42話 魔術塔


「てなわけでさ、オルフェナちゃんが借りられないみたいだから、一緒に行って欲しいんだよ。北極か南極に」
「レアーナの言ってることがわからない」

 今後の身の振り方を悩みながら、近くの公園で黄昏れていた篤紫は、メルフェレアーナの言葉に首を真横まで傾げた。
 確か午前中に顔を合わせたときは、長袖シャツにハーフパンツ姿だったはずなのに、今は青いワンピース姿に変わってた。

「えっとね、生体登録が解除できないみたいなんだよね。なんだか、オルフェナちゃんの方が階位が上みたいで。
 解除した途端に再登録されちゃって、どうにも困った状態なのさ」
「えーっと、やっぱりレアーナの言ってることが分からない」
「んもー、なんで分かってもらえないのかな」

 確かメルフェレアーナはいつも通り夏梛とオルフェナと3人(?)で魔法の練習をしていたはずだけど。
 向こうにいたはずのメルフェレアーナが、別行動で空を飛んで篤紫のところまで来たのか。何かあったのだろうか?


 あの日、メルフェレアーナが蘇りをしてから、一週間が経っている。
 その後の協議で、とりあえずコマイナ都市での生活再建を優先させることになった。ダンジョンの外にでられるのは、メルフェレアーナの話が正しければ、早くて半年先。
 それまで避難状態のままいるなんて事は当然できない。であれば、コマイナ都市での生活再建を優先させるのは自明の理だった。

 避難した時に着いた、コマイナ都市の南側の一部に、住居と店舗を割り振った。同時にスワーレイド城もダンジョン建築で建ったりしている。
 スワーレイド湖国からの避難民は十万人、対してコマイナ都市の収容可能人数は一千万人。空き家が多い以外に、特に問題は起こらなかった。


「いいよもう、桃華に聞いてくるから。篤紫のケチっ!」
 メルフェレアーナはほっぺを膨らませたまま、空に飛んでいった。
 やっぱり何があったのか分からないまま、篤紫はメルフェレアーナを見送るしかなかった。
 結果しか聞いてないよ? 経過が分からないよ?




「と言うわけで、細かい説明をお願い」
 既に自宅になっている白亜城に帰ると、居間のソファーで桃華が、ふくれているメルフェレアーナを宥めているところだった。

「いじわる篤紫なんか、知らないんだから」
 メルフェレアーナが両手の拳を振り回しながら抗議してきた。
 はいはい、いじわる篤紫ですよ。
 ため息をつくと、桃華が手を振ってきた。

「あのね、レアーナは魔術塔に行けば、今の状態を解決できるかもしれないって言っているのよ。
 オルフとも話をしていたらしいけど、一日の時間が十五分くらい長くなってるみたいなのよね」
 隣でメルフェレアーナが激しく首を縦に振っている。
 ええ、ええ。そんな話は一切聞いていませんよ。

「それでね、オルフに連れて行ってもらおうと思って頼んだら、オルフに『篤紫たちを守らないといけないから、連れて行ってあげられない』って言って、断られちゃったみたいなのよ。
 だから魔術塔まで一緒に行ってほしい、っていう話だったと思うわ」
 さすがにそこまで言っていなかったのか、メルフェレアーナは大きく目を見開いて固まっている。
 その気持ち分かるよ、桃華ってたまに恐ろしいほど鋭いときがあるもん。

 いやちょっと待って、一日が十五分長くなっているってどういうことだ?
 この星は地球と一緒だから、一日は二十四時間だよね?

『待たせたな、いくつか説明しておかなくてはならないな』
「いや、タイミングよすぎ」
 頭をひねっていると、夏梛とオルフェナが部屋に入ってきた。




 全員がソファーに座ったところで、桃華が紅茶を淹れ始めた。
 今日はハーブが入っているのか、爽やかな香りが部屋に広がった。

『コマイナに協力してもらって、一日の時間の長さと、太陽の灼き現象が起きる正確な時間を計測してもらった。
 その結果だが、レアーナが蘇った前日までと比べて、一日の長さが十五分ほど長くなっていることが分かったのだよ』
「それはさっき、桃華にも聞いたよ。けど、それって何か問題なのか?」
 篤紫の質問に、オルフェナは少し考え込んだ。
 それよりメルフェレアーナの真剣な顔と、桃華のふんわりした笑顔を並べちゃダメだろう、紅茶を吹き出しそうになって怪訝な顔を向けられてしまった。

