ep27 わたしは自分の目で世界を見た。全て崩壊していた


 麗奈は、時速二千キロの速度で大空を飛んでいた。
 ちょうど二時間程前に朝日が昇って明るくなったので、赤道付近にあった小島で、アッシュに貰ったお弁当を食べた。
 二段弁当の上には、タコさんウィンナーに卵焼き、炒りゴボウに生姜焼きとか、何だか懐かしいものがいっぱい入っていた。当然、下にはご飯があって梅干しが乗っていた。
 思わず日本を思い出して、お弁当が霞んで見えた。
 もちろん水筒の中身も冷たくした緑茶だったよ。やったね。

 アッシュ達にしてみれば普段食べているおかずだったんだと思うけれど、正直反則だよ。絶対に狙っているよね。
 こういう所は、世界が違っていても日本なんだなって思う。
 そう言えば、メルフェレアーナが造ってくれたご飯も、大概がこんな感じの和食だったっけ……。


 南極まで三時間を切って、何となく油断していた。

 北極を出発してから七時間。麗奈は、時差のことをすっかり忘れていた。
 時計はシーオマツモの経度が基準だったから、地球で言う太平洋のど真ん中を飛んでいくと、二時間から三時間の時差ができる。

 日差しが、太陽の光が突然眩しくなった。
 まるで空気の層にぶつかったかのように、あきらかに飛ぶ速度が減少し始めた。思わず麗奈は重力を減衰して一気に減速した。
 その場で静止して、辺りを見回してみる。

「えっ……何が起きているの?」
 海が大きな川のように東に向かって流れている。海流なんかじゃない、海全体が動いている。
 と同時に東の方から海面の泡立ちが麗奈のいる方に向かって、押し寄せるように進んできた。遙か下方にある海面が、一面に泡を吹き上がらせながら沸き立ったのが分かった。
 周りの気温が急上昇を始める。
 遠くに見えていた島が燃え上がるのが見えた。

 そう言えば、赤道付近で休んだときにやけに森の緑が新しかった。
 まるで一晩で新しく再生したかのように……。

「あぐっ……暑い、それになにこれすごく熱い……あがっ――」
 照りつける日差しがさらに強くなる。空気の温度がどんどん上昇している。
 光も強く白くなっていって、強烈な光で全てのものが焼き尽くされていく。
 海面は一気に蒸発して、海底がむき出しになっていた。

 頭がもうろうとしてきて体の制御が効かない。魔法が維持できなくなってふらっと落下していく。
 周りが光で真っ白に染まる。
 そして再び、麗奈の体は焼滅した。




「かはっ……」
 そして麗奈は、再び蘇った。

 知らない天井だった。
 体が思うように動かない。

「えっ、メルフェレアーナさん。どうしてここに?」
 誰かが駆け寄ってくる音が聞こえる。じきに視界の端に、レイフォールの心配そうな顔が見えてきた。
 駆け寄ってきたレイフォールは、麗奈が動けないことに気がついて、慌てて周りのみんなに指示を出し始めた。

「きゃっ……」
 そのまま麗奈はレイフォールに抱きかかえられた。
 部屋は北極の魔術塔、星の石が置かれた部屋と全く一緒の作りだった。周りに人間族と悪魔族の合同チームが、麗奈の姿を唖然として見ていた。
 レイフォールは、麗奈を抱きかかえたまま走り出した。

 そうか、わたしは南極に飛ばされたんだ……。

「アッシュからそれとなく聞いていましたが、メルフェレアーナさんは、月の石に蘇ったのですね。
 誰にやられたのですか? 絶対に許せませんね……」
 階段を上がり、扉を開けた先がエントランスになっていた。塔の構造は北の魔術塔も南の魔術塔も、全く一緒なんだね。
 そのまま魔道エレベーター脇のエレベーターで二階の仮眠室に運ばれて、そっとベッドに寝かされた。
 ちなみに運ばれている間、麗奈の顔はずっと真っ赤になってた。近くで見たレイフォールって、やっぱりカッコいいんだもん。胸キュンだよ。

「体の方は……」
「うん。少ししたら動けるようになるよ、心配かけてごめんね」
「そうですか。しばらくここで待っていますね。
 それより、相手は確認できていますか? 絶対に見逃すわけにはいきません」
 レイフォールが本気で怒ってくれている。

 でも、ちょっと言いにくいんだけど……。
 死んじゃったけど、殺されたわけじゃ無いんだよね。
 って言うか、あの光って午後だけ光るんじゃないの?
 どうして午前中も照射されるのかな。すっごく熱かった。
 持ち物がみんな燃えちゃったし。
 知っていたら、もっと早くに北極を出たのに……。

「えっと……太陽?」
「太陽さんですか、始めて耳にしましたね。新しい勢力ですか、来襲したのは南の方向からですか……まずいですね……」
「あ……いや、そうじゃないのよ」
 レイフォールの新しい一面が見られて、何だか嬉しくなっちゃった。
 いつも真面目だから、こういう時も口調は真面目なんだけどね……太陽さんって……ふふふ。
 いや、そうじゃなくて――。

