22話 逃避行


「そ、それって……?」
「たぶん、大きな都市を一瞬で滅ぼすことが出来る、大量破壊兵器……かな」
 もしかしたら、開けてはいけないものを開けてしまったのかも知れない。
 戦慄を覚えつつも一旦その部屋の扉を閉めて、他の部屋も探索して見ることにする。

 結果的に、他には湿気た弾薬があった程度で、とくにめぼしいものは見つからなかった。
 この時点で確実に、外れを引いたことだけは分かった。

「持って……行こっか」
「なっ、いや駄目だろう。これは複製されたら、本当の意味で地獄を見る物だぞ」
「だからこそよ。わたし達の手で、どこか人の手が届かないところ似持っていって、処分するしかないよ」
「いや、でも――」
「もう見つけてしまった。この状況は変えられないの。だから、これはわたし達の責任」
「本気か?」
「これを間違えても、ガンドゥン帝国に渡すわけにはいかないよ……」
 そう言って、アンジェリーナは下唇を噛んだ。

 確かにこのままここに置いておいても、誰かの手に渡るだけ。
 そして行く先は……ガンドゥン帝国が一番近い……。

「……行くか」
「うん……」

 もし、異次元収納なんてものがあれば、人知れずこの爆弾を収納して、ずっと隠しておけたのかも知れない。
 だけど、アンジェリーナに聞いても、そんな物は存在していないと言っていた。つまり、そのままの状態で運び出すほかに、運搬する手立てがない。

「ねえレイジ君。これいきなり爆発とかって、しないよね……」
「待って、それ確認していないぞ」
 二人で持ち上げた爆弾をゆっくり下ろして、一旦一息つく。
 結果的に、調べている途中で降りてきたいつもの謎知識によると、信管さえ外してしまえば大丈夫だと言うことが分かった。部屋にあった工具で所定の箇所を開けてみると、中に信管自体入っていなかった。
 そりゃそうか、信管なんてここで付けていたら、あったらいきなり爆発しちゃうもんな。

 あらためて、ゆっくりと二人で車まで運び真ん中の座席に横向きに乗せた。転がらないように周りを荷物で囲い、大きく息を吐いた。



 ただひたすら北へ、土むき出しの道の上を車で走っていく。
 いつの時代の道かはわからないけれど、地形に合わせて曲がりくねったり、坂に合わせて時には上って、時には下ったりしながら、草一本生えていない道をただひたすら走り続けた。
 人里を遠く離れているため、魔獣に襲われる頻度が多くなり、その都度車を止めてレイジとアンジェリーナは魔獣を倒さないといけなかった。

 それでも二人とも慣れたもので、危なげなく魔獣を屠り、順調に北上していた。


「アンジェ……?」
「うん、気づいてる。周りに誰かいるよね」
 山間の道、車が十台ほど駐められるほどの広い広場があった。
 周りが暗くなってきたので車を中心に駐めて、焚き火をたいて食事の準備をしていたところだ。すぐ側で、焚き火がパチパチと音を立てて燃えている。

 時折、道の途中に意図的に、こういった広く開けた場所が存在している。そこでは魔獣の襲撃一切ないことから、冒険者が野営や休憩の拠点に使っていた。

 今いる場所は、少し先まで草原で、その向こうには深い森が広がっている。
 その森の中に、誰かがこちらの様子をを伺っていた。

 狙いはたぶん、車の中にある爆弾だろう……。

「人数は……十人かな。けっこう厄介な人数だね」
「アンジェは人数までわかるのか?」
「魔力をね、薄く広く伸ばすといいよ。その上で、目を使って魔力を捉える。そうすると、木々が光って見えるようになるのよ。
 その時点で、人間は黒い影みたいな塊になるから、分別しやすいかな」
 気が付いていないふりをして、二人とも料理の手は止めていない。
 お皿を並べながら、普通に会話をしていく。それでもどうもすぐに襲ってくる気配が無かった。

 レイジは、言われたように魔力を薄く広く伸ばして、魔力を捉えようとして……盛大に失敗した。

「うわっ、目が――」
 視界が真っ白に染まる。慌てて目を閉じても、一度目にまとった魔力はすぐに消えないようで、完全に視界が閉ざされた。
 周りの奴ら、動かないでいてくれよ――そんなことを思いながらしばらくじっとしていると、徐々に視界が慣れてきて明るいままでも周りが見えるようになってきた。
 有り難いことに、レイジが視界を失ってる間も、周りの森に潜んでいるモノたちは動かずに待ってくれていたようだ。

「あのね、レイジ君。相変わらずやり過ぎだと思うんだ」
「す、すまん……やっぱり加減ができなくて、アンジェを危険な晒した……」
 同じように視界がいくらか回復したのだろうか、アンジェリーナが目をこすりながら頭を振っている。

