レイジは大きく息を吐いた。
まだ、この男達がやったと決まったわけじゃない。
やったのは魔獣。きっとそうに違いない。
同じ人間なんだ。街を丸ごと侵略し、略奪。命を奪って破壊の限りを尽くす。
間違えても、そんなことがあってたまるか――。
「あ? 何だ、まだ生き残りがいたのかよ」
「ちげーだろう、こいつはついさっき、ここに来たんじゃねえのか? そんな車、この街に一台もなかったぞ」
「ああ、いいねえ。餌がわざわざ飛び込んできたってことか」
なにを……言っているんだ……?
男達は、何が楽しいのか全員揃って大声で笑い出した。
それぞれに得物を構え始めた。全員が右手に剣を、左手に銃を持っていた。一斉に銃口がレイジに向けられる。
「おい小僧、命が惜しかったらその車と、お前の命を置いていけ」
「ぎゃははは、どのみち命を奪うだけじゃねえか」
「あたりめーだろ。そもそも女以外は、いらねえ命だ。とっとと全部奪っちまおうぜ」
何だよ。
こいつら何なんだよ。
向けられた銃口から一斉に凶弾が撃ち出された。
呆然と立ちすくんでいたレイジは、八方から隙間なく飛んでくる弾丸を受け、あっさり命を失った。
そして、蘇る。
いつも通り、服に穴が開いているものの、五体満足でその場に立っていた。
レイジを囲んでいた男達は、全て黒い灰の山になっていた。風が徐々に、その灰を空に舞いあげていく。
周りの草木からは色が抜け、真っ白になっていた。
意味が分からなかった。
あの男達は、元キャンベリル王国軍の兵士だった。
辺りを調べていると車があって、中に軍服が脱ぎ捨てられていた。
何故ここで、略奪をしていたのか。
何故ここまで、町を破壊し尽くしていたのか。もう答えられる者はいない。
吹き抜ける風が、とても冷たかった。
レイジの蘇りは死した者の死骸すらも、等しく消滅させるようだ。
あれほどまで鼻をついていた死臭が、街から消えてなくなっていた。
「ここの街の人たちが、一体何をしたって言うんだ……?」
重く動かない体に鞭を打って、レイジは車に乗り込んだ。
そのまま運転席で、しばらく呆然と街を眺めていると、やがて辺りがオレンジ色に染まり始めた。
そして瞬く間に、夜が訪れた。
見上げた夜空にはたくさんの星が瞬いていて、自分が本当にちっぽけな存在だと言うことを突きつけてきた。
気が付くと、朝になっていた。
そのまま眠りについていたらしい。後席を漁ってパンと水筒を見つけると、一旦それで腹を満たした。
エンジンをかけて、崩壊した街を横切るように車を走らせる。
結果的にレイジのせいで完全に無人となった街が、窓ガラスの向こうに流れていた。
そして再びレイジは、荒野の道を走り出した。
魔獣のテリトリーに被らない地域は結構あるようで、それからもいくつかの街に寄ることができた。
ただ、その全てが破壊し尽くされていた。
やがて岐路にさしかかる。
一方は東へ、内陸に向かって道が延びていた。
もう一方は南へ、いつの間にか海は見えなくなっていたけれど、太陽を背にしていることから、道は確実に南に延びていることはわかった。
迷わず、レイジは南を目指す。
驚いたことに、岐路を過ぎるとしばらく街がなかった。
山を越え、谷を走り、複雑な地形を車で駆け抜けていく。時折、出現した魔獣を屠って、魔石を車の燃料にした。
道中を車の中で過ごし、少し食料が寂しくなってきた頃、生きている街に辿り着いた。
「なんだ、あんたよそ者か。だったら通行料は人が銀貨十枚、車は銀貨二十枚だな。
払えないんだったら、街の壁沿いに東でも西でも回っていきな。まあ道があるかは知らねえがな」
おとなしく銀貨三十枚を払って街に入った。
鉄貨換算で三十万枚、門番に払うだけにしては意味が分からない金額だった。
感覚が、おかしくなってきていた。
そうして入った街は、荒廃していた。
人はいる。ちゃんと生活していて、往来も店がある。
ただ、みんな顔が暗かった。
「はっ、あんたよそ者かい。だったら黒パンは銅貨五十枚、白パンは銀貨一枚だよ。買わないならとっととあっちに行ってくれ」
レイジが視線を値札に向けると、慌てて店主が起きていた値札を倒していった。
ただ、一瞬で強化した目にはその値段がしっかりと見えた。
黒パンは銅貨十枚していた。
こんな金額はあり得ない。それに、意味か分からない。
物価が高い。それも想像以上に。
レイジが知っている黒パンなんて、よくて銅貨一枚。
この街は、何かがおかしかった。
何故か怯えている店主をじっと見つめて、レイジは言い値で白パンを買った。
代金を払う時、店主の手が震えているのが印象に残った。
雑貨屋も、果物屋も同じだった。
野菜屋でも、宿屋ですらも、レイジがよそ者だと分かると、途端に足下を見てきた。
ほんと、意味が分からなかった。
必要なものだけ言い値で買うと、レイジはそのまま街を抜けた。
