プロローグ 〜あの日見ていた夢の続き〜


 これってきっと、夢なのよね。
 少し前に簡易ベッドに横になって目を瞑った。仕事が一段落して疲れていたから、あっという間に睡魔に呑まれたのに、気がついたらここにいた。いいえ違うわね、夢にしてはリアルすぎる。意識はあって感覚はあるのよ。体は自由に動かせないから、正確な判断はできないけれど。

 この感覚は、半分は現実なのかもしれない。ちょっと前に目の前を通り過ぎた炎の塊は熱かったし、何なら体の中には不思議な力があって、今も私の中にその不思議な力が、私をしっかりと腕の中に抱きしめている、目の前のハーフエルフの少年から私の中に流れてきている。
 なぜかしら、その不思議な力ははっきりと感じている。

 葛城ミモザ。歳は二十一歳で、今は東京湾に建造されている新しい東京都、今は途中から計画世界規模に格上げされた巨大宇宙船の建設事業に携わっている。
 それが、私の知っている私。

 今日も一日、右舷主推進機の建造責任者として、もうすぐ完成する予定の右舷推進機の現場総監督をしていた。絶え間なく降りしきる火山灰で、推進機の完成予定が数ヶ月伸びているけれど、急造の機関としてはかなり順調なのよね。

 太平洋の巨大海底火山が噴火して半年。
 あの日から世界は噴煙の厚い雲に覆われて、太陽光が遮られた真っ暗闇のままなの。東京湾は海底に堆積した火山灰の影響で既に、生命が絶えた死の海と化している。現状は正直言って絶望的。だから、この巨大宇宙船事業は人類の希望なの。
 人類移民計画『方舟』。
 計画自体は単純なもので、巨大な宇宙船に人類を載せて、地球から脱出。移住できる星を探して、数世代に渡って移民船を維持していくものなの。世界規模の計画に使われたのが、たまたま東京湾に造られていた『新東京都』だった。
 搭乗員も、船の運行を維持する船員と、特殊ナノマシンのエリクシル漬けになって、コールドスリープと似たような状態で眠りにつく移民に別れていて、今も世界各地からこの巨大宇宙船に、眠りについた人々を載せた移民艦が向かっているのは昨日のニュースでも大きく取り上げられていた。
 そんな私は船員。今も製造、整備している右舷推進機関の稼働テストの一部は、既に必要な数値が出ているから、もうじき出港の準備は整う。

 それにしても、この状況って昔漫画で読んだ世紀末みたい。そんな終末世界でも、人間は世界各地でしぶとく生き残っていて、今も科学技術の粋を集めて、色々と生き残る術を画策しているから何ていうかすごいと思う。
 地下に都市を作って、地球の自浄作用でいずれ環境が戻るって信じている人達もいるの。むしろ、地球外に脱出するほうが少数だって、ニュースでは言っていたわね。

  それで、今日の分の試験データが纏まって、自分の部屋に戻っていつも通り寝たら、この妙にリアルな夢を見ているの。
 今も感じているこの、体の中から湧き上がる不思議な力に、正直戸惑っていた。

 これって、魔法なのよね。きっと。
 背中から純白の尖った翼を生やした、黒髪の男の人がバチバチと雷光を迸らせながら視界を横切っていった。両手に持った青白い雷の大剣で、無数に飛来していた炎塊を縦横無尽に斬り消していく。明らかに科学で説明できない現象。

 これはあれよね、魔法だわ。

 あの人は……不思議なのよね、私は知ってる。私のお義父さんだ。名前はレイジよ。でも実際の父親じゃないわ。多分この体の持ち主の、お義父さん。でも感覚的には、私のお義父さん。
 なんだか不思議な感覚に、混乱して内心で首を傾げる。

『アンジェ! イブキとミモザを頼む!』
『ああ、レイジくん。泥船に乗ったつもりで、私に任せておくがいい』
『いや、泥舟じゃだめだろう……』 
 雷を纏ったレイジの声に、背中に蒼い炎の翼を生やした黒髪の女性が動く。手のひらの先の何もない場所から、まるで槍のような形をした蒼い炎を撃ち出して、レイジの斬撃の間を縫うように私達に迫っていた炎塊の軌道を逸した。それでも勢いを殺しきれなかった炎塊が、私達の少し先を通り過ぎていった。
 あれはそう、お義母さんであるアンジェリーナよね。先の尖った長い耳は、長耳属系のエルフ。

