ep4 わたしはエルフの老女と話をした。胸が痛んだ


「さあ、そこに腰をかけて。いまお茶を淹れるわ」
 縁側まで手を引かれて、そのまま腰をかけるように促された。麗奈は俯いたまま、ゆっくりと縁側に腰をかけた。
 何となく懐かしい景色だった。昔小さい頃、田舎に行ったときに白崎のおじいちゃん家に縁側があって、よく座って景色を見ていたのを思い出した。

 また、涙が溢れてきた。どうしちゃったんだろう、わたし……。
 絶対に負けないって誓ったのに、この家を見たらどうしようもなく寂しくなっていた。
 そう言えばこの間、おばあちゃんのお葬式に行ったときに、可愛い女の子がいたっけ。確か名前は、夏梛ちゃんだったかな。
 今年から保育園に通うって言ってた。ずっと後ろを付いてきてくれて、可愛かったな……。

 思い出に浸っていたら、麗奈のお腹がクーッと鳴った。思わず苦笑いが漏れた。昨日から何も食べていないからか、体は正直だった。
「あら、お腹がすいているのね。待ってて、食べるものを持ってくるわ」
 ちょうどエルフの老女が近くまで来ていたようだ。麗奈の横にお盆を置くと、再び家の中に入っていった。
 お盆に乗ったコップから、緑茶の優しい香りが漂ってきた。

「いただきます……」
 口に付けると、思っていたとおりの緑茶だった。甘みの後に、優しい渋みが口に広がった。
 今となっては、もう懐かしい口当たり。もう、二度と口にすることができない、日本の味……。

「あらあら、また泣いているのね」
 エルフの老女がそっと涙を拭ってくれた。気づかなかったけど、また涙を流していたみたい。顔を見上げると、優しい笑みが浮かんでいた。
「ありが……とう……」
 麗奈の口から出た言葉は、すごく小さな、耳を澄ませないと聞こえないくらい小さな声だった。エルフの老女はしっかりと頷いてくれた。
 聞こえたんだ……。胸が温かくなる。

「はい、これ。口に合えばいいのだけれど」
 差し出された皿の上に乗っていたのは、おむすびだった。
 麗奈は大きく目を見開いた。エルフの老女は、そんな麗奈の隣にそっと座った。一緒に持ってきたのだろう、急須を傾けてお茶を淹れてくれる。

「名前、言っていなかったわね。今さらだけれど。
 わたしの名前は、メルフェレアーナ・メナルア。さっきも言ったけれど、エルフよ」
「えと……鳴海麗奈です……」
「ナルミちゃん? それともレナちゃん?」
「名前が麗奈です……」
 メルフェレアーナは、麗奈の頭を優しく撫でる。そのまま、おむすびが乗ったお皿を、驚いたままいた麗奈の手にそっと乗せてくれた。
 そのタイミングで、また麗奈のお腹がクーッと鳴った。顔が真っ赤になる。

「ほら、レナちゃん。早く食べなきゃ」
「は……はい」
 そっと受け取って。震える手でおむすびを口に運んだ。
 塩がしっかりと効いていた。噛みしめると、お米の甘みと合わさって優しい味に変わる。二口食べると、中から真っ赤な梅干しが出てきた。
 一口一口、噛みしめて食べた。また涙が出ていたのか、途中でメルフェレアーナがハンカチで目元を拭ってくれた。

 一日ぶりに食べたおにぎりは、少しだけ涙の味がした。お腹にスッと落ちていく感覚があって、そのあとに胸が温かくなった。
 お礼を言おうと思って顔を向けると、今度はメルフェレアーナが大きく目を見開いていた。

「その魔力、すごいわね……もしかして、昨日くらいから何も食べていなかったの?」
 麗奈が首を縦に振ると、感心したかのように大きく頷いた。逆に、麗奈は首を傾げた。なにか食べたおにぎりと関係あるのかな。
「その顔はわかっていない顔ね。もしかして、記憶を失っているのかしら」
 麗奈は、やっぱり何のことだかわからなくて、首を傾げた。そもそも、この世界のこと何も知らない。

 そこで説明してくれたたことは、麗奈にとって衝撃的なことだった。
 麗奈は、魔力を持っている。
 その魔力は、食事をすることによって回復させることができるらしい。
 もし何も食べずにいると、時間の経過とともに徐々に上限値が減っていって、倒れるほどにまで空腹になると魔力がゼロになって回復できなくなってしまう。

