65話 ニジイロカネ


 慌てて排出レバーをあげて、出てくる謎金属を止めた。
 思わず顔を見合わせた。ルルガの顔に苦笑いが浮かんでいる。

「これは、やばいやつだな」
『どうしよう、この溶鉱魔炉の中いっぱいにあるよ?』
 取りあえず、ルルガに鉄原料の流入口を閉めてもらった。それから排出口に、篤紫の鞄の口を開けて、炉内の謎金属を一気に流し込んだ。
 膨大な量の謎金属が、篤紫の鞄に収納された。ありがたかったのが、溶鉱魔炉の内部容量が、見た目ほど多くなかったことか。

 あらためて、制御盤に元の数値に近い値を入力して、魔術でルルガ限定のマスター制限をかけた。これで、謎金属が出てくることはない。

『その虹色の金属は、篤紫に全部あげるよ。オレたちが使うには、今までの魔鉄にしておかないと、何かやばそうだし』
「ごめん、悪のりしすぎたみたい」
『いいよいいよ、オレも何だか楽しかったからさ』
 念のため管理室に行って、どれだけ魔石が減っているか確認したところ、ほとんど減っていなかった。高効率化に成功したって事か。ルルガが飛び跳ねて喜んでたな。
 取りあえず、修理は成功したと言っていいのかもしれない。

『ありがとう。これで、下の階の奴らに頼まれている道具を、作ることができるよ。
 お礼をしたいんだけど、なにがいいかな? 一応これ、オレ達ゴブリンの共有設備だから、キングに相談して後で届けるよ』
「ああ、いいよいいよ。あの虹色の謎金属をたくさんもらったから」
『あんなんでいいのか? これが直ると、下の階の奴らも助かるんだよ。ほんとうにいいのか?』
 ルルガが困った顔で念を押してきた。
 実際、必要な物はない。欲を言えば、鉄以外の金属を、炉の中に入れてみたいことぐらいか……まあ、やらない方がいいけど。

「本当にいらないよ。制御室の基盤が見られただけで、どんな報酬よりも価値がある、知識が得られたからさ」
 図面指定で魔術を発動させるやり方は、目から鱗だった。あそこには、魔方陣が一つも使われていなかった。
 と言うことは、魔術文字自体に意味があることが、しっかりと確認できたわけだ。あとは、細かい条件を調べていけばいい。

『そうか? それだったら、何かあったときに頼ってくれよな。外も平和にしてくれたんだろ?』
「あれは、たまたまだけどな。わかったよ、何かあったら頼りにするよ」

 ルルガの家の入り口で、お互いの拳を当てながら、いい笑顔で笑い合った。
 さっそく鍛冶をするというルルガと別れて、篤紫は大通りの方に向かった。



 大通りは、閑散としていた。多少ゴブリンが歩いているのを見かけるものの、そこに朝の賑わいはなかった。
 ほとんどの露天と店が、店じまいをしたあとだった。一瞬考えて、妙に納得した。

 犯人は、桃華だ。

 間違いなく、ほぼ全部の物を買い占めたのだろう。ここには見たことがない物がいっぱい売っていた。桃華の食指が動かないわけがない。
 キャリーバッグに、リストアップ機能を追加しておいて良かった。

 でもあのキャリーバッグに、いったいどれだけの物が収納されているのだろうか、篤紫は怖くなってきた。容量も無制限の設定だったはず。
 想像して、思わず首を横に振った。無理だ。


 スマートフォンをたぐり寄せると、時刻は三時をまわっていた。そう言えば、お昼を食べていなかったな。
 溶鉱魔炉の修理に、思いの外時間がかかっていたようだ。

 近くのベンチに腰掛けると、鞄の中からお弁当を取りだした。桃華は何かを見越していたのか、朝お弁当をみんなに配っていた。
 蓋を開けると、中にはサンドイッチが並んでいた。

 追加で取り出したコップに、魔法で水を注ぐと、篤紫は色とりどりのサンドイッチを口に放り込んだ。
 ダンジョンの中に太陽はないけれど、壁から照らす明かりは暖かかった。



 ピピピピッ、ピピピピッ――。

 食事を終えてまったりしていたら、腰元のスマートフォンから着信音が鳴り始めた。たぐり寄せると、発信者は桃華だった。

「はいよ、どうした?」
『修理は無事終わったかしら? ちょっと前にレアーナが、ダンジョンにかかっていた時間魔法を解除したから、外と時間の流れが一緒になっているわ。
 そっちの時間で昨日のうちに、篤紫以外はコマイナに戻っているの』
 篤紫は固まった。
 ……てことはだ、溶鉱魔炉の修理に一日以上かかっていたのか。どうりで、お腹がすいていたわけだ。

『篤紫さんのことだから大丈夫だと思うけど、夕飯までには帰ってきてね。
 今日はお客さんがいっぱいいるから、腕によりをかけて料理を作るつもりなの。
 みんなで盛大なパーティーにするから、早めに帰ってきてね』
「わかった、これから帰るよ」
 スマートフォンを切ると、篤紫は立ち上がった。

『グギャッ、グギャッ』
 レッサーゴブリンが篭を持って、ゴブリンと一緒に歩いて行った。
 まるで、親子のような光景に、篤紫は不思議な感覚を覚えた。

 ゴブリンは、ただの魔獣じゃなかった。

 それが進化なのか、成長の結果なのかは分からない。
 少なくとも、道具を使う魔獣は原初の状態から、知性を持って、理性を持つに至るようだ。
 当然だけど種族差はあると思う。ただ少なくとも、このダンジョンの下層にいる幾多の魔獣は、知性と理性を持って生活している。

