ep2 わたしはすごくお腹がすいた。本当にだ


 エルフの村のみんなを弔っていたら、いつの間にか夕方になっていた。
 村の外を見ると、戦場の中だっただけあって、見える範囲には焦土以外に何もなかった。未だに、焦げ臭い匂いが辺りに漂っている。
 麗奈は、あらためて自分の服装を見た。思わず大きなため息が漏れた。

 制服……穴だらけになっちゃったな。まだ新しいのに。スカートはもうびりびりに破れていて、使えないな。
 ここの村に着られる服がないかな。ごめんね、使わせてもらおう……。

 さすがに、死んでも蘇ることができるからといって、あえて夜になってまで外を出歩く気にはなれなかった。斬られれば普通に血が出るし、それ以上に痛いことには変わりは無い。
 父親が警察官だったから、空手と剣道だけは小さい頃から習っている。ただそれでも、現実に命をかけて戦えるかと聞かれると、無理だと思う。
 異世界に来たからといって、体の性能が格段に上がっているわけじゃないし、逆に現地民に比べると遙かに劣っていることは分かる。

 昼間、背中から刃物で刺されたときも、刺されてから初めて人の気配に気がついたほどだ。明らかにためらいが無かった。
 ただ何となくだけれど、持久力だけは上がっているように感じた。

「ごめんね。服、見させてもらうよ」
 比較的に被害が少ない家の中に、開けっ放しのクローゼットがあった。金髪と銀髪の男達は、金目のものにしか興味が無かったようだ。クローゼットの中にはまだ着られそうな衣装が掛かっていた。
 穴だらけの制服を脱いで、女物の服を羽織った。思わずため息が出る。
 胸がきつすぎる。それに腰回りだって何だか届かない。

「別に太っているわけじゃないんだけどな……」
 体型には自信がある方だ。それでも、華奢なエルフにはどうやっても敵わない。諦めて男物の上衣を着ると、何とか着られそうだった。そのまま諦めて男物のズボンをはいた。

 周りは物音一つしない。
 既に戦場が移動しているのもあるけれど、戦場荒らしとも既に遭遇した。つまり、ここにはもう、価値があるものが何一つとして残っていないことになる。
 麗奈は小さく息を吐くと、近くにあった厚手の布をもって部屋の隅にうずくまった。周りがあっという間に暗くなっていく。

 すごく、眠い……。
 体も重いし、何だかとても怠い。頭も何だかじんじんする。
 疲れたのかな。何だか一日動き回ったもんね。

 外から見えないように、しっかりと布にくるまった。物音がしたら見えるように、目の部分だけは開けておく。
 少し体の力を抜いたら、もう枯れたと思っていた涙が、目から止めどなく溢れてきた。口に手を当てて、漏れそうになる嗚咽をぐっと飲み込んだ。
 しばらくすると、静かな寝息が聞こえてきた。風が強く吹き始めていた。



「……やっぱり、夢じゃなかったんだ……」
 目が覚めると、いつの間にか体が横になっていた。包まっていた厚手の布から、いつの間にか頭だけが出ている。のそのそと、厚手の布から抜け出した。
 まだ辺りは、日が昇り始めたばかりのようで、うっすらと明るくなった程度だった。吐く息が白い。

 っていうか、寒いよ。昨日は一生懸命だったから分からないけれど、肌に感じる温度は思いの外冷たいよね。
 もしかして、冬なのかな……。

 起き上がった麗奈は、窓の外を見て絶句した。
 一面真っ白の雪景色だった。少し奥まった家に寝たから見えないけれど、恐らく戦場だった場所も、全て雪原に変わっているはず。
 状況は既に、絶望的だった。
 胸が締め付けられるような気がして、思わず唇を噛んだ。しゃがみ込んで、涙が出てこないように、唇をきつく噛んだ。

 しばらくじっとしていると、何とか気分が落ち着いてきた。

 この先命を落とす度に、何度でもあの月と星の石に蘇ると思う。たぶんわたしは、人間を辞めちゃっているんだろうな。
 だったら、もう死なないように、強かに生きていくしかない。あの残酷なだけの人間になんて、負けてなるものか。

