木々が炭結晶化した森の中を、オルフェナが暴走していた。
まっすぐ、ただひたすら霊樹エル・フラウに向かうオルフェナにとって、立ち焼けて結晶化している木々は、ただの障害物でしかなかった。
体当たりで粉砕しながら、生き物がなにも居ない、死の森を駆けていた。
『我も、多少は進化しておるのだぞ。
運転の必要が無いから、前列もベンチシートにして、九人座れるようにしたのだ。もちろん、走行中に車内に振動が伝わらぬように、魔法で振動遮断もしてある。
地形走査も完璧だ。現地の状況に合わせて、マップも随時更新しておる』
そんなオルフェナの説明は、誰も聞いていなかった。
出発の間際に気づいたが、今回の乗員は全部で九人だった。
正直、オルフェナが前席を改造していなかったら、娘の誰かを抱っこして乗るしかなかった。オルフェナのファインプレーだ。
前席に陣取った娘三人は、前の景色に大はしゃぎしていた。
ドアも前席までスライドドアになった。運転席と助手席が、前方にスライドすることで出入りしやすくなっていた。
もちろん、後席スライドドアも間口が広げられ、三列目にもそのまま乗り込めるように配慮されている。まさに、進化そのものだった。
「レアーナちゃんの髪の毛が真っ白だと、なんか不思議な感じね」
「桃華だって、髪の毛真っ赤だし、女王様姿。似合いすぎだよ」
ただ車内は異様な状態だった。
現場で慌てて変身しなくてもいいように、変身した姿のまま乗り込んだ――まではよかった。
前席は装飾やフリフリが派手な、魔法少女三人。
二列目は、アメリカンポリスに女王様、冴えない黒のロングコート。
三列目に至っては、刀持ちの羽織袴姿をした三人衆……まさに、コスプレ会場の移動車だった。どうしてこうなった。
「オルフ、あとどれくらいで着くの?」
『まて、夏梛。まだ出発して一時間も経っておらんぞ』
途中の地形なども考慮して、最短で四時間の予想だったはず。それも、立ち焼けた木々を粉砕して進んだ時間で、だ。
左右の遠くに見えていた茶色い山が、進むにつれて大きくなっていく。前は粉砕される立木で、ほとんど見えない。
『飛ぶぞ』
視界が開けた。
深い峡谷が、行く手を横切っていた。対岸まで、軽く見ても一キロメートル程ありそうだ。そこを、そのままジャンプするのか……。
「えっ、嘘っ――」
タイヤ伝いに、オルフェナが地魔法を大地に流す。前方の地面を斜めに変形させ、ギリギリまで延長させてジャンプ台にした。
そこをさらに加速させて、走り抜ける。
地面が途切れたのを見計らって、下から風魔法でさらに持ち上げた。
車体が宙を舞う。
「きゃああああぁ……って、あれ?」
浮遊感も、衝撃すらもなく、弾丸の様に宙を舞い、対岸に着地した。そのまま、再び立木を粉砕しつつ駆け抜ける。
メルフェレアーナが首を傾げた。
「なにこれ、まるで映画を見ているみたいだよ。
これ、全部オルフェナちゃんが制御しているんだよね?」
『うむ、そうだな。魔法があるから、中の乗員を完璧に守ることができる。
ただ外の状況が見えないと、さすがに危険だからな。あえて臨場感を出してある』
「すごいな、絶対に安全なんだ」
『最短で走るだけならば、左右に見えている根っこの部分を駆け抜けるのが一番なんだが、途中で飛び降りないとならないからな。
さすがに高所からの落下は、制御が難しいだろうから諦めたがな』
左右の茶色い山が嵩を上げながら、徐々に近づいてきている。あれは、山脈じゃなくて根っこだったのか。
考えてみれば霊樹エル・フラウは大樹。四方八方にしっかりした根を張っていなければ、倒れてしまう。完全にスケールが違っていた。
つまり、根っこの山脈の根元にある、入り口に到達するまで、四時間かかるのか。霊樹エル・フラウのダンジョンはすごいところなんだな。
オルフェナがヘッドライトを点灯させた。太陽が、根っこ山脈に沈んでいく。
夜の帳が、ゆっくりと下りてきていた。
「ここが、霊樹エル・フラウの入り口なのか」
木の幹に、人が一人くらいしか通れないような、小さな扉が付いていた。扉はメルフェレアーナが知っていなかったら、あっさりと見落としてしまうほど、見事に周りの幹に溶け込んでいた。
そもそも、この大樹を見て中にダンジョンがあるなんて、誰が想像できるのだろうか。
遠目に見て、途中までしか再生していなかった幹も、下から見上げると遙か彼方にかすんでいて、切れ目は見えなかった。普段は葉が覆い繁っている空間には、満天の星空が覗いていた。
「レアーナは、よくこんな小さな入り口を見つけられたね」
年少組の三人が、楽しそうに走り回っている。長いドライブだったから、体を動かしたい気持ちも分かる気がした。
「もとはね、こんな大きな木じゃなかったんだよ。
