36話 ひとときの休息


 いつの間にか、騒がしかった周りが静かになっていた。
 桃華は少し背中を伸ばした。
 目の前では、夏梛とカレラちゃんに加えて、魔王であるサラティさんが一緒になってコマイナ都市遺跡を眺めて騒いでいる。

 グラスエルフのサラティさんは、体の大きさが夏梛やカレラちゃんとほとんど一緒。こうやって見ると、子どもが3人いるように見えるわね。

 他の大人達4人は、コマイナ都市遺跡天井の縁から下を覗いて、なにやら騒いでいた。
 たぶん、下で問題が起きて、いつも通りオルフェナが何とかしてくれているのかもね。桃華は安心して、透明な床越しの下界観察に戻った。




 それにしても不思議な光景。

 天井の縁から1メートルは下でも壁のようだから、実際の世界は8メートル四方の箱の中に収まっていることになるのよね。
 そこに海があって、島がある。
 あのどこかにスワーレイド湖国から避難した人たちがいるのよね。

 見えている端から端が、距離で500キロあるって、篤紫さんが言っていたわね。
 考えられないわ……。この狭い範囲に、東京から大阪辺りまでの空間がすっぽり入ってるってことよね。


「あ、骨のドラゴンさんが南の門がある島に飛んでいくよ」
「あそこの場所に誰かいるのかな?」
「どれどれ? 骨ドラゴンは何とか分かるけど、他は細かすぎて分からないよ。もう少し大きく見えるようにできるといいんだけど」
 夏梛とカレラちゃんの疑問に、サラティさんが四つん這いになって下を睨んでいる。すごくほほえましい。

 肌寒い風がそよいでいく。
 日差しがだいぶ傾いている。もうすぐ日が暮れそう。



 桃華も、しゃがんだまま、下をじーっと見つめてみる。
 確かに蟻みたいに小さなものが飛んでいるわね。
 見つめていると、視界が拡大されていき、ちょうどいい大きさで見えるようになった。
 骨だけのドラゴンだ。体の真ん中に綺麗な赤い魔石が浮かんでいるのが見えた。

 あら、これならちょうどよく見えるわね。
 おもむろに手を伸ばすと、チャプンという音とともに、骨ドラゴンの側に自分の手が出てきた。骨ドラゴンが気づいたのか、若干飛ぶ速度を上げた。
 あら、流れる景色が早くなったわね。
 骨ドラゴンを軽く掴む。軽く掴んだつもりが、まるで枯れ葉を掴んだようにあっさり潰れてしまった。

 悲しくなって手を戻すと、自分が何かを握っていることに気づいた。
 手を開くと、手の中にバラバラになった骨と、ビー玉くらいの小さな赤い魔石が転がっていた。
 これ、なにかしら?




「お、おかあさん!」
 顔を上げると、さっきまではしゃいでいた3人が、驚いた顔をして固まったいた。どうしたのかしら?

「モモカさん、いますごく大っきな手がでできて……」
「おかあさんの手だったよ」
「骨のドラゴンを倒したのは、もしかしてモモカさんなの?
 蟻くらいの大きさで、遠目に見えていた骨ドラゴンが、いきなり伸びてきた手で握りつぶされたよ」

 桃華は自分の手の中にある、何かの残骸に目を落とす。
 つまり、これはそういうこと?

「もしかして、私の手の中にあるこの残骸のことかしら?」
 3人が慌てて桃華の所に集まってきた。
 そして唖然となった。

「たぶん、この残骸に間違いないようね。びっくりしたな、みんなで見ていたらいきなり手が伸びてくるんだもん」
「おかあさん、すごい! 骨のドラゴンさんやっつけちゃったよ」
「はわわわぁ、モモカさんすごすぎです……」

 手の中の細かいゴミを振り払って、つまんだ魔石を喚び出したキャリーバッグに放り込んだ。
 あらためて透明な床に手を置いてみた。硬い感触が返ってくるだけで、沈み込むことはないようで、一安心した。

 考えてみれば、昨日、時間を止めたときも明確に意識せずに魔法を使っていたっけ。もしかして、今のも魔法?

 はっとして、慌てて立ち上がった。
「えっ、おかあさんどうしたの?」

 驚く夏梛を尻目に、桃華は自分の体を一通り確認して見た。

 髪の毛はある。顔も……異常はないわね。
 掴んだ右手……手のひらから、腕、二の腕、肩。大丈夫。
 左腕も問題無さそう。
 胸から下に順番に確認するも、足の先まで何も問題がなかった。

 思わず桃華は、大きなため息を漏らした。

「モモカさん、もしかして……?」
「また、大きな魔法を使っていたみたい。
 体は、怠くも痛くもないから、大丈夫だと思うわ」

 周りからも、安堵のため息が漏れた。

「もう、おかあさんはあんまり無茶な魔法を使わないでよね」
「この間みたいな、悲しい思いはいやです……」
「ごめんなさい、魔法の使い方も気をつけなきゃよね。さすがに私もあの痛い思いはこりごりよ」
「レアーナさんに一通り聞いたけど、時間停止って神クラスの魔法だって言うじゃない。
 私が言うのも変だけど、もう少し魔法の制御を練習した方がいいんじゃないかな」
「ええ、頑張って練習するわ」
 安心して、和やかな空気に戻った。