 それを聞いて麗奈が慌てて、魔力が無くなったら困らないか聞くと、大きく目を見開かれた。すぐに質問の意味がわかったのか、メルフェレアーナは麗奈の頭を優しく撫でてきた。
 食事さえすれば上限値は最大まで戻るから、普段は気にしなくてもいいと。ゆっくりと丁寧に教えてくれた。


「少し落ち着いてきたわね」
 淹れてくれたお茶を飲んですいると、メルフェレアーナがまた新しいお皿を持ってきて、麗奈の隣に腰をかけた。
 お皿の上には大根のような野菜の漬け物がのっていて、爪楊枝が二つ刺さっていた。いただきます、そう告げて口に運ぶと、見たままの大根の漬け物だった。

「レナちゃんはさっき、初めて顔を見たときに、すごく辛そうな顔をしていたのよ。それこそ、すぐにでも崩れ落ちそうなほどに。
 カントゥー平原で人間族が戦争をしていたのは知っているわ。確かあの近くにエルフの集落があったわね」
 麗奈の手が止まった。口の前まで持ってきていた漬け物を、そのままゆっくりと皿に戻した。思わず下唇を噛んでいた。

「間に合わなかったんです。わたしが戻ったときには、もう……」
 麗奈は、昨日あったことをメルフェレアーナに話した。崩れた家屋に、荒らされた室内。明らかに戦火に巻き込まれていた。
 胸を抉られていたエルフ達の亡骸を、埋葬した話をすると麗奈は、メルフェレアーナが伸ばしてきた手でしっかりと抱きしめられた。
 心なしか、メルフェレアーナからだが震えているように感じた。

「魔法の応酬はここからも見えたもの。レナちゃんのせいじゃないわ。集落は真っ先に狙われていたから。
 あそこの集落は、今までは人間族とうまく取引をして暮らしていた。でも戦争は、そんな関係すらも無視することができるのよ」
 メルフェレアーナは、そっと麗奈から体を離すと、空を見上げた。

「何回も警告したのだけれど、あの集落のエルフ達は誰も聞く耳を持たなかったわ。たまたま関係が上手くいっていたから、慢心していたのね。
 人間族にとって、私たち魔族はただの資源でしか無いのに」
「えっ? どういう……ことですか……」
「本当にみんな忘れてしまっているのね。よほど辛いことがあったのね」
 メルフェレアーナは、視線を戻して麗奈の目を見つめた。柔らかい風が木々を揺らしながら、麗奈の頬を撫でていく。

「人間族は、魔法を使えないの。その代わり魔石や魔晶石を使って、魔法を使うことができるのよ。
 その中でも性能がいい魔晶石を持っているのが、私たち魔族なの」
 思わず麗奈は、両手で口を押さえていた。
 あのエルフの少女の胸に開いていた穴は……。

「戦争に紛れて、瀕死のエルフが襲われいたはずよ。
 魔族の魔晶石は、生きた状態で取り出すと、角が無い丸いままの魔晶石になるらしいのよ。性能は変わらないのに、価値が高いらしいわ」
 麗奈は息を呑んだ。
 だからあの時、あの金髪の男と銀髪の男は急いでいたのか。

「わたしがエルフの耳を切った理由でもあるの」
 やっぱり、声が出ない。目を見開いて、メルフェレアーナの瞳を見つめることしかできなかった。
 少し前にお茶を飲んだはずなのに、喉はもうカラカラに渇いていた。
「耳が丸ければ、体が華奢なだけ。人間と変わらないわ。
 エルフの誇りよりも、生き残ることを優先した結果なのだけれど、おかげで私は森の集落を追い出されたわ」
 思わず麗奈はメルフェレアーナに抱きついていた。また涙腺が崩壊していて、嗚咽が漏れる。そんな麗奈の頭を、メルフェレアーナが優しく撫でてきた。

「レナちゃん。魔法を覚えなさい。実は私はもう、長くないのよ」
 思わず麗奈は顔を上げた。
 なんで、どうしてそんなこと言うの。そんな悲しいこと言わないで。
 だけど声が、肝心の声が出てこなかった。胸が苦しくなる。

「あなたのその魔力ならば、魔法の力は何者にも負けない本当の武器になる。絶対的な力よ。
 私はもう三千年生きたわ。間違いなく、エルフとしては大往生よ。この私の最後の命を、レナちゃんに全部あげるわ。
 たぶん、私たちが出会ったのは、必然なのね」
「お……かあさん……?」
 思わず、口に出ていた。

「はい、わたしのかわいい麗奈……」
 日だまりの縁側に二人座りながら、二人の瞳からあふれる涙は少しだけ意味を変えた。