11話 篤紫の仕事と桃華の憂鬱


 あれから数日、タナカさんのお宅にお世話になった。
 羊のオルフェナは喋るペットとして、普段は夏梛が大事に抱えている。オルフェナの方も満足しているようで、とりあえず問題はなさそうだ。
 どうやら車の状態と羊の状態は、簡単に切り替えられるらしい。タナカさんちの裏庭で、光を纏いながら車に変化したときは、全員で腰を抜かしたものだ。



 今日は移民手続きが完了したと言うことで、細かい資料をもらいにスワーレイド城を訪れていた。
 本日も手続きをしてくれるタナカさんを筆頭に、篤紫、桃華、夏梛、そしてオルフェナというメンバーである。
「あら、今日はかわいい羊さんがいるのね」
 先日の受付嬢モリモトさんが、オルフェナを見て目を輝かせた。
 ちなみに、今日も夏梛が大事に抱きかかえている。
『うむ、我の名はオルフェナという、よろしく頼む。ええと……すまぬが……』
「サナエと申します、オルフェナさん」
『サナエ殿であるか、家族共々世話になる』
 普通に受付嬢と羊の会話が成り立っている、不思議。


「まず住宅の候補として、タナカさん宅の近所にある家を、使っていただくことができます」
「貸し出し手続きをしてあった、私の実家ですね。第一候補で推していたものが通ったようですね」
 最初の候補としては、タカヒロさんの生まれ育った家が借家の対象となっているようだ。

「タカヒロさんの実家、とのことですが、今は誰も住んでいないのですか?」
「ええ、父は先の戦禍で亡くなっていますし、母は再婚して湖の向こう側、農村地のスエヒロさんの所に嫁に行っていますから、実家は空いています」
「あぁ……、失礼なことを聞いてしまったようで」
「いえいえ、物心ついたときには父はいなかったので、特に問題はないですよ」
 できれば子どもがいる家庭に借りて貰いたかったようで、今回はまさに渡りに船の状態だったのだとか。
 ほぼ知らない世界のほぼ知らない土地で、これ程ありがたい縁はない。

「住宅としては他にも候補がありますが…「あのっ」…」
 続けてリストを見ていた受付嬢モリモトさんの言葉を遮って、夏梛が訴えかけてきた。
「おとうさん、あたしカレラちゃんのお家の近くがいい。せっかくカレラちゃんと仲良くなれたのに、離ればなれは……」
 安心させるように、夏梛の頭をなでる。
「大丈夫だよ、夏梛。
 モリモトさん、できればタカヒロさんのご実家をお借りできれば、と考えています」

 魔族の特性からか、国としても子どもが少なく、特に北地区の子どもはカレラちゃんしかいないのだとか。お世話になっているし、近くの住宅ならば借りられるに越したことは無い。

「わかりました、それでは手続きを進めますので、ソウルメモリーの認証をお願いします」
 カウンターに置かれた黒曜石板にスマートフォンをかざすと、黒曜石板が淡く輝いた。それから、オルフェナ用の認識タグと、金貨が入った袋を受け取る。
 タグはペット用のソウルメモリーだそうで、魔法文明の便利さを再認識した。


「それから、生活のための初期資金として、総額で金貨十枚分のお金が支給されていますよ」
 金貨十枚とは、どのくらいの価値なのだろうか?

「通貨としまして、鉄貨が一番価値が下の硬化になります。次いで銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に価値が上がっていきます。
 それぞれの貨幣が百枚で、貨幣を上の貨幣に替えられます。鉄貨が百枚で銅貨一枚ですね。
 一番市場でよく使われているのが銅貨で、次が銀貨でしょうか。
 金貨は高額な取引で使われるケースが多いです」
 日本円……には簡単に換算できそうもないな。
 露天の串焼きが銅貨三枚位だったからざっと三百円としても、単純換算だと金貨十枚は一千万円にもなってしまう。
 銀貨一枚が一万円になる計算か、いずれにしてもすごい金額が支給されていることになるが……。

「使いやすいように、金貨九枚、銀貨九十九枚、銅貨百枚で小分けにして入れてありますので、確認してくださいね」
 どうも貨幣価値に慣れるまで、時間がかかりそうだ。



 手続きを終えて、借りることになった自宅に向かいながら、篤紫は悩んでいた。
 少なくとも生活基盤は目処が立った。しかし、無職であるからして、遠からず資金が底をつくはず。
 仕事を探すか、もしくは何か他の手段を持ってして、生活のための資金を得なければならない。とりあえず、タカヒロさんに聞いてみるか。

