十二話 ご旅行は計画的に


 たくさんあった料理があらかた終わって、デザートとお茶の時間になった。空いた料理皿を片付けて、魔道台の周りに椅子を出して並べた。
 みんなで手分けしてケーキをお皿にのせて、コップにお茶を注ぐ。

 そう言えば、お酒を買ってきていなかったな。
 普段からお酒を飲む習性がないので、そもそも買う頭がなかったのもあるけれど、すっかり失念していた。パーティがお茶と果実水で済んだことに、ほっと胸をなで下ろした。

 そう考えると、さっきのタカヒロは素面だったのか。
 元々生真面目な性格で、家族うちでは頼れるお兄さん的な立ち位置だったはず。それが、どうしてあんな残念キャラになったのだろうか。もしかして、ずっと隠していただけだったりするのか?
 そのタカヒロが、スッと立ち上がった。

「と言うわけで、まずはこの島内を制覇することにしましょう。
 まず、お隣のコーフザイア帝国を経由して、海を目指したいと思います。そのまま東へ向かいますが、道中はずっと魔獣が出ます。
 各々の装備品を今一度見直して、どんな状況にも対応できる装備で向かいましょう」
 確かに道中は基本的に街道を進むとはいえ、どうしても魔獣の生息地域に被っている場所もある。確かに普段着では無く、戦える格好で行くべきだろう。
 ただ、お隣のコーフザイア帝国までなら、それ程気を遣う必要は無いとも思うう。

「さらに、魔族の街だけでなく、人間族の国も経由しながら、世界の情勢を見ていきたいと思っています。全員瞳の色が黒ですから、人間族から狙われる可能性は少ないですが、魔法を使うときに瞳が赤くなります。
 極力、人間族が多いところでの、魔法の使用は控えてください」
 や、やけに具体的だな。
 篤紫としては、ある程度の防衛は馬車で補おうと思っていた。そもそも今回の旅行メンバーは、全員がメタヒューマン族だ。普段は黒髪に黒目で人間族と変わらないため、人間族の国に行ったときの危険性までは考慮していなかった。

 確かに昔は、魔族の体内にある魔晶石を狙って、人間族に襲われる案件が多かったと言われている。魔晶石は魔石よりも純度が高く、魔力を外部から補充することができる。
 それ故に狙われた過去もあったけれど、五年前に人間族も魔法が使えるようになってからは、そういった話はめっきり減っていたはずだ。

「私からの計画案と、それに伴う注意事項は以上になります。
 技術的な点に関しては、篤紫さんが考えてくれているはずです。
 では篤紫さん、お願いします」
「えっ、俺? あ、はい」
 いきなり話を振られて、思わず立ち上がってしまった。みんなの視線が集まる。
 まあ、一応考えてはいるけれど。

「まだ準備が途中なので、明日出発。とかは無理なんだけど、一週間くらい見てくれれば、おおむね準備は終わる予定かな。
 具体的には、あまり目立たないように馬車の形をした箱形の建物を、馬が牽引していく形になると思う。馬車は屋台形式の魔道具店に変形するようには計画しているよ。いわゆる、移動商人スタイルだね。
 せっかくだから道中の街を、通り過ぎるだけでなく少し滞在して、その土地の暮らしも見ていくことができたらいいんじゃないかな。
 馬車は中を簡易ダンジョン化させて、安全性を高めるつもりだ。そのために、コマイナに少し手伝ってもらって、疑似ダンジョンコアを作ることを検討しているよ」

 桃華以外、みんなポカーンとした顔をしていた。確かに具体的な話は初めてだからね。脳内では既にイメージが完成している。
 夏梛まで呆けているのには、内心思わず笑ってしまったけれど。

『牽引する馬は、どうするのだ? 篤紫のことだ。まさか、本物の馬に引かせるわけではないのだろう?』
「馬に関しては、ルルガに製作を依頼してあるよ。
 設計図を渡したら、快く引き受けてくれたんだ。馬の元が完成すれば、あとは魔術で動くようにできるはずだ」
「つまり魔術で動く、魔道馬を制作中なのね。さすがだわ」
 シズカが何回も頷いて、嬉しそうな顔をしていた。

 魔道馬を動かすためには、魔石が必要になるけれど、魔石程度なら道中で何とかなる。街にも売っているし、いざとなったら魔獣を倒して、食肉と一緒に魔石を確保してもいいと思っている。
 逆に飼い葉などの餌代がかからないので、多少は楽になるはずだ。

「あとは安全装備の件だけど、いざとなったら遠慮無く、変身の魔道具で変身して貰う形で行きたいと思っている。
 ただシャーレはまだ持っていないから、出発までに急いで製作するよ。
 あとは道中の状況に応じて、魔道具を作って補助していく予定だ。みんなそれなりに魔法を使えるから、変身までする機会は少ないはずだけどな」

 取り合えず、こんなところか。
 まだ他にも準備することがあるんだけれど、店ごと移動できれば何とでもなるから、その辺で話を終わらせることにした。

 それからみんなで話を詰めるも、特に反対する意見が無かったので、タカヒロの工程計画が採用された。準備時間に関しても、それぞれに準備したいこともあるらしく、一週間後に出発する案もあっさりと決定されることになった。

