47話 逆さ魔導城


 何かとても嫌な予感がする。
 なぜダンジョンの床から、シャンデリアが生えているのだろう?

「レアーナ、ちなみにこのダンジョンって、どういうダンジョンなんだ?」
「えっ、確か階段を下りてすぐに扉があって、その先にボス部屋、続きにダンジョンコアがあったはずだけど……あれ?」
 篤紫の横から穴を覗き込んだメルフェレアーナが、首を傾げた。

「なんで、床にシャンデリアが生えているのかな? それに階段どこに行ったの?」
「いや、こっちが聞きたい」
 そういえば、心なしか空気が重くなったように感じる。周りを見回しても、特に変わった様子は見られないが。

『篤紫、何か様子がおかしい。我は一旦、車に変わるから急いで全員入れ』
 夏梛の胸元から飛び出したオルフェナが、光とともに車に変わった。
 スライドドアを開けたところで、背筋に冷たい物が走る。慌てて首を下げると、何かが髪の毛を引っかけながら通り過ぎた。
 見上げると、石でできた悪魔が壁に張り付いたところだった。

「ガーゴイル! 急いで、わたしが押さえるよ」
 反転して襲いかかってきたガーゴイルに、メルフェレアーナが火球を飛ばした。火球に飲み込まれたガーゴイルは、爆発の勢いで壁まで吹き飛んだ。

 夏梛、桃華がオルフェナに飛び込み、リメンシャーレもよろめきながら車内に滑り込んだ。篤紫は後ろ手でスライドドアを閉める。

「メルフェレアーナ、早く車内へ!」
 助手席を背に、篤紫は腰に提げていた試作の魔道具を構えた。
 視界に見えるガーゴイルは十体。いつのまに!?

「ちくしょう! いくら何でも、多すぎるだろ!」
 篤紫は毒づきながら、メルフェレアーナの死角から飛んでくるガーゴイルに筒先を向けた。
 銃型魔道具。魔法を使える魔族には、不要な道具だった。
 もしかしたら人間族領にはある可能性があるけれど、少なくとも魔術が盛んなシーオマツモ王国では見かけなかった。

 手が震える。落ち着け。歯を食いしばって、照準を合わせる。
 メルフェレアーナの左後ろ、ちょうど篤紫からは真正面に捉えることができた。

 トリガーを引く。

『パシュッ――』
 乾いた音とともに、圧縮された光がガーゴイルの左胸に着弾した。
 弾ける光。一瞬の光が収まると、ガーゴイルが消滅していた。

 心臓の鼓動が早い。耳に聞こえる音が遠くなる。
 初めて攻撃して、そして倒した。いつの間にか、手の震えは収まっていた。

 視界に映る全てが、スローモーションになった。歯を食いしばって、重い体を動かしてもう一体を、狙い撃つ。
 光がガーゴイルを消滅させた。肺が苦しい。

「篤紫! 助手席を開けて、急いで!」
 メルフェレアーナの声で、全ての音が戻ってきた。慌てて助手席を開けて、そのまま運転席まで転がり込んだ。
 バタン、と言う音とともに、すぐメルフェレアーナが乗り込んできた。

『殲滅するぞ』
 オルフェナ周りに光の玉が現れ、全てのガーゴイルに飛んでいった。残っていたガーゴイルは、オルフェナの飛ばした光が着弾すると、粉々に砕け散った。
 事態はそれだけに終わらない。部屋のあちこちから、次々にガーゴイルが湧いてきた。
 その全てが、あっさりとオルフェナに殲滅されていった。





「おとうさん、大丈夫? 汗びっしょり……」
 夏梛が手渡してくれたタオルを受け取りながら、篤紫は自分が呼吸を止めていたことに気がついた。慌てて息を吸い込んだ。
 体の中に急激に酸素が入ったからか、頭が痛くなった。

「お疲れさま、かっこよかったわよ」
 桃華がコップを差し出してきた。冷たい水が喉を通って、やっと落ち着くことができた。

「篤紫、さっきのは何なの? ガーゴイルが消滅したよ、なにあれ?」
 助手席でメルフェレアーナが興奮して、目をキラキラさせている。そう言えば魔術界隈の本家本元だっけ。
 篤紫は震える手で、銃型魔道具のトリガーロックをかけた。

「これはまだ試作品なんだけど、圧縮された魔力を飛ばす、銃だよ」
「ええっ、いつの間に作ったのさ?」
 メルフェレアーナが感嘆の声を上げながら、篤紫の方に手を伸ばしてきた。苦笑いを浮かべながら、その手の上に銃型魔道具を手渡した。

「すごいよこれ、握り手から魔力を注ぎ込むんだね。どういう原理で魔力を圧縮してるのかな?
 ていうか、何でだろ、一万年生きてて初めて見たよ、銃!」
 メルフェレアーナ興奮しすぎ。

『我の使う光魔法とは、また違った原理のようだな。
 圧縮した光は、それ自体がエネルギーの塊だが、篤紫のそれは魔力エネルギーそのものということか。ふむ』
 オルフェナが、次々に湧いてくるガーゴイルを光球で爆散させながら、のんびりと話しかけてきた。
 興奮して、子どもみたいにはしゃいでいるメルフェレアーナを見ていたら、どっと体の力が抜けた。

