22話 非常事態


 篤紫がタナカさん宅に着くと同時に、腰元のスマートフォンが振動した。
 スマートフォンの画面を点灯させて、画面を見た篤紫は首を傾げた。

送信者:スワーレイド湖国

 これだけで何となく、オルフェナが呼ばれた理由が分かったような気がした。

 ここ1週間くらいで気づいたたことが、一般的なソウルメモリーには通信機能がついていない。
 それぞれの国の中心に、ソウルコアと呼ばれる中枢システムがあり、通信機能は下位システムであるソウルブロック、ソウルタブレットまでに留まっている。
 本来ならば、個別のソウルメモリーに対して国や組織からメッセージがくるはずがない。
 白崎家の、ソウルメモリー化したスマートフォンに付いている通話とメッセージ機能が特別なのであって、それでも他からメッセージが入ることはなかった。

 おそらくオルフェナがシステムに何かしらの改変を施したのだろう。
 ものすごいチートな羊だな。
 やはり、あいつが主人公か?
 思わず篤紫は眉間に手を当てた。



「篤紫さん、遅いわよ」
「おとうさん、何していたの?」
 ノックするなり扉が勢いよく開けられ、一斉に責められた。

「……すまん、トイレに寄っていた」
「「「「それは嘘よね」」」」
 女性陣4人による総突っ込みもいただきました。
 なぜなのか。


 落ち着いたところで、スワーレイド湖国からのメール、もといメッセージを開いてみる。
 ちなみに他の4人、桃華と夏梛のスマートフォンと、カレラちゃんシズカさんの黒曜石板にもスワーレイド湖国からのメールが、ちゃんと届いているようだ。
 録音された音声と、さらにそれを文章にして書かれていた。文字だけだと疑ってかかるだろうという、配慮が覗えた。


『タイトルが、スワーレイド湖国の国民の皆様へ……と。
 あ、ねぇ、これっていつから喋るの?
 え? もう録音始まっているの? げげっ、やばいじゃん。
 あー、コホン。

 こちらは魔王、サラティ・メイルランテです。国民の皆様に緊急事態による緊急通告をします。

 現在、チノ魔平原とフォグピーク山脈に魔獣のスタンピードを確認しています。また、隣国においてコモザク地域の、何らかの火力による焦土化と、アサマオウ山の噴火による山体崩壊が確認されています。
 コーフザイア帝国の前線基地には、スタンピード対策としては異常な数の兵力が集結していることも確認取れています。

 また、ご存じの通り、スワーレイド湖が大幅に陥落し、メルト神殿が露出しているだけでなく、同じくらい障壁が落下しているため、スワーレイド城の障壁塔も潰れかかっています。

 通常であれば国内待機が一番安全なのですが、障壁が維持できない可能性もあります。
 これらの状況を鑑みて非常事態宣言を発令するに至りました。

 国民の皆様には、コマイナ遺跡への避難をお願いします。
 既に国軍の半数、及び周辺警備隊全隊を現地に派遣、都市遺構の再生と、内部の魔物殲滅を行っています。
 さらに国軍の残りを西門に待機させています。

 荷物は、各地区の探索者組合本部支部において、次元収納袋をお渡ししています。各自で受け取り、貴重品など必要な荷物を収納次第、西門より避難してください。

 期限は今日を含めて最大3日、準備でき次第避難を始めてください。

 ……こんなもんかな? いいよね、ちゃんとみんなに伝わったよね。

 あ、タナカさん、コレどうやって止めればいいの? えー、オルフどっか行っちゃったんだもん、止まれって考え……ブッ」


 ……いろいろ突っ込みどころは多いけど、非常事態であることと、この国が凄く優しい国であることは分かった。

「それで、俺らはどうするどうするんだって?」
「あのね、オルフェナが迎えに来るからそれに乗って最後まで待機だって。
 タナカさんの家の貴重品は、私のキャリーバッグに預かることになっているわ」
「はっ?」
 桃華の言葉に、篤紫は大口を開けてしまった。

 いや、いやいやいやいや、なんでそうなる?
 最後ったって、俺ら戦えないでしょ。間違いなく足手まといになる。
 この国危ないんでしょ? 避難しなきゃ。
 オルフェナの独断だろうけど、何を考えているんだよ。