 ……ちょっと待って、エルフよね。あの有名なエルフよ。濡羽音色の髪からしてきっと、普通のエルフじゃないんだろうけど、みんなが大好きエルフだわ。
 でもそうすると、これってやっぱり普通に夢なのかもしれない。

『ねえイブキ、ちょっと魔力が足りないよ、もっとたくさん送ってよ……』
『そんなこと言ったってミモザ、簡単な魔法は使っていたけれど、魔力を譲渡するのなんてしたの今日が初めてなんだよ? さっきみたいにミモザが吸い出してくれればいいと思うんだけど』
『私がイブキから吸い出せる量なんて量で言ったら糸みたいなものよ、それじゃ全然足りないの。いいから早くして、魔力が足りなくて落っこちちゃう』
『わわわわ、こうかな? これでいいのかな?』
 私じゃない私が喋って、体に流れてきている魔力っぽい力……そうね、実際にこれは魔力なのよね。イブキから流れてくる魔力の量が明らかに増えた。

 でも自分でもわかる、うまく移動することができない。落ちないようにするのが精一杯。今もフラフラと左右に揺れているだけでこの場から移動する力の使い方がわかっていない。焦れば焦るほどうまくいかなくて、この空間に浮かんでいるのがやっとの状態なの。

 背景は漆黒の闇。
 その黒の中にあって、私達四人と明らかに異様な真紅の巨人だけがくっきりと『色』として存在していた。

 視界ははっきりっしているから真っ暗ではないけれど、重力は下向きにかかっていて、落ちたら果てしなく落ちるように感じる。
 そもそも落ちて大丈夫なら、四人が纏まって一斉に落ちれば済む話だと思うのだけれど、それをせずにさっきからレイジとアンジェリーナが戦っているのは、多分落ちたら駄目だって設定だからなのかしら。設定って、何なんだろう感じだけれど。
 そもそもが真紅の巨人から逃げられないみたいね。
 その真紅の巨人なのだけど、本当に大きいの。今いる場所からかなり離れているのに、人の形がはっきりと分かる。相対的に、今も近くを飛んでいるレイジなんて点にしか見えないから、間違いないと思うわ。

『ほう……ここまできてまだ、魔王たる我に抗うか。無駄だというのに……人とはこれほどまで愚かなものか。クククッ……その庇っている枷さえ手放せば、もしかしたら我から逃げおおせるかもしれぬぞ。
 とまれ所詮は人、命を燃やし尽くすでもせねば到底我の足元にも及ばぬだろうな』
『うるせえ。大人しく俺たちに滅ぼされろっての』
 雷を纏ったまま突撃していったレイジが、巨人がほんの軽く振り払った手の一振りで、あっけなく横に飛ばされていく。
 そして巨人は、自らを魔王と名乗った。

 それにしても、魔王。
 夢だから他人事だけれど、圧倒的な存在力に、とてもじゃないけど勝てるとは思えないわね……状況的に見て、私とイブキが足手まといになっている……ってことなのよね、たぶん。

 レイジを振り払った隙を狙うように、僅差で撃ち出されたアンジェリーナの蒼炎も、余裕で撃ち出された同じ威力の炎で、あっさりと相殺されている始末。

 そもそも何でこの事態になっているのか、全然理解できていないのよね。
 夢も途中からだから……知らないんだけど。

 ……待って、本当に私は、知らないのかしら?
 さっきから細かい部分は少しずつ思い出せているけれど、肝心な部分は全然知らない感じなの。

 もしかして、なにか忘れている……?

