夏梛は悩んでいた。
あのときあたしは、カレラちゃんと二人で油断していたのだと思う。
だからあたしは、おかあさんを失った……。
この世界に来て初めてのお友達。
洋服屋さんで、カレラちゃんとお揃いの服をいっぱい買った、もちろんお母さんと一緒のも。
洋服のサイズ合わせがすぐにできたのにはびっくりしたな。
いまは、大切にポーチの中にしまってある。
「カレラちゃん、楽しかったね」
二人で手を繋ぎながら、宿へ向かって歩く。
ヨーロッパの街並みに、うっとり見とれた。
「うん、カナちゃんと一緒の洋服、たくさん買えたね」
明日になったら、さっそく新しい服を着なきゃ。
あれ……カレラちゃん!
突然、カレラちゃんと繋いでいた左手が引っ張られて、夏梛は思いっきり地面に転んだ。
頭を打って、意識が朦朧となる。
「きゃああああぁぁぁぁっっ――」
カレラちゃんの悲鳴が聞こえる。ダメ、力が入らない。
視界の端に、お母さんが映ったと思ったら、突然身体が担ぎ上げられた。
そのまま暗い路地に強引に連れて行かれた。まるで物の扱い。
地面に無造作に投げられた。打ち付けた身体が痛い。
「かはっ――」
呼気をを吐いたまま、衝撃で呼吸ができなくなった。
意識は覚醒する。
痛い、怖い怖い……。どうして……。
「なんだよ、そっちは魔族で間違いないが、こいつは人間族じゃねーか」
「関係ないだろ、どうせ始末するだけだ」
「殺っちまえば分からんだろ。保護者が来る前に魔晶石を抜き取るぞ」
「おい、カモも来たぞ。とりあえず両方、息の根を止めておけ」
「早くしろ、 雷撃の突撃姫が来る前に全てを終わらせるぞ」
男たちに四肢が固定されている。
身体が動かない。
嫌だ、怖いよ、なんで。嫌だ、嫌だよ。
涙が溢れてくる。
助けて、おかあさん……。
ナイフを持った男の手が、夏梛の心臓目がけて振り下ろされる。
世界がブレた。
視界が揺らぐ。
いつの間にか、夏梛は立っていた。男たちは既にどこにもいない。
ここは……確か服を買ったお店の前。
目の前を、顔中にひびが入ったおかあさんが、崩れ落ちていく――。
「お、おかあさんっ――――!」
夏梛の目の前で、桃華のひびから血が鮮烈に噴き出した。
さっきお店で一緒に買ったばかりの洋服が、一瞬にして真っ赤に染まる。
飛び散った血が、道路端に積もった雪を真っ赤に染めた。
なんで、なんでなんで――!
おかあさん! どうして血だらけなの!
身体がとっさに動かない。
突然レイドスさんが桃華の裏に顕れて、崩れ落ちた桃華を支えた。
倒れそうになる夏梛の身体を、シズカさんが支えてくれる。
隣でカレラちゃんも両手を口に当てて、目を見開いていた。
周りが騒然となる。
悲鳴を上げる者、息をのむ者。
悲壮な空気が辺りを包み込んだ。
「あ……声が、戻ってるわ……ね。
シズカさん……よかった……二人をよろしくね。
それから、夏梛、篤紫さん……ごめんなさい」
おかあさんの最後の言葉。そのまま目を閉じた……。
「なんで、なんでなの? おかあさん! いやあああぁぁぁっ!」
夏梛は堪らず大声を上げて叫んだ。
どうして、おかあさん。
いやだよ、夏梛をおいていかないで!
死んじゃダメ、まだまだいっぱい甘えさせてよ。
嫌だよ、嫌――。
桃華の体が突然、輝き始めた。
レイドスの腕の中でどんどん輝きを増していく光が、細かい粒となって空に舞い上がる。
飛び散った血も、光の粒になって一緒に舞い上がる。
光が消える。
そこに、桃華はいなかった。
瞬く間だった。
レイドスさんが桃華を抱えていた姿のまま固まっていた。
夏梛は呆然と立ちすくんだ。
両手を口に当てて涙を流していたカレラちゃんも、あたしたちを支えてくれていたシズカさんも、驚きで固まっていた。
そこには、元々何もなかったかのように、血の跡すら消えていた。
辺りが静まりかえる……。
その後すぐ、おかあさんは生き返った。
ううん、そもそも死んでいなかったのかもしれない。
オルフェナの電話で安否が分かって、3人で抱き合って涙を流した。
「おかあさん……?」
馬車に揺られながら、隣に座っている桃華を呼んだ。
「ん? どうしたの、夏梛?」
優しく、頭をなでてくれる。胸が痛んだ。
あたしに力が無かったから、おかあさんが目の前で崩壊した。
「何でもないよ。おかあさん、大好き」
あたしにもっと力があれば、攫われることもなかった。
もっともっと、ずっと強くならなければ、おかあさんも、おとうさんも守ることができない。
みんな、なにもかも足りない。
「なによ、突然どうしたの? んもう」
だから、だから絶対に……。
休憩時間になった。
馬車から降りて、オルフェナが出した椅子に腰掛けた。
おとうさんが馬車になにか魔術をかけるのかな?