「タカヒロさん、仕事を斡旋しているところはありませんか?」
「仕事ですが……それであれば、まずご自分のスキルをソウルメモリーでチェックすることをお勧めしますよ。能力適性などの、方向性がわかります。
 まずは慌てずに、この国に慣れていけばいいと思いますよ」
 初期資金はそのためのものだと言われて、妙に納得させられた。スキルも設定の中にあったはずだ。
 言われてみれば確かに、色々と確認しながら、生活のリズムを慣らしていかないといけないのだろう。
 魔法の使用に関しても、恐らく生活する上で必須技術。夏梛はともかく、篤紫と桃華はまだ使えるようになっていない。
 生活が落ち着いたら、夏梛に教えて貰わないとだめか……。

 タカヒロさんと話していると、夏梛が隣に並んできた。どうやらオルフェナが何か聞きたいらしい。
『オーナーよ、仕事ならばいつものように、会社に出勤すればよいのではないか?
 ここからでも出勤するだけなら、我が高速で運ぶことができるぞ』
 安定のオルフェナさんである。

「ああ……あのな。何というか、もう会社がないんだよ」
『ふむ、兄上殿がまた何かしでかしたのか? 確かに仕事態度はあまり芳しいものではなかったが、潰れるほど経理状態が悪かったのか?』
「いや。そういう問題ではなくてだな……」
「オルフェナさん、ここは日本ではないのよ。私たちは違う世界に来てしまっているの。説明しづらいのだけれど……」
『ふむ、道理で我が喋れるわけだ。不思議には思っていたのだよ』
「「「えぇ………」」」
 全員が絶句した。

 オルフェナは完全に認識がおかしかったようだ。ここ数日ですら、まとまった休みを取って、休暇をとっていると思っていたのだとか。




 桃華は夏梛と並んで歩きながら、篤紫がなにかそわそわし出したことに気がついた。隣を歩くタカヒロさんを見て、しきりに頭に手を当てている。
 これは……何か聞きたいが躊躇っているサインだわ。
 あ……思い切って聞くみたいね。

「タカヒロさん、冒険者ギルドとかはないのですか?」
「「……」」
 篤紫の言葉に、桃華と夏梛の纏う空気が一気に冷たくなる。
 篤紫は異世界転生とか、異世界転移のお話が大好きなのよね。
 今回も三日間お世話になっている間、やけにソワソワしていたのは、これだったのね。

「ボウケンシャギルドですか、それはどういったものなのでしょうか?」
「冒険者が薬草採集とか、魔物討伐とかの依頼を受けて、その対価として報酬を受けることができる組織なのですけど……」
 篤紫の説明に、桃華は内心頭を抱えた。

 どうも篤紫には現実が見えていないようね。
 つい先日も、車ごと怪物オオカミに襲われたのに、何を勘違いしているのかしら?
 一方的に襲われて、三人で怖くて震えていたのに。違う世界に来ても、体の動きが変わった感じもないし。

 もしかして、あのオオカミと戦う気でいるのかしら?
 まだ住むところも決まっただけよ。
 どんな家か、家具の状態や設備の確認すらもできていない。
 イライラするわ。


「それでしたら、探索者組合が近いでしょうか。国営の組織で、国民であれば誰でも登録が可能ですよ。
 色々な素材の買い取りなどをしています。
 ただ、基本的に国壁の外にある素材が買い取り対象になりますので、難しいかもしれません」
 タカヒロさんも、篤紫が喜びそうなことを言っているし。
 夏梛と顔を見合わせて、大きなため息を漏らした。

『タカヒロ殿。壁の外というと、黒いオオカミは対象になるのだろうか?』
 なぜかオルフェナも援護射撃に入る。
「ええ、もちろん大丈夫ですが……あれは討伐ランクAですよ。周辺警備隊クラスの実力が無いと、討伐は難しいですよ」
『それならば、我の収納に入っておる。我もその組合とやらに登録可能であろうか?』
 相変わらずオルフェナさんが意味分からないわね……。
 あなたも、オオカミに普通に噛みつかれていたクチですよ。
 それに収納って何かしら?
 私たちが乗っていたのはただの車のはずよ?

「登録主であるアツシさんが組合員になれば、オルフェナさんも組合を利用できますよ。
 出張所が各門の近所にあるので、色々落ち着いたら行ってみるのもいいでしょうね。ユリネがお休みの時にでも案内させますよ」
「それは、ぜひお願いします」
 勝手に話が進んでるし、なんであんなにキラキラとした目をしているのよ。
 男って、困った生き物ね……。