38話 篤紫の覚悟


「申し訳ありませんが、それは許可できません」
 篤紫の申し出は、当然ながらあっさり却下された。
 自分でも無茶な提案だったとは思う。

「先日は、国を守るという明確な目的があったこと。それと、あの時点で一番適切な手段でしたので、ご助力いただいただけです」
 タカヒロさんがいくらか冷たい声で告げる。

 オルフェナに乗って救援に向かう。作戦会議をしている天幕の端でタカヒロさんに提案したのだけれど。首を横に振られた。
 会議室の中は議論が白熱していた。

「ですが、今回は出張部隊の救援だけです。現時点ではアツシさんたちに頼む確たる理由にはなりません」
 会議では、ここから拠点までの距離が問題になっているようだった。
 その距離およそ100キロ。高速移動手段が騎馬しかないこの世界では、1日かかっても進めない距離だ。


「でも、自分たちなら――」
「アツシさんはスワーレイド湖国の大切な国民です」
 さらに続けようとした篤紫を、サラティさんが遮った。

「国民を守るのが私たち国の仕事です。
 幸い、この拠点にまだ半数の騎士と、周辺警備隊が残っています。救助には彼らを向かわせます。

 障壁が展開されている以上、この場所は絶対に安全です。
 お気持ちはありがたいですが、どうかこの場はお引き取りください」
 昨日までの気さくな雰囲気は、既になりを潜めていた。

 間違いなく自分たちは非戦闘員。事実、篤紫は一度もまともに戦えていない。
 篤紫は浅く会釈すると、本陣営を後にした。





 慌ただしく動いている本陣営テントを見ながら、篤紫は悩んでいた。
 時刻は昼を回ったくらいか。照りつける日差しは暖かい。
 ダンジョンの外は未だに冬なのに、ここは完全に別世界だった。下手すれば、四季がないのかもしれない。

 篤紫は、オルフェナの言っていたことを思い出していた。
 中の乗員の安全は絶対に確保できる。だが、外の人員までは守ることができない、と……。
 そうか、救援はそもそも無理なのか。 

 周りからすすり泣く声が聞こえてくる。
 泣いている母親を、娘がそっと抱きしめていた。似たような光景が、そこかしこに見られる。
 先遣隊である騎士は、スワーレイド湖国の職員だ。つまり、ここに避難している人の中には、その家族もたくさんいる。


 確かタカヒロさんも昨日言っていた。
 騎士と言っても、普段から訓練しているわけではない。むしろ、国民の生活のためのサービスに従事している者がほとんどだと。
 例外的に、周辺警備隊は普段から自主的に訓練はしているけれど、組織だった訓練は部隊ごとに任されているという。

 魔族には魔力があって、魔法が使える。
 だから、魔法で戦うことができる。
 でもただそれだけで、魔法がなければ肉体的には、普通の人。みんなほとんど変わらない。


「篤紫さん……」
「おとうさん、なにか悩んでるの?」
 隣に座っている桃華が心配そうに手を握ってきた。夏梛に抱えられているオルフェナはまだ何も言ってこない。

「このままここで待っていて、いいのかな……って思ってさ。
 確かに俺自身は無力だけど、オルフがいれば、おそらくこの事態の根本的な原因を何とかできるはずなんだ。
 このダンジョンが固定施設だと言うことは、使われているのは魔術。魔術だったらいくらでも改変できるはず。

 中枢まで行けば、確実に変えられる。
 だけど、そんな俺のわがままに、お前達を危険にさらす訳にはいかないんじゃないかって、悩んでた」
「あら、じゃあ篤紫さんは危険にさらしても許されるわけ?」
「そうだよ、そんな格好つけたって、おとうさんには似合わないよ」
「ぁ……」
 思わず言葉を失った。
 そうか……結局自分のことしか考えていなかったのか。

「それに、もう既に目処がついているんでしょ? 篤紫さんがそういう顔をしている時って、大抵何とかなるものよ」
「悩んでる振りしているけど、目が輝いてるよ?」
 マジか。思いっきり深刻な顔していたはずなんだけどな。
 この二人には敵わないのか。

