてその壁の中には、何だか懐かしい街並みが広がっていた。
街の中心には、日本式の『城』があって、その城の周りには堀に湛えた水が陽の光を反射してキラキラと輝いている。城……だよな、特徴的な屋根の形状と、白漆喰の壁。ちょっと映像が遠くて分かりづらいけど、鱗状に見える屋根に乗っているのはきっと瓦だ。
その城を中心にして放射状に水路が敷かれていて、きれいに区画分けされた町並みが広がっている。建物はほとんどが平屋で、水路の脇にはわざとなのかな柳が植えられていた。
「それでは、大通りを拡大してみます」
「あら、エルフですね」
「……なんで着物じゃなくて洋服なのさ?」
拡大された大通りに映っていたのは、洋服を着たエルフだった。ここは、普通に着物を着ていてほしかったよ。まあ、エルフが着物を着ていたら、それはそれで違和感があると思うんだけど。
救いなのは、洋服と言っても中世のヨーロッパとかで着られていた、ちょっと古い感じのチュニックやドレスだったことかな。たぶん、縫製技術はそれほど進んでいないんだと思う。
「交通の基幹は、馬車のようです。文明の程度は、産業革命前の封建時代辺りと見ていいかと思われます。よく言えば素朴、悪く言えば時代遅れな都市でしょうか」
「恐らく魔法文明の弊害でしょうね。ほら、普通に露天で剣とか弓とか売っていますよ」
「魔法……そうか、生活に必要な火種だけじゃなくて、水ですら魔法で生成できるから、そもそも技術の進歩がないってことか」
そのあとも、ドローンの位置を移動させたりして色々と見てみたんだけど、それほど収穫もなく、見える範囲では『車輪』が技術としては最先端みたいだった。
「とりあえず、行ってみます?」
「そうだね。異文明だから警戒しなきゃだろうけど、行くだけ行ってみよう。僕らが今、この星のどのあたりにいるのかわかるかもしれないし」
「イブキ様。私達が視認したことによりマップが更新されて、地図にエルフの街が反映されました。現地までの案内が可能です。ご案内いたします」
「視認しないと更新されないマップって、マップアプリとしてどうなんだろう……」
ともあれ、目的地がなければこのまま森の中を彷徨うだけだったから、ちょうどいいのかもしれない。
移動手段は、相変わらず徒歩なんだけどな。