「違うよ逆だよ。周りの人が、十人全員事切れているのよ。
 普通の人間をあんな高濃度の魔力で覆ったら、急性魔力中毒で一気に生命活動が停止しちゃうよ」
「……はっ? 意味がわからん」
 そのあと、アンジェリーナの指示通りに、広げた魔力を体内に戻していく。その途中、人型の影の周りにある魔力が欠けると、影が一気に崩れていった。まるで、液体のように。

 すべての魔力を戻して真っ白だった視界が戻ると、周りの様子が一変していた。
 せいぜい膝丈程度だったはずの草むらは、見上げるほどの大きさに成長して視界を一周塞いでいた。真上の空間は隙間なく、伸びてきた枝葉で覆われていて、さっきまで見えていた夜空は見えなくなっていた。
 二人の間に燃えている焚き火と、近くに駐めてある車が、ここがさっきと同じ場所であることを辛うじて証明しているようだった。

「あ、アンジェ。これはどういう状況なんだ?」
「見た通りよ。レイジ君の魔力が草原と森に染みこんで、一気に成長させちゃった状態かな。これ、もの凄いことなんだよ。
 木々と大地は、星の領域なの。
 わたしたち魔族や、魔獣たちが魔法を使うことで、その使った魔力が星に還る話は昨日したよね?」
「ああ、それは覚えているよ」
 星と魔族、魔獣に人間。その持ちつ持たれつの関係は、アンジェリーナが説明してくれてある程度理解しているつもりだ。
 ……人間は、話に出てきたっけ? うん、あまり記憶に無い。

「星はその力で魔獣を生み出すのだけれど、本当の意味で星がやっていることは草木の生育と、鉱物資源の生成だけなのよ」
「つまりあれか、自然全般ってことなんだよな?」
「んー、ちょっとだけ違うかな。
 たとえば雨は降るけれど、それに星は一切関与していないよ。風が吹いて、それが嵐になったりする時もあるけれど、それでも星は関係ないの。
 あくまでも、草木の生茂と地中の鉱物だけ。あとは、魔獣を生み出して魔力を生産させるのが、星の役目だよ」

 肉の焼けるいい匂いがしてきた。
 ここに来る途中で出てきた、猪の魔獣を解体して持ってきていた。塩と香辛料をかけて焼いていたのだけれど、中から染み出てきた脂で大半が流れていたので、もう一度上から振りかけた。
 それを切り分けて、二人で夕飯として食べた。

 さんざん落としたはずの肉の脂が、口いっぱいに広がる。
 何となく、思った。
 これが普通の冒険で、今この状態もちょっとした旅だったら、どれだけ良かっただろう。

 敵は、どこまで行っても敵なんだろう。
 レイジは恨めしそうに草むらを睨んでいた。



「ところで、アンジェはこれからどうするんだ?」
 散歩から帰ってきたレイジが、椅子に座りながら簡易テーブルに剣を立てかけた。
 お茶を淹れていたアンジェリーナの手が止まって、キョトンとした目でレイジを見つめてくる。
 ポットをテーブルに置いて、レイジの反対側に座って、ズズッとお茶を啜った。

「どうするって、一緒に行くよ。ここまで来て、今から別行動なんて言わないよね?」
「危険度が増してもか? 正直今ならまだ引き返せると思うが。
 密偵か暗殺者か分からないけれど、奴らはやっぱりガンドゥン帝国の関係者だった。通信機が生きていて、起動させたら帝国の諜報部に繋がったんだ」
 途端に、アンジェリーナが口に運んでいたお茶を盛大に吹き出した。
 それを見て首を傾げつつ、レイジもお茶を口に運ぶ。

「ねえ待って、レイジ君。何で通信の魔道具を起動したのさ」
「そりゃあ、証拠と言うか出自が分かる物が何もなかったからだよ。アンジェが言ったように、奴らは相当体に負荷がかかったみたいで、装備だけ残して全て溶けて地面のシミになっていた。
 狙いは何だったにせよ、十人全員を同時に音信不通にしたんだ。確実に相手が誰だか確認しておきたかったんだよ。
 俺はここから、さらにガンドゥン帝国に狙われる。命の危険度が格段に上がるだろうよ」
 アンジェリーナは反対側にいても分かるくらいの、大きなため息をついた。

「それでもわたしは、レイジ君に付いていくよ。
 命の危険なんて、冒険者をやっている以上常に付いてきているよ。それにわたしはエルフ、遅かれ早か敵的認定される運命にあるよ。
 まあ、ここら辺が潮時かな。あの爆弾を無事処理できたら、もう少しゆっくりしようかな。レイジ君と」
 あえて、フラグ立てたことは言わなかった。
 そんなことしなくても、ここから先、ガンドゥン帝国は襲ってくる。

 だったら俺は、全力でアンジェリーナを守ればいい。

「まあそれじゃあ、さっさとあの厄介物を処理しちゃおうか」
「うん、それがいいね」
 何となくコップを持ち上げて、お茶で乾杯をした。
 夜が、静かに更けていった。