「えっ……違うのですか……?」
「うん。太陽さんじゃなくて、空に輝いている太陽に灼かれたの」
 レイフォールが目を大きく見開いて固まっている。
 そりゃそうだよね。私だっていきなり言われて分かるわけないもん。アッシュはすぐに分かったみたいだけど、絶対にアッシュの方がおかしいよ。悪魔族ってすごいんだなって思ったけれど。

 その後十五分くらいして、やっと体が動くようになった。
 それまでに一通り説明を済ませたんだけど、レイフォールは申し訳なさそうに横の椅子で肩を落としていた。

「あ、いやでも、レイフォールが悪いんじゃないんだよ。アッシュも言っていたけど、魔方陣が完成して魔術が簡易起動した時に、地軸? が、ぶれる可能性が高いって言ってた。予定範囲内なんじゃないかな」
「チジクですか……やはり、悪魔族の方々は博識なのですね。
 それならば、月の石の起動をお願いしないといけませんが……体調は大丈夫ですか?」
「任せて、体調は完璧だよ。さっき復活したばっかりだけどね」

 そのままエレベーターに乗って、レイフォールと二人で月の石まで戻った。
 月の石に手を当てる。そして魔力を流し込んだ。
 麗奈の魔力が月の石に染みこむように流れていく。そのままイメージ通りに、周りの魔方陣が輝き始める。白く、そして紫色に輝いたところで染みこんでいた魔力が止まった。
 麗奈が手を離すと、魔方陣の光が上の方に立ち上がっていく。

 リンゴーン……リンゴーン……リンゴーン――。

 星が音を立てている。
 地下深くにいるはずなのに、空間が揺れている感覚。
 十分ほど鳴っていた音は、その後徐々に小さくなっていった。

「北の魔術塔は昨日のうちに起動しているから、これで魔術塔システムが完成したのかな?」
「そうですね、完全に起動したとみていいと思います。ところで、これはどうやって使えばいいのですか……」
「ああ、それはね――」
 あとはナナナシアから貰った知識にあったから、みんなに説明することにした。

 やったことは、星に魔力が戻るための端末を作ること。
 麗奈の場合は持っていたガラケーが使えるけど、平面が十センチ四方以上確保されていれば、材料は何だっていい。最初は星の石か月の石に端末にする素材を接触させて、ソウルメモリーを登録することができる。
 あとは、それを持って行ってそれぞれの地域で、大きい魔晶石に背面接触させることで、上位端末であるソウルブロックを一回だけ作ることができる。
 それからはその作った上位端末から、最初と同じように元材料を接触させて、ソウルメモリーが作れる仕組みだ。
 ちなみに個人同士の背面接触による端末複製に回数には制限がない。

「つまり、ここからは地道な伝達作業をしていかないといけないのですね」
「そうだね、そうなるよ。とりあえず私は、シーオマツモ王国まで飛んでソウルブロックを作ろうと思うよ。アッシュも向かっていると思う……から……」
 そこまで言いかけて、麗奈は息を呑んだ。

 アッシュ、朝になったら出発するって言っていた。
 午前中も光に灼かれるって知らなかったから、朝日が昇ったら出発しているはず。
 やだ、どうしよう。アッシュが焼滅しちゃう。

「ね……ねえ、レイフォール。今って何時?」
「今ですか、そろそろ十時でしょうか……どうかしたのですか? もしかして……アッシュが?」
 麗奈は慌てて駆けだした。
 階段を上って魔道エレベーターのボタンを押す。

「メルフェレアーナさん、私達も準備ができ次第シーオマツモ王国に向かいます。距離的にアッシュ達の方が先に着くはずです、ですから――」
 追いかけてきたレイフォールが声を張り上げる。
 麗奈は最後まで聞かずに頷きだけ返すと、扉を閉めて魔道エレベーターを上昇させた。
 南の魔術塔の屋上に出ると、海から水が集まってきて氷が盛り上がっていくところだった。
 ゆっくりと地形が戻って言っている。星の修復が始まっているのかな。
 たぶん軸のブレは、星にとっても想定外だったんだと思う。

 麗奈は大空高く舞い上がり、一路シーオマツモ王国を目指して飛び立った。


 凄惨な景色が広がったいた。

 行く先々で都市が、街が全て崩壊していた。
 超高速で飛んでいても、高高度を飛んでいても分かる。文明が全て、光によって灼かれ、そして壊滅していた。
 飛びながら思わず、両手で目を覆った。

 たくさんの人が命を失ったと思う。
 生き残っている人がいるのか、まったく見当が付かない。
 ただあの日、最初に麗奈が焼滅した日、ダンジョン化したシーオマツモのお城は燃えずに残っていた。
 もしかしたら、ダンジョンなら安全なんじゃないかな。

 一抹の希望を胸に、麗奈はシーオマツモのお城に急いだ……。