50話 ダンジョン……コア?


 そう言えば、この階段は何なのだろうか?
 最上階へ続く階段を上りながら、ふと気になってメルフェレアーナに聞いてみた。

「え? どちらかというと、ここは非常階段だよ。何回も言っているけど、普段はエレベーターを使って移動するんだから。
 と言っても今は、ダンジョンのエレベーターだから、あまり使う気になれないのも分かるけどね」
「なるほど。ここの階段は、そういう場所だったのか」

 どうりで階段に装飾がないわけだ。荘厳華麗なお城の割には、今まで上ってきた階段は、ビルの階段と同じように非常にシンプルな階段だった。
 エレベーターが魔法で稼働しているとは言え、エレベーターも万能じゃ無いから、もしもの時に使う非常用の階段も必要だということか。


 九階の空き部屋を通り過ぎて、十階の扉の前まで着いた。
 つまり階段と同じように、この扉も普段は使われていないのか。埃などは付いていないけど、手すりも摩耗していない。
 扉は、執務室からすぐ上の資料保管庫と、八階の展望室を除いて、全ての部屋に付いていた扉だ。それはまさに、見慣れた非常ドアだった。

 そしてここは十階、この扉の先にはダンジョンコアがある。当然、ダンジョンマスターかダンジョンボスもいるのだろう……。

「レアーナ、十階の部屋は広いのか?」
「ここ? 確か十メートル四方の部屋だったよ。
 魔導城と同じ構造なら、ダンジョンコアは、部屋の中心に高さ一メートルの台座に乗っているかな。
 わたしが知っている通常ダンジョンは、扉を開けて中に入った時点で敵の反応があったはずだよ?」
『なあ篤紫よ、どうも妙な話なのだが、この部屋からは魔力が一つしか感知されん。最後の部屋にしては、あまりにも無防備なのだが』
 オルフェナが夏梛の腕の中で、しきりに首を傾げていた。

 結局、逆さ魔導城――向きが変わったから、魔導城ダンジョンの方がいいのか――を進んで来る間に、魔物は一切出てこなかった。
 むしろ、突入前に表の魔導城で襲ってきたガーゴイルの集団のほうが、ダンジョンらしい襲撃だった。
 ここは完全に、無人のダンジョン――。



 階段の踊り場には、魔石灯がしっかりと足下を照らしていた。
 魔石灯は一年に一回ほど、魔石を交換するだけで済むと聞いた記憶がある。魔石と魔術の相性がいい、一番わかりやすい魔道具だ。
 ダンジョンだと、ダンジョンコアから直接魔力が供給されているんだったか――いずれにしても、地球のものより遙かにエコロジーだと思う。

 明かりと言えば、八階の展望室で見た夕日が、今日魔導城に入ってから初めて見た外の光だったかもしれない。
 ……あれ……ここ、ダンジョンだよな?
 何で夕日が見えたんだろう?

「おとうさん、難しい顔してる。この部屋はそんなに危険なの?」
 夏梛が心配そうに顔を覗き込んできた。いつものように、考え事に没頭していたようだ。

「ごめん、そうじゃないんだ。別のことが気になっていただけだよ。この部屋は、入ってみないと分からないかな。
 それより、オルフにちょっと聞きたいんだけど」
『うむ? どうしたのだ、篤紫』
「表の魔導城でガーゴイルに襲われたとき、あらかじめ魔力反応はあったのか?
 俺の記憶だと、オルフも敵襲が関知できなかったみたいだったけれど」
『あれか。そもそも索敵していなかったからな。
 あの魔導城は、レアーナの自宅なのであろう? であれば、初めから何を警戒する必要があろうか。
 あのときは、空気が変わったことだけが分かった。それで警告を発したまでだ。
 ガーゴイルが現れてからは、しっかりと魔力を捉えておったよ』

 勘違いしていたのは、俺だったのか。
 建物自体がダンジョン化していたとは言え、長い間シーオマツモ王国の中枢として機能してきた城。直前まで、国民の避難所にもなったいた。
 そもそも警戒する必要が無いのか。