『ギギギギギ…………』
 何かが軋む音に、オルフェナと話をしていた篤紫は、音のした方に顔を向けた。
 真ん中変で騒いでいた、桃華、夏梛、カレラちゃん、サラティさんも見ている先には、黒曜石の床板がせり上がってくるところだった。

 場所はちょうど南門の真上辺り、黒曜石の床の一部が斜めに2メートルほど浮き上がっていた。
 ちょうど45度位の角度で、床材は止まった。


「何が起きているのでしょうか」
 少し離れていたところで膠着していたタカヒロさんが、歩み寄ってきて篤紫の横に並んだ。
 シズカさんとレイドスさん、フォルテさんが真ん中の4人の所に駆けていく。

「分かりません。分かりませんが、パターンから行くと、こういう時は決まって、誰かが上がってくるはずですよ」
「コマイナ都市遺跡にこんな機能があるとは、聞いたことがありませんが」
 タカヒロさんが首をひねる。

 全員が、螺旋階段の側まで避難できたところで、開いた床板の方から、石の床を駆け上がる音が聞こえてきた。
 警戒心が高まる。

「来ます…………えっ?」
 あの人は、見たことがある。

「ママ!」
 カレラちゃんが駆け出した。
 床下の階段を上がってきたのは、まさかのユリネさんだった。






 南門の島にはたくさんのテントが張られていた。
「メイルランテ魔王、お疲れ様です」

 上から見て、半径10キロの出島であることは確認していた。少なくとも、スワーレイド湖国の国民が一時避難するには、十分な広さだ。
 周りの森も、必要十分に切り広げられている。
 短時間によくこれだけできたな、と感心できる仕上がりだった。

「避難誘導、お疲れ様でした。皆さんにお伝えすることがあります。
 残念ですが、祖国は蹂躙され壊滅しました。
 建物はすべて、瓦礫と化しています。

 国は、人です。皆さんがいれば、必ず国は戻ります。
 復興に関しては、シーオマツモ王国が救援を依頼してありますので、安心してください。
 なにより、スワーレイド湖国民が無事で、安心しました」

 サラティさんが、みんなを労って歩いている。名誉職のはずなのに、ちゃんと魔王をしている。みんなに慕われている。
 避難を始めて3日から5日か、目立った混乱はないようようで、ほっと胸をなで下ろした。
 オルフェナが配った収納袋が良かったのか、大きな荷物を抱えている人もいない。

「ユリネ、よかった。無事だったのですね。信じていましたが」
「当たり前ですよ。タカヒロさんよりも強いんですからね」
「そうですね。森ではとてもユリネに敵いませんよ」
 タカヒロさんとユリネさんが、間にカレラちゃんを挟んで抱き合っていた。


 現況はあまり芳しくないようだ。
 全員が避難を終えたと同時に、鉄扉が閉まった。本来、この都市遺跡は鉄扉が開いたままになっている。
 逆に閉めようとしても閉まらなかった扉だ。
 その鉄扉が、開かない。

 幸いに、食料を始め当面必要な資材は持ってきているので、中心部のコマイナ都市中枢のアンデッドを倒しながら、他の鉄扉から外に出ることを検討していたようだ。
 もしくは、拠点さえ整えられればコマイナ都市中枢を制圧することもできるのかもしれない。
 実際に、騎士団と周辺警備隊の混成部隊が遠征している最中だそうだ。



「鉄壁は全方位閉まっていると……」
 タカヒロさんの話に、騎士団長が苦い顔をした。

「一時避難の予定でしたので、この拠点を確保することまでしか予定されていなかったと思います。
 屋上への避難経路は……」
「昨日辺りから、アンデッドの襲撃数が多くなっていて、安全を確保しながらの逃亡は、事実上不可能です。
 あの、とてつもなく長い螺旋階段を上るのも、一般国民には難しいかと」
 鉄扉の側には螺旋階段が、遙か上まで伸びていた。
 さっき下りてきたから知っている。あれは、とてつもない長さだ。

 篤紫たちに気づいたのも、中空に大きな手が出現したのがきっかけで、見上げた遙か彼方に知った顔が覗いていたから、らしい。
 やっぱり見られていたのか。空を見あげて自分がいっぱいに映っている姿を想像したら、無性に恥ずかしいかった。

「それから、恐らくですが。我々は、贄なのでしょう」
「それはつまり……キングが出現している?」
「ほぼ間違いなく、コマイナ都市中枢にノーライフキング辺りが鎮座しているだろうと。
 事実、ここに閉じ込められてから日に日に襲撃は激しくなっています」
 生暖かい風が吹き抜けていく。

 夕暮れが迫ってきていた。