 そう決意を新たに、麗奈は立ち上がった。それと同時に、お腹がクーッと鳴った。
 そっか、わたし。昨日から何も食べていないんだっけ。

 昨日は夕暮れで見えなかったけれど、ベッドすらもひっくり返したのだろう。床に干し草が散らばる部屋を抜けて廊下に出た。
 あまりの寒さに身震いして、ベッドルームだった部屋に戻って、クローゼットから厚手の上着を探して上に羽織った。

 リビングも酷く荒らされた後だった。棚だけでなく、ソファーのクッションすら引き裂かれて、中の干し草が辺りに散らかっていた。
 その干し草の一部が血に染まっていて、麗奈は思わず目を逸らした。
 確か昨日、ここでなくなっていたエルフを二人、庭に埋葬したんだっけ。

 そのままリビングを抜けて、麗奈はキッチンに向かった。



「ここも、しっかり荒らされた後なのね。ひどいな……」
 キッチンは、文字通りひっくり返されていた。食べられるものは持ち出された後で、あとは丁寧に床にぶちまけられていた。
 すえた匂いが辺りに漂っている。

 おかしいな。ここの集落が戦火に襲われたのも、あの二人組が戦場荒らしをしたのも昨日のことだったはず。
 季節は冬みたいだし、そんなに早く駄目になるとは思えない。

 ふと、体の感覚がなくなってきた。思わず麗奈は、キッチンの入り口で膝をついた。なんだろう、おかしい。体がいうことを利かない。
 声を出そうとして、口から何か温かいものが溢れてきた。胸元を見てゾッとした。口から血が溢れていた。

 視界が霞む。
 もしかして、毒が撒かれていたのかな?
 体に力が入らなくなってきた。前屈みの状態が支えられなくなって、そのまま前のめりに床に倒れ込んだ。
 呼吸も苦しい。呼気を吐く度に、血が溢れ床に広がった。涙が出てくる。戦場が安全なはずがなかった。完全に油断していた。

 体が冷たくなっていくのを感じながら、そのまま意識を手放した。



「……あ。体が動く」
 また、蘇った。これは死ねない呪い……。

「そっか、わたし死ねないんだね……」
 冷たい石の上で、麗奈は体を起こした。幸いなことに、服はさっきの家で着替えたままだった。服を真っ赤に染めていた血の跡は、しっかりとなくなっている。何か、不思議な力が働いている感じだ。
 そのまま、月と星の石の上で膝を抱えて座った。

 辺りは、一面に真っ白だった。ちょうど麗奈が座っている石の上にだけ、雪が積もっていなかった。
 黄昏れていても体は正直で、お腹かクーッと鳴った。

「この世界は、わたしに何を求めているんだろ……」
 ぽつんと一人。当たり前だけれど、誰も答えてくれない。
 そもそも、星が落ちてきてここに飛ばされて、何のためにここに居るのかすら分かっていない。

 よくあるラノベの展開だったら、神様に会って色々説明を受けて、そのうえで異世界に飛ばされるはず。
 チートといえば、この死んでも蘇る体だけ。自分では呪いだと認識しているから、全然ありがたくない。死ぬのだって、普通に痛いし苦しいし。

「ステータスオープン……なんて、意味ないよね」
 ここはゲームの世界じゃない。思いっきり現実だ。視界には何も出てこなかった。麗奈の口から大きなため息が漏れた。

 もう、あの集落には行けない。
 きっと、他の家にも毒が撒かれているはず。食べ物の入手は絶望的だと思う。
 戦争では当たり前の光景とは言え、現実はあまりにも残酷だった。あれじゃもう、あそこには誰も住むことが出来ないじゃない。
 やっぱりわたしは、異世界の奴らを絶対に許せない。意味が分からないもん。

 ふたたび、麗奈のお腹が鳴った。
 あんなことがあっても、やっぱりお腹はすくらしい。

 積もった雪のせいで、完全に方向が分からなくなっていた。
 立ち上がって、大きなため息をついた。空は腹が立つほど青く澄み渡っていた。雲がゆっくりと流れていく。

 取りあえずそのまま、向いた方向に足を踏み出した。