 それでも、今日シーオマツモ王国に着くまで、まさか魔導城がダンジョンの上に建てられていて、さらに魔導城の全体がダンジョン化しているなどとは、想像もしていなかったけれど。

「空気が変わったのは、オルフも分かったんだ」
『あれはあからさまだったからな。まさか、ダンジョンに閉じ込められるとは、我も想定していなかったがな。
 何かいい案でも思いついたのか?』
 オルフの問いに、篤紫は首を横に振った。

「いや、何をどう考えても、この十階の部屋にあるダンジョンコアを確保する以外に、脱出の手立てはないかな。
 取りあえず早く外に出て、朝までに魔術を描いて魔導城を浮かべて、オルフに収納してもらい、コマイナの中に運ばないといけない。

 本当は、今も心臓バクバクなんだよ。この年になって、まさかダンジョンに潜って冒険するなんて、想像もしていなかった」

 と言っても、戦闘はからっきし駄目なんだけど。
 ガーゴイルの時は、無我夢中だっただけだし……。

「それじゃ、行きますか――」
 篤紫は、みんなの顔を見回した。
 桃華はいつも通り微笑んでくれた。夏梛とオルフェナは同時に頷いた。
 メルフェレアーナとリメンシャーレも、目を見てしっかりと首を縦に振ってくれた。

 篤紫は、十階の部屋。扉のノブを回して、部屋に足を踏み入れた。





 そこは、神秘的な部屋だった。
 黒曜石の台座の上に、一抱えほどある丸く白い石が乗っていた。

 これが、ダンジョンコア……。

 外見は、表の魔導城、最上階で回収したソウルコアと同じだった。
 その輝きは全く失われていなかった。白い光が、優しく部屋を照らしていた。

 警戒して入ったものの、ダンジョンコア以外に何者もいなかった。しばらく待ってみるも、遅れて出てくるわけでも無さそうだ。
 その時点で、完全に肩すかしだった。

「オルフ、ダンジョンコアが光っているということは、まだダンジョンマスターが健在とみていいのか?」
『おそらくな。何かしらの動作をしているのだろうが、さすがにこの広さで車になるわけにはいかん。
 慎重に……ぬ、待て、レアーナ。それにシャーレも、何を考えておる』
 メルフェレアーナとリメンシャーレが、おもむろにダンジョンコアに近づいていった。

 そのまま二人は、ダンジョンコアに触れた。輝きが強くなり――すぐに元に戻った。
 警戒して身構えるも、それだけだった。

「あー、これはダンジョンコアじゃないね、ソウルコアだよ」
「ですね。いつも障壁維持のために魔力を注いでいましたから、この感触は間違いないです」

 意味が分からないのだけど?
 つまり……そういうことなのか。

「もしかして、表の魔導城だと思っていたのが、本来攻略するべき魔導城ダンジョンだったのか?
 なんてこった、じゃあダンジョンコアは?」
「ねぇ、篤紫さん? オルフが持っているのが、ダンジョンコアじゃないのかしら。いつものように、しまってたと思うの」
 慌ててオルフェナに本来のダンジョンコアを出してもらった。
 何の気なしに、ソウルコアの隣にダンジョンコアを並べたのは、オルフェナの凡ミスだと思うんだ。

 空気が、変わった。

『ぬ、これはまずいか?』
 魔導城のソウルコアが明滅を始める。呼応するように、ダンジョンコアも明滅し始めた。

 メロディが流れ始めた。

 爽やかな風が木々の枝を揺らす音、清らかに小川が流れる水の音。
 金属が打ち合い、高らかに鐘の音が響く。
 揺らめく炎が薪を焦がし、パチパチと弾ける音色。

 砂浜に押し寄せる波の音、揺れる大地の地響きの音。
 溶ける氷が軋む、甲高い音色。
 空を切り裂く、稲妻の激しい音。

 全ての音が重なり、互いの音を高め合う。
 それは、原始の音色。

 響き合う音に包まれたまま、いつの間にか視界が変わったいた。