 記憶の隅に引っかかっていた何かが、ふと浮き上がるように鮮明に思い浮かんでくる。

 私は、この状況を知っている。思い出した。
 これは、イブキのかつて見ていた夢の中よ。思い出したけど余計に意味がわからないわよね。
 どういう感じに説明したらいいのかな。イブキが昔見た夢の中、その中に入った私の、さらにその中に今の私の意識があるって状況。
 うん、複雑怪奇。分かりづらいわね。

『どれ、余計な枷を消してやろう。全力で、我を楽しませるがいい』
『うっっ! かはあっ』
 忽然と膨れ上がった圧倒的な気配に、夢の中の私の意識が飛びそうになる。

 瞬きするほどの一瞬で、いつの間にか魔王が私達の数メートル前にまで近づいてきていた。
 視界いっぱいに見えているのは一面に揺らめく真紅のみ。イブキと一緒に見上げた魔王の顔は、数百メートルの彼方だ。何なら山脈のように巨大胸が邪魔して、隙間から顔の一部しか見えないってオチもあるけれど。

 しかし、想定を超える巨体に慄く。
 思わずしがみつくように掴んでいるイブキの腕に力が入った。イブキも同じように、私の体を抱きしめる手に力が入っている。動転していて魔力の制御もうまくいかなくなっていて、不安定な浮力に視界がゆっくりと下がっていた。

 ふと、その視界の端に何かが光った。ような気がした。

『せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう、一瞬で消し炭にしてやろう。』
 魔王の巨大な手のひらが、ゆっくりと落ちている私達に向けられる。

 指の隙間に見えた魔王の、真っ赤なルージュが引かれた口元が、いやらしく歪んだ。
 辺りにビキビキと何かが軋む音が響き渡る。魔王の周りの空間が揺らめいているように見える。さっきまでとは、明らかに違う規模の力が魔王から生み出されようとしていた。

 それは禍々しいほどのエネルギー。

 魔王が私達二人の前に突き出した手の先に、赤黒い光が渦巻く。

『させるかっ! あガッッ――』
『イブキっ、ミモザちゃんっ! やグハッ――』 
 私達を助けようと飛んできていたんだろう。レイジとアンジェリーナが、魔王の無造作に振った手で、別々に吹き飛ばされていくのが見えた。
 二人はそれぞれ飛んでいった先で、その先にあった光に吸い込まれたあと、まるで花火が花開くように大きく弾けた。

 ……えっ? どうして?

『煩い。邪魔するでない』
 魔王の手の平から猛烈な勢いで噴き出した赤黒い炎が、私達に向かって襲いかかって来る。

『いいいい、イブキッッッ』
『うわああああっ――』
『ぬ? 何だこの光は……』
 襲い来る魔王の赤黒い炎を追い越す速さで、弾けた光が僕達に降り注いできた。炎が光に着弾して、大爆発を起こした。

 視界が真っ白に染まる。
 体は燃えなかった。それどころか光りに包まれて感じる優しい暖かさに、強張っていた体の力が抜けていく感覚。

 そうして視界が戻って見えたのは、体に無数の穴が穿たれて、ゆっくりと堕ちていく魔王の姿だった。その体も、端から砂になって暗闇に溶けるように消えていく。

『い、イブキ。羊……』
『ふむ。始まりは、ここなのだな』
 いつの間にか、私の腕の中に小玉スイカくらいの大きさの『羊』がいて、堕ちる魔王を遠い目で見つめていた。
 それと同時に、今になって意識がゆっくりと遠くなっていく。

『目が、覚めそうであるな。因果は混ざりあった魂とともに引き継がれるということか。人の悪意は、歴史すらも歪めるというのだな。
 イブキ、それにミモザよ。星の芯を目指すがいい、そこで魔王が蘇るであろう。すまぬが、それの対処は主らに任せる。申し訳ないのだが、我らが星の行く末を頼む。
 我は道標であろうか、いずれまた相まみえるときまで、達者でな』

 どうして私達の名前を知っているのか……。

 それにしても、この夢。最後まで意味が全くわからないわ。
 最後に出てきたこの羊は、一体者何なんだろう。喋っているし。そもそも夢だから、私は関係ないんじゃないかしら?
 魔王の討伐なんて、興味ないわよ。でも、対処ってそういうことなのよね?
 それに人間が、星のコアに到達することは不可能なはずよ。

 ちょっと、羊。そんな憐れむような目で、私を見ないでほしいわ。

 そこで私の意識は途絶えた。