『遅かれ早かれ、篤紫は動いておっただろうに。
 このダンジョンの中に入ってしまった時点で、脱出するには中央を何とかせねばならんのは明白。であれば、魔術を扱える篤紫が適任だろう。
 なぁに、守りは我に任せるがよい。きっちり守ってみせるよ』
 やっぱりオルフェナにもばれていました。

「そうは言っても、やっぱり争いごとは苦手なんだよな。
 でも、ここで待っていたら外にでるのすら下手すれば、何年かかるか分からない。
 これじゃ、世界を旅するっていうシズカさんとの約束も果たせないね。

 それに、外部からの補給がないから、確実に消耗戦なんだって、さすがの俺でも分かったからさ」
 座った状態で、両手に顎を乗せて、思っていたことを吐露した。
 周りで、人々が慌ただしく動いている。

「もちろん一緒に行くわよ、家族なんだから当たり前じゃない」
「うわ、だから似合わないよ、それ。あたしも行くよ、もう絶対に失わないって決めたんだからね」
「そっか、よろしく頼む」
『海岸に行くのであろう? いつまでもそこで遊んでいる場合ではないぞ』
 オルフェナさんには、全てお見通しですか。
 桃華が、夏梛が篤紫に笑いかける。

 少なくとも自分たちなら、この状況を打破できる。
 桃華の顔を見ると、篤紫の目を見てしっかりと頷いてきた。





 まだ昼間と言うこともあって、海岸には誰もいなかった。
 夜になれば、アンデッドの迎撃に騎士が展開されるはず。障壁の境には、わかりやすいように砂浜に線が引かれていた。
 この場所からなら、橋からも見られる心配はない。

「時限式の魔術式を、タイヤとボディに刻ませてもらってもいいかな?」
『構わん、魔術が切れれば傷は自動的になくなる』
「知らない間に、自己修復も搭載してる?」
 篤紫は魔術布を広げながら目を見開いた。

 オルフェナに昨日も使った魔術布の上に乗ってもらい、タイヤには氷結術式を、ボディには軽量化の術式を刻み込む。

Limited for one and a half hours, freezing the contact surface 1 meter
Limited for one and a half hours, reduce the car body weight to zero
 魔術ペンで、オルフェナの車体に魔術式を刻んでいく。魔術ペンは魔力を込めることで、どんな素材にも文字が書き込める。
 それがたとえ、オルフェナの車体であろうとも。

 これで、理屈上は水面を走って行ける……はず。
 時間を1時間半見ておいて、瞬間的に魔法が発動するように、多めに魔力を込めて書き込んだ。

 向こうについて、砂浜が凍る程度なら何とかなるだろう。


「やっぱり行くのね」
 後ろの森から誰かが声をかけてくる。そこにはシズカさんとカレラちゃんの姿があった。

「カナちゃん……」
「タカヒロも、サラティも気づいていると思うわ。
 救援部隊の出動は明日の朝に決まったわよ。ここに残す少数の人員を除いて、大半の騎士と周辺警備隊が向かうそうよ」
 人命がかかっている。救援は至極当然の判断だ。

「サラティはソウルコアを維持、守るために本営に待機。タカヒロを総大将に、出動準備を進めているところよ」
「よかった。いくら魔族が魔法に長けていると言っても、魔力には限界がありますからね。
 俺らは、俺らにしかできないことをするつもりです」
 篤紫が告げると、シズカさんが顔をゆがめながら目を伏せた。

「本当に行くの? 何か策があるのよね」
「本元を、叩きます」
 シズカさんが目を見開いた。

「さすがに無茶よ。中枢まで、どれだけ離れていると思っているの?
 ……その表情。本気でできると……思っているのね」
「ええ、大丈夫ですよ。勝算はあります。
 それに約束したじゃないですか、みんなで世界を旅行するんでしょ?」
 シズカさんは、一瞬唇をかみしめた後、無理矢理笑顔を作った。
 フラグは立たせない。

「絶対に戻ってきなさい、まだたくさん教えていないことがあるわ」
「カナちゃん、これお守り」
 綺麗な石に、かわいらしい鈴が付いたお守りを、夏梛は大切に受け取った。


『では、行ってくる』
 二人に見送られて、オルフェナは水面を走り出した。

 手を振る二人を見て、篤紫は思う。

 なんで、お別れみたいな雰囲気なんだよ……。