61話 ゴブリン


 ルルガに先導されて、長い階段を下りていく。
 鈍い黒色をした金属質の壁は、階段に入ると壁や天井まで綺麗な平面になっていた。所々光の加減か、虹色に見える。

「おかあさん、壁がすっごく綺麗だね」
「壁は鉄だったかしら? 周りが全部鉄だなんて、どれだけお金かかっているのかしらね」
 はしゃぐ子ども達に、相変わらず少しずれた桃華。結局、ダンジョンに入っているにもかかわらず、いつもと同じお出かけの光景だった。
 現地民であるタナカ一家もリラックスしているから、今回に関してはあまり気を張る必要は無さそうだけど。

 少し前を歩くメルフェレアーナが、何かに納得できないのか、しきりに首を傾げていた。

「どうした、レアーナ?」
「ああ、篤紫。いやね、びっくりしちゃってさ」
 この流れはきっと、ゴブリンのルルガのことだな。
 さっきまで嬉々として振り回していた剣は、背中の鞘に収められ寂しそうにしていた。

「ルルガってわたしの記憶だと、話し言葉は片言だったはずなんだよね。
 それがあんなに流暢に喋れるようになっているなんて、想像すらもしていなかったのさ」
「ははは、そんなこと言えば、俺なんてゴブリンが友好的だったんだぞ。そもそもの常識がひっくり返ったよ」
 ああ確かにと、メルフェレアーナは何回も頷いた。
 どう見てもゴブリンらしくないゴブリン。物語の中のゴブリンとは一線を画しているよな。

「でも生い立ちから考えるとある意味、そう不思議でもないんだよね。
 そもそもこの世界って、魔族よりも魔獣の方が、星からの寵愛が大きいんだよ。ほんっと、頭にきちゃう。

 篤紫も知っているはずだけど、わたしたち魔族って結局、親が居て初めて子どもが産まれるんだよね。
 でも、魔獣って魔力溜りから産まれるんだよ。つまり親は星、ナナナシアってことなんだよね」
「は? それはまたすごいな。魔獣が自然発生することまでは、知っていたけれど、何でそんなことになってるんだ?」
「星が、自分の子どもたちに資源を還元するため、って言われているかな。
 この場合の子ども達って、人間族や魔族の事なんだけど、かなり無理があるし、偏ってると思うんだ。

 確かに魔獣は、魔道具を動かすための魔石の元だし、色々な素材になるし、大抵が食料としても優秀だよ。魔素溜まりから排出されるから、生活基盤がなくても数が増えるんだよね。

 見方によっては、エネルギーサイクルが完璧なんだ。魔族や魔獣が使った魔力を、星が回収して資源に戻す。資源を消費して、また魔力を放出する。

 一見、完璧に見えるよね? 
 でも、そのせいで魔族や人間族の生活圏が、ものすごく狭いんだ」

 今まで見てきたのが、スワーレイド湖国とシーオマツモ王国だけだけど、確かに元いた地球と比べると、生活圏は狭すぎる。
 もしかしたら、世界的にこんな感じなのか?

「山に行けば、自然資源や鉱物資源も、わたしたちが知っている地球の埋蔵量よりも、遙かにたくさんあるんだよ。
 でもそこに行くまでの魔獣が強すぎて、人間族ですら採掘に相当苦労しているんだよね」
「レアーナは、この世界を見て回ったことがあるのか?」
 メルフェレアーナが、少し遠くを見る目をした。

「うん、全部知っているよ。逆に行ったことがない場所の方が少ないかな。
 伊達に、一万年も生きているわけじゃないよ。
 それこそ空を飛んで世界中見て回る中で、この魔法や魔石の文明が手軽で便利な反面、もの凄く理不尽だと言うこともわかったけどね。

 篤紫の居た頃の地球の総人口って、確か七十億人越えていたよね?
 ナナナシアだと、人間族と魔族合わせてもせいぜい十億人位しか居ないんじゃないかと思うよ。それも、一万年間ほとんど変わっていない」