結局街を出る時にも、そこの門番に銀貨三十枚支払った。
最後まで、意味が分からなかった。
関わるつもりもなかったから、そんな物なのかも知れない。
もしかしたら悪政に苦しんでいたのかも知れないけれど、俺はそれ以上に搾取された。
同情する気にもなれなかった。
もう、財布は空っぽになっていた。
海が見えてきた頃、突然後部座席からアラーム音が鳴り響く。
びっくりしたレイジは、とっさに急ブレーキを踏んだ。
後で考えても、何でその時に思いっきりブレーキペダルを踏みつけてのか、全く分からなかった。
タイヤが完全にロックした車が、体勢を崩して横滑りしていき、道から外れて脇の茂みに突っ込んだ。
そのまま止まれずに横転して、次々に木々をなぎ倒していき、勢いが衰えぬまま下り坂に出る。当然転がりだした車は止まらず、必死にハンドルにしがみつくも、車内の荷物が派手に散らかった。
そして長い間転がった末に、大木にぶつかって、腹を横に向けた状態でやっと止まる。
シートベルトをしていて、よかったと思った。
「鳴っているのは……これか。何だよ、目覚まし時計? いや意味分からん。こんなの載っていたのかよ」
滅茶苦茶になった車内から、一旦全部の荷物を車外に運び出した。
街で買った食料は、半分ほど駄目になっていた。それらを分別して、麻の袋に放り込んだ。
そう言えば、物資を一通り車に積んであるって言っていたっけ。
今まで確認する気も起きなかった。
リュックサックがどうしても気になって、中を開けてみた。
そこには四角い板と、手紙が入っていた。
『レイジ君へ。
この手紙を読んでいると言うことは、たぶんわたしは死んじゃっているんだと思う。
なんかね、書かないといけないと思って筆を執ったんだけど、何でかな? 紙と書いている字が滲んでて、自分でもちゃんと書けているのかが分からなくなっているの。変だよね。
今はね、レイジ君から魔力を受けた直後だよ。
車の中で目が覚めて、隣にレイジ君が居たから少し安心した。
わたしはね、ずっとひとりぼっちだったんだ。レイジ君を初めて見て、ビビッと来たんだよ。
だから、ずっと一緒にいたいって思ったんだ』
レイジは手紙を落としそうになって、慌てて手紙を持ち直した。
これは……アンジェリーナの書いた手紙……?
いや、なんで? こんなのあり得ないぞ……。
手紙はまだ続いていた。
『さて、ここからが本題だよ。
未来視でね、ずっと遙か未来にレイジ君が生きているのが見えたんだよ。
使えるのは一回だけみたいで、そのあと何回念じても見えなかったんだけどね。おかげで寝不足になっちゃった。
レイジ君ね、すごく悲しそうな顔をしていた。色々と、辛いことがあったんだね。悲しい顔をして、この手紙を読んでいた。
だから、このあと一緒に手に入れる予定の爆弾、託すよ。
実はこれから、森の中の施設に向かうんだ。未来視の通りなら、いまレイジ君の側にある爆弾が、その施設にあるはずなんだ。
板状の設置タイプのものだから、レイジ君も気が付かないと思うんだよ』
リュックサックの中に入っていた四角い板を取りだした。
知識が、降ってくる。
これも……魔素消滅爆弾。それも時限式で、この間より高性能の……。
「なんで……そんな、ばかな………」
いつの間にか頬が濡れていた。
あの日、レイジが渡した魔力がアンジェリーナの体の中に入って、何かの能力を覚醒させたというのか。
本当に、未来視だけだったのか……もう、確認する術はない。
『でも、手に持っているところまで見えたから、間違いないと思う。
それで、ここからがレイジ君にお願いしたいことなんだけど……。
南のね、魔術塔にそれを使って欲しいの。
南極点って言うのかな。そこに大きな塔が建っているから、それを壊して欲しいの。そうすれば救世主が現れて、世界をあるべき姿に変えてくれるって。
まさかね、エルフの伝承をここに書くことになるとは思わなかったけど』
エルフの……伝承? いったい何のことだ?
『手紙じゃなくて、隣に立ってその景色を一緒に見ていられたら、ちゃんと伝承教えてあげる。たぶん無理なんだけどね。
その大木が入り口になっていて、南極まで続いているの。
だから、お願い。
南極の魔術塔を破壊してね。
そしてもう一度……あなたに会いたい』
手紙はそこで終わっていた。
何だか一気に力が抜けて、レイジはその場に仰向けに倒れ込んだ。
手紙の真偽のほどは分からない。
ただおれは、もうどうすればいいのかすら、分からなくなっていた。
筆跡を知るほど、アンジェリーナのことを知り尽くしているわけじゃない。
でもこの手紙は、確かにアンジェリーナのものだ。
視界には、どう見てもこの場所にそぐわない大樹が、これでもかというくらい枝葉を広げていた。
風が吹いて、大樹がざわざわと音を立てて揺れている。
レイジは大きく息を吐いた。
分かったよアンジェリーナ。
今から俺も、そっちに行くよ。