いっぱい勉強してきたって言ってた。あたしから見ても、すごく努力している、大切なおとうさん。
みんなが向こうに集まっているのを見ながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。
そのまま考え込む。
今のあたしにできることは、魔法の腕を上げることだけ。
10歳の自分の身体じゃ、まともに戦うことはできないよね。むしろ、今のままじゃただの足手まといかな。
連絡先のリストから、メルフェレアーナ・メナルアの名前を選んだ。
レアーナさん。
少ししかお話しできなかったけど、伝説の大魔導師だって。
あたしたちのことを家族だって言ってくれたって。
視界の端に、興奮したサラティさんが駆け寄ってくるのが見えた。
おとうさんがまた、すごいことやっちゃったんだ。少し嬉しくなる。
あたしも頑張らなきゃ。
少し震える手で、レアーナさんに電話をかけた。
「えと、もしもし。夏梛です」
『もしもーし。あ、夏梛? ちょうど電話しようと思っていたところなんだよ。さすがわたしの夏梛だね。
ほんとすごいね、もしかしてテレパシー?』
耳元から、レアーナさんの陽気な声が聞こえてくる。
『でもごめん、先にサラティに変わってもらう事ってできるかな?
近くにいるといいんだけど』
「分かりました、待っててください」
サラティさんがちょうど近くに来たから、笑顔で電話を渡した。
びっくりして目を見開いていたけど、サラティさんは電話を代わってくれた。
あ、そのまま耳に当てればしゃべれますよ?
サラティさんの顔がすごかった。
笑顔だった顔が、突然真剣な顔になって、目を見開いたと思ったら、顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
何度も頷いて、最後は満面の笑顔でスマートフォンを返してくれた。
「カナちゃん、ありがとう。みんな喜ぶと思う」
サラティさんはそう告げると、タカヒロさんの方に駆けていった。
電話は……よかった、まだ繋がっている。
「もしもし……?」
『あ、夏梛、ありがとう。助かったよ。
スマートフォンって便利なんだけど家族にしか繋がらないんだよね。
ていうか、えらく難しい顔してるけど、どうしたの?』
心臓が跳ね上がった。どうして分かるのかな?
ドキドキが収まらない。
『へへーん、大切な妹のことだもん。顔見なくたって分かるよ。
伊達に一万七百七十七年生きてるわけじゃないんだぞ』
「えっ、えっ?」
驚愕の数字に呆気にとられてしまう。
完全にレアーナさんの流れになっていた。
『いいよ、こんどみっちり魔法を教えてあげるよ。たぶん次の次くらいの目的地が一緒だからね、その時でいいかな?
この後、お仕置きに行ってくるから、終わった頃にお城の跡に集合だよ』
「えっ、あっ、はい。お願いします」
何も説明していないのに、全部分かってくれてる。
何も言わなくても、全部分かってくれる。
電話をしながら、知らないうちに涙があふれ出ていた。
溢れるほどの優しさに、包み込まれていた。
『大丈夫だよ。その、守るために強くなりたいって言う気持ちがあれば、夏梛はどこまででも強くなれるよ。
わたしも手伝うよ、だって夏梛とわたしは家族なんだよ。
家族が支え合うのは、当たり前のことなんだぞ』
「はいっ、はい! ありがとう、お姉ちゃん……」
『よしっ、勇気と元気100倍だよ。また後でね』
嵐のような電話だったけど、結局夏梛は何も喋れていないけど、レアーナには全部お見通しだったみたい。
不思議な人。不思議なお姉ちゃん。
スマートフォンをしまって、顔を上げた。
準備ができたのか、馬車に馬が繋げられていた。
みんなが乗り込むと、馬車は再びコマイナ都市遺跡に向けて出発した。
電話をしたことで、夏梛の胸のつかえがすーっと消えていった。
レアーナお姉ちゃん。ありがとう。
それから、これからよろしくお願いします……。