『ふむ。篤紫は一日が二十三時間と五十六分程であることは知っているか?』
「えっ、そうなの? 知らないけど」
『公転差も踏まえて、二十四時間としているのだがな。
 地球もナナナシアも同じ星であるから、一日は二十四時間だ。
 それが突然十五分延びている。つまり何らかの原因で、星の自転に異常が起きている、ということなのだよ』
「あ! あたしわかったよ、オルフ。独楽が回るのが遅くなると、ぐらぐら揺れるのと一緒だよね?」
 夏梛が抱っこしているオルフェナを覗き込んだ。オルフェナが首を取りあえず縦に振っている。
 つまり……星の自転が遅くなった、のか?

「そんなことになったら異常気象――そういうこと?」
『恐らく現在は地磁気バリアが安定していないのであろう、今はちょうど九時から九時半、三時半から四時のうちの十分ほどの時間に一番、影響が出ている。その照射角の時間の間、光が極端に強く増幅されているのだ。
 だから灼熱にさらされて蒸発する事になるわけだが……』

「それは地球でも同じなのか?」
『地球ではそこまで影響はないかもしれん。
 ここナナナシアには地磁気だけでなく、魔力線も星を巡っているからな。
 知っての通り、魔力はそれ自体がエネルギーだ。さっきの要因が、地磁気と魔力線の揺らぎと、太陽光と宇宙線の干渉が影響していると推測はしているのだが』
 困ったな、難しい話になってきたぞ。

 いや、ちょっと待ってよ――。
「で、それと魔力塔って何の関係があるんだ?」
「あっ、それはわたしが説明するよ」
 真剣な顔でオルフェナの話を聞いていたメルフェレアーナが、すっと立ち上がった。……座ったままでいいのに。

「魔力塔はね、この星の魔力線をコントロールするための、とっても大きな魔道具なんだよ。北極点と南極点に一基ずつ建ててあるんだ。

 これには、魔術が深く関わってくるんだけど。
 個人の魔力を使う魔法と違って、星の魔力線に干渉して魔法現象を起こすのが魔術なんだよね。昔は地域によって魔術の威力がまちまちだったのさ。
 そこで魔術塔を建てて、魔力線の流れを整えた。
 魔術の安定装置が、魔術塔なんだよ」
 魔術が魔術文字の文字列だけで魔法を使えるのは、そういうことだったのか。星の言語が英語なのか。何とも不思議。

「つまり、今回はその魔術塔をつかって大規模な魔術を使うと……」
「うん、星の自転に干渉できるはずなんだよ。
 ぶれている回転をちゃんとした回転にできれば、現象が収まると考えているんだよね」
 そのために、直接魔術塔まで出向かないといけないのか。
 無茶じゃないのかな。

「でも、魔術塔に行くのにどうやって移動するんだ?
 外は一定の時間で灼熱地獄が来るんだよな。命がいくつあっても足りないし、制限された時間じゃ満足に移動できないと思うんだ。
 どこかの物語と同じように、転移魔法とかで移動できないのか?」
「あ、魔法はね、万能じゃないんだよ」
 メルフェレアーナの顔が曇った。

「魔法と魔術を一万年研究して分かったんだけど、魔法は本質的な部分で物理法則を超えることができないんだよ。

 この間の桃華がわかりやすいと思うよ。
 桃華は時間を止めたけど、時間は止まっていなかったんだよね。実態は魔力で知覚速度を時間と同じ早さに引き上げただけなんだ。
 だから、止まった時間の中で無理に動いたから、時間が動き出した途端に桃華の体が崩壊したんだよ」
「あれは怖かったわ。レアーナがいなかったら、夏梛とカレラちゃんの命も危なかったのよね」
 桃華が身震いした。

「そんな理由から、空間を拡張した道具袋も、拡張空間を維持するために魔力が必要なんだよね。

 空間転移は、事実上不可能だと思うよ」

 メルフェレアーナはそう締めくくった。