 確かに、シビアな世界なのかもしれない。
 逆に生きていけるだけの力を持っているならば、もしかしたらすごく生きやすい世界なのだろう。そう、いまの自分たちみたいに。

「あ、地下一階に着くみたいだね、続きはまた今度話そうか」
「ああ、そうだな。また頼む」
 階段を下りた先は、階段の通路よりもさらに明るくなっていた。





『あ、てめぇメルフェレアーナ、よくオレの前に顔出せたな?』
 出迎えたのは、身長二メートルの大柄なゴブリンだった。言葉とは裏腹に、とびっきりの笑顔で腕を大きく広げていた。
 緑色の肌に、威圧感がある王者の風格――ゴブリンキングだろう。なのだろうが、ニヤニヤしながらメルフェレアーナに文句言う姿は、どうみてもただのツンデレだ。

「やあ、キング久しぶりね。外との時間差を忘れていたけど、みんなで元気にやっているみたいだね」
『はぁ? ふざけんな、こんな所にオレたちを閉じ込めやがって、あの綺麗な石はオレのもんだからな。
 そもそもこの場所も、今さら返せったって家建てちまったから、オレたちのもんだぞ』
 大柄なゴブリンが笑顔で、高校生くらいのメルフェレアーナの肩を叩いている姿は、何ともシュールだ。

『それより、メルフェレアーナてめぇ、後ろの奴らは何だ? どうせてめぇのツレなんだろうが、オレのシマで暴れさせんなよ? 若いモンには先に言っておくが、何かあっても責任取らねぇからな』
 そう言い捨てると、さっさと奥に歩いて行ってしまった。なんとも、嵐のようなゴブリンだったけれど、人間くさい妙な近親感を感じた。
 これで取りあえず、通過の許可はもらえたのだと思う。

「キングは相変わらずだね、いつもああなの?」
『いつもは普通に優しいぞ。今日は特に嬉しいんだろうな、あんな笑顔久しぶりに見たよ。
 今は、仲間のゴブリンも強くなったが、地上からと階下からと、けっこう他の魔獣が襲撃してきていたからな。
 普段は気を張って、来ない外敵に備えていたからさ』
「え、そのためにキングにダンジョンコア託したんだよ?」
『知らねぇよ、あいつ宝石をもらった、くらいにしか思ってないぞ。
 腕っ節以外は、ほとんど役立たずだからな』
 ルルガが言いながら肩をすくめた。




 真っ直ぐ貫かれた大通りは、遙か彼方の下り階段まで続いているようだ。
 ドーム状の地下一階は、たくさんの家が建ち並んでいた。そこかしこに、おしゃれな格好のゴブリンがいて、各々に生活をしている。

 木造の家屋は、きちんとした建築手順で建てられていて、とてもゴブリンが建てたとは思えないほど立派なものだった。
 それでもやっぱり魔獣らしく、見回してみても子どものゴブリンはいないようだ。
 代わりにレッサーゴブリンと思われる小柄なゴブリンが、ゴブリンの手伝いをしている姿が確認できた。

「これは、すごいですね。こんな文化的なゴブリン初めて見ましたよ」
 タカヒロさんが感嘆の声を上げた。
 確かに、やっかいな魔獣という意味でのゴブリンは、ここには居ないようだ。ゴブリンだけ見れば、ただの肌が緑色の小妖精だ。

「先入観って、怖いのね。意思疎通ができるだけで、こんなにも文化的なんですもの。
 桃華さんのところのナナちゃんも、ステータス上は魔獣なんでしょ? そんなに可愛いのに、不思議だわ。
 そもそも、魔獣族でもソウルメモリーが持てるのにもびっくりしたわ」

 シズカさんの言葉に、ナナが真っ赤になりながら桃華の腕にしがみついた。
『ナナ、すまん。ちときついぞ』
 オルフェナの呻きに、慌てて抱える力を緩めているし。

「そうね、魔法があってナナもいるこの世界、私は好きよ」
「お、お義母さん……」
 桃華がナナの頭にそっと手を乗せた。
「ナナはあたしの、大事な妹だよ」
 夏梛もナナの後ろから、ナナをギュッと抱きしめた。

『おーい、取りあえずみんな、家来いよ。口に合うか分からないが、茶くらいは出せるよ』
 ルルガが手を振っている。

「うん、待って。今行くよ」
 みんなで顔を見合わせると、メルフェレアーナを先頭にルルガの家に向かうことにした。