 そのあと、みんなで片付けをして、解散することになった。
 タナカ家の面々を店の入り口から送り出して、一息つく頃には夏梛とリメンシャーレは、ソファーの上で夢の中に出かけていた。
 桃華にベッドを出して貰って寝ている二人を寝かせてから、オルフェナに留守番をお願いしする。謎生命体である小玉羊のオルフェナは、基本的に睡眠を取らないので、昔からこういう時に頼りにしていた。
 それから篤紫は、桃華と二人で久しぶりに白亜城に向かった。



『篤紫様、桃華様。いらっしゃいませ。
 実は私も少し前に戻ってきたところなのです。夜のお散歩っていいですよね、今日は月も綺麗でしたから、木々も月の光を浴びて淡く瞬いていましたよ』
 街の中心にある白亜城に着くと、待っていたかのように大きな扉が開いた。
 中から全身が紫色の小妖精が飛び出してきて、二対の羽をゆっくりと羽ばたかせながら、篤紫と桃華の周りをゆっくりと舞った。

「あら、コマイナちゃん。私たちを待っててくれたのかしら」
 桃華の目の前で滞空した妖精に、小さなバスケットを手渡した。
「うわあ、サンドイッチありがとうございます。
 夕方の屋台に間に合わなくて、食べるものが無くて困っていたんです」
 そう言うと妖精コマイナは、そのまま美味しそうにサンドイッチを口にほおばり始めた。

「コマイナは、どうして今日のパーティに来なかったんだ? 夏梛やカレラも帰ってきてたんだけどな。メール送ったはずだぞ?」
『ええっ、聞いてないですよ。
 待ってくださいね……ちょっとメールフォルダーを……あ。来てた』
 空中に向かって何かを操作していた妖精コマイナは、来ていたメールに気がついてがっくりと項垂れた。そのままふわふわとふらつきながら、白亜城の中に入っていった。
 思わず篤紫と桃華は顔を見合わせた。

 篤紫と桃華が追いつくと、妖精コマイナは部屋の真ん中にあるコア台の上で、座って膝を抱えていた。
『いいですよ、私なんて。このままみんなに忘れられるんです』
「いや待て、メールは最初のと合わせて、五通ぐらいは送っているはずだぞ。そもそも、四日前に夕飯を一緒に食べたときに、話をしたじゃないか」
「あ、無理よ篤紫さん。コマイナちゃん、お酒飲んでたもの」
 そう言えばあの日、妖精コマイナが木苺のワインを持って遊びに来たことを思い出した。
 食事の際に乾杯して、妖精コマイナはあっという間に酔っ払っていたっけ。

『……思い出しました。次の日二日酔いで、前の日の夕方からの記憶がなかったです』
 さすがにそれには、篤紫と桃華も苦笑いするしかなかった。


 妖精コマイナがいるコアルームは、相変わらずすっきりとした部屋だった。
 生きているダンジョンコアである妖精コマイナは、ここ都市内包型の大型ダンジョン『コマイナ都市ダンジョン』のダンジョンコアだ。普段はこの部屋にいて、四方の壁にある膨大な数のモニターで、ダンジョン内の管理をしている。
す いわゆる、ここのダンジョンの要だ。
 ちなみに桃華はダンジョンマスター、篤紫はダンジョンサブマスターとして登録されていたりする。

 正方形の部屋の真ん中には、妖精コマイナが乗っかる台座があって、今は部屋の主である妖精コマイナが膝を抱えて座っている。その台座の中程からは、綺麗な水が湧き出ていて、床の水路を通って白亜城の外に流れ出ている。

 台座の南側には机と椅子が数脚があって、遊びに来たときにお茶を飲みながら談笑できるようになっている。
 二人が座ると、妖精コマイナが体全体を使ってティーカップを用意して、お茶を注いでくれた。身長が二十センチ足らずの妖精コマイナにとって、篤紫や桃華の飲むティーカップはかなり大きく見える。

「それじゃ、この間お願いしたダンジョンコアの欠片の話って、もしかして覚えていない?」
『大丈夫です、そこだけはしっかり覚えていますから。
 でも、予定変更ですよ。コアの欠片で簡易ダンジョンを造る話は、やっぱり無しです』
「あらあら、それは困ったわね……」
「ええ……マジか」
 今回の旅行では、馬車の中の空間を拡張する予定でいて、それにはダンジョンコアの欠片が欠かせない。小さな宝箱程度までならば、無理矢理魔力を込めればダンジョン化させることができているけれど、馬車サイズともなると、やっぱり欠片であってもダンジョンコア自体が必要になる。
 いったいどうすればいいのだろうか……。

 篤紫と桃華が困った顔で首を傾げていると、妖精コマイナが机の下から何かを運び上げてきた。

『じゃじゃーん。今回はこの子にお願いすることにしたよ。
 そんでもって、私も旅に付いていきますよ』
 妖精コマイナの腕の中には、赤鉄色のダンジョンコアが抱えられていた。

 待って、妖精コマイナが付いてくるの?

 篤紫と桃華は、思わず顔を見合わせた。