 ふと、周りを見回すと、みんな不安げな顔をしてそれぞれの準備をしていた。いる物、いらない物、せわしなく手を動かしている。
 貴重品と、最低限生活に必要な物だけを、シズカさんが持ち寄り、それを桃華が受け取ってキャリーバッグにしまっている。
 夏梛もポーチにカレラちゃんの物を受け取り次第入れていた。

「まあ……なんとか、なるか……」
「ん? 篤紫さんどうかしたの?」
「ああ、急いで準備しないとな」
 こんな時こそ、一家の主が慌ててどうする。落ち着け、篤紫。
 篤紫は桃華に笑顔で笑いかけた。





 オルフェナの運転席は、運転席ではなくなっていた。
 何を言っているのか俺にも分からない。でも意味が分からないが、そのままなんだよ。

 オルフェナが車の状態で走ってきたので、いつも通り運転席に乗り込んだ。助手席に桃華が乗り込み、2列目にシズカさん、3列目に夏梛とカレラちゃんが乗った。
 そこまではいいんだ。

 車を操作するハンドルがなくなっていた。もちろんアクセルペダルもブレーキペダルもものの見事になくなっている。
 唯一、メーターパネルを含めたインパネ一式だけはそのままだったけれど。


 しばらく羊の姿しか見ていなかったから、まさか車内が魔改造されているなんて想像すらしていなかった。

「転生したら、車になっていました……なんて、もしかしてオルフはライトノベルの主人公なのか?」
『篤紫よ、そもそも我は転生はおろか、姿も変わっておらんぞ』
 車内のスピーカーからオルフェナの声が聞こえる。
 確かこの間、車状態だと会話できないって言ってたよな?

『だいたい、新車で登録した頃から我が話しかけておるのに、篤紫も、桃華も、夏梛も、聞く耳すら持っていなかったではないか』
 いえ普段、車から聞こえていたのなんて、録音した音楽とナビの音声案内程度ですよ。
 SIMカード刺してインターネットにも繋がっていたけど、さすがにAIは質問したら答える程度の陳腐なものだったぞ?

『そもそも羊の姿とて、篤紫らが望んだ姿であろう?
 そこの画面に、我とともに映るたびに、夏梛が大喜びしていただろうに』
 ああ、言われてみれば、テレビCMのマスコットキャラクターが羊だったな……。
 確かメーカーの車に対するイメージが、小ぶりな羊だ。
 可愛らしく、静かで、包まれるような乗り心地、云々……のCM動画を動画サイトで拾ってきたっけ。

『今さら、ハンドルやペダルが無くなっても、たいして問題はあるまい』
「それは、大きな問題だよ!」
 篤紫は思わず叫んでいた。




 スワーレイド城に向かう道すがら、完全に手持ちぶさたになっていた。
 普段から運転には自信があった。

 車の流れを見ながら、交差点の人の流れも予測する。減速加速はあくまでも滑らかに、可能な限り燃費を稼ぐ運転を心がけていた。
 ハンドル操作はあくまでもスムーズに、車内の家族には極上の乗り心地を提供しなければならない……。

 それが、できない。

 篤紫はため息をついて窓の外を眺めた。
 袋を背負った人々が、ゆっくりと西を目指していた。大きな荷物を持っている人はいない。恐らく配られた収納袋が活躍しているはず。

 メイルランテ魔王のメッセージが功を奏したのだろう、目立った混乱も起こっていない。
 スワーレイド湖国自体が、国民の割合で見て、魔族の移民が多いのだろうか。歩む人々の服装は旅慣れている感じだった。

 魔人の代表格であるマナヒューマンをはじめ、エルフ、ドワーフ、獣人や、竜人に鬼人。この辺ではあまり見なかった、ケンタウロスに魚人などもいる。ファンタジー種族のオンパレードだ。
 ただそこには、人間はいない。

 この国は、魔族の楽園だった。




 夕刻、スワーレイド城に到着した。
 人並みを避けるために、大回りでゆっくり進んできたため予想以上に時間がかかっていた。
 城の入り口では、メイルランテ魔王とタカヒロさんが待っていた。

「アツシさんありがとうございます」
「シロサキさん、申し訳ありません、それからよろしくお願いします」

 スワーレイド湖国の存亡がかかった日まで、あと二日……。