 つい数日前まで、篤紫も魔獣は全て悪だと思っていた。
 きっかけはナナだった。

 ソウルメモリーを取得できるのに、種別が魔獣だと分かって、みんなで大騒ぎになった。自分たちの義理の娘として、新スワーレイド湖国に登録もできた。
 でも魔族のみんなは、驚きはしたものの、誰もが受け入れてくれた。
 夏梛とナナが二人で散歩に出かけても、笑顔で帰ってきていた。

 魔族で、本当に良かったと思う。
 人間族だったら、こんな関係は築けなかったんじゃないかな……。

 いろんな思いを胸に抱えながら、篤紫はコマイナに向かって足を向けた。




 パーティーを終えて、篤紫は魔道具研究室に来ていた。
 あれは凄く、有意義な時間だったと思う。


 ゴブリンキングのキングが、相変わらずいい笑顔でツンデレしていた。
 サラティさんとの話し合いは、和やかに進んだそうだ。メルフェレアーナのおかげで。
 近いうちにアイアン・ダンジョンまでの街道を整備して、異文化交流を始めることで話がまとまったそうだ。

 アイアン・ダンジョンには、かなり多種多様な種族が暮らしていることもわかった。中には、わざわざ危険を冒して討伐して、使うのはその一部……みたいな魔獣もいた。
 大抵が体表の一部なので、本当は討伐する必要が無いのに、だ。

 そういった希少な素材も、交易で平和的に取得することができる。
 対価は硬貨。世界共通のお金が問題なく使える。


「まさにここは、理想郷なんじゃないか?」
『ふむ、地球よりもよっぽど住みやすいのは、確かだな。
 ただし、人間族にさえ気をつければ……だが』
 向かいのソファーでは、夏梛とナナが肩を寄せ合って、寝息を立てていた。寝室に行って休めばいいのに、わざわざ篤紫に付いてきていた。

「みんな、美味しそうに食べてくれたから、嬉しかったわ」
「見た目は不思議な色だったけど、料理はすごく美味しかったからな。お酒も進んでいたし、良かったと思うよ」
 桃華がおもむろに、部屋の端にベッドを設置して、夏梛とナナを運び始める。
 メルフェレアーナはキングをアイアン・ダンジョンまで送っていった。タナカさん一家とサラティさんも、それぞれ家に帰っている。

 二人の布団を掛け終えると、桃華はお茶を淹れ始めた。

「なあ、何でここにベッドを設置したんだ?」
「そうね、篤紫さんのことだから、何か新しいものを見つけてきたのでしょ?
 せっかくだから、一緒に見たいじゃない」
『古代の遺構を修理してきたのだろう? アイアン・ダンジョンだから、あそこの工房だと、魔鉄が精製できるはずだ。
 魔鉄は、加工が容易だから非常に価値が高いのだ。それに鉄なのに、魔力の通りがいい。誰もが欲するだろうよ。
 我も見たことがないから、気になるのだよ』
 二人を見て、篤紫は苦笑いを浮かべた。

「あのな、魔鉄は貰ってきていないんだよ」
「えっ?」
『はっ?』
 桃華とオルフェナが、驚いて変な声を出した。
 考えてみれば、魔鉄を少し分けて貰えばよかったのか。また今度、もらいに行ってこよう。

『篤紫は、無償でやったのか?』
「いや、取りあえず変なものが精製されたから、それでいいかな? と、思ってさ。
 それに、魔術のいい経験になったし」
「あらあら、篤紫さんらしいわね」
『ふむ、何かしらプラスになったのならいいが、あまり魔術を無償で描くのは、感心せんぞ。今後のためにはならん。
 魔術というのはそれだけで、世界すら変えてしまう技術なのだからな』
「あー、もう。わかったよ。レアーナに言って、ちゃんと交渉するから」

 ていうか、虹色の謎金属が出しづらい……。
 篤紫は大きなため息をつきながら、鞄の中から虹色の謎金属を、握り拳くらいちぎって取り出した。

「ほら、これは貰ってきているからさ。完全に無償じゃないんだぞ?」
「あらっ、すごく綺麗な石ね」
 虹色の謎金属を、テーブルの上に乗せる。柔らかい光とともに、キラキラと虹色に輝いていた。

『むむむむっ! ま、まさかそれは――!』
 オルフェナが大声を上げて、ソファーからテーブルに飛び乗った。虹色の謎金属を、まじまじと見つめる。
 うわ、オルフェナが震えているのなんて、初めて見たよ。
 あ、鼻水まで出ているし……。

『あ……篤紫よ。これを……ど、どこで手に入れたのだ……?』
「これは、間違えて溶鉱魔炉から出てきた、失敗作だよ」
『馬鹿言え! まさか篤紫は、これがどれだけ貴重な金属か、知らぬわけではあるまいな!』
 おー、羊が目を見開いて、興奮しているのなんて初めて見た。てか、鍛冶師でもないんだから、知るわけがないよ。
 桃華も、うっとりとした目で虹色の謎金属を見つめている。

『これはな、幻の金属、ニジイロカネなのだぞ――!』

 ……えと……ニジイロカネって、なんですか?