『ぎゃあああぁぁぁぁ――』
 ひときわ黒く、目が怪しくが光っているガーゴイル(?)が、光に焦がされて消し炭になった。オルフェナの攻撃は止まらない。
 白いガーゴイルの陰から次々に襲い来る、黒いガーゴイル(?) を、有無を言わせずに焼き尽くした。

「これは、一発で魔力が百万飛んでいく、ものすごい燃費が悪い銃なんだけどね。
 コマイナの壁に細工しているときに、妖精コマイナにパーツを作ってもらったんだよ。ボディが黒いのは、ダンジョン壁の素材でお願いしたからかな。
 今日、初めて撃ったけど、一応成功したから試作品じゃなくて完成品かな。まだ調整しないと、生き物相手に撃つのは危険そうだけどさ」
 篤紫はメルフェレアーナから銃型魔道具を受け取ると、腰のホルスターに入れて、ボタンで固定した。
 なんだろ、メルフェレアーナの鼻息が荒い。

「ね、ねっ! わたしのも作ってよ、二丁!」
 ぐっとメルフェレアーナが顔を近づけてくる。まてまて近い。
「は、母上……」
 ほら、リメンシャーレも呆れているよ。

「いや、レアーナは魔法があるからいらないでしょ?」
「いるよ、いるってば。夢の二丁拳銃ができるじゃん。
 ぜったいカッコいいって、女の子の憧れだよ、二丁拳銃!」
 それ、絶対に女の子じゃないよ。
 篤紫は頭を掻いた。これは絶対に引かないパターンだな。反応がオモチャをねだる子どもみたいだ。

「分かったよ、家族の分しか作らないけど、コマイナに戻ったら妖精コマイナにパーツを作ってもらうから。
 時間かかるかもしれないけど、待ってて。お願い」
「やった、それでこそ篤紫! 楽しみだな、フフフン、フフフン」
 ご機嫌のメルフェレアーナに、篤紫はため息をついた。

「取りあえず、このダンジョンを攻略しような」




 オルフェナの軽い努力の結果、ガーゴイルの出現が止まった。
 瓦礫と魔石が、魔導城のフロアに堆く積もっていた。

 篤紫は、スマートフォンを取りだして電話をかけた。
 コマイナにいるはずのタカヒロさんに、電話で現状を報告して、取りあえず一息つく。
 昨日のうちに、タカヒロさんのソウルメモリーを、篤紫のスマートフォン仕様にアップデートさせておいて正解だった。


「はい、ありがとうございます。支援をする予定が、逆に支援をしていただく形になりましたが。ええ。そうですね、はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
 そのままお互いに、魔王と女王に電話を代わって、トップ同士の報告もできた。

 向こうは、ソウルメモリーの認証が終わり次第、コマイナ都市の西側に移動してもらっているそうだ。さすが魔術都市だけあって、ソウルメモリーを持っていない人がいなかったらしい。
 内部の移動も順調そうだった。

『ふむ、とりあえず奴らの出現は落ち着いたようだな。
 もうしばらく待ってみて、何も出てこないようなら、恐らく打ち止めで間違いないであろうな。
 恐らくソウルコアの魔力を使い切ったはずだ、まずは魔導城のソウルコアを回収するといいだろう』

 一時間待って、動きがなかったため、羊に戻ったオルフェナとともに、メルフェレアーナの居住区に向かった。
 もちろん、ガーゴイルの魔石は待ち時間の間、オルフェナが自走して回収していた。今回もボーナスステージだったらしい。

 ソウルコアは、魔導城の最上階にあった。
 魔力がなくなって光を失ったソウルコアに、念のためリメンシャーレが触れた。一瞬輝くも、特に変化がなかったので、そのままオルフェナが回収した。

 そして、もう一度ダンジョンの入り口に戻ってきた。
 完全にダンジョン内の魔力が尽きたのか、道中は一度も襲われることはなかった。






「どうやら、逆さまの魔導城がこの下にあるみたいだね」
 シャンデリアが全く同じ形をしていた。
 そこには、全て逆さまになった世界が広がっていた。

「ねぇ、シャーレ? 何でダンジョンが変わっているのか聞いてる?」
「いいえ、母上。最後にマスター登録をしたのは、宰相でしたが、特に変わったという報告は聞いていません。
 登録には付き添いで、サブマスターの叔父が一緒に行ったようなので、母上の認識に間違いなかったはずです」
「とすると、この逆さ魔導城ダンジョンは、ほんとうについさっきできたと言うことか」
 眼下に広がるダンジョンは、魔導城と全く同じ構造のようだ。
 ただ、下りることができない。
 床までの高さが、エントランスの天井と同じ高さだった。この高さを飛び降りて、無事に済むはずがない。

「わたしだけなら、飛べるから逆さでも行けるんだけどね」
「確かに進むだけならそれが一番なんだけど、恐らく状況が変わっていると思うよ」
 メルフェレアーナは首を傾げた。

「ダンジョンの影響がここ、魔導城の本城まで来ているんだ。
 今は大人しいけど、ダンジョンマスターの魔力が回復すれば、またどこから攻撃してくるか分からない」
「えっ、また大量のガーゴイルが来るの? やめてよ」
 メルフェレアーナが唇を尖らせた。歳を考えた方がいいと思う。

「とりあえず、対策の魔道具を作るよ。
 そんなに時間かからないと思うから、ちょっと警戒お願い」

 篤紫は、鞄から素材を取り出すと、魔道具を作り始めた。