7話 魔法と魔術


「すごいでしょ、カレラちゃんに教えてもらったんだ。
 お水とか、火とかも出せるけど、さすがにお家の中だと水浸しになったり、火事になったりしちゃうから、使っちゃだめなんだって」
 夏梛とカレラちゃんが、それぞれ手のひらに光の玉を出したまま、きゃいきゃい言いながら部屋を走り始めた。

 そうじゃない、問題はそこじゃない。

 確かにこの世界には魔法が存在しているようだけど、存在していることと、使えることには全く繋がりがない。
 そもそも、篤紫は魔法なんて、生まれてこの方使えたことがない。

 誰しもそうだが、テレビのアニメで魔法を使っているシーンを見ると、まるで自分も使えるような気がして、同じように呪文を唱えたことがあるはずだよな。
 ……え? そんなことしないって?
 またまたぁ、絶対やるでしょうに『燃えさかる炎よ出でよ、ファイヤーボール!』とかさ。


 でも当然、魔法なんて発動するはずがない。
 人間は魔法が使えないから、自然にあった火を使って、火をおこして、生活の基本とした。
 道具を発明していく中で、発動機を作り出し、電気を使った科学技術で一大文明を築いたわけだ。
 多少の奇跡とか超能力? はあっても、魔法は存在していなかった。

「夏梛……それは……?」
「うん、魔法だよっ」

 昔から、男子三日会わざれば、刮目して見よ、という諺もあるけれど、早すぎるでしょうに。さっきリビングで別れてから1時間も経っていない。
 そもそも男子じゃなくて女子、女の子だし。
 刮目というか、目を見開いて固まってしまったよ。

「魔法って簡単なんだよ、『うーん』ってやって『すーっ』って身体の中で動いたら『パーッ』って光るんだよ」
 わからないよ、夏梛……。

 篤紫はまた頭を抱えた。既に本日何回目かは、数えていない。

 コンコン――。

 ノックされたので、桃華が返事をしてふすまを開けた。
「アツシさん、モモカさん。ごめんなさい。
 カレラ、魔法を使ってもいいけれど、お客さんの周りを走り回ってはダメよ」
 騒ぎが聞こえたのだろう、ユリネさんが様子を見に来てくれたようだ。




「魔法を使うための条件ですか?」
 結局、またリビングに戻ってきていた。

 だって魔法だよ!
 夢にまで見た魔法!
 夏梛に使えるんだから、自分にも使えるはず。

 リビングには篤紫に桃華、ユリネさんにタカヒロさんの4人がテーブルを囲んでいた。
 子どもたちはまた子ども部屋へ、シズカさんは台所で明日の朝食の下ごしらえをしているらしい。

「人間族にはそもそも使えませんが、魔族であれば身体の中の魔力を使って、魔法を使うことができますよ。
 少し練習をしてコツを掴めば、使えるようになるはずです。

 私たちのような魔力器官を持っている魔族は、それこそ物心ついたときから使えます。ですから、危険性も含めて子どもに魔法の使い方を教え込むのです。
 そういう意味でも、アツシさんもモモカさんも、種族が魔族でしたから間違いなく使えますよ」
 ユリネさんのお墨付きが付いた。
 思わず篤紫は机の下でガッツポーズをした。

「じゃあっ、じゃあ。ファイヤーボール! とかできるんですね?」
「あの…篤紫さん……?」
 桃華に呆れられているようだが、この際関係ない。

「え……ええ、そうですね。
 魔道具を使った魔術の起動術式としての『FireBall』はありますが、あれは魔法が使えない人間族用ですね。
 魔族は体内に魔力器官があるので、魔法はイメージ次第で、自由に発動できますよ」
 異様にテンションが高い篤紫に、若干、ユリネさんは引き気味だ。

 ユリネさんが手をかざして、空中に拳大の氷球を作り出した。
 それを氷の馬に変化させると、天井を一周走らせる。氷の馬はそのままテーブルの真ん中に駆け下りると、着地と同時に一輪の花に変化した。
 そして弾けるように花びらが散り散りになり、キラキラと煌めきながら氷の粒になって消えていった。