もっと小さな樹で、樹のうろが入り口になった、植物型のダンジョンだったんだよ。それでも直径十メートルはある樹だったんだけどね」
「それがこんなに大きな樹になったのね。はい、レアーナちゃんの分の水筒よ」
メルフェレアーナは桃華が手渡した水筒から、冷たいお茶を飲んだ。
扉に付いているノブそっと回すと、奥に押し込んだ。中から光が漏れてきて、辺りを照らし出す。
明るくなったのを確認してか、オルフェナが車から羊に戻った。
「エルフたちが入植して、ダンジョンコアに安定して魔力が供給されるようになると、百年ほどかけて今の大きさにまでなったの」
メルフェレアーナに付いて中に入ると、そこは緑が眩しい森だった。鳥の鳴き声が聞こえる。
見上げれば、青い空が広がっていた。
全員が霊樹エル・フラウに入ると、扉がゆっくりと閉まっていった。
不思議なダンジョンだと思う。本来ダンジョンは、外から生き物が侵入するために、大口を開けて待ち構えていないとおかしい。
侵入者があって、魔法を使ったり内部で力尽きて、魔力を補充する仕組みのはず。
「レアーナ、ここの他に入り口はあるのか?」
「ないよ、その扉が唯一の入り口だよ」
やっぱり、ダンジョンマスターの性格なりが、ダンジョンに反映されているのだろうか。
ダンジョン壁に近づいて、手を触れてみる。
何だろ……なにか、悲しい感じの壁だな。壁は外と同じ、木の壁だった。ひんやりとした感触が伝わってくる。
変身しているからか、魔力の流れがなんとなく分かる。
流れが弱い。
確かに、魔力が枯渇しかけている。
篤紫は、青銀魔道ペンを取り出すと、壁に走らせてみた。さすがにダンジョン壁、傷一つ付かなかった。オルフェナに書き込めたのは、描き込み受け入れてくれていたからだったのか。
紫魔道ペンを取り出し、壁に走らせる。今度は描き込みはできたけど、瞬く間に傷が修復された。コマイナのダンジョン壁に書き込めたのも、妖精コマイナが許可してくれていたからか。
虹色魔道ペンを取り出す。ここからが本命だ。
「ねえ、さっきから篤紫は何をやっているの?」
メルフェレアーナが手元を覗き込んできた。他のみんなも近づいてきていた。
「このままだと、ダンジョンの魔力が完全に枯渇しちゃうからさ、少し細工してから行こうと思って」
「えー、先にエルフの集落を目指すんじゃないの?」
メルフェレアーナが首を傾げた。エルフの集落って、近くじゃないのだろうか。
「ちなみに、その集落までどのくらいかかるんだ?」
「歩いて一時間くらいかな。二階層の入り口を守るって言う約束で、やっとここに入植できたんだよ。
だから、まだここから森をかき分けて歩かないとなんだよ」
やっぱり、時間が間に合わないじゃないか。
『レアーナよ、さすがに時間的に厳しいのではないか。そこからさらに、ダンジョンの下層を目指すのだろう?
ちなみに、このエル・フラウのダンジョンは何階層まであるんだ』
「知らないよ? この下の二階層から、植物系の罠を使う魔獣がたくさん出てくるから、誰も下層に行けてないんだよ」
「待ってください、それじゃそもそも無理じゃないですか。
さすがにそれでは、明日の朝までにダンジョン攻略できませんよ」
オルフェナとタカヒロさんが、渋い顔をした。
まあ、メルフェレアーナの行動パターンは、いつもこんな感じだよね。
篤紫は、入り口の扉近く、ダンジョン壁に虹色魔道ペンを走らせた。
If you apply magic to the gem, it will be directly replenished to the core.
四角く枠を描いて、内側に魔術文字を描く。
鞄から取り出した緑色の魔石を、枠の真ん中に押し込みながら、ピリオドを打った。
魔石が淡く輝く。
枠内が黄色い木肌に変色して、魔石を半分まで飲み込んだ。
これで、一時的にダンジョンコアに魔力が補充できるはず。
「みんな、体感で自分が持っている魔力の半分でいい。この緑色の魔石に、魔力を流してくれないか」
言いながら、篤紫は魔石に魔力を流し込んだ。
壁の魔石が、流れ込む魔力に合わせて光り輝く。
地面が、揺れ始めた。恐らく、多少の魔力は補充できているはず。
ここからだと見えないけれど、幹が伸び、枝を張り、葉を茂らせる再生が始まっているのだと思う。
程なくして、揺れが収まった。
魔石から手を離して、篤紫が離れると、みんな魔力を流し始めた。
心なしか、ダンジョン壁につやが出た気もする。
魔力を注いだとしても、やっぱり一時的な物かもしれない。
それでもみんな、満足そうな顔をしていた。
少し休憩してから、メルフェレアーナを先頭に、エルフ達の集落へ向けて森を進み始めた。