「すごい……きれいだわ」
 幻想的な魔法に桃華が感嘆の声を上げる。
 感慨深いものがあった、昼間ヘルウルフから助けてくれた魔法の、また違う一面だった。



「このように、魔法は力そのものなんですよ。
 人を魅せる力であり、人を癒やす力であると同時に、人の命を奪う力でもあります。もちろん、守るための力でもありますね」

「一つ、質問いいですか?」
 魔法を使ってくれたユリネさんに、篤紫は首を傾げながら問うた。

「ええ、何でしょう」
「説明の中で、魔法と魔術の2種類の言葉が出てきましたが、魔法はだいたい分かりました。ですが、魔術とはどういったものですか?」
「魔術は、これですね……」
 篤紫の疑問に、タカヒロさんがテーブルの上にある透明な箱を指さした。箱の中には綺麗な石が入っていた。

「これが魔術を使った魔道具の一つです。
 上の蓋に魔術文字と魔方陣が書かれています。魔方陣の中に書かれた魔術文字が構成術式、外側に書かれた魔術文字が起動術式になります。
 この蓋が魔術の起動体ですね。これに触れながら、起動術式を読み上げると……『LightOff』」
 天井辺りに浮かんでいた光の玉が消えた。部屋が真っ暗になった。
「そして『LightOn』」
 再び光の玉が現れて、今度は部屋が明るくなった。

「手を離した状態でも、魔力を継続して供給するために、中に魔石が設置されています。
 魔道具に直接魔力を供給して、起動術式を読み上げても起動しますよ。
 この場合、魔力の供給をやめれば魔法の効果が消えるので『LightOff』の術式の読み上げは不要になりますが」

 今、気がついた。部屋の明かりは魔法だったようだ。いや……この場合、魔術なのか……ややこしい。
 蓋の文字をよく見てみると、書かれている文字は英語だった。
 魔方陣の外側に英語で『LightOn』『LightOff』と書かれている。魔方陣の中にはデタラメにアルファベットが書かれているが……。きっと意味があるのだろう。

 そういえば、何の考えも無しに日本語で会話できていたことに気がついた。今更ながらなのだが……。
 もしかすると、普段使われている文字は日本語なのか?
 周りを見回して見るも、調度品にわざわざ文字など書かれているはずが無く、確認することができなかった。


「つまり魔術とは、魔道具に刻み込んだ術式に魔力を流し、魔術言語で発動した魔法のことです。
 街灯の明かりも魔術ですし、魔道コンロや魔道照明など結構身近に使われていますよ。動力源が魔石なので、簡単な構造でかつ出力が小さいものになりますが」
 タカヒロさんの説明に、篤紫と桃華は感心して大きくうなずいた。
 そういえば、だいぶ話が逸れている。
 魔法が使いたいのだ!

「ちなみに、魔法を使うコツとかあるのですか?」
「ええ。魔族が魔法を使う場合に、魔力器官……心臓の右手側にある器官から魔力が全身を巡っているのですが。
 まず巡っている魔力を感じることができるか、が最初のポイントですね。
 血液と同じように全身を巡っているので、簡単に感じることができるはずですよ」
 と、ユリネさん。

 目をつむって、体になにか流れていないか探してみる……。
 ……。
 ……………。

 ……………わからん。

 魔力を感じようとしても、そもそも魔力がどういった感覚のものか分からなかった。魔力の流れも分からないし、魔力が何なのかも分からない。
 なんで夏梛は簡単に魔法が使えたのだろう……?

「魔力を感じることができたら、それを手のひらや、空中の任意の場所に集めて魔法現象として発露するのです。
 そのときに魔力がどういった形になるかイメージすることで、光になったり、氷、炎、石つぶてなど自由自在に形にできるのです」
 説明しながら次々に魔力を変化させて見せてくれる。

 ……ハードル高すぎ。

 ユリネさんもタカヒロさんも、笑顔で魔法を使ってくれたのだけれど、その笑顔がチクチクと胸に突き刺さってきた。
 善意なのは分かっている。
 魔族になって半日、説明されて分かるものではなさそうだ。

 結局、小一時間うなっていたのだが、篤紫も桃華もそろって魔力を感じることができなかった。


 その晩、篤紫と桃華は揃って枕を濡らした。